461 / 560
第二十九章 豊かな実り
第十話 ご隠居様の、神々の話
しおりを挟む
バーナード騎士団長のいるアルセウス王国で、海の魔獣が出現し、更には甲虫も襲ってきたという話を聞いた妖精のベンジャミンは、すぐさまご隠居様にそのことを報告した。
そして吸血鬼のレブランと同様に、我々妖精族もバーナード騎士団長の身を守るために、何かしらの手段をとった方が良いのではないかと進言した。
しかし、大妖精たるご隠居様は、「護衛の必要はない」と否定した。
その言葉に、ベンジャミンは首を傾げた。
今まで騎士団長の危機に際しては、何くれと助けて来たご隠居様が、今になって助けないと告げることをおかしいと思ったのだ。
「しかし、このまま海の魔獣が呼び出され続けると、より強いモノが呼び出されるだろうとの専らの話です」
ベンジャミンは、フィリップ副騎士団長からお茶を御馳走になりながら聞いていたのだ。
フィリップ副騎士団長としても、今まで助けてくれた妖精ベンジャミンからの、今後の救援も期待して国の危機にまつわる話をしたのだろう。
そしてベンジャミンも、彼らを助けるつもりだった。
だが、ご隠居様は「必要はない」と告げる。
その理由が分からない。
霊樹に実る実を守るためには、“王家の庭”に妖精の騎士を派遣して守ろうとしている。
でも、魔獣に襲われる騎士団長は守る必要はないと言うのだ。
「どうしてですか」
思わずベンジャミンは、ご隠居様に聞き返してしまった。
今まで、尊敬するご隠居様の言葉には何も聞かず、何も問うこともなく、ベンジャミンは彼に従ってきた。
けれど、事は自分に非常に良くしてくれるバーナード騎士団長の身の安全に係ることであり、また彼の身の安全は、彼が生み落とすであろう子にも関係することだ。
妖精界は元より、魔界、人界に落ちた“神の欠片”のほとんどが回収され、バーナード騎士団長の“器”に注ぎ込まれている。
喪われた神の魂と混じり合ったその子を、レブラン教授も、ご隠居様も望んだから、今までバーナード騎士団長の身を守ってきたはずだ。
子が生み落とされるまで、バーナード騎士団長の身を守るべきだ。
ご隠居様は、微笑んで言った。
「この世にある欠片のほとんど全てが、バーナード騎士団長に注がれた」
「はい」
聖王国にあった大量の欠片も、ベンジャミンはだますようにしてせっせとバーナード騎士団長の身に注いできた。
その結果、“王家の庭”に実っている桃色の実も、みるみる大きくなっているとの報告を受けている。
このまま順調に、実が膨らみ続ければ、順当に子が生み落とされるはずだ。
それを霊樹のそばに飛び回る小さな妖精達はもちろんのこと、王国の王子も非常に期待して見守っているという話も聞いていた。
皆、桃色の実から生まれ落ちる子供のことを楽しみに待っている。
でも、ご隠居様は違うというのだろうか。
「ワシがお前に、あの御方の話をしたことはあったかのう」
ご隠居様はふと、呟くように話し始めた。
「あの時代、まだ妖精達もこの妖精の国に渡ることもなく、人の世界で暮らしていた頃の話じゃ。まだ濃密な魔の空気で世界は満ちており、魔物も数多く出没しておってのう。エイリースという名の神は、神々から、魔物を狩るように命ぜられておって、他の何人かの神々と共に、人界を荒らす魔物を狩っておられた。狩の神と知られるエイリース神は、強くて美しく、皆の憧れの御方じゃった」
喪われた神の話は、禁忌とされ、新しく生まれた妖精達もその話を聞く機会はなかった。
何故、バーナード騎士団長の身の安全の話をしている時に、喪われた神の話を聞かねばならぬのかわからなかったが、きっとご隠居さまのこの話には意味があるのだろうと、ベンジャミンは黙って話を聞いていた。
「大神ライナドゥーンは、色神と呼ばれるほど節操のない神で、お主もその話は聞いたことがあるじゃろう。人界の人の子の美姫は元より、美童と知られる少年達までも、酒を酌ませるためにさらってきておったわ。人界で英雄と知られる者の多くが、大神の胤ではないかと言われておる。アルセウス王家に伝わる呪いも、その可能性が指摘されておるのう」
“最強王”の呪いを受けし王子。金髪碧眼の麗しい王子は、絶倫でありつつも、その魔力・体力は人のそれを遥かに凌駕する。
欲に耐えきれなくなると王宮をその膨大な魔力で吹っ飛ばすと噂される呪い持ち。
「狩りの神であるエイリース神には、水神リーン様の娘子との結婚の約束が相成っておってな。お似合いのお二人だと皆、祝福していたのじゃ」
その言葉には、どこかその後の不幸を予感させるような響きがあった。
「誰よりも美しく、強かったエイリース神に、好色な大神が目を付けぬわけはなかったのじゃ。エイリース神のご側近の者達は、以前よりもその危機感を持っておって、大神の目に付かぬよう付かぬように、エイリース神をお隠ししていたのじゃが、とうとう見つかってしまって。それでもエイリース神は強い神であったから、何くれと逃げおおせておられた」
神が神に横恋慕して、追い駆け回すとは。
あまりにも人間臭い大神の愚かな行動に、ベンジャミンは呆れを覚えていた。
「じゃが、相手が逃げれば逃げるほどに、執着は強くなるのじゃよ。大神と呼ばれる神じゃ。神を縛り付けるモノを、大神は創り出したのじゃ」
そして吸血鬼のレブランと同様に、我々妖精族もバーナード騎士団長の身を守るために、何かしらの手段をとった方が良いのではないかと進言した。
しかし、大妖精たるご隠居様は、「護衛の必要はない」と否定した。
その言葉に、ベンジャミンは首を傾げた。
今まで騎士団長の危機に際しては、何くれと助けて来たご隠居様が、今になって助けないと告げることをおかしいと思ったのだ。
「しかし、このまま海の魔獣が呼び出され続けると、より強いモノが呼び出されるだろうとの専らの話です」
ベンジャミンは、フィリップ副騎士団長からお茶を御馳走になりながら聞いていたのだ。
フィリップ副騎士団長としても、今まで助けてくれた妖精ベンジャミンからの、今後の救援も期待して国の危機にまつわる話をしたのだろう。
そしてベンジャミンも、彼らを助けるつもりだった。
だが、ご隠居様は「必要はない」と告げる。
その理由が分からない。
霊樹に実る実を守るためには、“王家の庭”に妖精の騎士を派遣して守ろうとしている。
でも、魔獣に襲われる騎士団長は守る必要はないと言うのだ。
「どうしてですか」
思わずベンジャミンは、ご隠居様に聞き返してしまった。
今まで、尊敬するご隠居様の言葉には何も聞かず、何も問うこともなく、ベンジャミンは彼に従ってきた。
けれど、事は自分に非常に良くしてくれるバーナード騎士団長の身の安全に係ることであり、また彼の身の安全は、彼が生み落とすであろう子にも関係することだ。
妖精界は元より、魔界、人界に落ちた“神の欠片”のほとんどが回収され、バーナード騎士団長の“器”に注ぎ込まれている。
喪われた神の魂と混じり合ったその子を、レブラン教授も、ご隠居様も望んだから、今までバーナード騎士団長の身を守ってきたはずだ。
子が生み落とされるまで、バーナード騎士団長の身を守るべきだ。
ご隠居様は、微笑んで言った。
「この世にある欠片のほとんど全てが、バーナード騎士団長に注がれた」
「はい」
聖王国にあった大量の欠片も、ベンジャミンはだますようにしてせっせとバーナード騎士団長の身に注いできた。
その結果、“王家の庭”に実っている桃色の実も、みるみる大きくなっているとの報告を受けている。
このまま順調に、実が膨らみ続ければ、順当に子が生み落とされるはずだ。
それを霊樹のそばに飛び回る小さな妖精達はもちろんのこと、王国の王子も非常に期待して見守っているという話も聞いていた。
皆、桃色の実から生まれ落ちる子供のことを楽しみに待っている。
でも、ご隠居様は違うというのだろうか。
「ワシがお前に、あの御方の話をしたことはあったかのう」
ご隠居様はふと、呟くように話し始めた。
「あの時代、まだ妖精達もこの妖精の国に渡ることもなく、人の世界で暮らしていた頃の話じゃ。まだ濃密な魔の空気で世界は満ちており、魔物も数多く出没しておってのう。エイリースという名の神は、神々から、魔物を狩るように命ぜられておって、他の何人かの神々と共に、人界を荒らす魔物を狩っておられた。狩の神と知られるエイリース神は、強くて美しく、皆の憧れの御方じゃった」
喪われた神の話は、禁忌とされ、新しく生まれた妖精達もその話を聞く機会はなかった。
何故、バーナード騎士団長の身の安全の話をしている時に、喪われた神の話を聞かねばならぬのかわからなかったが、きっとご隠居さまのこの話には意味があるのだろうと、ベンジャミンは黙って話を聞いていた。
「大神ライナドゥーンは、色神と呼ばれるほど節操のない神で、お主もその話は聞いたことがあるじゃろう。人界の人の子の美姫は元より、美童と知られる少年達までも、酒を酌ませるためにさらってきておったわ。人界で英雄と知られる者の多くが、大神の胤ではないかと言われておる。アルセウス王家に伝わる呪いも、その可能性が指摘されておるのう」
“最強王”の呪いを受けし王子。金髪碧眼の麗しい王子は、絶倫でありつつも、その魔力・体力は人のそれを遥かに凌駕する。
欲に耐えきれなくなると王宮をその膨大な魔力で吹っ飛ばすと噂される呪い持ち。
「狩りの神であるエイリース神には、水神リーン様の娘子との結婚の約束が相成っておってな。お似合いのお二人だと皆、祝福していたのじゃ」
その言葉には、どこかその後の不幸を予感させるような響きがあった。
「誰よりも美しく、強かったエイリース神に、好色な大神が目を付けぬわけはなかったのじゃ。エイリース神のご側近の者達は、以前よりもその危機感を持っておって、大神の目に付かぬよう付かぬように、エイリース神をお隠ししていたのじゃが、とうとう見つかってしまって。それでもエイリース神は強い神であったから、何くれと逃げおおせておられた」
神が神に横恋慕して、追い駆け回すとは。
あまりにも人間臭い大神の愚かな行動に、ベンジャミンは呆れを覚えていた。
「じゃが、相手が逃げれば逃げるほどに、執着は強くなるのじゃよ。大神と呼ばれる神じゃ。神を縛り付けるモノを、大神は創り出したのじゃ」
応援ありがとうございます!
20
お気に入りに追加
1,105
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる