騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十九章 豊かな実り

第四話 新たな蹂躙

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 再び、ランディア王国の都を大型魔獣が蹂躙を始めた。
 地下水路から這い出るその魔獣に、都の騎士団や警備隊がなんとか対応している状況であった。
 これまでタコ、イカ、エビと続いた魔獣であったが、次に出没したのがウツボである。

 地下水路から出没した長々とした灰色の巨体に、皆驚いたが、すぐさま騎士団が招集される。
 やはり前回まで倒された弱点の魔剣は通用しないということで、騎士団にレブラン教授から即座に提供されたのが“切れ味抜群”の魔剣であった。
 いわば無属性の魔剣であれば、その後も魔獣の弱点にならないであろうということで、それが三本ほど用意されて騎士達はその剣でもって、ウツボの魔獣を倒した。
 シュルフス魔術師長は、レブラン教授の魔剣の提供に感謝した。
 教授が驚くほど早いタイミングで魔剣の提供をしてくれたのは、やはり前回、悪魔を召喚した者達の全てを捕まえたわけではないことを懸念してのことだろうと思われた。
 
 無属性の魔剣であれば、今後も引き続き、どんな魔獣が現れようと対応できるだろう。だが一方で、このような王国の危機の最中に、行方知れずとなっているハデス騎士団長のことも気がかりだ。
 今まで出没していた魔獣への指揮対応をしていたハデス騎士団長が、今回の魔獣出没の前から突如その姿を消している。
 そのため、騎士団は副騎士団長に指揮権を移して対応していたが、このままハデス騎士団長の行方が分からない状況が続けば、本人不在のままその任を解かれて、新たな騎士団長が選任される運びになる。


 そして、隣国ランディア王国に再び魔獣が出没したと聞いて驚いたのが、アルセウス王国の者達であった。
 
「……悪魔崇拝者達の残党がまだいたということか」

 王立騎士団の拠点で、報告書を手に考え込む表情のバーナード騎士団長。
 傍らのフィリップ副騎士団長も憂いたような表情をしていた。

「こうした中で、ランディアのハデス騎士団長は行方不明になっているそうです」

「どうしてまた、そんなことになっているんだ」

「地下水路から魔獣が出てくるよりも前に、行方不明になっていると聞いています。不明の原因も分かっておりません」

 バーナード騎士団長は、何度か一緒に行動したことのあるハデス騎士団長のことを思った。
 実直な騎士であり、騎士達に慕われている男だった。理由もなく失踪することなど考えられない。だが、隣国のバーナード達はそれ以上のことを知る立場にはない。
 都への魔獣出没の最中、これまで指揮を執っていた騎士団長の行方が知れないというのは、余計、ランディア王国にとって痛手だろうと思われた。

「近い内に、新しい騎士団長が選任される話です」

「やむを得ないだろうな」

 バーナード騎士団長もため息混じりである。
 そして手元の書類をバサリとデスクに置いて、言った。

「召喚主が生きていたというのなら、まだまだ魔獣の召喚は続けられてしまうだろう。その召喚主を始末しない限りはマズいな」

「ええ。そして以前、マグルが話していましたね。悪魔に連なる眷属達を呼ぶことによって、道を作り、何度も召喚を続けることによって、最後にはより強いものを呼び出すと。もうすでに四頭の魔獣が呼び出されています。道も相当出来てしまっているのではないでしょうか」

「そのあたりについては、マグル達王宮の魔術師達の意見を聞くしかないだろう。近い内に、アルセウスの王宮でも御前会議で話があるはずだ」

「また貴方が派遣されることになるのですか」

「今のところ、ランディアの騎士達が“無属性の魔剣”を使用することで、魔獣を倒すことが出来ている話だ。このままランディアの騎士達で押さえ込めているなら、大丈夫だと思われるが……」

 バーナード騎士団長の言葉の歯切れが悪い。悪魔に連なる眷属達は倒せるとしても、その上位の悪魔が呼び出された時には、人の手で倒し切れるかわからない。上位悪魔の顕現なんぞ、ここ数百年、話を聞いたことがないからだ。もし、海の悪魔が顕現したとなると、その時には、魔獣退治で名の知られたバーナード騎士団長への出動要請が来ることは間違いないだろう。

 フィリップ副騎士団長も深刻そうな表情で黙りこんでしまった。

 バーナード騎士団長が、他国の者からも尊敬を集める存在であることが嬉しくもある半面、そこまで期待されてしまう彼の身が、フィリップは心配であった。
 当然、彼は誰よりも危険な場所に身を置くことになる。剣豪の称号を持ち、桁違いに強い男であることはよく知っている。しかし、それでも心配であった。
 浮かない顔をしているフィリップ副騎士団長に、バーナード騎士団長は言った。

「何があったとしても、俺達も即座に動けるように準備しておくべきだろう。分かっているな、フィリップ副騎士団長」

「はい」

 騎士たる身、率先して大事に当たらなければならないことは理解している。理解している半面、やはり、彼の身が心配になる。
 気を引き締めて、王国の騎士達にも準備を進めさせておこうと思うフィリップであった。


 
 このまま魔獣が召喚され続ければ、ついには海の悪魔が顕現してしまうのではないかと危惧していたのは、当然のことながらランディア王国の魔術師達も同じであった。
 そしてレブランもまた、そのことに頭の痛い思いをしていた。
 屋敷の地下室から“黒の司祭”を連れ出されたことが手痛い失敗である。

 地下水路から魔獣が出没していることから、また召喚主は地下水路に魔法陣を仕込んで、魔獣を呼び出しているのだろう。だが今回は、簡単にその尻尾を掴ませてくれなかった。
 鼠や蝙蝠といった生き物を走らせ、地下水路の出入口に感知の魔法陣を張ったとしても徒労に終わった。
 どういうわけか、それらをかいくぐって地下水路に現れては、召喚の魔法陣を書き込む術があるらしい。

 とても、“黒の司祭”を連れ出した淫魔のラーシェだけで出来ることではない。
 ますます彼の背後には誰かがいるであろうと思われた。
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