騎士団長が大変です

曙なつき

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第三十章 残滓

第五話 三百年後

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 一人の女が、よく手入れの行き届いた広い庭の中を歩いている。
 裾の長いスカートをまとい、長い髪は綺麗に結い上げている。
 手には一冊の本を持ち、庭の東屋に向かい、東屋内のベンチに座った。
 本を読み耽っているところで、召使に案内されて、一人の大男と年若い少年が現れた。

 大男はゼトゥだった。
 彼は二百年前に、灰から蘇った。
 灰にされる前と同じ身体で見事に蘇ったことに、ネリアは安堵した。
 極めて稀だが、灰のまま命を終えてしまう吸血鬼もいる。そうでなく、ゼトゥが五体無事で蘇ることが出来たことは喜ばしかった。
 裸で復活したため、ネリアはゼトゥに用意していた服を手渡す。
 それを身に纏いながら、ゼトゥはネリアの説明を聞いていた。

 ランディア王国は変わらずに、ランディア王国として存在していた。
 百年が経ち、バーナード騎士団長は寿命を迎えて亡くなっている。バート少年もおそらくそうだろうという話だった。

 そしてゼトゥが驚いたことは、主レブランが、あの後すぐに人間達の世界の全ての職を辞して“眠り”についてしまったことだった。
 屋敷の長い地下へと続く階段の向こう、とても深い場所にある地下室の棺桶の中で、レブランは“眠り”についてしまった。
 彼の指示で、屋敷は縮小され、今ではこの広い庭とこじんまりとした小さな屋敷だけが残されている。
 ネリアは、彼の“眠り”を守るため、ずっとこの広い庭のある小さな屋敷で暮らしていた。
 百年、二百年と変わらずに過ごし、そして三百年を迎えていた。

 一方のゼトゥは、二百年前に目覚めてから、「アルセウス王国へ行ってくる」と言って、隣国に渡った。
 そしてバーナード騎士団長がネリアに教えられていた通り、寿命を迎えて亡くなったことを知り、ガックリときていた。
 バート少年のその後は知ることが出来なかったようだ。

 その様子をみるに、ゼトゥはバート少年が好きだったように見えて、父親であるバーナード騎士団長に対してもかなり強い好意を持っていたのではないかと思った。
 しかし、二人とも亡くなってしまった今では、今更どちらが好きだったと言っても、意味のないことだった。

 ゼトゥは、主であるレブランが“眠り”についているため、気の向くまま人間達の世界を旅しているようだった。
 時折ふらりとネリアの元を訪れては、その時々の人間達の国の情勢を教えてくれる。
 幸いなことに、主のレブランは多くの財産を残していたため、人の国が戦乱で荒れようと、ネリア達残された吸血鬼達はなんら問題なく過ごすことが出来た。

 そして時が流れ、ゼトゥは一人の少年と出会った。
 その少年に引き合わされた時、ネリアは驚いた。
 瞳の色こそ違うが、彼の容貌とその姿はバーナード騎士団長にそっくりであり、バート少年そのものであったからだ。黒髪の凛々しい、スラリとした肢体を持つ少年だった。

 アルセウス王国にかつていた、バーナード騎士団長という人物の末裔かと聞いたところ、少年は頷いた。
 
「ご先祖様だと聞いている」

 

 少年と知り合って以来、ゼトゥは常に彼と共に行動をしている。
 意外と粘着質なのだなと、勿論口には出さないが、ネリアはゼトゥのことを思う。
 三百年前に会うことの出来なくなったバート少年のことを、まだ想って、この子孫らしき少年に付きまとっているのかと。
 考えてみれば、返事も来ないのに、バーナード騎士団長(バート宛)に手紙を送り続けていた男である。
 ある意味、筋金入りなのかも知れない。

 ゼトゥが少年をこの屋敷に連れて来たのは、屋敷の地下にある地下室の、吸血鬼達の眠る部屋の向こうにある、宝物庫を見せるためだった。
 ゼトゥは、その宝物庫に収納されている魔剣の一つを、少年に貸し出したいと言っているのだ。
 レブランから、蓄えている宝はいかように処分して構わないと言われているネリアである。
 魔剣の一つくらい、ゼトゥが想いを寄せる少年に貸し出しても問題がないだろうと思った。
 そして魔剣の収納されている宝物庫の部屋の一つに、少年を案内しようとネリアとゼトゥは、地下へと続く長い階段を下りていく。
 地下へ降りていくにつれ、肌寒さを覚える。
 壁に魔道具の明りが灯されているが、どこか不気味な雰囲気がある。

 ゼトゥは、少年に自分が吸血鬼であることをすでに告白しているらしい。
 少年はそのことを受け入れている。
 吸血鬼であることを受け入れてはもらえているようだが、まだゼトゥの好意を受け入れてもらえていない。相変わらずの片思いの状態であることにも、ネリアは内心苦笑していた。

(ゼトゥはそういう運命というか、巡り合わせの人なのでしょうか)

 地下に降りると、幾つもの扉が並んだ部屋に辿り着いた。
 宝物庫の扉は右側にある。
 そして正面の大きな黒光りする鉄の扉は、吸血鬼の主の眠る部屋だった。

 右側の扉に案内しようと、ネリアが二人を招いたところで、突然、正面の大きな鉄の扉が開いた。
 
 そこに、三百年ぶりに“眠り”から醒めた主のレブランの姿を認めて、ネリアは慌てた。

「レブラン様!!」

 思わず声に喜びの響きが混じる。
 だが、レブランはネリアに目もやらず、スタスタと歩くと、ゼトゥの横に立つ少年の顎に手をやり、上を向かせた。
 その目を覗き込むように見つめる。

「…………」

 深い“眠り”についていたレブランは、何故か突然、目を醒まさなければならないという思いにかられ、彼は水の中から浮上するように、意識を蘇らせていた。
 そして起き上がって早々、急かされるように、鉄の大扉を開けた。
 そこで彼に出会ったのだ。

 ゼトゥは主とはいえ、想いを寄せている少年へのこの態度に、剣の柄に手をやったところで、レブランの声を耳にした。

「ああ、混じっているのか。の血脈に」





 鮮やかな碧い瞳だった。
 アルセウス王国の王家に嫁いだ、バーナード騎士団長の長女アレキサンドラの子は、いずれも父親の王家に伝わる碧い瞳を持ったという。
 彼女は三人の子を産み、その末子が、バーナード騎士団長の持つ爵位を継いだ。
 そしてその一族の者達は、黒髪に碧い瞳を持つようになった。
 
 遠い末裔である少年もまた、王家の碧い目を持っていた。
 艶やかな黒髪に碧い碧い瞳の少年。






 それはこの場の誰も知らぬが、バーナード騎士団長の夢の中で現れた、あの小さな子供と同じ瞳の色だった。
 淡く、もはや残滓でしかない黒い黒い靄は、その碧い瞳の奥に小さく揺れていた。

 それを認めたレブランは小さく微笑んだ。



 それから、レブランは再びランディア王国で動き出すことになる。
 彼もまた、黒髪に碧い瞳の少年に付きまとうようになり、ゼトゥと揉めることになるのは、また別の物語である。
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