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【短編】
騎士団長の子供達 (4) ~騎士を目指す姫君~
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陛下の御前でのやりとりの後、バーナードは、殿下と直接話をしてくると述べて、フィリップとアレキサンドラ達には先に屋敷へ帰っているように告げた。
不安な気持ちでフィリップは、アレキサンドラを連れて屋敷に戻る。なんとなしに父親達のいつもと違う様子を感じたアレキサンドラは、フィリップのそばを離れようとしなかった。そして足元にまとわりついてくる弟達の小さな身体を抱き上げる。仔狼の姿をとる弟達は、アレキサンドラの帰宅に大喜びで、彼女の頬をペロペロと舐めていた。
無邪気に遊ぶ子供達の姿に、少しだけ不安を和らげるフィリップだった。
しばらくして王宮から帰宅したバーナードは、強張った顔をしていた。
椅子に座ると、深々とため息をついて、告げた。
「アレキサンドラは、シャルル王子殿下の婚約者に決まった」
「!!」
「とてもお断りできなかった」
数年ぶりに、足を踏み入れた殿下の私室で、バーナードはエドワードに「お考え直し頂きたい」と頼んだが、エドワードは決して首を縦に振らなかった。
むしろ、バーナードの動揺ぶりに笑みすら零す様子を見せていた。
「あの娘は、お前とフィリップの子であろう。王子の妃にふさわしい。恐らく誰よりも美しく成長するだろう。今から婚約者にしておかねば、誰にさらわれるか分からぬ」
「……………」
「そなたが、私に夢を見せなくなったことが、伽をしなくなったことが、これほど善い結果に繋がることになろうとは思わなんだ」
殿下は、バーナードが淫魔であることを知っている。
そして霊樹に子を実らせることすら、知っている。
なれば、伽をしたり、淫夢を見せることで、相手の精力を吸い上げることも知っているはずで、バーナードが殿下を拒否した結果、アレキサンドラには、殿下の精力は注がれていない。
だからこそ、王家に迎え入れることが出来る。
「殿下は私を、お恨みなのでしょうか」
苦し気に、バーナードが言うと、エドワードはうっそりと笑った。
伽をしない、夢をもう見せて差し上げることはないと告げた時、エドワードは最後まで食い下がろうとした。そのやりとりを思い出したのだ。
しかしエドワードは手を伸ばし、騎士団長の頬にそっと手をやる。
「恨む? そうではない」
私は未だに、お前を愛しているのだよ
その言葉が口にされることはない。
ただ、王太子の碧い瞳は、いつまでもバーナードを見つめていた。
彼はトドメを刺すように、こうも告げていた。
「それに、お前は私に借りがあるはずだ。覚えているだろう、バーナード」
それには、バーナードの拳が握りしめられる。
殿下への借りが、愛しい娘の将来にまで影響することになろうとは思いもよらなかった。
「殿下、私をいかようにお使いになっても構いません。ですが、娘は」
「そんな苦しい顔をするな、バーナード。私はお前も、お前の娘も苦しめるつもりは毛頭ない。お前の娘は、王国の王妃となることができるのだぞ。大いなる誉れだ」
そう言って、エドワードはバーナードの頬に手をやったまま、彼の目元に口づけた。柔らかな口づけだった。
「…………………」
「バーナード、もう一度言う。私はお前を苦しめるつもりはない」
ただ、もう一度、解けてしまった結び目を、今度はしっかりと結ぶだけだった。
決して解けないように。
*
アレキサンドラが五歳になった時、王宮での王妃教育が始まり、彼女は毎日のように王宮へ足を運ぶようになる。
彼女の婚約者たるシャルル王子は、鋭くも青く澄んだ目をした美しいアレキサンドラを気に入り、二人の子供達は、父親達の思惑を知らずして、仲良く王宮で過ごすようになる。
だが、アレキサンドラが八歳になった時、彼女は騎士学校に進学した。王子の婚約者であるというのに、父親達への憧れの余り、女騎士を目指すという前代未聞の事態に、誰もが驚愕した。アレキサンドラの二人の父親達は「彼女の望むまま、望む道に進めさせる」とキッパリと告げ、他人の言葉には一切耳を貸さなかった。
仮に、このせいで、王家から婚約破棄を突き付けられても、構わない。
そうした開き直りさえ、二人の父親にはあったのだ。
だが、アレキサンドラが婚約を破棄されることはなく、騎士を目指す、王子殿下の婚約者という、不思議な姫君が誕生したのだった。
そしてどこか鷹揚なシャルル王子は、自分の美しく強い婚約者のすることは何もかも許していた。
大人しいシャルル王子と大胆なアレキサンドラ。意外と二人はお似合いかもしれないと、シャルル王子の母セーラ妃は内心思い始めていたが、婚約以外のことについて、エドワード王太子が子供達に対して口を出すことはなかった。
不安な気持ちでフィリップは、アレキサンドラを連れて屋敷に戻る。なんとなしに父親達のいつもと違う様子を感じたアレキサンドラは、フィリップのそばを離れようとしなかった。そして足元にまとわりついてくる弟達の小さな身体を抱き上げる。仔狼の姿をとる弟達は、アレキサンドラの帰宅に大喜びで、彼女の頬をペロペロと舐めていた。
無邪気に遊ぶ子供達の姿に、少しだけ不安を和らげるフィリップだった。
しばらくして王宮から帰宅したバーナードは、強張った顔をしていた。
椅子に座ると、深々とため息をついて、告げた。
「アレキサンドラは、シャルル王子殿下の婚約者に決まった」
「!!」
「とてもお断りできなかった」
数年ぶりに、足を踏み入れた殿下の私室で、バーナードはエドワードに「お考え直し頂きたい」と頼んだが、エドワードは決して首を縦に振らなかった。
むしろ、バーナードの動揺ぶりに笑みすら零す様子を見せていた。
「あの娘は、お前とフィリップの子であろう。王子の妃にふさわしい。恐らく誰よりも美しく成長するだろう。今から婚約者にしておかねば、誰にさらわれるか分からぬ」
「……………」
「そなたが、私に夢を見せなくなったことが、伽をしなくなったことが、これほど善い結果に繋がることになろうとは思わなんだ」
殿下は、バーナードが淫魔であることを知っている。
そして霊樹に子を実らせることすら、知っている。
なれば、伽をしたり、淫夢を見せることで、相手の精力を吸い上げることも知っているはずで、バーナードが殿下を拒否した結果、アレキサンドラには、殿下の精力は注がれていない。
だからこそ、王家に迎え入れることが出来る。
「殿下は私を、お恨みなのでしょうか」
苦し気に、バーナードが言うと、エドワードはうっそりと笑った。
伽をしない、夢をもう見せて差し上げることはないと告げた時、エドワードは最後まで食い下がろうとした。そのやりとりを思い出したのだ。
しかしエドワードは手を伸ばし、騎士団長の頬にそっと手をやる。
「恨む? そうではない」
私は未だに、お前を愛しているのだよ
その言葉が口にされることはない。
ただ、王太子の碧い瞳は、いつまでもバーナードを見つめていた。
彼はトドメを刺すように、こうも告げていた。
「それに、お前は私に借りがあるはずだ。覚えているだろう、バーナード」
それには、バーナードの拳が握りしめられる。
殿下への借りが、愛しい娘の将来にまで影響することになろうとは思いもよらなかった。
「殿下、私をいかようにお使いになっても構いません。ですが、娘は」
「そんな苦しい顔をするな、バーナード。私はお前も、お前の娘も苦しめるつもりは毛頭ない。お前の娘は、王国の王妃となることができるのだぞ。大いなる誉れだ」
そう言って、エドワードはバーナードの頬に手をやったまま、彼の目元に口づけた。柔らかな口づけだった。
「…………………」
「バーナード、もう一度言う。私はお前を苦しめるつもりはない」
ただ、もう一度、解けてしまった結び目を、今度はしっかりと結ぶだけだった。
決して解けないように。
*
アレキサンドラが五歳になった時、王宮での王妃教育が始まり、彼女は毎日のように王宮へ足を運ぶようになる。
彼女の婚約者たるシャルル王子は、鋭くも青く澄んだ目をした美しいアレキサンドラを気に入り、二人の子供達は、父親達の思惑を知らずして、仲良く王宮で過ごすようになる。
だが、アレキサンドラが八歳になった時、彼女は騎士学校に進学した。王子の婚約者であるというのに、父親達への憧れの余り、女騎士を目指すという前代未聞の事態に、誰もが驚愕した。アレキサンドラの二人の父親達は「彼女の望むまま、望む道に進めさせる」とキッパリと告げ、他人の言葉には一切耳を貸さなかった。
仮に、このせいで、王家から婚約破棄を突き付けられても、構わない。
そうした開き直りさえ、二人の父親にはあったのだ。
だが、アレキサンドラが婚約を破棄されることはなく、騎士を目指す、王子殿下の婚約者という、不思議な姫君が誕生したのだった。
そしてどこか鷹揚なシャルル王子は、自分の美しく強い婚約者のすることは何もかも許していた。
大人しいシャルル王子と大胆なアレキサンドラ。意外と二人はお似合いかもしれないと、シャルル王子の母セーラ妃は内心思い始めていたが、婚約以外のことについて、エドワード王太子が子供達に対して口を出すことはなかった。
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