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第二十九章 豊かな実り
第七話 押しかけてきた護衛の男(下)
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吸血鬼レブランからの使者がきたことを、甲虫の悪魔から知らされたオロバスは、あっさりとレブランの希望を受け入れ、このランディア王国から離れることに同意した。
オロバスは、ここでレブランと揉めることは得策ではないと理解していた。
レブランは侮ることの出来ない、非常に力ある魔族であり、かつ、彼は魔族の中でもっとも“神の欠片”を収集していた者であった。ラーシェが“淫魔の王女”となった暁には、彼の協力は必須であった。
レブランの元にいたラーシェが、今はオロバスの傍らにいることに、彼が気付いているのか気付いていないのかそれは分からなかった。彼からの手紙にはラーシェに関する言葉は一文も無かった。
そしてラーシェも、オロバスや甲虫の悪魔が荒らす国を、ランディア王国から移すことを知らされて安堵していた。
あの国にいる限り、レブランに自分の所在が気付かれてしまうのではないかと恐れていたからだ。他国に渡った方がまだ気づかれまい。
それではどこにするのかという話になった時、「恐れながら」と口を開いたのが“黒の司祭”であった。
彼の口から出た国名は、アルセウス王国だった。
理由は幾つかあり、“黒の司祭”がアルセウス王国に以前、居を構えていたために土地勘もあること。
あの王国には、自分達が追い出されることになった恨みがある、とのことだった。
どうせ魔獣を呼び出すならば、あの国を荒らし、滅び尽くしてもいいのだと言う。
そう恨みがましい目を見せている“黒の司祭”の話を気に入って、馬頭の悪魔オロバスも、アルセウス王国で魔獣を召喚することに決めたのだった。
*
レブランからバートの護衛として遣わされたゼトゥは、バーナード騎士団長の周辺をウロチョロとしていた。
だが、彼なりに騎士団長の仕事に迷惑はかけてはいけないと気を遣っているのだろう。王立騎士団の拠点に乗り込んでくることはなく、バーナードが団長室で仕事をしている時には、建物から少し離れた場所で様子をうかがい、外出する時には一定の距離を保ってついてきている。
一度、「お前はバートの護衛だろう。何故、俺についてくるのだ」とバーナード騎士団長が詰問したところ、ゼトゥは「バートが見当たらないからだ。父親のお前のことをバートは大事にしているようだから、とりあえずお前のそばについているだけだ」と述べている。
そしてゼトゥは、バーナード騎士団長の指にあの新しい“封印の指輪”が、銀色をした蔦の絡まる意匠の指輪がはめられていることに驚いていた。
「それはバートに渡したものだ。何故、父親のお前がしているのだ」と厳しく問い詰められる。
それには一瞬、バーナード騎士団長も言葉に詰まった。
自分がバートでもあることをこの目の前の大男に告げようかと思ったが、その事実を知った時のゼトゥの反応が想像できなかった。反発するだろうことは分かるが、どこまで怒るのか分からなかった。
それに、バートの恋人を殺すような物騒なことを口にしていたのだから、自分の伴侶のフィリップの身に危険が及ぶ可能性もある。このまま知られぬように、とぼけて国許に追い返すことが一番無難であった。
だからその時も「一時的に借りているのだ」と誤魔化した。
(こいつの前では絶対にバートの姿にはなるまい。そうすれば、そのうちバートはいないものとして諦めるだろう)
そう、バーナード騎士団長は希望にも似た思いを抱いていた。
そしてフィリップ副騎士団長は、ゼトゥがバーナード騎士団長の周囲でウロチョロしていることが非常に不快であったが、とりあえず大きな害はそれ以上ないために、放置している状況だった。
彼もまた、さっさとこの護衛だと言い張る男が、ランディア王国に帰国することを望んでいたのだった。
そんな中、新緑の美しい季節となっていたあの北方地方に、突如としてウミウシの姿をした巨大な魔獣が現れた。
北方地方に置かれている北方騎士団が魔獣の出没を把握し、押さえ込みにかかる。同時に王都に向けて、アルセウス王国に海の魔獣が出没したことが報告されたのだった。
アルセウス王国にも海の魔獣が出現する可能性については、かねてから王宮内でも議論されており、その際には、バーナード騎士団長にすぐさま国宝の竜剣ヴァンドライデンが貸与される運びになっていた。
バーナード騎士団長はすぐに王宮に赴き、国王陛下から魔剣を直々に貸与されて出立した。
今回はフィリップ副騎士団長も同行する。
もしアルセウス王国に、海の魔獣が出没した際には被害が拡大する前に、即座に排除、殲滅することが御前会議では決定されていた。
そのための戦力の放出は惜しまない話だった。
正直、海の魔獣如きは、バーナード騎士団長の手で倒せる敵の規模とみなされている。
問題はその先なのである。
魔獣は、あくまで道を作るための呼び水に過ぎない。
転移魔法陣を越えて、王都を守る王立騎士団の精鋭達が武器を手に到着する。
すぐさま北方騎士団の案内で、現れた魔獣の元へ案内される。
バーナード騎士団長は、腰に佩いていた竜剣ヴァンドライデンを鞘から抜いた。
青く輝く刀身に、騎士達の目は奪われる。
その剣を振るう騎士は、“剣豪”の称号を持ち、誰よりも強い男だった。
バーナード騎士団長は魔獣と対面し、秒の単位で、海の魔獣を殲滅した。
それを、やはり転移魔法陣を使用して、後を追い駆けてきたゼトゥが見ていた。
(バーナードは、こんなにも強い男だったのか)
かつて、剣を交わした時には、ただただ防戦一方だった様子とは一変していた。
そして、あの男が持つ青く輝く剣。
それはバート少年が持っていた剣と一緒だった。
真っ直ぐな、ためらいの無いその剣筋も一緒である。
一瞬で敵を打ち倒すその強さも。
(親子だから、剣筋は似ることもある。剣を借り合うこともあるだろう)
※ゼトゥは、今回、バーナード騎士団長が、国王から竜剣ヴァンドライデンを直々に貸与されていることを知りません。
(だが、あの姿は、そう、バートが成長したのならきっとこういう男になるだろう。よく似ている親子だからそれも理解できる。だが、それでも)
剣を軽く振り、鞘に納めるバーナード騎士団長のそばに、あの金髪の美貌の騎士が駆け寄り、眩しいような笑顔を向ける。それに、バーナード騎士団長も親しみを込めて笑いかけている。
そんな二人の仲睦まじい様子を見ていると、何故か胸の奥が痛み、なんとなしに嫌な気分になる。
何故、自分がそうなってしまうのか。その理由をまだ、ゼトゥは分からなかった。
オロバスは、ここでレブランと揉めることは得策ではないと理解していた。
レブランは侮ることの出来ない、非常に力ある魔族であり、かつ、彼は魔族の中でもっとも“神の欠片”を収集していた者であった。ラーシェが“淫魔の王女”となった暁には、彼の協力は必須であった。
レブランの元にいたラーシェが、今はオロバスの傍らにいることに、彼が気付いているのか気付いていないのかそれは分からなかった。彼からの手紙にはラーシェに関する言葉は一文も無かった。
そしてラーシェも、オロバスや甲虫の悪魔が荒らす国を、ランディア王国から移すことを知らされて安堵していた。
あの国にいる限り、レブランに自分の所在が気付かれてしまうのではないかと恐れていたからだ。他国に渡った方がまだ気づかれまい。
それではどこにするのかという話になった時、「恐れながら」と口を開いたのが“黒の司祭”であった。
彼の口から出た国名は、アルセウス王国だった。
理由は幾つかあり、“黒の司祭”がアルセウス王国に以前、居を構えていたために土地勘もあること。
あの王国には、自分達が追い出されることになった恨みがある、とのことだった。
どうせ魔獣を呼び出すならば、あの国を荒らし、滅び尽くしてもいいのだと言う。
そう恨みがましい目を見せている“黒の司祭”の話を気に入って、馬頭の悪魔オロバスも、アルセウス王国で魔獣を召喚することに決めたのだった。
*
レブランからバートの護衛として遣わされたゼトゥは、バーナード騎士団長の周辺をウロチョロとしていた。
だが、彼なりに騎士団長の仕事に迷惑はかけてはいけないと気を遣っているのだろう。王立騎士団の拠点に乗り込んでくることはなく、バーナードが団長室で仕事をしている時には、建物から少し離れた場所で様子をうかがい、外出する時には一定の距離を保ってついてきている。
一度、「お前はバートの護衛だろう。何故、俺についてくるのだ」とバーナード騎士団長が詰問したところ、ゼトゥは「バートが見当たらないからだ。父親のお前のことをバートは大事にしているようだから、とりあえずお前のそばについているだけだ」と述べている。
そしてゼトゥは、バーナード騎士団長の指にあの新しい“封印の指輪”が、銀色をした蔦の絡まる意匠の指輪がはめられていることに驚いていた。
「それはバートに渡したものだ。何故、父親のお前がしているのだ」と厳しく問い詰められる。
それには一瞬、バーナード騎士団長も言葉に詰まった。
自分がバートでもあることをこの目の前の大男に告げようかと思ったが、その事実を知った時のゼトゥの反応が想像できなかった。反発するだろうことは分かるが、どこまで怒るのか分からなかった。
それに、バートの恋人を殺すような物騒なことを口にしていたのだから、自分の伴侶のフィリップの身に危険が及ぶ可能性もある。このまま知られぬように、とぼけて国許に追い返すことが一番無難であった。
だからその時も「一時的に借りているのだ」と誤魔化した。
(こいつの前では絶対にバートの姿にはなるまい。そうすれば、そのうちバートはいないものとして諦めるだろう)
そう、バーナード騎士団長は希望にも似た思いを抱いていた。
そしてフィリップ副騎士団長は、ゼトゥがバーナード騎士団長の周囲でウロチョロしていることが非常に不快であったが、とりあえず大きな害はそれ以上ないために、放置している状況だった。
彼もまた、さっさとこの護衛だと言い張る男が、ランディア王国に帰国することを望んでいたのだった。
そんな中、新緑の美しい季節となっていたあの北方地方に、突如としてウミウシの姿をした巨大な魔獣が現れた。
北方地方に置かれている北方騎士団が魔獣の出没を把握し、押さえ込みにかかる。同時に王都に向けて、アルセウス王国に海の魔獣が出没したことが報告されたのだった。
アルセウス王国にも海の魔獣が出現する可能性については、かねてから王宮内でも議論されており、その際には、バーナード騎士団長にすぐさま国宝の竜剣ヴァンドライデンが貸与される運びになっていた。
バーナード騎士団長はすぐに王宮に赴き、国王陛下から魔剣を直々に貸与されて出立した。
今回はフィリップ副騎士団長も同行する。
もしアルセウス王国に、海の魔獣が出没した際には被害が拡大する前に、即座に排除、殲滅することが御前会議では決定されていた。
そのための戦力の放出は惜しまない話だった。
正直、海の魔獣如きは、バーナード騎士団長の手で倒せる敵の規模とみなされている。
問題はその先なのである。
魔獣は、あくまで道を作るための呼び水に過ぎない。
転移魔法陣を越えて、王都を守る王立騎士団の精鋭達が武器を手に到着する。
すぐさま北方騎士団の案内で、現れた魔獣の元へ案内される。
バーナード騎士団長は、腰に佩いていた竜剣ヴァンドライデンを鞘から抜いた。
青く輝く刀身に、騎士達の目は奪われる。
その剣を振るう騎士は、“剣豪”の称号を持ち、誰よりも強い男だった。
バーナード騎士団長は魔獣と対面し、秒の単位で、海の魔獣を殲滅した。
それを、やはり転移魔法陣を使用して、後を追い駆けてきたゼトゥが見ていた。
(バーナードは、こんなにも強い男だったのか)
かつて、剣を交わした時には、ただただ防戦一方だった様子とは一変していた。
そして、あの男が持つ青く輝く剣。
それはバート少年が持っていた剣と一緒だった。
真っ直ぐな、ためらいの無いその剣筋も一緒である。
一瞬で敵を打ち倒すその強さも。
(親子だから、剣筋は似ることもある。剣を借り合うこともあるだろう)
※ゼトゥは、今回、バーナード騎士団長が、国王から竜剣ヴァンドライデンを直々に貸与されていることを知りません。
(だが、あの姿は、そう、バートが成長したのならきっとこういう男になるだろう。よく似ている親子だからそれも理解できる。だが、それでも)
剣を軽く振り、鞘に納めるバーナード騎士団長のそばに、あの金髪の美貌の騎士が駆け寄り、眩しいような笑顔を向ける。それに、バーナード騎士団長も親しみを込めて笑いかけている。
そんな二人の仲睦まじい様子を見ていると、何故か胸の奥が痛み、なんとなしに嫌な気分になる。
何故、自分がそうなってしまうのか。その理由をまだ、ゼトゥは分からなかった。
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