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第二十五章 小さな妖精の罪ほろぼしと王太子の沈黙
第三話 “王家の庭”の霊樹と懲りない妖精達
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夜明け前に、バーナード騎士団長は、眠りこけてしまったマグル王宮副魔術師長を背負って妖精の国の春祭りから帰宅した。カトリーヌ宛の、セリーヌからの荷物はフィリップが持っている。それ以外にも妖精達から受け取ったたくさんの土産を手にしながら、フィリップの屋敷の二階へ続く扉をくぐったのだった。
三人が人の世界への扉をくぐるのを見送った後、ベンジャミンは早速、ご隠居様の命を受けて、“王家の庭”の霊樹まで飛んでいく。
人の世界の霊樹は、特殊な結界が張られており、この国の王族とその妃しか近づくことは出来ない。
ただ、妖精達は、古来よりその特殊な結界をくぐる特別の許可を得ていた。それはこの国の成り立ちに関わるものであった。王国の始祖たる王は神より賜った霊樹の種を、妖精達の導きによりこの肥沃な大地に撒いたと言われる。そしてその霊樹を囲むように“王家の庭”を造り、王宮を配置したのだ。
それゆえ、妖精たるベンジャミンは、特に問題なく“王家の庭”に入り、霊樹の前に立つことが出来ていた。
そしてすぐに、霊樹の周りに遊ぶ妖精達の姿を探した。
人の世界の霊樹のそばでいつも遊んでいる妖精達なら、もしかしたら既に、バーナード騎士団長が実らせる実についても知っているのではないかと考えたのだ。
(しかし、実がついていることを知っていたら、ご隠居様に報告があるはずだ。それが無いのはおかしい)
霊樹に実が付くなど、滅多にない出来事で、瑞兆である。
報告されてしかるべき出来事であった。
(まだ実が付いていないのか?)
しかし、バーナード騎士団長に白の宝珠を触らせ、彼に相当量の“神の欠片”を注ぎ込んでいる。
いい加減、そろそろ小さな実の一つくらいついていても、おかしくはない。
よもや、霊樹周りの妖精達が、実らせた実を「独り占めして食べるために他の妖精には教えない」つもりでいることなど、ベンジャミンは想像だにしていなかった。
だから、実を探すように目を凝らし、ぐるりと巨木のその周囲を飛んで様子を見ていたベンジャミンは、その光景を見て危うく悲鳴を上げそうになった。
霊樹に実った小さな桃色の実に、妖精二人が酒瓶の酒をバシャバシャと振りかけ「茎が柔らかくならないかな」「実も柔らかくならないかな」「酒で柔らかくなるよね」「たくさんかければ柔らかくなるよね」と言いながら、春祭りの残りの酒瓶の酒を水のようにふり掛けては実の様子を眺めている。そして二人がかりでガリガリと齧りついていたのだ。
あまりの光景に、ベンジャミンは眩暈を覚えてふらりと空から落ちそうになり、慌てて気を取り戻して、実に齧りついている二人の妖精を怒鳴りつけた。
「何をしているのです!!!!!!!」
二人の妖精も悪いことをしていたという自覚はあったのか、途端に真っ青になり、手にしていた酒瓶を大木の枝の上から遥か地上へ落としてしまう。ガシャンと砕け散る酒瓶。ガクガクと震えながら、ベンジャミンの方を振り返る。
「食べようとしていたんじゃないよ!! 僕達食べようとしていたんじゃない」
「うん。そうだ、実を鍛えてあげていたんだ。毎日こうして齧れば、きっと今よりもずっと固くなって」
一生懸命に言い訳を繰り返す妖精達の元まで近づくと、ベンジャミンは二人の頭を拳でぐりぐりと押さえつけた。
「絶対に、絶対に、もう二度と、この実を齧ってはなりません!!!! 分かりましたか!!!!」
「「………………はい」」
妖精達は頭をぐりぐりとされた痛みに泣きじゃくりながら、弱々しく返事をしたのだった。
ベンジャミンは二人の妖精を木の枝の上に正座をさせ、詰問したのだった。
すなわち、いつからその実は実っていたのか。
その実が実っていることを知る者は他にいるのか。
という二点である。
他の者が、実が実っている話を知っていれば、奪われる可能性が高くなる。出来るだけ情報が洩れないようにしなければならなかった。
二人の妖精は泣きじゃくりながら答えた。
「実が実ったのは、一月ほど前だよ」
「実が実っていることを知っているのは、エドワードという人間の王子だけだよ」
妖精達の答えに安堵する。
エドワード王子とは、この王国の王太子である。
金髪碧眼の美しい王子だった。ベンジャミンは何度か遠目から、その王子の姿を見たことがある。
その王子にも口外をしないように、頼まなければならないだろう。
妖精達とこの国の王家は友好的な関係を保っている。霊樹の元にふよふよと飛ぶ妖精達は、霊樹に会いに行く王族にとって馴染みのものであった。
妖精は、もはやこの人の世界では幻に等しい貴重な生き物である。
かつて、世界の至るところで見かけたその小さな姿は、今はほとんど見ることはできない。
妖精達は皆、妖精の国へ移動してしまったからだ。
けれどこの王家の庭の霊樹のそばでは、小さな妖精の姿を見ることができており、賢い王家の者達はそのことを他人に口外することはなかった。
だからこのことも、他へ口外しないように頼めば、きっと王子も了承してくれるだろうと考えていた。
そして、霊樹に実がついていることを既に知り得ている妖精達には、重々言い聞かさなければならない。
決して、この実を食べてはならないと!!!!
※すでにエドワード王太子からも「実を齧ってはならぬ」ときつく叱られていましたが、妖精達は凝りないのです。
ベンジャミンは霊樹を見上げた後、扉の向こうの王宮に視線をやる。
(人の国の霊樹に、騎士団長の実が実り始めたことは確認できた)
おそらく、ご隠居様はこのことを仕方がないと受け入れるだろう。
他の界の霊樹に実が実る事態よりもマシであるからだ。
そして、それとは別に、もう一つ確認しなければならないことがある。
(バーナード騎士団長は、何故、この“王家の庭”に足を踏み入れることができるのだろう)
それが分からなかった。
(どちらにせよ、この国の王子に、実が実っていることを口外せぬように頼まなければならない。その時にでも、彼に話を聞くことがいいだろう)
この“王家の庭”の霊樹は、王家の管理下にあるものと言える。
おそらく王太子は、その原因を知っているだろうと考えたのだ。
三人が人の世界への扉をくぐるのを見送った後、ベンジャミンは早速、ご隠居様の命を受けて、“王家の庭”の霊樹まで飛んでいく。
人の世界の霊樹は、特殊な結界が張られており、この国の王族とその妃しか近づくことは出来ない。
ただ、妖精達は、古来よりその特殊な結界をくぐる特別の許可を得ていた。それはこの国の成り立ちに関わるものであった。王国の始祖たる王は神より賜った霊樹の種を、妖精達の導きによりこの肥沃な大地に撒いたと言われる。そしてその霊樹を囲むように“王家の庭”を造り、王宮を配置したのだ。
それゆえ、妖精たるベンジャミンは、特に問題なく“王家の庭”に入り、霊樹の前に立つことが出来ていた。
そしてすぐに、霊樹の周りに遊ぶ妖精達の姿を探した。
人の世界の霊樹のそばでいつも遊んでいる妖精達なら、もしかしたら既に、バーナード騎士団長が実らせる実についても知っているのではないかと考えたのだ。
(しかし、実がついていることを知っていたら、ご隠居様に報告があるはずだ。それが無いのはおかしい)
霊樹に実が付くなど、滅多にない出来事で、瑞兆である。
報告されてしかるべき出来事であった。
(まだ実が付いていないのか?)
しかし、バーナード騎士団長に白の宝珠を触らせ、彼に相当量の“神の欠片”を注ぎ込んでいる。
いい加減、そろそろ小さな実の一つくらいついていても、おかしくはない。
よもや、霊樹周りの妖精達が、実らせた実を「独り占めして食べるために他の妖精には教えない」つもりでいることなど、ベンジャミンは想像だにしていなかった。
だから、実を探すように目を凝らし、ぐるりと巨木のその周囲を飛んで様子を見ていたベンジャミンは、その光景を見て危うく悲鳴を上げそうになった。
霊樹に実った小さな桃色の実に、妖精二人が酒瓶の酒をバシャバシャと振りかけ「茎が柔らかくならないかな」「実も柔らかくならないかな」「酒で柔らかくなるよね」「たくさんかければ柔らかくなるよね」と言いながら、春祭りの残りの酒瓶の酒を水のようにふり掛けては実の様子を眺めている。そして二人がかりでガリガリと齧りついていたのだ。
あまりの光景に、ベンジャミンは眩暈を覚えてふらりと空から落ちそうになり、慌てて気を取り戻して、実に齧りついている二人の妖精を怒鳴りつけた。
「何をしているのです!!!!!!!」
二人の妖精も悪いことをしていたという自覚はあったのか、途端に真っ青になり、手にしていた酒瓶を大木の枝の上から遥か地上へ落としてしまう。ガシャンと砕け散る酒瓶。ガクガクと震えながら、ベンジャミンの方を振り返る。
「食べようとしていたんじゃないよ!! 僕達食べようとしていたんじゃない」
「うん。そうだ、実を鍛えてあげていたんだ。毎日こうして齧れば、きっと今よりもずっと固くなって」
一生懸命に言い訳を繰り返す妖精達の元まで近づくと、ベンジャミンは二人の頭を拳でぐりぐりと押さえつけた。
「絶対に、絶対に、もう二度と、この実を齧ってはなりません!!!! 分かりましたか!!!!」
「「………………はい」」
妖精達は頭をぐりぐりとされた痛みに泣きじゃくりながら、弱々しく返事をしたのだった。
ベンジャミンは二人の妖精を木の枝の上に正座をさせ、詰問したのだった。
すなわち、いつからその実は実っていたのか。
その実が実っていることを知る者は他にいるのか。
という二点である。
他の者が、実が実っている話を知っていれば、奪われる可能性が高くなる。出来るだけ情報が洩れないようにしなければならなかった。
二人の妖精は泣きじゃくりながら答えた。
「実が実ったのは、一月ほど前だよ」
「実が実っていることを知っているのは、エドワードという人間の王子だけだよ」
妖精達の答えに安堵する。
エドワード王子とは、この王国の王太子である。
金髪碧眼の美しい王子だった。ベンジャミンは何度か遠目から、その王子の姿を見たことがある。
その王子にも口外をしないように、頼まなければならないだろう。
妖精達とこの国の王家は友好的な関係を保っている。霊樹の元にふよふよと飛ぶ妖精達は、霊樹に会いに行く王族にとって馴染みのものであった。
妖精は、もはやこの人の世界では幻に等しい貴重な生き物である。
かつて、世界の至るところで見かけたその小さな姿は、今はほとんど見ることはできない。
妖精達は皆、妖精の国へ移動してしまったからだ。
けれどこの王家の庭の霊樹のそばでは、小さな妖精の姿を見ることができており、賢い王家の者達はそのことを他人に口外することはなかった。
だからこのことも、他へ口外しないように頼めば、きっと王子も了承してくれるだろうと考えていた。
そして、霊樹に実がついていることを既に知り得ている妖精達には、重々言い聞かさなければならない。
決して、この実を食べてはならないと!!!!
※すでにエドワード王太子からも「実を齧ってはならぬ」ときつく叱られていましたが、妖精達は凝りないのです。
ベンジャミンは霊樹を見上げた後、扉の向こうの王宮に視線をやる。
(人の国の霊樹に、騎士団長の実が実り始めたことは確認できた)
おそらく、ご隠居様はこのことを仕方がないと受け入れるだろう。
他の界の霊樹に実が実る事態よりもマシであるからだ。
そして、それとは別に、もう一つ確認しなければならないことがある。
(バーナード騎士団長は、何故、この“王家の庭”に足を踏み入れることができるのだろう)
それが分からなかった。
(どちらにせよ、この国の王子に、実が実っていることを口外せぬように頼まなければならない。その時にでも、彼に話を聞くことがいいだろう)
この“王家の庭”の霊樹は、王家の管理下にあるものと言える。
おそらく王太子は、その原因を知っているだろうと考えたのだ。
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