騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十九章 豊かな実り

第三話 騎士の行方は誰も知らない

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 吸血鬼レブランの屋敷から、“黒の司祭”を連れ出したラーシェは、その後、魔界にあるオロバスの屋敷に厄介になっていた。
 オロバスは馬頭を持つ悪魔で、序列五十五番目の高位の魔族である。
 彼自身はその悪魔たる身分故に、地上へ直接降りることは禁じられていた。
 そのため、オロバスの手足となって地上へ行き、彼のためになにくれと働く下級の魔族達はいた。
 しかし、ラーシェほど使い勝手の良い魔族はいないだろう。

 淫魔である彼は、人心の掌握に長けており、その美しい姿形で簡単に人を誑かせることができる。
 レブランが目を掛けていたという彼は、相応に強い力を持つ淫魔なのだ。
 本当なら先代の“淫魔の王女”が亡くなった時には、その位を引き継ぐべき者であった。
 だが、相変わらず“淫魔の王女”の位を受け継いだ淫魔の行方は知れない。

 オロバスは、魔界の屋敷の自身の寝床で、ラーシェの細身を抱きながらその耳元で囁いた。

「海の悪魔を人の世に顕現させた後は、お前の望みを叶えてやろう」

 腰を抱き上げ、長大な男根で深々と美しい淫魔の青年を穿ちながら言うと、ラーシェは喘ぎながらも煌めく紫色の瞳を向けて言う。

「本当に」

「ああ」

 それは何度も二人の間で交わされていた言葉だった。
 かつて海の神の地位を持ち、悪魔にその身を堕としたトリトーンならば、顕現後、ラーシェの望みを叶えてくれるはずだった。
 ラーシェの望みは、ランディア王国の騎士団長ハデスの身を生き返らせること。それしかなかった。
 それを叶えるためならば、この美しい淫魔は何でもするつもりだった。

 オロバスは真実を口にする悪魔である。
 彼の言葉には嘘、偽りがない。
 だからこそ、ラーシェは悪魔であるのにこの馬の頭を持つ悪魔を信用していた。
 必死にオロバスの身にしがみつき、言うのだ。

「約束だよ。絶対に……絶対に」

 絶対にあの人を生き返らせて。



 何故生きている時は、あれほど彼は僕に愛を囁いてくれたのに、僕は彼のことを大切にしなかったのだろう。
 いつも与えてくれるのは彼の方ばかりで、僕から彼に何かを与えたことはあっただろうか。

 彼が亡くなった時、彼は僕に背を向けて倒れたため、その死の瞬間の表情を見ていない。
 彼は最期の時に、何を想い、死んだのだろうと思う。
 僕を庇って死んだ騎士の男。
 結局、僕のせいで、彼は命を落とした。
 妻に刺し殺された彼は、そうさせた僕のことを恨んでも仕方がない。
 もしもう一度、彼と会うことができるなら、彼に何をされても許すつもりだった。

 ラーシェの華奢な身体を抱き上げ、腰を打ち付けながらもオロバスは続けた。

「私がお前の望みを叶えた後は、今度はお前が私の望みを叶えるのだ。お前は“淫魔の王女”となり」

 そのためには“淫魔の王女”位を引き継いだ淫魔を探し出さなければならない。
 そして縊り殺し、その位をこの淫魔の青年に引き継がせる。

「私の子を実らせるのだ。そこに“神の欠片”を注げば、きっとお前は誰よりも強い子を実らせるだろう」

 オロバスはラーシェの唇に、覆いかぶさるように唇を重ね、その舌を絡めた。
 苦しさに喘ぐラーシェは、それでもなおオロバスの背に両手を回し、受け止め続けた。


   *


 一度だけ、ラーシェは危険を顧みずに、ハデスと逢引きを続けたあの小さな屋敷へ足を運んだ。
 驚いたことに、まだ屋敷の使用人の男は、そこで働いていた。
 背中の曲がった醜い中年の男デラは、ラーシェが戸口から現れると驚いて近寄ってきた。

「ラーシェ様、いかがなされたのですか。ハデス様が行方不明だという話をご存知ですか」

 ラーシェは屋敷の部屋に入るなり、そこがきちんと整理整頓がされ、掃除の行き届いている様子を眺めた。このデラという男は、よく自分のことを絡みつくようなネットリとした視線で眺めてきたが、それはそれとしてよく働く男だった。ラーシェとハデスがいつ来てもいいように、部屋は整えられている。

 ハデス騎士団長は行方不明という扱いになっている。
 彼は死んで亡くなっていたのだが、死体も血痕も消えているのだから、そう扱うしかないのだろう。

 ラーシェは、ハデスの服の幾つかを取りに来たのだ。
 ハデスは、魔界のオロバスの屋敷の部屋に安置されている。
 長方形の台座の上に、両手を胸の上に合わせて横たわっている彼は、死んでいるのだから当然ピクとも動かない。
 肌も冷たく、血の気も失せている。
 でも、オロバスが魔法をかけてくれたので、死んだその姿のまま、腐って朽ちることもなく、そこに在るのだ。
 首元に開いた傷も、とりあえず包帯で巻かれて塞いでいる。
 後は、悪魔トリトーンの力を借りて、生き返らせればいいだけだった。

 でも、服に穴が空いている。
 刺された時の血もたくさんついている。
 そんな姿の彼を見ていたくなかった。
 彼を他の服に着替えさせたいと思って、その服を取りにラーシェは屋敷へ戻って来たのだ。
 デラにハデスの服が欲しいと言うと、デラはいそいそと棚の中からハデスの服を運んで来て、袋に詰めてくれた。

 その袋を受け取って、ラーシェは言った。

「ありがとう」

 美しい青年の礼の言葉に、デラは頬を紅潮させ、それから意を決したように言う。

「お二人がお戻りになるまで、私はこの屋敷をお守りしています」

「……いや、もういいんだ。ハデスは」

 彼は生き返った後、またこの屋敷に戻ることがあるだろうか。
 生き返った後は、僕のことを嫌ってしまうかも知れない。
 そんな不安が心の中にある。
 そうされても仕方ないことを、僕は彼にしてしまったからだ。

「ハデスはもう、この屋敷に戻って来ないと思う。お前もこの屋敷から出るといい。そのうち、この屋敷も処分されるだろう」

 ハデスの行方不明の状態が続けば、ハデスは死亡扱いとなり、屋敷も処分されるだろう。

「ハデス様は戻って来られないのですか。あの御方はどちらへ行ったのですか」

 あれほどラーシェに夢中になっていた男である。
 ラーシェのそばを離れて行方不明になっていることが信じられなかった。
 しかも、ラーシェは彼のための服を取りに来ている。
 ラーシェが彼の行方を知っていると、デラが考えるのも当然だった。

「……簡単には戻って来られない場所だよ」

 そうラーシェは呟くように言うと、屋敷にやって来た時と同様に、ふっと姿を消してしまった。
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