騎士団長が大変です

曙なつき

文字の大きさ
上 下
450 / 579
【短編】

闇底に堕ちる (3)

しおりを挟む
 ハデス騎士団長の次男、アルバヌスが、長兄と末弟の異変を耳にしたのは、それからすぐのことだった。
 二人してやつれ果て、騎士団においても覇気がなく、任務にも支障が出ている。どうも病に罹っているのではないかという話を聞いて、アルバヌスは二人に強引に休暇を取らせて、屋敷に引き取った。
 父であるハデス騎士団長も非常に心配して、医者の手配をしたのだが、医者の話すところ、やつれてはいるが、身体に異常はないという話であった。

 アルバヌスは、病に罹ったのならよく休むようにと寝台の上に、押し付けるようにして兄と末弟を横たえさせようとしたが、二人が抵抗して大変であった。
 屋敷の強靭な召使達の手を借りて、強引に寝台に縛り付けるようにして横にさせた。そうして兄弟の身体を休ませようとしたのだ。
 しかし、二日、三日と経つうちに、夢うつつのような表情で二人はある者の名を口走り、その者の元へ行かなければならないと言い始めた。

「ラーシェに会いに行かなければ」

 その二人が口にした共通の名に、次男アルバヌスと、共にいた彼の母親ロゼッタは顔を強張らせた。
 すぐさまその名が、父親の情人である美しい青年のものであることを察したからだ。

 母ロゼッタが、話をつけるため、父親の情人のラーシェに会いに行くという話を聞いた時、その思いつめた様子に、アルバヌスは危険なものを感じた。
 父親であるハデス騎士団長の元へ、事態を報せる召使を走らせ、アルバヌスは、会いに行くという母ロゼッタについて行く。

 ロゼッタの顔は張り詰めていた。
 ここ最近の子供達の不調に、そして父親の浮気にと、心が安らぐことはなく、心身ともに綱渡りのギリギリの状態である。
 何故、こんなことになってしまったのだろうと思えば、やはり原因は、夫の情人である青年に在るとしか言えなかった。

 誰よりも美しいと言われるラーシェというその若い青年。
 彼が、全てを壊したのだ。
 
 尊敬する夫の心を奪い、子供達までも、彼はその毒牙に掛けた。

 彼がいなければ、優しくて立派な夫は今も自分のそばにいてくれただろう。
 彼がいなければ、息子達も騎士として問題なく、任務を果たせていたはずだ。
 彼がいなければ、こんな苦しい思いをすることもなく、自分は幸せに生きていけただろう。





 彼がいなければ
 彼がいなければ
 彼がいなければ


 私達家族は、ずっと……



 ラーシェのいる場所は、ロゼッタも知っていた。夫の愛人の様子を何くれと報告してくれる者がいたからだ。
 日中は、娼館の一つに入り浸っている話を聞いていた。
 しばらくの間、薄暗い路地で彼が現れることを待った。
 ロゼッタと共に居たアルバヌスは、ラーシェという青年が娼館から出て来ないことを願ったのだが、やはり運命の神は暗く微笑んでいるようだ。
 一刻も経たぬうちに、長い黒髪の美しい青年が、娼館の戸口から現れた。
 
 その娼館から出たところで、ロゼッタは彼の袖を掴んで、人気のない小路に連れ込む。
 華奢な体躯の青年は、女のロゼッタの力でさえも引きずって連れて行くことができた。
 彼は、何事だと言うように、ロゼッタを見つめる。
 身なりのよい貴族の婦人が、何故、自分を強引に連れていこうとしているのだと怪訝な表情で見る。
 ロゼッタは、自分よりも遥かに美しいその顔立ちを見た時、怒りが止められなかった。



 もう、別れてくれという言葉は口にしない。
 
 彼がいなければいいのだ
 そう、いなければ元に戻れる
 元の家族に戻れる

 彼がいなければ

 その取り憑かれたような考えのまま、懐に忍ばせていたナイフを振り上げる。
 それは嫁ぐとき、ロゼッタが持ってきた懐剣だった。
 非常に切れ味の良いそれは、そうなるように魔法が掛けられている。
 非力な女の手でも、相手をザックリと深く斬りつけることができる。
 これならば、彼を殺すことが出来る。

 振りかざされた銀光りするナイフに驚いた表情の美しい青年を見た時、一瞬、ロゼッタの心に満足が横切る。




 次男のアルバヌスは、母親が何も言わずに凶行に走ったことに驚き、止めようとする。
 しかし、その振り上げた手が下ろされる方が早かった。
 ラーシェの白い顔を目掛けて振りかざされた刃が下ろされた時、そこに現れたのは夫であるハデスだった。
しおりを挟む
感想 195

あなたにおすすめの小説

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...