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第二十八章 聖王国の最後の神子
第二話 聖王国の神子達との再会
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王国から聖王国はかなりの距離がある。
そのため、移動は当然、転移魔法陣を使用したものになる。
聖王国の転移魔法陣の使用は、聖王国の神殿の許可を受けた者に限られており、今回バーナードはそれを使用させてもらった。神子マラケシュの直々の招待であるのだから当然である。
そして、聖王国を覆う結界にバーナードは弾かれることはなかった。
高位魔族である“淫魔の王女”位を持つバーナードは、本来、聖王国に足を踏み入れることなどできるはずもなかった。
今回、その結界に弾かれぬように、何らかの配慮が為されたということだろう。
転移魔法陣を抜けた先には、出迎えに立つ神官や神殿騎士がズラリと並んでいた。そしてその中に、神子マラケシュの小柄な姿を認めた。
真っ白い詰襟の神官服の胸元にはびっしりと銀糸の刺繍が施され、長い裾を引きずりながら、この少年神子は喜色を顔に浮かべていた。
大きな青い目に黒髪のおかっぱ髪の、綺麗な顔立ちの少年だった。サラリとその黒髪を揺らしながら、彼は言った。
「ようこそ、バーナード騎士団長。ようやくお会いできましたね」
何度も夢の中では会っていた。しかし、現実でこうして対面するのは初めてなのである。
バーナードは、数名の供を連れて来ていた。
二人は王国の神官であり、もう二人は王国の王宮に仕える官吏である。
王国の神官と官吏は、聖王国の神官、官吏達と、この機会に情報交換することになっていた。
突出した軍事力で、西方地域の要とされる聖王国は、アルセウス王国からかなり遠方にあるために、ほとんど没交渉で、情報を交換したことがなかった。
王立騎士団のバーナード騎士団長がその聖王国の神子に招待されたと聞いた、王宮の官吏、神官達は非常に騒めき立った。
何故に王立騎士団の騎士団長が、神子と面識があるのかという当然の疑問を抱いたのだが、バーナード騎士団長は「文通相手だ」と言い切っていた。
それでも謎は謎である。
謎めいた王立騎士団長の交友関係の広さはとりあえず脇に置いて、アルセウス王国の官吏達にはこれを機会に聖王国と友好的な関係を構築したいという思惑があった。
バーナードは、神子マラケシュに手を取られ案内されながらも、自身のマントの後ろに隠れている小さな妖精のベンジャミンのことを思った。
そう、ベンジャミンもバーナードに同行して、この聖王国へやって来ていたのだった。今のところ、ベンジャミンは大人しくマントの後ろに隠れている。
彼はご隠居様の命で、バーナード騎士団長に同行して聖王国に行くと告げた。
そのことについては、聖王国側の了承を得ているという話だった。
実際、ベンジャミンを同行しても、結界に弾かれることはなかったので、彼の聖王国への入国は容認されたものだったのだろう。
問題があれば、妖精すら聖王国の結界は弾く威力があるらしい。
本当に認められた者しか入国させない、鉄壁の結界であった。
聖王国の神子は、代々、神の欠片の大きなものをその魂に内在させて生まれてくる。
先代の神子が、次に立つ神子を見つけて、代替わりするらしい。
大きな欠片を内在するが故に、魔族達に狙われることが多く、神子はその生涯を聖王国のこの神殿の中で終える。
神子のマラケシュは外の世界を知らなかった。
夢の中で、バーナードが見せてくれる外の世界を、目を輝かせて見る姿が印象的だった。
ここしばらくの間、レブランから刺客が送られたり、そのせいによるフィリップの屋敷の修理などの頭の痛い問題が続いていたせいで、マラケシュの夢の中へ渡ることがなかなか出来なかった。
マラケシュからの招待が来た時は驚いたが、今まで夢を渡ることの出来なかった詫びの意味も込めて、そして同時に、実際のマラケシュに会いたいという気持ちもあったことから、バーナードは即、聖王国へ行くことを決めたのだった。
そして、初めてバーナードと会うことの出来たマラケシュは非常に嬉しそうで、子供のようにどこかはしゃいで、バーナードのそばにぴったりと張りついていた。
食事の時などは、バーナードをマラケシュの隣の席に座らせ、聖王国の名産、名物を紹介したりする。
そしてそんな神子の嬉しそうな様子を、マラケシュ付きの神官や、神殿騎士達は温かな眼差しで見つめていた。
聖王国へ来てから、バーナードは、夢の中で会っていた聖騎士団長ガディス、聖騎士団副騎士団長クラン、魔術師団師団長レーベン、魔術師団副師団長サムエルという面々にも対面していた。
何度も夢の中では言葉を交わしていた人物と、現実でも会うというのは不思議な感覚で、当然のことながら初めて会った感覚ではなく、懐かしい友人に会うようなものを感じた。
それは聖騎士団長ガディス達も同じようで、会うなり朗らかに「夜には酒を酌み交わそう」と約束を交わした。
だが、その言葉にマラケシュは不満そうだった。
「夜は夜で、バーナード騎士団長は僕と一緒に過ごすんだから」
「神子様はずっと騎士団長を独占するおつもりですが」
聖騎士団副騎士団長クランが笑いながら聞くと、当然だとマラケシュは頷いていた。
「だって、バーナード騎士団長はたったの四日間しかこの聖王国にいられないんだから。本当なら、バーナード騎士団長を釣りにも連れていきたかったのに」
そのことについては心底、バーナード騎士団長は残念そうにため息をついた。
「ああ、業務で来ているのだから、湖に釣りに行くことは出来ぬな」
以前、マラケシュに見せてもらった『聖王国の淡水湖の魚』という本の内容を思い出しながら、バーナード騎士団長は遠い目をした。聖王国の淡水湖には固有種の魚が十一種類もいるのだ。
せっかく聖王国に来たのだから、珍しい魚を釣りに行きたいところであったが、滞在日数がそれを許さない。
湖まで足を伸ばすとなると、更に日数が必要だろう。
「もう少し長くいられるといいのにね」
「仮にも王国の騎士団長だからな」
そうバーナードが言うと、マラケシュは冗談交じりで言った。
「聖王国に来てくれればいいのに。そうしたら、僕がバーナードを聖王国の騎士団長にしてあげる」
それにはバーナードは笑い声を上げた。
「有難いが、俺は王国の騎士だ。聖王国にはガディス騎士団長をはじめとする立派な騎士の方々がいらっしゃる」
マラケシュの言葉を冗談だとして受け止め、笑顔でいるバーナードを見ながらも、マラケシュは小さく呟いていた。
「本当に、聖王国に来てくれればいいのにな。そうしたら、僕がずっとバーナードを守れるのに」
そのため、移動は当然、転移魔法陣を使用したものになる。
聖王国の転移魔法陣の使用は、聖王国の神殿の許可を受けた者に限られており、今回バーナードはそれを使用させてもらった。神子マラケシュの直々の招待であるのだから当然である。
そして、聖王国を覆う結界にバーナードは弾かれることはなかった。
高位魔族である“淫魔の王女”位を持つバーナードは、本来、聖王国に足を踏み入れることなどできるはずもなかった。
今回、その結界に弾かれぬように、何らかの配慮が為されたということだろう。
転移魔法陣を抜けた先には、出迎えに立つ神官や神殿騎士がズラリと並んでいた。そしてその中に、神子マラケシュの小柄な姿を認めた。
真っ白い詰襟の神官服の胸元にはびっしりと銀糸の刺繍が施され、長い裾を引きずりながら、この少年神子は喜色を顔に浮かべていた。
大きな青い目に黒髪のおかっぱ髪の、綺麗な顔立ちの少年だった。サラリとその黒髪を揺らしながら、彼は言った。
「ようこそ、バーナード騎士団長。ようやくお会いできましたね」
何度も夢の中では会っていた。しかし、現実でこうして対面するのは初めてなのである。
バーナードは、数名の供を連れて来ていた。
二人は王国の神官であり、もう二人は王国の王宮に仕える官吏である。
王国の神官と官吏は、聖王国の神官、官吏達と、この機会に情報交換することになっていた。
突出した軍事力で、西方地域の要とされる聖王国は、アルセウス王国からかなり遠方にあるために、ほとんど没交渉で、情報を交換したことがなかった。
王立騎士団のバーナード騎士団長がその聖王国の神子に招待されたと聞いた、王宮の官吏、神官達は非常に騒めき立った。
何故に王立騎士団の騎士団長が、神子と面識があるのかという当然の疑問を抱いたのだが、バーナード騎士団長は「文通相手だ」と言い切っていた。
それでも謎は謎である。
謎めいた王立騎士団長の交友関係の広さはとりあえず脇に置いて、アルセウス王国の官吏達にはこれを機会に聖王国と友好的な関係を構築したいという思惑があった。
バーナードは、神子マラケシュに手を取られ案内されながらも、自身のマントの後ろに隠れている小さな妖精のベンジャミンのことを思った。
そう、ベンジャミンもバーナードに同行して、この聖王国へやって来ていたのだった。今のところ、ベンジャミンは大人しくマントの後ろに隠れている。
彼はご隠居様の命で、バーナード騎士団長に同行して聖王国に行くと告げた。
そのことについては、聖王国側の了承を得ているという話だった。
実際、ベンジャミンを同行しても、結界に弾かれることはなかったので、彼の聖王国への入国は容認されたものだったのだろう。
問題があれば、妖精すら聖王国の結界は弾く威力があるらしい。
本当に認められた者しか入国させない、鉄壁の結界であった。
聖王国の神子は、代々、神の欠片の大きなものをその魂に内在させて生まれてくる。
先代の神子が、次に立つ神子を見つけて、代替わりするらしい。
大きな欠片を内在するが故に、魔族達に狙われることが多く、神子はその生涯を聖王国のこの神殿の中で終える。
神子のマラケシュは外の世界を知らなかった。
夢の中で、バーナードが見せてくれる外の世界を、目を輝かせて見る姿が印象的だった。
ここしばらくの間、レブランから刺客が送られたり、そのせいによるフィリップの屋敷の修理などの頭の痛い問題が続いていたせいで、マラケシュの夢の中へ渡ることがなかなか出来なかった。
マラケシュからの招待が来た時は驚いたが、今まで夢を渡ることの出来なかった詫びの意味も込めて、そして同時に、実際のマラケシュに会いたいという気持ちもあったことから、バーナードは即、聖王国へ行くことを決めたのだった。
そして、初めてバーナードと会うことの出来たマラケシュは非常に嬉しそうで、子供のようにどこかはしゃいで、バーナードのそばにぴったりと張りついていた。
食事の時などは、バーナードをマラケシュの隣の席に座らせ、聖王国の名産、名物を紹介したりする。
そしてそんな神子の嬉しそうな様子を、マラケシュ付きの神官や、神殿騎士達は温かな眼差しで見つめていた。
聖王国へ来てから、バーナードは、夢の中で会っていた聖騎士団長ガディス、聖騎士団副騎士団長クラン、魔術師団師団長レーベン、魔術師団副師団長サムエルという面々にも対面していた。
何度も夢の中では言葉を交わしていた人物と、現実でも会うというのは不思議な感覚で、当然のことながら初めて会った感覚ではなく、懐かしい友人に会うようなものを感じた。
それは聖騎士団長ガディス達も同じようで、会うなり朗らかに「夜には酒を酌み交わそう」と約束を交わした。
だが、その言葉にマラケシュは不満そうだった。
「夜は夜で、バーナード騎士団長は僕と一緒に過ごすんだから」
「神子様はずっと騎士団長を独占するおつもりですが」
聖騎士団副騎士団長クランが笑いながら聞くと、当然だとマラケシュは頷いていた。
「だって、バーナード騎士団長はたったの四日間しかこの聖王国にいられないんだから。本当なら、バーナード騎士団長を釣りにも連れていきたかったのに」
そのことについては心底、バーナード騎士団長は残念そうにため息をついた。
「ああ、業務で来ているのだから、湖に釣りに行くことは出来ぬな」
以前、マラケシュに見せてもらった『聖王国の淡水湖の魚』という本の内容を思い出しながら、バーナード騎士団長は遠い目をした。聖王国の淡水湖には固有種の魚が十一種類もいるのだ。
せっかく聖王国に来たのだから、珍しい魚を釣りに行きたいところであったが、滞在日数がそれを許さない。
湖まで足を伸ばすとなると、更に日数が必要だろう。
「もう少し長くいられるといいのにね」
「仮にも王国の騎士団長だからな」
そうバーナードが言うと、マラケシュは冗談交じりで言った。
「聖王国に来てくれればいいのに。そうしたら、僕がバーナードを聖王国の騎士団長にしてあげる」
それにはバーナードは笑い声を上げた。
「有難いが、俺は王国の騎士だ。聖王国にはガディス騎士団長をはじめとする立派な騎士の方々がいらっしゃる」
マラケシュの言葉を冗談だとして受け止め、笑顔でいるバーナードを見ながらも、マラケシュは小さく呟いていた。
「本当に、聖王国に来てくれればいいのにな。そうしたら、僕がずっとバーナードを守れるのに」
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