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第二十五章 小さな妖精の罪ほろぼしと王太子の沈黙
第二話 妖精の国の霊樹
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そしてそれから三日目の夜がきた。バーナード騎士団長らは、フィリップの屋敷の二階の廊下にいた。
マグルは、フィリップから、屋敷の二階に妖精の国へ通じる扉が作られたことを聞いて、呆れたように口を開けていた。
「便利は便利だけど、二階に妖精の国へ通じる扉があるなんて、変だろう!! なんでまたそんな扉が作られたんだ」
それに、フィリップは頬を染めて答えた。
「バーナードとの子供が生まれた時に、妖精達が子育てを手伝ってくれるという話になっていて」
まだ生まれもしていない子に対して子育てを手伝うもないだろうと内心思いつつ、マグルは言った。
「ずるい!! カトリーヌと僕の子育てに、妖精が手伝ってくれるという話は無かったぞ!!」
ずるいずるいと頬を膨らませ、唇を尖らせて言うマグル。
王宮副魔術師長という要職にあるとは思えない、子供じみた態度である。
確かに、バーナードとフィリップの子育てを手助けすると言うのなら、妖精王子の妃の妹であるカトリーヌの子育てを妖精達が手伝う方がまだ理由があるだろう。振り返って見ると、妖精達が積極的に自分達を手助けするのは何故だろうと思った。フィリップは考え込んだのであったが、妖精界へ続く扉を開けると、賑やかな音楽と共に、激しく踊り狂う小さな妖精達の様子を見て、すぐにその考え事が吹き飛んだ。
小さな妖精達は、その頭に色とりどりの花飾りをつけ、いつもよりもヒラヒラとした服を身に付け、皆で手を繋ぎ輪になって激しく踊っていた。足を上げ、手を叩き、リズムを刻むように地面を踏みしめる。
扉の向こうは妖精の城の一室で、部屋の中には妖精達がすでに小さな酒瓶を手に飲んだくれている者もいた。だが、輪になって踊っている者達が多い。笛やラッパ、竪琴を手に音を奏でる妖精達もいる。弾むように踊り、飛ぶように踊る。ヒラヒラ、ヒラヒラと揺れる服と陽気な音楽、そして酒の匂いに肉の焼ける音。
一行は妖精達の賑やかな祭りの様子に圧倒されたように、口を開けていた。
彼らの前に、お仕着せを着た小さな妖精ベンジャミンが現れる。
この日、ベンジャミンも頭の上に白い花冠をのせていた。
「皆様、お待ちしておりました」
恭しく一礼した後、ベンジャミンは彼らの先頭に立って案内を始めた。
妖精の城でも華やかな祭りは続いていたが、ベンジャミンは彼らを城から少し離れた場所に向かって案内していた。城を出て緩やかな丘陵の道を歩いていく。いつも通る道とはまた違う道で、一行は周囲を興味津々と眺めながら歩いていた。
外は暗かったが、飛び回る妖精達の身からは光る鱗粉のような輝きが零れ落ちており、至る所でキラキラと輝くその光を見ることができる。なんとも美しい光景だった。
フィリップはそっとバーナードの手を握り、バーナードもまたその手を握り返していた。
「霊樹のたもとで、大宴会が開かれています。是非そちらにご参加ください」
ベンジャミンはその霊樹のたもとの大宴会会場に一行を案内していた。
ふよふよと前を飛ぶベンジャミンの後について歩きながら、バーナードはふと気になっていたことを尋ねた。
「妖精の国にも霊樹があるのだな」
それに答えたのが、王宮副魔術師長のマグルであった。魔術師として当然知り得ている知識だったのだろう。彼はこう少し知ったかぶった口調で答えていた。
「バーナード、霊樹は全ての界にあると言われているよ。そして全ての霊樹は根の部分で繋がっているという話だ。妖精の国にもあるだろうし、精霊界、魔界、そして我らが人界にだって生えている」
両腕を組んで、うんうんと頷きながらマグルが解説する。
「そうだな。我が国の王宮にも、霊樹がある。アレと同じなのだろう?」
バーナードの言葉に、ベンジャミンは頷いた。
「はい。人の国の王宮にも霊樹がございますね。ただ、あそこは“王家の庭”という特殊な結界が張られています」
「私も遠目から王宮の霊樹を拝見したことはあります。“王家の庭”は王族とその妃以外、立ち入ると雷に撃たれるという話ですね」
フィリップ副騎士団長も同意した。
だが、皆の言葉に、バーナード騎士団長は少し考え込む様子である。
彼の脳裏に、かつてエドワード王太子がバート少年の手を引くようにして、鉄製の瀟洒なデザインの門扉をくぐり、上に金色のプレートの打ち付けられた重い扉を開け、案内した時のことが蘇ったのだ。
『殿下、ここは“王家の庭”です。王族以外立ち入りが禁じられております。私は入れません』
そう言うバート少年に対し、エドワード王太子は、こう答えたのだ。
『“王家の庭”に入ることを、バート、お前は許されているということだ』
あのやりとりが未だによく分からない。
霊樹のそばを飛ぶ妖精達は、バートのことを妃と呼び、エドワード王太子もそれを否定しなかった。
何故、自分が雷に撃たれることもなく、“王家の庭”に足を踏み入れることが出来たのか、分からなかった。
緩やかな丘陵の上に、天を貫くほどの巨木が立っている。
キラキラと輝く満点の星空の下、空に向かってこれまた大きな枝を伸ばし、柔らかな緑色の葉をつけて風にサワサワと揺らしている。巨木の枝にはびっしりと妖精達が座り、やはりここでも楽しそうに歌を歌っていたり、踊っていたり、音楽を奏でたり、食べ物を銜えて走り回っていたりの騒動を起こしている。
バーナードは妖精の国の霊樹を見上げて、呟くように言った。
「“王家の庭”にある霊樹と一緒なのだな」
その言葉に、案内していたベンジャミンは怪訝そうな顔をした。
「バーナード騎士団長は、“王家の庭”に立ち入られたことはないのでしょう?」
そう、繰り返すようだが、あの場所は王国の王族とその妃以外の立ち入りが禁止されている。
バーナード騎士団長が、霊樹を遠目で見ることはあったとしても、真近で見ることはなかったはずだ。
そうでなければ、おかしい。
だが、ベンジャミンは一抹の不安を感じて、胸の中をざわつかせていた。
バーナード騎士団長は、霊樹の威容に感嘆して見入っているフィリップ副騎士団長やマグル王宮副魔術師長とは違って、その反応があまりにもあっさりとしていたからだ。フィリップとマグルの二人は、感動のあまりそのまま霊樹のそばまで近寄って、巨木の幹に手を触れさせたりしていた。
バーナード騎士団長は少し離れた場所で、腕を組んで立ち、霊樹を黙って眺めている。
それは随分と落ち着いた態度であった。
バーナード騎士団長は、傍らを飛ぶベンジャミンにぽつりと言った。
「俺は“王家の庭”に入って、王国の霊樹を見たことがある」
その言葉に耳を疑ったベンジャミンは、再度騎士団長に尋ねた。
「“王家の庭”に入ったことがあるんですか? あそこは王族とその妃以外は立ち入れない場所です」
「………………」
バーナード騎士団長自身も困惑した様子で、同意していた。
「そうだ。だが、以前、俺はあの庭に入ったのだ」
(もし騎士団長の言葉が真実なら、これはマズイ事態だ)
ベンジャミンは冷静さを取り繕いながらも、必死に考えをまとめていた。
(ご隠居様に急ぎ、ご報告せねばならない。庭に入ったということは、騎士団長は真近で霊樹を見ている。そして、すでに人の世の霊樹とバーナード騎士団長が結び付いているのなら)
もしかしたら、もうすでに、小さな実りが始まっているかも知れない。
ベンジャミンは、バーナード達の為に用意していた場所へと彼らを案内した。霊樹のたもとに広げられた敷布の上には、たくさんの料理がよそられた皿があり、酒瓶も無造作に置かれていた。マグル王宮副魔術師は、すぐさま酒瓶を手にして、小さな妖精達に酌をさせて喜んで酒を酌み交わしている。そしてバーナード騎士団長もまた、フィリップ副騎士団長と楽しそうに食事をとり、共に杯をぶつけて酒を口にする。
三人の客人達の様子を横目で見ながら、ベンジャミンはそっとご隠居様のそばにいって、報告をした。
ご隠居様はベンジャミンの報告に聞きながらも、何事もなかったかのように笑顔でバーナードらへの接待していた。
そうしながらも、出来るだけ早く、“王家の庭”の霊樹に実りが有るか確認しなければならないと考えていた。
マグルは、フィリップから、屋敷の二階に妖精の国へ通じる扉が作られたことを聞いて、呆れたように口を開けていた。
「便利は便利だけど、二階に妖精の国へ通じる扉があるなんて、変だろう!! なんでまたそんな扉が作られたんだ」
それに、フィリップは頬を染めて答えた。
「バーナードとの子供が生まれた時に、妖精達が子育てを手伝ってくれるという話になっていて」
まだ生まれもしていない子に対して子育てを手伝うもないだろうと内心思いつつ、マグルは言った。
「ずるい!! カトリーヌと僕の子育てに、妖精が手伝ってくれるという話は無かったぞ!!」
ずるいずるいと頬を膨らませ、唇を尖らせて言うマグル。
王宮副魔術師長という要職にあるとは思えない、子供じみた態度である。
確かに、バーナードとフィリップの子育てを手助けすると言うのなら、妖精王子の妃の妹であるカトリーヌの子育てを妖精達が手伝う方がまだ理由があるだろう。振り返って見ると、妖精達が積極的に自分達を手助けするのは何故だろうと思った。フィリップは考え込んだのであったが、妖精界へ続く扉を開けると、賑やかな音楽と共に、激しく踊り狂う小さな妖精達の様子を見て、すぐにその考え事が吹き飛んだ。
小さな妖精達は、その頭に色とりどりの花飾りをつけ、いつもよりもヒラヒラとした服を身に付け、皆で手を繋ぎ輪になって激しく踊っていた。足を上げ、手を叩き、リズムを刻むように地面を踏みしめる。
扉の向こうは妖精の城の一室で、部屋の中には妖精達がすでに小さな酒瓶を手に飲んだくれている者もいた。だが、輪になって踊っている者達が多い。笛やラッパ、竪琴を手に音を奏でる妖精達もいる。弾むように踊り、飛ぶように踊る。ヒラヒラ、ヒラヒラと揺れる服と陽気な音楽、そして酒の匂いに肉の焼ける音。
一行は妖精達の賑やかな祭りの様子に圧倒されたように、口を開けていた。
彼らの前に、お仕着せを着た小さな妖精ベンジャミンが現れる。
この日、ベンジャミンも頭の上に白い花冠をのせていた。
「皆様、お待ちしておりました」
恭しく一礼した後、ベンジャミンは彼らの先頭に立って案内を始めた。
妖精の城でも華やかな祭りは続いていたが、ベンジャミンは彼らを城から少し離れた場所に向かって案内していた。城を出て緩やかな丘陵の道を歩いていく。いつも通る道とはまた違う道で、一行は周囲を興味津々と眺めながら歩いていた。
外は暗かったが、飛び回る妖精達の身からは光る鱗粉のような輝きが零れ落ちており、至る所でキラキラと輝くその光を見ることができる。なんとも美しい光景だった。
フィリップはそっとバーナードの手を握り、バーナードもまたその手を握り返していた。
「霊樹のたもとで、大宴会が開かれています。是非そちらにご参加ください」
ベンジャミンはその霊樹のたもとの大宴会会場に一行を案内していた。
ふよふよと前を飛ぶベンジャミンの後について歩きながら、バーナードはふと気になっていたことを尋ねた。
「妖精の国にも霊樹があるのだな」
それに答えたのが、王宮副魔術師長のマグルであった。魔術師として当然知り得ている知識だったのだろう。彼はこう少し知ったかぶった口調で答えていた。
「バーナード、霊樹は全ての界にあると言われているよ。そして全ての霊樹は根の部分で繋がっているという話だ。妖精の国にもあるだろうし、精霊界、魔界、そして我らが人界にだって生えている」
両腕を組んで、うんうんと頷きながらマグルが解説する。
「そうだな。我が国の王宮にも、霊樹がある。アレと同じなのだろう?」
バーナードの言葉に、ベンジャミンは頷いた。
「はい。人の国の王宮にも霊樹がございますね。ただ、あそこは“王家の庭”という特殊な結界が張られています」
「私も遠目から王宮の霊樹を拝見したことはあります。“王家の庭”は王族とその妃以外、立ち入ると雷に撃たれるという話ですね」
フィリップ副騎士団長も同意した。
だが、皆の言葉に、バーナード騎士団長は少し考え込む様子である。
彼の脳裏に、かつてエドワード王太子がバート少年の手を引くようにして、鉄製の瀟洒なデザインの門扉をくぐり、上に金色のプレートの打ち付けられた重い扉を開け、案内した時のことが蘇ったのだ。
『殿下、ここは“王家の庭”です。王族以外立ち入りが禁じられております。私は入れません』
そう言うバート少年に対し、エドワード王太子は、こう答えたのだ。
『“王家の庭”に入ることを、バート、お前は許されているということだ』
あのやりとりが未だによく分からない。
霊樹のそばを飛ぶ妖精達は、バートのことを妃と呼び、エドワード王太子もそれを否定しなかった。
何故、自分が雷に撃たれることもなく、“王家の庭”に足を踏み入れることが出来たのか、分からなかった。
緩やかな丘陵の上に、天を貫くほどの巨木が立っている。
キラキラと輝く満点の星空の下、空に向かってこれまた大きな枝を伸ばし、柔らかな緑色の葉をつけて風にサワサワと揺らしている。巨木の枝にはびっしりと妖精達が座り、やはりここでも楽しそうに歌を歌っていたり、踊っていたり、音楽を奏でたり、食べ物を銜えて走り回っていたりの騒動を起こしている。
バーナードは妖精の国の霊樹を見上げて、呟くように言った。
「“王家の庭”にある霊樹と一緒なのだな」
その言葉に、案内していたベンジャミンは怪訝そうな顔をした。
「バーナード騎士団長は、“王家の庭”に立ち入られたことはないのでしょう?」
そう、繰り返すようだが、あの場所は王国の王族とその妃以外の立ち入りが禁止されている。
バーナード騎士団長が、霊樹を遠目で見ることはあったとしても、真近で見ることはなかったはずだ。
そうでなければ、おかしい。
だが、ベンジャミンは一抹の不安を感じて、胸の中をざわつかせていた。
バーナード騎士団長は、霊樹の威容に感嘆して見入っているフィリップ副騎士団長やマグル王宮副魔術師長とは違って、その反応があまりにもあっさりとしていたからだ。フィリップとマグルの二人は、感動のあまりそのまま霊樹のそばまで近寄って、巨木の幹に手を触れさせたりしていた。
バーナード騎士団長は少し離れた場所で、腕を組んで立ち、霊樹を黙って眺めている。
それは随分と落ち着いた態度であった。
バーナード騎士団長は、傍らを飛ぶベンジャミンにぽつりと言った。
「俺は“王家の庭”に入って、王国の霊樹を見たことがある」
その言葉に耳を疑ったベンジャミンは、再度騎士団長に尋ねた。
「“王家の庭”に入ったことがあるんですか? あそこは王族とその妃以外は立ち入れない場所です」
「………………」
バーナード騎士団長自身も困惑した様子で、同意していた。
「そうだ。だが、以前、俺はあの庭に入ったのだ」
(もし騎士団長の言葉が真実なら、これはマズイ事態だ)
ベンジャミンは冷静さを取り繕いながらも、必死に考えをまとめていた。
(ご隠居様に急ぎ、ご報告せねばならない。庭に入ったということは、騎士団長は真近で霊樹を見ている。そして、すでに人の世の霊樹とバーナード騎士団長が結び付いているのなら)
もしかしたら、もうすでに、小さな実りが始まっているかも知れない。
ベンジャミンは、バーナード達の為に用意していた場所へと彼らを案内した。霊樹のたもとに広げられた敷布の上には、たくさんの料理がよそられた皿があり、酒瓶も無造作に置かれていた。マグル王宮副魔術師は、すぐさま酒瓶を手にして、小さな妖精達に酌をさせて喜んで酒を酌み交わしている。そしてバーナード騎士団長もまた、フィリップ副騎士団長と楽しそうに食事をとり、共に杯をぶつけて酒を口にする。
三人の客人達の様子を横目で見ながら、ベンジャミンはそっとご隠居様のそばにいって、報告をした。
ご隠居様はベンジャミンの報告に聞きながらも、何事もなかったかのように笑顔でバーナードらへの接待していた。
そうしながらも、出来るだけ早く、“王家の庭”の霊樹に実りが有るか確認しなければならないと考えていた。
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