騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十六章 騎士団長の長い一日

第十二話 主への報告と釈然としない思いを抱える人々

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 主人の面前に戻ってきた大男のゼトゥは、勝負に負けたことを伝えた。
 その言葉に、レブランは元より、ネリアも驚いた。
 当然、ゼトゥは勝つであろうと考えていたからだ。勝つことは容易く、バート少年に怪我をさせぬよう手加減をすることの方が難しいだろうと思っていた。
 なのに負けたというのだ。
 勝負に負けたのに、何故、そんなにゼトゥの機嫌が良いのかも理解に苦しんだ。

「彼は強かったです。彼は、素晴らしい魔剣を手にしていました。青い刀身の魔剣で、私の戦斧もやすやすと斬り裂いてしまいました」

 常日頃、無口な男であるのに、戦いのことをスラスラと話していく。
 普段と違うその男の様子を奇異に思いつつ、ネリアはゼトゥをじっと見つめていた。

 そして勝負に負けたことを知ったレブランは、「仕方ない」とそれを許していた。
 勝てば、あの少年の上位に立てるだけのことで、負けても損害は無かった。
 ただ、バート少年とこれっきりになってしまうのが、惜しい。何かしらの結び付きは残しておきたかった。
 敵愾心すら持たれている状況の中、どう、彼を懐柔していくのか、レブランは考え込んでいる。その主人の前でゼトゥは続けて言った。

「レブラン様、魔剣をお貸し願いたい。俺はまたバートと勝負をしたい」

 その言葉に、ネリアは呆れの表情で、ゼトゥを見た。

「また勝負ですか。さすがにもう、先方も断るでしょう」

 その父親と戦い、息子とも戦った。一勝一敗の成績となっている。

「バートは強い。あのような子供であるのに、淫魔であるのに、彼は強い。俺はまた彼と勝負をしたい」

「…………」

 以前のレブランの護衛務めていたイザックは剣士として強い男であったが、ゼトゥもまた戦士として一流であった。そして二人して、戦い好きな側面を持っていた。
 自分と互角に戦える好敵手を求めているようなところがある。
 だが、レブランはたしなめるようにゼトゥに告げた。

「あのバートという少年を、懐柔せねばならない。敵対してはならないのだ」

「…………敵対しないように、戦いを挑みます」

 ゼトゥは相反する言葉を言っているような気がする。

「どちらにしろ、あの少年と接触を続けないといけない。頃合いを見て、文を遣わそう。その時にお前は同行して、彼の気分を害せぬように勝負を頼んでみるのだな」

 レブランはそう言う。
 そう、あの“淫魔の王女”位を持つ少年は、この世にたった一人しかいない。
 “淫魔の女王”と並んで、霊樹に子を実らせることが出来る稀有な能力を持っている。
 大切な大切な“器”だった。

 本当なら、屋敷に迎え誰にも手出しされぬように守り、隠し通していたいところであったが、妖精族の手前、そうもいかなかった。
 幸いな事に、あのバートという少年はまったく淫魔とは思えないような姿形をしていた。
 高位魔族特有の空気感や圧こそ持っているが、それを持つが故にすぐに彼が“淫魔の王女”だという正体に結びつくことはない。
 レブラン自身も、妖精族の言葉でようやく彼が“淫魔の王女”であると知ったくらいなのだ。
 だから、すぐに他の魔族に気付かれて、狙われることがないのが幸いであった。

「分かりました」

 また少年と会って、勝負を持ちかけることが出来ると知ったゼトゥは嬉しそうな様子だった。
 自分の護衛が、“淫魔の王女”位の少年と対決を望んでいるということが奇妙なことであった。そんな護衛の大男を横目で見ながら、どう少年を懐柔していこうかと考え込むレブランであった。


  *



 結局、バートもといバーナードは、フィリップがどんなに問い詰めても、はぐらかすばかりで、本当のことを話してくれなかった。
 バートと一緒に魔術会議へ行ったマグルに尋ねても、彼もまた困った顔で「特に何もなかった。詳しくはバーナードに聞いてくれ」と言うばかりである。
 

 マグルは、魔術会議から王国へ戻ってすぐにバーナードに会った。
 バーナードが、彼に“若返りの魔道具”であるピアスを返しに来たからだ。
 マグルはバーナードに、その後のことを尋ねると、バーナードは一言、「アレはもう解決した」と述べたのだ。
 
「解決って、だってお前ら、勝負する話になっていただろう。やらなくて良くなったのか」

 そう、お互い引けないような雰囲気で、決闘紛いの状態になっていた。
 剣を収める余地はない、そんな一触即発の中で、それが解決したとは信じられない。
 
 しかし、バーナード騎士団長はマグルの前の椅子に座り、長い足を組んで淡々と告げていた。

「問題は無くなった。だから、フィリップに話さないでくれ」

「問題は無くなったって、どういうことだよ」

 そう尋ねてもバーナードは答えてくれない。
 そうこうしているうちに、マグルはフィリップからも訊かれたのだ。
 魔術会議で、何があったのかと。
 そして、エドワード王太子にバーナードが会ったのかとも尋ねられる。

「いや、殿下は魔術会議には参加しておられない。そこでバーナードが会うことはないだろう」

 そうすると、バーナードの話した通り、彼は帰国後、報告のため、殿下にお会いしただけなのだろうかとフィリップは考え込む。

 マグルもまさか、バーナードがトンボ返りで国許に戻り、殿下から竜剣を借りて当日中に戦いまで為したことを知らなかったし、そのような展開を想像も出来なかった。
 バーナードが、問題が無くなったと言うのであれば、勝負の話もフィリップに伝える必要はない。
 だが、どうしても釈然としない思いが、マグルの中には在ったのであった。
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