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【短編】
副騎士団長との休日 (1)
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バーナード騎士団長の元へ、王都担当の商業ギルド長バナンが訪ねてきた。
中年の小柄なこの男は、バーナード騎士団長に面会を求める際も実に平身低頭の様相であった。
それというのも、先日の面会の際、バーナード騎士団長の不興を買ったためだ。
騎士団長の愛犬である、金色の仔犬のフィリップの繁殖の相手を提供する話を持ち込んだところ、パール子爵と共に、拠点を追い出された。
その時も何が彼の逆鱗に触れたのか、よく分かっていないバナンであった。バーナード騎士団長は王立騎士団の騎士団長という要職にある、国王陛下の信頼も厚い騎士である。騎士団長の不興を買うことはまったく良いことではなかった。
バナンは騎士団の拠点の団長室に入ってくる時も、ひどく緊張した面持ちでいた。
頭を深々と下げ、先日の非礼を詫びつつ、隣国ランディア王国のレブラン教授の使いでやって来たことを告げる。事前にその旨の連絡を受けていたバーナード騎士団長は、フィリップ副騎士団長を伴って席についていた。
商業ギルド長バナンは、共にやってきた部下が両手で捧げるように持つ箱の蓋を開け、そこから布の袋を取りだし、テーブルの上に置いた。その際、金属の触れ合うような音がした。
「王都商業ギルドが支払い代行を務めさせて頂きます。この度はフィリップ副騎士団長に対する損害の賠償という話を窺っております。額にして二千万クランございます。多い分についてはご迷惑をお掛けしたことのお詫びだということです。ご確認下さい」
先日のフィリップの屋敷の一階を、レブラン教授の刺客が損壊した賠償金の支払いである。
額の多い金銭支払いについては、商業ギルドがその代行を務めることはよくあった。
本来、支払い側の人間も立ち会うことが通例であったが、バーナードはそれは不要だと断っている。支払いの可否については受入れを通知しているし、受け取りのやりとり、受領証の発行についても商業ギルドが行い、立ち合いなくとも問題なく行われるためである。
二千万クラン
フィリップは黙っていたが、だいぶ過分の賠償金額だと思われた。
だが、バーナード騎士団長は黙ったままで、商業ギルド長バナンが、テーブルの上に引き出したトレーの上に、大白金貨を一枚ずつ、等間隔に二十枚並べるのを腕を組んで眺めていた。
「確認した。損害を受けたのはフィリップ副騎士団長である。私は、彼が受け取ったことの証人になろう」
「お立合いありがとうございます」
バナンの部下が、引き渡し書類を取り出し、バーナード騎士団長がそれに目を走らせた後、立ち合いのサインをしていた。次いでフィリップ副騎士団長も受け取りのサインをする。
思わぬ大金を手に入れることになってしまったフィリップ副騎士団長は、これをそのまま受け取ってよいのだろうかと思っていた。商業ギルド長達が部屋から退出した後、バーナード騎士団長はその大白金貨の入った布袋をフィリップ副騎士団長に渡した。
「お前への詫びの品だ。受け取れ。こういうのを受け取らなければ、また面倒なことを言いだしそうだからな」
「…………はい」
ずっしりと重い大金貨の入った袋を受け取る。
しかし、あの時壊された屋敷の修繕費用などは、バーナードが負担したのだ。これを自分が受け取る理由はないと言うと、バーナードは「俺はレブランからは別の品を受け取っているから不要だ」と答えた。
そう、バーナードは、レブランから新たな“封印の指輪”を受け取っていた。それは以前の指輪よりも遥かに強力な魔法の力があり、彼の淫魔の力を完全に隠し通すものらしい(そして淫魔としての欲も抑えこむらしい)。それが十分な詫びの品であるからして、白金貨はお前が受け取れと、バーナードは言うのだ。
「しかし、こんな大金です……」
「彼にとっては、こんな額、はした金だろう」
バーナードは、先日、レブランの屋敷を訪れた時の、豪華な屋敷の内装の様子を思い出していた。そこは一国の王宮に匹敵する規模であった。自分も相応に資産を持つとは思っていたが、彼の場合、桁が違っていた。
だからこんな大金を出すことも、レブランの懐にとっては痛くも痒くもないはずだ。
「だから問題なく受け取れ。お前もあいつには大変な迷惑を被ったのだからな」
そう結論つけるように言っていたのだった。
しかし、そう言われても、バーナード騎士団長に何から何まで金銭的な負担を掛けてしまったことに(バーナードは屋敷の修繕費用は元より、その間のフィリップの宿代金まで負担していた)、フィリップは心苦しかった。なんとかバーナードに、受けた恩を少しでも返したいと思うのは当然のことであり、どう返せるかと考えたフィリップが思いついたのは、少年姿の時のバートのための服を山のように買い求めることだった。
「今度の休日、一緒にお出かけをして、バートの服を買いましょう」と言われた時、バーナード騎士団長は一瞬、そうした話を持ち出されるとは思わず、驚いた顔をしていた。
フィリップは笑顔でいる。
バートとして王宮へ行く時、バーナード騎士団長は王宮副魔術師長マグルの部屋で、“若返りの魔道具”を使う。その時、少年の姿になるバートは、身に付ける服や靴、上着などの一式を、侍従長を通じて用意してもらうのだ。
そのことを、前々からフィリップは気に入らなかった。
以前、バーナードはエドワード王太子の求めに応じる形で、その身を彼に捧げた。
十代半ばの少年の姿をとって、伽をする彼。
バートを寵愛するエドワードは、彼のために多くの服や靴、上着など用意させていた。
それらは今も王宮に置かれている。
だから、バーナード騎士団長が王宮でバートの姿を取る時、エドワード王太子の用意した服や靴を借りるのだ。
そのことが気に入らない。
当然だろう。バーナード騎士団長は自分の伴侶であり、エドワード王太子のものではないのだから。
彼が、バーナードのために服を用意する必要などないのだ。
それは自分がする事だった。
勿論、そんな狭量なことをバーナードの前で口にすることはない。
でも、フィリップは前々から、気に入らなかったのだ。
だから、バートの為の服を、今回自分の目で選び、買い求めたかった。勿論、最近は少しずつバートの為の服も買い求めていた。でも今回、こうして、臨時の収入もあったのだから、金に糸目をつけずに、愛しい伴侶のためにたくさんの服を購入するつもりであった。
バーナードは、休日に一緒に出掛けることを了承した。折角であるから、フィリップは服を買うだけではなく、あれやこれやと色々と楽しもうと考えだした。
当日、バーナードは“若返りの魔道具”を使って少年の姿をとるはずである。
少年姿のバートと共に、デートの予定を立てるのも楽しいかも知れないと思い出したのだった。
中年の小柄なこの男は、バーナード騎士団長に面会を求める際も実に平身低頭の様相であった。
それというのも、先日の面会の際、バーナード騎士団長の不興を買ったためだ。
騎士団長の愛犬である、金色の仔犬のフィリップの繁殖の相手を提供する話を持ち込んだところ、パール子爵と共に、拠点を追い出された。
その時も何が彼の逆鱗に触れたのか、よく分かっていないバナンであった。バーナード騎士団長は王立騎士団の騎士団長という要職にある、国王陛下の信頼も厚い騎士である。騎士団長の不興を買うことはまったく良いことではなかった。
バナンは騎士団の拠点の団長室に入ってくる時も、ひどく緊張した面持ちでいた。
頭を深々と下げ、先日の非礼を詫びつつ、隣国ランディア王国のレブラン教授の使いでやって来たことを告げる。事前にその旨の連絡を受けていたバーナード騎士団長は、フィリップ副騎士団長を伴って席についていた。
商業ギルド長バナンは、共にやってきた部下が両手で捧げるように持つ箱の蓋を開け、そこから布の袋を取りだし、テーブルの上に置いた。その際、金属の触れ合うような音がした。
「王都商業ギルドが支払い代行を務めさせて頂きます。この度はフィリップ副騎士団長に対する損害の賠償という話を窺っております。額にして二千万クランございます。多い分についてはご迷惑をお掛けしたことのお詫びだということです。ご確認下さい」
先日のフィリップの屋敷の一階を、レブラン教授の刺客が損壊した賠償金の支払いである。
額の多い金銭支払いについては、商業ギルドがその代行を務めることはよくあった。
本来、支払い側の人間も立ち会うことが通例であったが、バーナードはそれは不要だと断っている。支払いの可否については受入れを通知しているし、受け取りのやりとり、受領証の発行についても商業ギルドが行い、立ち合いなくとも問題なく行われるためである。
二千万クラン
フィリップは黙っていたが、だいぶ過分の賠償金額だと思われた。
だが、バーナード騎士団長は黙ったままで、商業ギルド長バナンが、テーブルの上に引き出したトレーの上に、大白金貨を一枚ずつ、等間隔に二十枚並べるのを腕を組んで眺めていた。
「確認した。損害を受けたのはフィリップ副騎士団長である。私は、彼が受け取ったことの証人になろう」
「お立合いありがとうございます」
バナンの部下が、引き渡し書類を取り出し、バーナード騎士団長がそれに目を走らせた後、立ち合いのサインをしていた。次いでフィリップ副騎士団長も受け取りのサインをする。
思わぬ大金を手に入れることになってしまったフィリップ副騎士団長は、これをそのまま受け取ってよいのだろうかと思っていた。商業ギルド長達が部屋から退出した後、バーナード騎士団長はその大白金貨の入った布袋をフィリップ副騎士団長に渡した。
「お前への詫びの品だ。受け取れ。こういうのを受け取らなければ、また面倒なことを言いだしそうだからな」
「…………はい」
ずっしりと重い大金貨の入った袋を受け取る。
しかし、あの時壊された屋敷の修繕費用などは、バーナードが負担したのだ。これを自分が受け取る理由はないと言うと、バーナードは「俺はレブランからは別の品を受け取っているから不要だ」と答えた。
そう、バーナードは、レブランから新たな“封印の指輪”を受け取っていた。それは以前の指輪よりも遥かに強力な魔法の力があり、彼の淫魔の力を完全に隠し通すものらしい(そして淫魔としての欲も抑えこむらしい)。それが十分な詫びの品であるからして、白金貨はお前が受け取れと、バーナードは言うのだ。
「しかし、こんな大金です……」
「彼にとっては、こんな額、はした金だろう」
バーナードは、先日、レブランの屋敷を訪れた時の、豪華な屋敷の内装の様子を思い出していた。そこは一国の王宮に匹敵する規模であった。自分も相応に資産を持つとは思っていたが、彼の場合、桁が違っていた。
だからこんな大金を出すことも、レブランの懐にとっては痛くも痒くもないはずだ。
「だから問題なく受け取れ。お前もあいつには大変な迷惑を被ったのだからな」
そう結論つけるように言っていたのだった。
しかし、そう言われても、バーナード騎士団長に何から何まで金銭的な負担を掛けてしまったことに(バーナードは屋敷の修繕費用は元より、その間のフィリップの宿代金まで負担していた)、フィリップは心苦しかった。なんとかバーナードに、受けた恩を少しでも返したいと思うのは当然のことであり、どう返せるかと考えたフィリップが思いついたのは、少年姿の時のバートのための服を山のように買い求めることだった。
「今度の休日、一緒にお出かけをして、バートの服を買いましょう」と言われた時、バーナード騎士団長は一瞬、そうした話を持ち出されるとは思わず、驚いた顔をしていた。
フィリップは笑顔でいる。
バートとして王宮へ行く時、バーナード騎士団長は王宮副魔術師長マグルの部屋で、“若返りの魔道具”を使う。その時、少年の姿になるバートは、身に付ける服や靴、上着などの一式を、侍従長を通じて用意してもらうのだ。
そのことを、前々からフィリップは気に入らなかった。
以前、バーナードはエドワード王太子の求めに応じる形で、その身を彼に捧げた。
十代半ばの少年の姿をとって、伽をする彼。
バートを寵愛するエドワードは、彼のために多くの服や靴、上着など用意させていた。
それらは今も王宮に置かれている。
だから、バーナード騎士団長が王宮でバートの姿を取る時、エドワード王太子の用意した服や靴を借りるのだ。
そのことが気に入らない。
当然だろう。バーナード騎士団長は自分の伴侶であり、エドワード王太子のものではないのだから。
彼が、バーナードのために服を用意する必要などないのだ。
それは自分がする事だった。
勿論、そんな狭量なことをバーナードの前で口にすることはない。
でも、フィリップは前々から、気に入らなかったのだ。
だから、バートの為の服を、今回自分の目で選び、買い求めたかった。勿論、最近は少しずつバートの為の服も買い求めていた。でも今回、こうして、臨時の収入もあったのだから、金に糸目をつけずに、愛しい伴侶のためにたくさんの服を購入するつもりであった。
バーナードは、休日に一緒に出掛けることを了承した。折角であるから、フィリップは服を買うだけではなく、あれやこれやと色々と楽しもうと考えだした。
当日、バーナードは“若返りの魔道具”を使って少年の姿をとるはずである。
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