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【短編】
闇底に堕ちる (3)
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ハデス騎士団長の次男、アルバヌスが、長兄と末弟の異変を耳にしたのは、それからすぐのことだった。
二人してやつれ果て、騎士団においても覇気がなく、任務にも支障が出ている。どうも病に罹っているのではないかという話を聞いて、アルバヌスは二人に強引に休暇を取らせて、屋敷に引き取った。
父であるハデス騎士団長も非常に心配して、医者の手配をしたのだが、医者の話すところ、やつれてはいるが、身体に異常はないという話であった。
アルバヌスは、病に罹ったのならよく休むようにと寝台の上に、押し付けるようにして兄と末弟を横たえさせようとしたが、二人が抵抗して大変であった。
屋敷の強靭な召使達の手を借りて、強引に寝台に縛り付けるようにして横にさせた。そうして兄弟の身体を休ませようとしたのだ。
しかし、二日、三日と経つうちに、夢うつつのような表情で二人はある者の名を口走り、その者の元へ行かなければならないと言い始めた。
「ラーシェに会いに行かなければ」
その二人が口にした共通の名に、次男アルバヌスと、共にいた彼の母親ロゼッタは顔を強張らせた。
すぐさまその名が、父親の情人である美しい青年のものであることを察したからだ。
母ロゼッタが、話をつけるため、父親の情人のラーシェに会いに行くという話を聞いた時、その思いつめた様子に、アルバヌスは危険なものを感じた。
父親であるハデス騎士団長の元へ、事態を報せる召使を走らせ、アルバヌスは、会いに行くという母ロゼッタについて行く。
ロゼッタの顔は張り詰めていた。
ここ最近の子供達の不調に、そして父親の浮気にと、心が安らぐことはなく、心身ともに綱渡りのギリギリの状態である。
何故、こんなことになってしまったのだろうと思えば、やはり原因は、夫の情人である青年に在るとしか言えなかった。
誰よりも美しいと言われるラーシェというその若い青年。
彼が、全てを壊したのだ。
尊敬する夫の心を奪い、子供達までも、彼はその毒牙に掛けた。
彼がいなければ、優しくて立派な夫は今も自分のそばにいてくれただろう。
彼がいなければ、息子達も騎士として問題なく、任務を果たせていたはずだ。
彼がいなければ、こんな苦しい思いをすることもなく、自分は幸せに生きていけただろう。
彼がいなければ
彼がいなければ
彼がいなければ
私達家族は、ずっと……
ラーシェのいる場所は、ロゼッタも知っていた。夫の愛人の様子を何くれと報告してくれる者がいたからだ。
日中は、娼館の一つに入り浸っている話を聞いていた。
しばらくの間、薄暗い路地で彼が現れることを待った。
ロゼッタと共に居たアルバヌスは、ラーシェという青年が娼館から出て来ないことを願ったのだが、やはり運命の神は暗く微笑んでいるようだ。
一刻も経たぬうちに、長い黒髪の美しい青年が、娼館の戸口から現れた。
その娼館から出たところで、ロゼッタは彼の袖を掴んで、人気のない小路に連れ込む。
華奢な体躯の青年は、女のロゼッタの力でさえも引きずって連れて行くことができた。
彼は、何事だと言うように、ロゼッタを見つめる。
身なりのよい貴族の婦人が、何故、自分を強引に連れていこうとしているのだと怪訝な表情で見る。
ロゼッタは、自分よりも遥かに美しいその顔立ちを見た時、怒りが止められなかった。
もう、別れてくれという言葉は口にしない。
彼がいなければいいのだ
そう、いなければ元に戻れる
元の家族に戻れる
彼がいなければ
その取り憑かれたような考えのまま、懐に忍ばせていたナイフを振り上げる。
それは嫁ぐとき、ロゼッタが持ってきた懐剣だった。
非常に切れ味の良いそれは、そうなるように魔法が掛けられている。
非力な女の手でも、相手をザックリと深く斬りつけることができる。
これならば、彼を殺すことが出来る。
振りかざされた銀光りするナイフに驚いた表情の美しい青年を見た時、一瞬、ロゼッタの心に満足が横切る。
次男のアルバヌスは、母親が何も言わずに凶行に走ったことに驚き、止めようとする。
しかし、その振り上げた手が下ろされる方が早かった。
ラーシェの白い顔を目掛けて振りかざされた刃が下ろされた時、そこに現れたのは夫であるハデスだった。
二人してやつれ果て、騎士団においても覇気がなく、任務にも支障が出ている。どうも病に罹っているのではないかという話を聞いて、アルバヌスは二人に強引に休暇を取らせて、屋敷に引き取った。
父であるハデス騎士団長も非常に心配して、医者の手配をしたのだが、医者の話すところ、やつれてはいるが、身体に異常はないという話であった。
アルバヌスは、病に罹ったのならよく休むようにと寝台の上に、押し付けるようにして兄と末弟を横たえさせようとしたが、二人が抵抗して大変であった。
屋敷の強靭な召使達の手を借りて、強引に寝台に縛り付けるようにして横にさせた。そうして兄弟の身体を休ませようとしたのだ。
しかし、二日、三日と経つうちに、夢うつつのような表情で二人はある者の名を口走り、その者の元へ行かなければならないと言い始めた。
「ラーシェに会いに行かなければ」
その二人が口にした共通の名に、次男アルバヌスと、共にいた彼の母親ロゼッタは顔を強張らせた。
すぐさまその名が、父親の情人である美しい青年のものであることを察したからだ。
母ロゼッタが、話をつけるため、父親の情人のラーシェに会いに行くという話を聞いた時、その思いつめた様子に、アルバヌスは危険なものを感じた。
父親であるハデス騎士団長の元へ、事態を報せる召使を走らせ、アルバヌスは、会いに行くという母ロゼッタについて行く。
ロゼッタの顔は張り詰めていた。
ここ最近の子供達の不調に、そして父親の浮気にと、心が安らぐことはなく、心身ともに綱渡りのギリギリの状態である。
何故、こんなことになってしまったのだろうと思えば、やはり原因は、夫の情人である青年に在るとしか言えなかった。
誰よりも美しいと言われるラーシェというその若い青年。
彼が、全てを壊したのだ。
尊敬する夫の心を奪い、子供達までも、彼はその毒牙に掛けた。
彼がいなければ、優しくて立派な夫は今も自分のそばにいてくれただろう。
彼がいなければ、息子達も騎士として問題なく、任務を果たせていたはずだ。
彼がいなければ、こんな苦しい思いをすることもなく、自分は幸せに生きていけただろう。
彼がいなければ
彼がいなければ
彼がいなければ
私達家族は、ずっと……
ラーシェのいる場所は、ロゼッタも知っていた。夫の愛人の様子を何くれと報告してくれる者がいたからだ。
日中は、娼館の一つに入り浸っている話を聞いていた。
しばらくの間、薄暗い路地で彼が現れることを待った。
ロゼッタと共に居たアルバヌスは、ラーシェという青年が娼館から出て来ないことを願ったのだが、やはり運命の神は暗く微笑んでいるようだ。
一刻も経たぬうちに、長い黒髪の美しい青年が、娼館の戸口から現れた。
その娼館から出たところで、ロゼッタは彼の袖を掴んで、人気のない小路に連れ込む。
華奢な体躯の青年は、女のロゼッタの力でさえも引きずって連れて行くことができた。
彼は、何事だと言うように、ロゼッタを見つめる。
身なりのよい貴族の婦人が、何故、自分を強引に連れていこうとしているのだと怪訝な表情で見る。
ロゼッタは、自分よりも遥かに美しいその顔立ちを見た時、怒りが止められなかった。
もう、別れてくれという言葉は口にしない。
彼がいなければいいのだ
そう、いなければ元に戻れる
元の家族に戻れる
彼がいなければ
その取り憑かれたような考えのまま、懐に忍ばせていたナイフを振り上げる。
それは嫁ぐとき、ロゼッタが持ってきた懐剣だった。
非常に切れ味の良いそれは、そうなるように魔法が掛けられている。
非力な女の手でも、相手をザックリと深く斬りつけることができる。
これならば、彼を殺すことが出来る。
振りかざされた銀光りするナイフに驚いた表情の美しい青年を見た時、一瞬、ロゼッタの心に満足が横切る。
次男のアルバヌスは、母親が何も言わずに凶行に走ったことに驚き、止めようとする。
しかし、その振り上げた手が下ろされる方が早かった。
ラーシェの白い顔を目掛けて振りかざされた刃が下ろされた時、そこに現れたのは夫であるハデスだった。
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