騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十六章 騎士団長の長い一日

第十一話 終わらない一日

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 戦いを終えて妖精の国から帰還したバートは、「食事でもどうか」と誘うゼトゥを無視するようにその場を後にした。
 急いで、王国へ帰らなければならない。
 そのまま転移魔法陣のある建物へと急ぐと、高額な費用をなんのその、一括でそれを支払うと再びアルセウス王国へと戻ってきたのである。
 慌ただしいことに、アルセウス王国へ到着すると彼はまた王宮へと急ぎ、王太子殿下にお借りした竜剣ヴァンドライデンを返す。
 その頃には、空は暗く夜のとばりを広げ、頭上に白く輝く星々が瞬き始める。

(フィリップが心配しているだろう)

 そう思うと、気が急いてしまう。
 彼は、バートが魔術会議の参加のためにネイザーランドへ向かう時から心配していた。
 自分が置いていかれることに、悔し気な様子も見せていた。
 だから、早く彼の元へと帰らなければならない。
 無事に戻ってきた姿を見せなければならない。

 フィリップの屋敷にはすでに明かりが灯っていた。
 仕事を終えた彼の方が先に帰ってきているのだろう。
 
 バートが玄関の扉を開けると、すぐさまフィリップが奥から走り出てきた。
 バートの身の無事を確かめるように、頭の上から足の先まで眺めると、安堵の表情を見せる。

「お帰りなさい」

 そして、フィリップはバートをぎゅっと抱きしめたのだった。
 バートもまた、金髪の青年の身体を抱き締め返す。

「無事に帰って下さって、本当に良かったです」

「ああ、心配をかけたな」

 彼に抱きしめられると、バートもまた、心の中に温かな感情が静かに広がって満ちていくことを感じた。

「騎士団の方は問題ありません」

「ご苦労だった」

 廊下を歩き、居間へと向かっている時に、フィリップは何故か鼻の頭に皺を寄せ、怒ったような顔をした。

「…………殿下とお会いしたのですか」

 問い詰めるような厳しい声。

「………………」

 バートの背筋がヒヤリとする。
 忘れていた。
 フィリップは人狼故に、嗅覚が並外れている。エドワード王太子にお会いした時に、王太子はバートを抱きしめ、その額に口づけを落としていた。
 当然、フィリップはバートを抱きしめた時に、肌に残された王太子の匂いを感知したのだ。

「何故、殿下とお会いしたのですか」

「……………風呂に入る」

 バートはそれには答えず、手を伸ばすフィリップから逃れるように浴室へと駆けこんだ。

「答えて下さい。それに、他の男の匂いもします」

 ますますマズイ。
 バートは浴室の扉の鍵を下ろした。
 レブランの護衛ゼトゥと戦った際、バートはゼトゥに馬乗りになって剣を突き付けた。
 その時触れ合った肌の匂いがついたのかも知れない。

 しかし、接触した人間の匂いが全部分かるとか異常だろう!!

 何故殿下と会ったのか、その理由をフィリップには絶対に話すことは出来ない。
 竜剣ヴァンドライデンを借りて、また殿下に“借り”を作っていることを知られたらと思うと、想像するだけでも恐ろしかった。
 そしてゼトゥと戦ったこともまた、話すことは出来ない。
 何故、和解の為に出かけたのに、戦いになっているのかと問い詰められるだろう。
 ゼトゥに勝利したことは喜ばしいが、どうやってあの大男に勝てたのかとこれまた問い詰められたなら、竜剣があったからと言わざるを得ない。
 そしてその竜剣は、殿下から借りているのだ。説明がドツボにはまる。
 絶対に話すことは出来ない。

 バートは、人狼の馬鹿力で浴室の扉を開けられないよう、扉の前にモノを積み上げ、そして浴室に入ってすぐさま湯を浴びた。
 浴槽にはたっぷりの湯がすでに張られている。
 フィリップが、いつ自分が戻って来てもすぐに風呂に入れるようにと、準備をしていたのだろう。
 自分を想う、彼の優しさを感じる。

 温かな湯に浸かると、ホッとする気持ちになる。
 肩まで浸かり、天井を見上げながら息をつく。

(なんて長い一日だったんだ)

 午前中に魔術会議に参加するため、ネイザーランドへマグルと共に旅立ち、レブラン教授の講演を聞いた。
 その後、食事会に参加したが、レブラン教授の護衛ゼトゥと勝負することになり、アルセウス王国に戻ると、エドワード王太子から竜剣を借りてまたまたネイザーランドへと渡る。
 対決の場所を求めて妖精の国へ渡り、ゼトゥと勝負した。勝負に勝って、急ぎまた殿下に竜剣をお返しして、ようやくやっとフィリップの屋敷に帰って来られたと思えば……。

 バートは浴槽の中、口まで湯の中に沈み込む。
 ぶくぶくと口から吐き出される丸い泡が湯の中に立ち上った。

(それなのに、今日はまだ終わらない。今度はフィリップにどう誤魔化せばいいんだ。糞、思いつかないぞ)

 バートはうーんと腕を組んで眉間に皺を寄せ考え込む。
 それは痺れを切らしたフィリップが、ついには浴室の扉を蹴り壊すまで続いたのだった。

 その時には、バートはもう服を普段着に着替えを済ませており、浴室の扉が音を立てて床に倒れたのを唖然として眺めていた。
 この屋敷は呪われているのではないかと思う。
 先日の一階がレブランの配下達に壊された事件の後、泥棒から庭へと続く扉の鍵が壊されたこともあった。今回に至っては屋敷の主人であるフィリップその人が、浴室の扉を蹴り壊しているのだ。←NEW
 また修理を頼まないといけない。
 
 そんなことを一瞬考えていたが、それどころではなかった。

 フィリップは一息でバートのそばまで間を詰めると、言った。

「説明して下さい、どうして貴方に殿下が触れた痕跡が残っているのですか」

「……レブランの講演を聞いて、殿下にもご報告しておいた方が良い内容があったからだ」

「…………」

 一度誤魔化すと決めたのなら、最後まで貫かなければならない。
 頭を絞って考えた説明は、非常に

「それに、魔術会議はすごい人混みだった。そこで他の男の匂いがついたのだろう」

「すぐに浴室に行ったのはどうしてですか。鍵まで掛けて」

「お前が、俺に他人の匂いがついているのは嫌がるだろう。だから、早く湯に入って身を清めた」

 完璧な説明だった。
 スラスラと理由を告げるバートの手を取り、その甲にフィリップは口づける。美貌の男である。その仕草の一つ一つが嫌になるほど決まっていて、目が離せなかった。フィリップはその手を取ったままバートをじっと見つめる。

「貴方は……本当に私のことをよく分かっていらっしゃる」

「そうか。お前との付き合いは長いからな」

 よし。
 誤魔化せたな。
 内心、快哉を叫ぶバートであったが、その手を握るフィリップの青い目が光って見えた。

「ええ、貴方との付き合いは長いです。貴方のことを誰よりも理解していると自負しています……」

 バートの心の中で、もう一人の自分が必死に「逃げろ」「何かマズイぞ」と叫んでいる。危機を報せる灯りが点滅を繰り返している。

「貴方は誤魔化そうとする時、少しだけ目が泳ぐんですよね。知っていますか」

 そんなこと、知らん!!

「では、今日はこれからじっくりと私に全てを話してもらいましょう」

 フィリップに手を取られたバートは、ずるずると引きずられるように連れて行かれる。
 しかし、何があったとしても絶対にフィリップには話せないバートは、寝台の上でもいかな攻めを受けようとも、決して口を割ることはなかった。
 そうして長い長いバーナード騎士団長の一日は、まだまだ、続いていたのだった。
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