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第三十章 残滓
第二話 怒りの向かう先(上)
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レブラン様は非常に気落ちして、屋敷の中に閉じこもっていた。
ネリアは何も言わず、主人の側に静かに控えていた。
そら恐ろしいほど遠い昔から、主人の吸血鬼が“神の欠片”を集めていることを、ネリアは知っていた。
集めたそれを注ぐため、美しい淫魔の青年も屋敷において、そして“淫魔の王女”を唆して、命を落とさせ、“淫魔の王女”位を得た淫魔の青年に、再度、集めた“神の欠片”を注ぎ込み、神を蘇らせようとしていた。
やがて大妖精の手元に“淫魔の王女”位を得た少年がいると知り、妖精達と共に彼に“神の欠片”を注ぎ込んでいた。レブランは、レブランの持つ全ての欠片を注ぎ込んだ。
しかし、彼の計画は頓挫した。
“器”の中の“神の欠片”の全てを使い切られてしまったからだ。
お可哀想なレブラン様。
もはや、彼の望みが叶うことはない。
長い間、神の蘇りを切望していたその願いが潰えた。
気落ちして引きこもるのも当然だった。
しかし、気落ちしているだけではないことも察していた。
彼は怒っている。
“神の欠片”の全てを失ってしまったことを、嘆いている一方で、そうなってしまったことに怒っている。
胸中で渦巻き、落ち着くことのないその怒りをぶつける先を探しているような様子があった。
結局のところ、どんな理由があろうと、“神の欠片”を使い切ってしまったことが悪いのだ。
どんな理由があろうとも、あの少年は“器”の中の“神の欠片”を使ってはならなかった。
元から、完璧な計画ではなかった。
あの御方の魂が、大神の剣で砕かれ、地上に落とされた後、その欠片を手にした者達が全て後生大事にソレを持っている輩ばかりではない。その欠片は、錬金術の材料となるほどの高濃度の魔力を蓄えていたのだから、ソレを使ってしまうものも多かった。だから、レブランが懸命に集めたとしても、全て完璧にあの御方の欠片を揃えることは不可能だった。集めている時点で、すでにある程度、失われていたのだ。
それでもこれから生まれてくる“淫魔の王女”の子の魂と混じり合えば、その子の魂と混じり合い、きっとまともに生まれてくることが出来るだろう。それが一縷の望みだった。
なのに、あの少年は全て使ってしまったというのだ。
許せるはずがなかろう。
非常に不愉快で、なんとしても、その怒りを鎮めなければならなかった。
その怒りが、それを為した張本人を始末しようと考えるのに、それほど時間はかからなかった。
ご隠居様と呼ばれる大妖精は、吸血鬼のレブランと会った後、すぐに配下の妖精達に命じて、バーナード騎士団長の護りを固めさせた。
対面の時、抑えてはいたが、吸血鬼のレブランの怒りをひしひしと大妖精は感じていたのだ。早晩、彼はその怒りを何かしらの形で弾けさせるだろう。
そうなれば、バーナード騎士団長が巻き込まれる可能性がある。
バーナード騎士団長は、ようやく彼自身の夢の中に引きこもる状態から目が覚め、伴侶の人狼の青年と睦み合って体力を回復させたばかりである。それに、彼には大きな借りがあった。ご隠居様としては、絶対にこれ以上、何者にも彼を傷つけさせるつもりはなかった。
妖精の騎士達までもが、密かにバーナード騎士団長の周囲に配置されていた。
そんな中、吸血鬼一族の中で最も力を持ち、古き時代から生きてきた銀髪の吸血鬼が、バーナードの元へ行こうとしていたのだった。
主レブランが単身、バーナードの元へ行き、バート少年共々始末するという話を耳にしたゼトゥは驚愕した。また、主が直々に足を運んでソレをするということにも驚いた。
ゼトゥが、他の配下達からそれを聞いてしまったことを知ったネリアは、渋い顔をしていた。
「貴方には知られたくなかったのですが……」
ゼトゥが何十通とバート少年に恋文を送り続け、ついには彼の元に押しかけていって護衛まで勤めていた、その想いの深さを知っているネリアは、ゼトゥにそのことを知られると厄介なことになると思っていた。
そして事実、厄介なことになりそうだった。
「レブラン様を止めなければ」
ゼトゥのその言葉に、ネリアは頭を押さえた。
配下となった吸血鬼が、上位の主たる吸血鬼を止めることなど出来ない。無理なことだ。しかし、ゼトゥは武器防具を揃え、アルセウス王国へ向かおうとしている。
「ゼトゥ、レブラン様に逆らうのですか」
その声に、ゼトゥは首を振った。
「バートを守るだけだ」
「それが逆らうことになるのです。レブラン様は、彼を始末しようと思っているのですから」
「…………」
ゼトゥは何も答えず、そのまま立ち去っていく。
それに、ネリアは深く深くため息をついて、彼女もまた急ぎ、アルセウス王国へ向かったのだった。
*
レブランが転移魔法陣を展開してアルセウス王国に赴いた時、時刻は夕方になろうかという薄闇時であった。
季節はもうすぐ夏だった。
レブランは夏が嫌いだった。
汗ばむその季節は、やたらと何もかもが生命力に溢れ、草木も青々とし、空も抜けるように深い青になる。
虫達も、短い生を謳歌しようとうるさく飛び回る。
本当に煩わしい季節だった。
バーナード騎士団長が普段よく過ごしている屋敷の場所は知っていた。
裏手が森に面した静かな場所にある小さな屋敷で、ネリア達にその場所を聞いた時、王国の騎士団長たる男が随分と寂しい場所に居を構えているのだと少し驚いた。
聞けば、功績を称えられ、国王から与えられた立派な屋敷は別にあるらしい。
ここは、バーナード騎士団長が自身の伴侶である副騎士団長と暮らしている屋敷だという。
そしてネリアから、伴侶の副騎士団長も人間ではないという話を聞いていた。
ネリアは戦いの最中、狼に化身した副騎士団長に腕を嚙み切られた。そう涼しい顔で報告された(報告の時にはその噛み切られた腕は元通りになっていた)。
伴侶が人狼であるなら、やはり、バーナード騎士団長もまた何かしらの魔族であろう。
人狼はこの夏の季節のように、生命力に溢れ、やたらと元気な種族である。
そんな人狼を伴侶にしているのだ。バーナード騎士団長自身、よほど――――
そこで何かがふいと心の中を横切った気がしたが、それが何であるのかレブランには分からなかった。
レブランがそのバーナード騎士団長らが普段暮らす屋敷のそばの森に降り立った時、すぐに森の木々が騒めき、木々の間から無数のキラキラと輝く光が見えた。
それらが、弓や剣、槍といった小さな武器を手にした、背中に蝶の翅を持つ妖精達だと分かる。
「あくまで妖精族は、あの男を守るというのか」
鼻で笑う。
小さな妖精達は、一斉に掛け声を上げて、多くが魔法で攻撃してきた。
レブランはすぐに結界を張り、その小さな妖精達の攻撃を避ける。
パシパシと小さな光の矢の攻撃を避けていたが、なにせん数の多い妖精達である。
途切れることなくその攻撃が続くことに、レブランは面倒になり、短い呪文を唱える。
その一瞬で、妖精達の周囲に無数のかまいたちが発生して、それが通り過ぎた後には、小さな妖精達はズダズダに引き裂かれて、ボタボタと地面に落ちていった。生き残った妖精達も傷だらけで、互いに肩を貸し合い、ふらふらと飛んで逃げていく。
それを追ってまで殺すつもりはなかった。
レブランは、森の中を歩いていく。
そこに、いつの間にやら“ご隠居様”と呼ばれる大妖精がいた。
ネリアは何も言わず、主人の側に静かに控えていた。
そら恐ろしいほど遠い昔から、主人の吸血鬼が“神の欠片”を集めていることを、ネリアは知っていた。
集めたそれを注ぐため、美しい淫魔の青年も屋敷において、そして“淫魔の王女”を唆して、命を落とさせ、“淫魔の王女”位を得た淫魔の青年に、再度、集めた“神の欠片”を注ぎ込み、神を蘇らせようとしていた。
やがて大妖精の手元に“淫魔の王女”位を得た少年がいると知り、妖精達と共に彼に“神の欠片”を注ぎ込んでいた。レブランは、レブランの持つ全ての欠片を注ぎ込んだ。
しかし、彼の計画は頓挫した。
“器”の中の“神の欠片”の全てを使い切られてしまったからだ。
お可哀想なレブラン様。
もはや、彼の望みが叶うことはない。
長い間、神の蘇りを切望していたその願いが潰えた。
気落ちして引きこもるのも当然だった。
しかし、気落ちしているだけではないことも察していた。
彼は怒っている。
“神の欠片”の全てを失ってしまったことを、嘆いている一方で、そうなってしまったことに怒っている。
胸中で渦巻き、落ち着くことのないその怒りをぶつける先を探しているような様子があった。
結局のところ、どんな理由があろうと、“神の欠片”を使い切ってしまったことが悪いのだ。
どんな理由があろうとも、あの少年は“器”の中の“神の欠片”を使ってはならなかった。
元から、完璧な計画ではなかった。
あの御方の魂が、大神の剣で砕かれ、地上に落とされた後、その欠片を手にした者達が全て後生大事にソレを持っている輩ばかりではない。その欠片は、錬金術の材料となるほどの高濃度の魔力を蓄えていたのだから、ソレを使ってしまうものも多かった。だから、レブランが懸命に集めたとしても、全て完璧にあの御方の欠片を揃えることは不可能だった。集めている時点で、すでにある程度、失われていたのだ。
それでもこれから生まれてくる“淫魔の王女”の子の魂と混じり合えば、その子の魂と混じり合い、きっとまともに生まれてくることが出来るだろう。それが一縷の望みだった。
なのに、あの少年は全て使ってしまったというのだ。
許せるはずがなかろう。
非常に不愉快で、なんとしても、その怒りを鎮めなければならなかった。
その怒りが、それを為した張本人を始末しようと考えるのに、それほど時間はかからなかった。
ご隠居様と呼ばれる大妖精は、吸血鬼のレブランと会った後、すぐに配下の妖精達に命じて、バーナード騎士団長の護りを固めさせた。
対面の時、抑えてはいたが、吸血鬼のレブランの怒りをひしひしと大妖精は感じていたのだ。早晩、彼はその怒りを何かしらの形で弾けさせるだろう。
そうなれば、バーナード騎士団長が巻き込まれる可能性がある。
バーナード騎士団長は、ようやく彼自身の夢の中に引きこもる状態から目が覚め、伴侶の人狼の青年と睦み合って体力を回復させたばかりである。それに、彼には大きな借りがあった。ご隠居様としては、絶対にこれ以上、何者にも彼を傷つけさせるつもりはなかった。
妖精の騎士達までもが、密かにバーナード騎士団長の周囲に配置されていた。
そんな中、吸血鬼一族の中で最も力を持ち、古き時代から生きてきた銀髪の吸血鬼が、バーナードの元へ行こうとしていたのだった。
主レブランが単身、バーナードの元へ行き、バート少年共々始末するという話を耳にしたゼトゥは驚愕した。また、主が直々に足を運んでソレをするということにも驚いた。
ゼトゥが、他の配下達からそれを聞いてしまったことを知ったネリアは、渋い顔をしていた。
「貴方には知られたくなかったのですが……」
ゼトゥが何十通とバート少年に恋文を送り続け、ついには彼の元に押しかけていって護衛まで勤めていた、その想いの深さを知っているネリアは、ゼトゥにそのことを知られると厄介なことになると思っていた。
そして事実、厄介なことになりそうだった。
「レブラン様を止めなければ」
ゼトゥのその言葉に、ネリアは頭を押さえた。
配下となった吸血鬼が、上位の主たる吸血鬼を止めることなど出来ない。無理なことだ。しかし、ゼトゥは武器防具を揃え、アルセウス王国へ向かおうとしている。
「ゼトゥ、レブラン様に逆らうのですか」
その声に、ゼトゥは首を振った。
「バートを守るだけだ」
「それが逆らうことになるのです。レブラン様は、彼を始末しようと思っているのですから」
「…………」
ゼトゥは何も答えず、そのまま立ち去っていく。
それに、ネリアは深く深くため息をついて、彼女もまた急ぎ、アルセウス王国へ向かったのだった。
*
レブランが転移魔法陣を展開してアルセウス王国に赴いた時、時刻は夕方になろうかという薄闇時であった。
季節はもうすぐ夏だった。
レブランは夏が嫌いだった。
汗ばむその季節は、やたらと何もかもが生命力に溢れ、草木も青々とし、空も抜けるように深い青になる。
虫達も、短い生を謳歌しようとうるさく飛び回る。
本当に煩わしい季節だった。
バーナード騎士団長が普段よく過ごしている屋敷の場所は知っていた。
裏手が森に面した静かな場所にある小さな屋敷で、ネリア達にその場所を聞いた時、王国の騎士団長たる男が随分と寂しい場所に居を構えているのだと少し驚いた。
聞けば、功績を称えられ、国王から与えられた立派な屋敷は別にあるらしい。
ここは、バーナード騎士団長が自身の伴侶である副騎士団長と暮らしている屋敷だという。
そしてネリアから、伴侶の副騎士団長も人間ではないという話を聞いていた。
ネリアは戦いの最中、狼に化身した副騎士団長に腕を嚙み切られた。そう涼しい顔で報告された(報告の時にはその噛み切られた腕は元通りになっていた)。
伴侶が人狼であるなら、やはり、バーナード騎士団長もまた何かしらの魔族であろう。
人狼はこの夏の季節のように、生命力に溢れ、やたらと元気な種族である。
そんな人狼を伴侶にしているのだ。バーナード騎士団長自身、よほど――――
そこで何かがふいと心の中を横切った気がしたが、それが何であるのかレブランには分からなかった。
レブランがそのバーナード騎士団長らが普段暮らす屋敷のそばの森に降り立った時、すぐに森の木々が騒めき、木々の間から無数のキラキラと輝く光が見えた。
それらが、弓や剣、槍といった小さな武器を手にした、背中に蝶の翅を持つ妖精達だと分かる。
「あくまで妖精族は、あの男を守るというのか」
鼻で笑う。
小さな妖精達は、一斉に掛け声を上げて、多くが魔法で攻撃してきた。
レブランはすぐに結界を張り、その小さな妖精達の攻撃を避ける。
パシパシと小さな光の矢の攻撃を避けていたが、なにせん数の多い妖精達である。
途切れることなくその攻撃が続くことに、レブランは面倒になり、短い呪文を唱える。
その一瞬で、妖精達の周囲に無数のかまいたちが発生して、それが通り過ぎた後には、小さな妖精達はズダズダに引き裂かれて、ボタボタと地面に落ちていった。生き残った妖精達も傷だらけで、互いに肩を貸し合い、ふらふらと飛んで逃げていく。
それを追ってまで殺すつもりはなかった。
レブランは、森の中を歩いていく。
そこに、いつの間にやら“ご隠居様”と呼ばれる大妖精がいた。
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