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第二十九章 豊かな実り
第十一話 神を縛り付ける
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「“すべての魔法を無効化”すると言われるその大きな黒い石は、エイリース神の身を縛り付けて、無力化させたのじゃ。赤子ほどに弱り切ったエイリース神を大神は、自身の宮に連れて帰って閉じ込めたのじゃ」
「…………」
そんな最低な行為を大神が過去、為していたとは。
そして、悲惨なエイリース神の境遇に胸を痛めながら、ベンジャミンは話を聞いていた。
「さらに悪いことに、宮には嫉妬深い大神の妻がいたのじゃ。そなたも聞いたことがあるじゃろう? 竈の女神であり、かつ嫉妬深いイグリーヌ神の話を」
頷くベンジャミン。
「嫉妬は人を狂わせる。イグリーヌ神は、宮で寵愛し続ける大神に憤慨しながらも、その怒りの矛先はエイリース神に向かった」
その展開はよく聞く話だった。
ベンジャミンは常々、何故、妻の怒りが浮気をした夫本人に向かわないのだろうと思っていたが、夫への愛ゆえに、妻の凄まじい怒りが浮気相手の者に向かってしまうことが、古今東西よく見られていた。
そして、それは嫌な予感をますます掻き立てていた。
「じゃから、イグリーヌ神は、エイリース神を宮から連れ出すと、魔族に引き渡したのじゃ」
「…………」
「魔物退治を命ぜられていた神を、魔族に引き渡したのじゃよ。扱いは酸鼻を極め、最後には何度も繰り返し喰い殺される状態になった。あれほど、強く、美しく優しい神であった人は、ようやく神々の手に取り戻された時には人の姿は保っておられず、気も狂われておった」
そこでご隠居様は言葉を切り、自身の気を落ち着かせるように、一度お茶を飲んだ。
部屋は静まり返っている。
それからまた話を続けた。
「水神リーン様をはじめ、多くの神々があまりな仕打ちに怒り狂い、魔族の、特にエイリース神を連れ出した悪魔達の多くが殺された。魔族が激減することになる事件がそれじゃった」
「魔族に引き渡したイグリーヌ神は、……罰せられなかったのですか」
ベンジャミンの問いかけに、ご隠居様は暗く嗤った。
「イグリーヌ神が引き渡したという証拠はなかったからのう。彼女もそれを否定していたから、それについてはなあなあで終わっておる。じゃが、以降、大神はイグリーヌ神の元を訪れることは無くなったという話じゃ」
それはあまりにも、軽すぎる罰ではないかと思われた。
そもそも、エイリース神は、自身が望んで大神の元へ行ったわけではない。それなのに、妻に嫉妬され、魔族に引き渡され、挙句に喰い殺されるとは。
言葉を無くした様子でいるベンジャミンに、ご隠居様は言った。
「わしも勿論じゃが、吸血鬼のレブランも、エイリース神に非常に憧れておった。あの当時、わしもレブランもまだ幼く、レブランは魔族ではあったが、その幼さゆえに、エイリース神から討伐の際、庇われて命を救われたことがあった。だから、余計に思いがあるのじゃろう」
吸血鬼のレブランは、気の遠くなるような長い時間をかけて、エイリース神の魂の欠片を集めていた。
それを、“淫魔の王女”の器に満たし、再び、エイリース神の復活を願うほどに。
「神々の中でも、エイリース神のあまりにも哀れな境遇に心を痛める者も多くあってな。彼の神を蘇らせようという話は幾度もあった。しかし、当の本人がそれを望まんかった。それどころか、エイリース神は“完全なる消滅”を望んでおった。しかし、それには大神も反対しておってな。そもそもの発端を作った大神に、反対する権利があるとは思えんかったがのう」
非常に苦々しい顔をして、ご隠居様は話を続ける。
「神々の中でも、意見が非常に分かれておったのじゃ。エイリース神の望み通り、“完全なる消滅”をさせるか。その魂を何度も何度も繰り返し転生させることによって、浄化させ、蘇らせるべきかいう意見に分かれた。結果的にその中間をとることになった。その魂を砕いて、地上にばらまいたのじゃ」
「……………………………」
それは中間と言えるのだろうか……。
強い疑問をベンジャミンは抱いていた。
「大きな魂は人の子の魂に混じり、聖王国の神子となった。水神リーン様が、その神子の魂を集め続けた」
だから、ベンジャミンは聖王国に渡り、現神子から歴代神子の魂の欠片を受け取ったのだ。
それを、バーナード騎士団長の“器”に注ぎ込むため。
「神々の中でも意見が分かれたと話したじゃろう。水神リーン様は、ゆくゆくは集めたその魂を“消滅”させるおつもりじゃった。あの御方はその方法をずっと模索されておった」
「………………」
「そしてわしも、エイリース神の今際の願いを叶えたいと考えている」
「でも、ご隠居様は以前、こう仰ったじゃないですか。復活を望んでいると」
ベンジャミンは言葉を失った。
集めた魂のすべてを“消滅”させる?
そのための、“器”に入れる作業だったのか。
でも、ご隠居様はレブランにこう話したではないか。
あの御方の復活を望んでいると。
その話を、ご隠居様からベンジャミンは聞いていた。
レブランの協力を受けるために、そう話したと。
そこで気が付いた。
彼は協力を受けるために、あえてそう話したのだ。
「レブラン殿は、“復活”を望む者じゃったから、協力してもらうためにはそう話すしかなかろう。分かるじゃろう。レブラン殿に協力してもらえれば、魔族側の欠片はほぼすべてが手に入る」
「……分かりません」
ベンジャミンはふるふると頭を振った。
分かりたくなかった。
“復活”を望んでいない。“消滅”させるために、“器”に入れている?
それなら、バーナード騎士団長の実らせる子はどうなるのか?
まさか、まさかという思いが心の中に湧き上がる。
小さな身体が震えはじめる。
それでもか細い希望を持って尋ねていた。
「なら、“霊樹”で実を守っているのはどうしてですか」
「今の段階で、他の者に奪われるのはマズイ。あれは、欠片の集まったものに等しいからのう。あれはあれで他者にとっては利用価値がある。奪われてはならないものじゃ」
「……騎士団長を守らない理由は何ですか」
ベンジャミンは子供のように、弱々しい声で尋ね続けた。
その物分かりの悪さに、ご隠居様は眉をあげた。
ため息混じりで言った。
「何かしらに襲われて、魔力を使って、使い尽くして、子を消滅させてくれるのが、一番いいからじゃよ、ベンジャミン。海の魔獣が現れ、更には強いモノが呼び出されるというのなら、幸いじゃ。騎士団長はきっと、最善を尽くすじゃろう」
バーナード騎士団長の手元には、聖王国の神子から“結界”の首飾りが渡されている話を、大妖精たるご隠居は神から直接話を聞いていた。
水神リーンは、神子の手から騎士団長の手にそれが渡されたことを知って、これ幸いと思ったようだ。
「“器”の中の精力も全て魔力に換算して、そして全てを綺麗になかったことにする。それがあの御方の最期の願いになるんじゃよ」
「でも、でもそんなことをすると、バーナード騎士団長の子が死んでしまうじゃないですか」
「まだ生まれてもいない子じゃ。最初の子は諦めよということなのじゃよ。それに、彼らはまた子を実らせることはできる」
「あんなにバーナード騎士団長も、フィリップ副騎士団長も楽しみにしているのに……」
ベンジャミンは絶句している。
そしてふるふると頭を振り続けている。
「そんなこと、そんなこと、出来ない」
生まれ落ちることをあんなに楽しみにしているのに。
その子を諦めさせることなど出来ない。
俯いて震え続ける小さな妖精に、ご隠居様はため息をついた。
ご隠居様がパチンと指を鳴らすと、次の瞬間、ベンジャミンの身体は白い鳥籠の中にあった。
驚いて立ち上がり、ベンジャミンは鳥籠の格子を掴む。掴んで揺するが、頑丈な格子はビクともしなかった。鳥籠の中に閉じ込められてしまった。
「ご隠居様!!」
「そなたは何もしなくていいのじゃよ」
「ご隠居様、出して下さい!!」
「何もしなくて、そこにいるがいい。事が終わったら出してやろう、ベンジャミン」
「ご隠居様!!」
そしてご隠居様は部屋から出ていく。その消えていく背中に向かって、ベンジャミンは必死に格子を揺すり、ずっと叫び続けていた。
「ご隠居様、ご隠居様、バーナード騎士団長を、その御子をお助け下さい!! お願いします!! お願いします!!」
「…………」
そんな最低な行為を大神が過去、為していたとは。
そして、悲惨なエイリース神の境遇に胸を痛めながら、ベンジャミンは話を聞いていた。
「さらに悪いことに、宮には嫉妬深い大神の妻がいたのじゃ。そなたも聞いたことがあるじゃろう? 竈の女神であり、かつ嫉妬深いイグリーヌ神の話を」
頷くベンジャミン。
「嫉妬は人を狂わせる。イグリーヌ神は、宮で寵愛し続ける大神に憤慨しながらも、その怒りの矛先はエイリース神に向かった」
その展開はよく聞く話だった。
ベンジャミンは常々、何故、妻の怒りが浮気をした夫本人に向かわないのだろうと思っていたが、夫への愛ゆえに、妻の凄まじい怒りが浮気相手の者に向かってしまうことが、古今東西よく見られていた。
そして、それは嫌な予感をますます掻き立てていた。
「じゃから、イグリーヌ神は、エイリース神を宮から連れ出すと、魔族に引き渡したのじゃ」
「…………」
「魔物退治を命ぜられていた神を、魔族に引き渡したのじゃよ。扱いは酸鼻を極め、最後には何度も繰り返し喰い殺される状態になった。あれほど、強く、美しく優しい神であった人は、ようやく神々の手に取り戻された時には人の姿は保っておられず、気も狂われておった」
そこでご隠居様は言葉を切り、自身の気を落ち着かせるように、一度お茶を飲んだ。
部屋は静まり返っている。
それからまた話を続けた。
「水神リーン様をはじめ、多くの神々があまりな仕打ちに怒り狂い、魔族の、特にエイリース神を連れ出した悪魔達の多くが殺された。魔族が激減することになる事件がそれじゃった」
「魔族に引き渡したイグリーヌ神は、……罰せられなかったのですか」
ベンジャミンの問いかけに、ご隠居様は暗く嗤った。
「イグリーヌ神が引き渡したという証拠はなかったからのう。彼女もそれを否定していたから、それについてはなあなあで終わっておる。じゃが、以降、大神はイグリーヌ神の元を訪れることは無くなったという話じゃ」
それはあまりにも、軽すぎる罰ではないかと思われた。
そもそも、エイリース神は、自身が望んで大神の元へ行ったわけではない。それなのに、妻に嫉妬され、魔族に引き渡され、挙句に喰い殺されるとは。
言葉を無くした様子でいるベンジャミンに、ご隠居様は言った。
「わしも勿論じゃが、吸血鬼のレブランも、エイリース神に非常に憧れておった。あの当時、わしもレブランもまだ幼く、レブランは魔族ではあったが、その幼さゆえに、エイリース神から討伐の際、庇われて命を救われたことがあった。だから、余計に思いがあるのじゃろう」
吸血鬼のレブランは、気の遠くなるような長い時間をかけて、エイリース神の魂の欠片を集めていた。
それを、“淫魔の王女”の器に満たし、再び、エイリース神の復活を願うほどに。
「神々の中でも、エイリース神のあまりにも哀れな境遇に心を痛める者も多くあってな。彼の神を蘇らせようという話は幾度もあった。しかし、当の本人がそれを望まんかった。それどころか、エイリース神は“完全なる消滅”を望んでおった。しかし、それには大神も反対しておってな。そもそもの発端を作った大神に、反対する権利があるとは思えんかったがのう」
非常に苦々しい顔をして、ご隠居様は話を続ける。
「神々の中でも、意見が非常に分かれておったのじゃ。エイリース神の望み通り、“完全なる消滅”をさせるか。その魂を何度も何度も繰り返し転生させることによって、浄化させ、蘇らせるべきかいう意見に分かれた。結果的にその中間をとることになった。その魂を砕いて、地上にばらまいたのじゃ」
「……………………………」
それは中間と言えるのだろうか……。
強い疑問をベンジャミンは抱いていた。
「大きな魂は人の子の魂に混じり、聖王国の神子となった。水神リーン様が、その神子の魂を集め続けた」
だから、ベンジャミンは聖王国に渡り、現神子から歴代神子の魂の欠片を受け取ったのだ。
それを、バーナード騎士団長の“器”に注ぎ込むため。
「神々の中でも意見が分かれたと話したじゃろう。水神リーン様は、ゆくゆくは集めたその魂を“消滅”させるおつもりじゃった。あの御方はその方法をずっと模索されておった」
「………………」
「そしてわしも、エイリース神の今際の願いを叶えたいと考えている」
「でも、ご隠居様は以前、こう仰ったじゃないですか。復活を望んでいると」
ベンジャミンは言葉を失った。
集めた魂のすべてを“消滅”させる?
そのための、“器”に入れる作業だったのか。
でも、ご隠居様はレブランにこう話したではないか。
あの御方の復活を望んでいると。
その話を、ご隠居様からベンジャミンは聞いていた。
レブランの協力を受けるために、そう話したと。
そこで気が付いた。
彼は協力を受けるために、あえてそう話したのだ。
「レブラン殿は、“復活”を望む者じゃったから、協力してもらうためにはそう話すしかなかろう。分かるじゃろう。レブラン殿に協力してもらえれば、魔族側の欠片はほぼすべてが手に入る」
「……分かりません」
ベンジャミンはふるふると頭を振った。
分かりたくなかった。
“復活”を望んでいない。“消滅”させるために、“器”に入れている?
それなら、バーナード騎士団長の実らせる子はどうなるのか?
まさか、まさかという思いが心の中に湧き上がる。
小さな身体が震えはじめる。
それでもか細い希望を持って尋ねていた。
「なら、“霊樹”で実を守っているのはどうしてですか」
「今の段階で、他の者に奪われるのはマズイ。あれは、欠片の集まったものに等しいからのう。あれはあれで他者にとっては利用価値がある。奪われてはならないものじゃ」
「……騎士団長を守らない理由は何ですか」
ベンジャミンは子供のように、弱々しい声で尋ね続けた。
その物分かりの悪さに、ご隠居様は眉をあげた。
ため息混じりで言った。
「何かしらに襲われて、魔力を使って、使い尽くして、子を消滅させてくれるのが、一番いいからじゃよ、ベンジャミン。海の魔獣が現れ、更には強いモノが呼び出されるというのなら、幸いじゃ。騎士団長はきっと、最善を尽くすじゃろう」
バーナード騎士団長の手元には、聖王国の神子から“結界”の首飾りが渡されている話を、大妖精たるご隠居は神から直接話を聞いていた。
水神リーンは、神子の手から騎士団長の手にそれが渡されたことを知って、これ幸いと思ったようだ。
「“器”の中の精力も全て魔力に換算して、そして全てを綺麗になかったことにする。それがあの御方の最期の願いになるんじゃよ」
「でも、でもそんなことをすると、バーナード騎士団長の子が死んでしまうじゃないですか」
「まだ生まれてもいない子じゃ。最初の子は諦めよということなのじゃよ。それに、彼らはまた子を実らせることはできる」
「あんなにバーナード騎士団長も、フィリップ副騎士団長も楽しみにしているのに……」
ベンジャミンは絶句している。
そしてふるふると頭を振り続けている。
「そんなこと、そんなこと、出来ない」
生まれ落ちることをあんなに楽しみにしているのに。
その子を諦めさせることなど出来ない。
俯いて震え続ける小さな妖精に、ご隠居様はため息をついた。
ご隠居様がパチンと指を鳴らすと、次の瞬間、ベンジャミンの身体は白い鳥籠の中にあった。
驚いて立ち上がり、ベンジャミンは鳥籠の格子を掴む。掴んで揺するが、頑丈な格子はビクともしなかった。鳥籠の中に閉じ込められてしまった。
「ご隠居様!!」
「そなたは何もしなくていいのじゃよ」
「ご隠居様、出して下さい!!」
「何もしなくて、そこにいるがいい。事が終わったら出してやろう、ベンジャミン」
「ご隠居様!!」
そしてご隠居様は部屋から出ていく。その消えていく背中に向かって、ベンジャミンは必死に格子を揺すり、ずっと叫び続けていた。
「ご隠居様、ご隠居様、バーナード騎士団長を、その御子をお助け下さい!! お願いします!! お願いします!!」
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