386 / 560
第二十四章 夢のこども
第十一話 再びの刺客(下)
しおりを挟む
バラバラと木片が落ち、土埃が舞い上がる。
見れば、フィリップの屋敷の居間の壁には大穴が空いていた。外から巨大な戦斧を投げ入れたのだろう。
壁を壊して、こんな大きな戦斧を投げ入れるなど飛んでもない力である。
もしフィリップが、バーナードに飛びついて床に倒さなければ、バーナードは戦斧にその身を切断されていたはずだ。
フィリップの咄嗟の判断に救われたと言える。
壊れた壁の向こうには、暗くなった外の景色が見え、そこに二人の男女が立っているのがわかる。
日中、王立騎士団の拠点を訪問したあのネリアとその護衛らしい大男である。
「ゼトゥ、騎士団長は殺さないで欲しいと言いましたよね。宝珠の行方を吐いて頂かないとならないのですから」
「死んでいないだろう」
「一歩間違えば、死んでいました」
「死んでいないからいい」
ゼトゥはパンと両手を叩くと、壁に突き刺さっていた戦斧がひとりでに持ち上がり、また飛びあがってクルクルと回りながら大男の手元に戻る。
魔法の力を持つ戦斧のようだった。
しかし、その巨大さが凶器である。常人ならば持ち上がることも出来そうもない大きさと重さに見えた。そしてそれはかするだけでも、皮膚はパックリと切り裂かれてしまいそうな切れ味の良さそうな金属の輝きをたたえている。
ネリアはバーナードに微笑を浮かべて問いかけた。
「騎士団長殿、お答え頂きたい。白い宝珠はどちらにあるのでしょうか」
「……まだその話を言っているのか。俺は知らぬと答えたはずだ」
その答えに、ネリアはため息をついた。
「なれば、貴方の死体を越えて、家探しさせて頂くことになります。さらには貴方の伴侶のフィリップ副騎士団長もただでは済みませんよ」
ネリアの言葉に、バーナードは眉間にくっきりと皺を寄せ、腰の剣に手をやった。
バーナードの茶色の瞳が鋭くすがめられ、その長身から威圧のような重い空気が漂い始める。
「フィリップには手を出すな」
怒りを込めたその声に、空気が震える。
「貴方が宝珠を知らぬと言い張るからいけないのです」
ネリアは無詠唱で魔法をぶつけてきた。
バーナードのいた場所に轟音と共に雷撃が落ちていく。だが、雷撃は彼が移動した後の床を焦がしただけであった。
バーナードは同時にゼトゥの投げる戦斧を紙一重で避け、抜き去った剣を手に突進していたのだ。
そして同時にフィリップもまた狼に姿を変え、ネリアに飛び掛かる。
「狼?」
その攻撃を予想していなかったネリアは、肩口を金色に輝く大きな狼にパックリと噛まれ、鮮血を飛び散らせた。
フィリップは容赦しなかった。ネリアの左肩から先が千切れて落ちていく。
しかし、すでに人間ではないネリアは、顔をしかめるだけで、左肩から先が無くなっても平然としていた。止血をするように残された右手で傷口を押さえる。流れ落ちる血が彼女の半身を赤く染めていたが、やがてその血も止まった。
彼女はため息まじりで言う。
「副騎士団長もまた人間ではないとは思ってもみませんでした」
「そういうお前も吸血鬼とは厄介だな」
バーナードは、戦斧を持ち、巨体にしては驚くほどの敏捷さで動いて戦うゼトゥの相手をしながら呟く。
ネリアだけでなく、おそらくこのゼトゥも吸血鬼なのかも知れない。
そうなれば、心臓を杭で貫くまでは死ぬことはないだろう。
「余裕だな、バーナード騎士団長」
バーナードの立っていた場所に巨大な戦斧が振り下ろされ、床板が砕け散った。
バーナードはひらりと避けたが、彼は自分の不利を感じていた。
ただの剣では相手にならない。
すでに戦斧と数度、剣の刃を触れ合わせた結果、バーナードの手にしていた剣にはヒビが入り、刀身が曲がっていた。
それを見てネリアは、バーナード騎士団長が魔剣を壊したという話は本当なのだろうと思った。
あの白い宝珠の魔剣が彼の手にあればここまで追い込まれることはなかったはずだ。
今やバーナードは防戦一方ではないか。
そしてフィリップも、ネリアの魔法攻撃こそ自分に引き付けることは出来たが、バーナードと戦っているゼトゥの相手をする余裕はなかった。
(このままだと逃げるだけの消耗戦になり、決定打のない自分達は不利だ)
身体強化で瞬間的に動きを上げることはできるだろう。だが、前回のように相手を殺すところまではいかないはずだ。
その時、ゼトゥは突然ニヤリと笑みを浮かべた。
振り下ろされた戦斧を避けたところで、もう一本の戦斧が勢いよく飛んでくるのを見た時、バーナードは目を見開いた。
(二本? 戦斧がもう一本あったのか)
「おしまいだ、騎士団長」
避けて着地したところに、飛んでくるように戦斧を投げたのだろう。
よく考えられた攻撃だった。
もう一つの戦斧は魔法の力で隠していたのだろう。
「くそっ」
バーナードはすぐにその戦斧を避けるために、魔力を身体強化に費やし、彼は再度ソレを避けたのだ。
避けられるとは思わなかったのだろう。
ゼトゥは素直な賞賛を、その目に浮かべた。
「イザックを殺るだけのことはある」
だが、魔力を身体強化に費やし、より俊敏な動きと力を瞬発的に持たせるそれは、バーナードの体力を大きく削り、彼は荒く息をついて、地面に片膝をついた。
それを見て、金色狼はバーナードの方に駆け寄ろうとするが、すぐさまネリアの雷撃の攻撃が次々に飛んでくる。
ゼトゥは両手に二本の斧を下げ、力を消耗して今は動きを止めたバーナードの傍まで歩み寄る。
この自分に対して見事に戦った男を讃え、苦しませずに一撃で沈ませてやろうと考えた。
ゼトゥが小山のような筋肉の腕で、戦斧を振り上げ、騎士団長の首を斬り落とそうとしたその時、戦斧はピタリと動きを止めたのだった。
「…………………」
ゼトゥの目が見開かれる。
戦斧の前に、銀色の小さな剣があり、その剣の先に、羊の小さな人形に跨った真っ黒い人形の姿を認めたからだった。
真っ黒い人形はふわふわと飛んでおり、人形の手にある銀色の剣がぶつかり、戦斧が下ろされるのを止めている。玩具のような小さな剣が、巨大な戦斧を受け止めることなどあり得ない。そのあり得ないことが目の前で起きていた。
ゼトゥは無言になり、瞬きした後、「ぐぬぬ」と気合いを込めて、戦斧を振り下ろそうとしたが、どんなに力を込め、筋肉を膨れあげさせても、戦斧が下にさがることはなかった。絶対的な力で止められている。それもこんな小さな銀色の剣で。
そしてネリアの周りに、いつの間にか陶器でできた小さな真っ黒い犬三匹が、カタカタと走り寄っていた。それらが、ネリアの足や腰にぶつかってくる。
そのぶつかり方が容赦なく、強い力でネリアがよろけるほどであった。
「これは……いったい」
戸惑いながら、ネリアは雷撃を小さな犬達に向けて落ちしたが、パシンと音を立てて雷撃もはじけ飛ばされてしまう。
その間、金色の狼の姿を取っているフィリップは、床に片膝をついたバーナードのそばに近寄り、心配そうな様子で、クゥンと鳴いて、彼の頬をペロリと舐めた。
「大丈夫だ、フィリップ」
バーナードは息を整え、フィリップのふさふさの毛を撫でてやる。
ゼトゥはもう一本の戦斧で黒い人形の頭上から襲いかったが、それは人形の身から立ち上る黒い靄に受け止められていた。その靄が、生き物のように、手を伸ばして戦斧を包んでいく。咄嗟に危険を感じたゼトゥは戦斧の柄から手を離すと、戦斧は靄に飲み込まれていく。
「…………」
二本あった戦斧のうち、一本は靄の中に溶けるように消えてしまったのだった。
「……戦斧が」
どこか呆然と、ゼトゥは立ち尽くしていた。
目も鼻も口もない、素朴といえる作りの小さな人形であったが、不気味な力でもって、ゼトゥとネリアの攻撃を受け止めるのだった。
見れば、フィリップの屋敷の居間の壁には大穴が空いていた。外から巨大な戦斧を投げ入れたのだろう。
壁を壊して、こんな大きな戦斧を投げ入れるなど飛んでもない力である。
もしフィリップが、バーナードに飛びついて床に倒さなければ、バーナードは戦斧にその身を切断されていたはずだ。
フィリップの咄嗟の判断に救われたと言える。
壊れた壁の向こうには、暗くなった外の景色が見え、そこに二人の男女が立っているのがわかる。
日中、王立騎士団の拠点を訪問したあのネリアとその護衛らしい大男である。
「ゼトゥ、騎士団長は殺さないで欲しいと言いましたよね。宝珠の行方を吐いて頂かないとならないのですから」
「死んでいないだろう」
「一歩間違えば、死んでいました」
「死んでいないからいい」
ゼトゥはパンと両手を叩くと、壁に突き刺さっていた戦斧がひとりでに持ち上がり、また飛びあがってクルクルと回りながら大男の手元に戻る。
魔法の力を持つ戦斧のようだった。
しかし、その巨大さが凶器である。常人ならば持ち上がることも出来そうもない大きさと重さに見えた。そしてそれはかするだけでも、皮膚はパックリと切り裂かれてしまいそうな切れ味の良さそうな金属の輝きをたたえている。
ネリアはバーナードに微笑を浮かべて問いかけた。
「騎士団長殿、お答え頂きたい。白い宝珠はどちらにあるのでしょうか」
「……まだその話を言っているのか。俺は知らぬと答えたはずだ」
その答えに、ネリアはため息をついた。
「なれば、貴方の死体を越えて、家探しさせて頂くことになります。さらには貴方の伴侶のフィリップ副騎士団長もただでは済みませんよ」
ネリアの言葉に、バーナードは眉間にくっきりと皺を寄せ、腰の剣に手をやった。
バーナードの茶色の瞳が鋭くすがめられ、その長身から威圧のような重い空気が漂い始める。
「フィリップには手を出すな」
怒りを込めたその声に、空気が震える。
「貴方が宝珠を知らぬと言い張るからいけないのです」
ネリアは無詠唱で魔法をぶつけてきた。
バーナードのいた場所に轟音と共に雷撃が落ちていく。だが、雷撃は彼が移動した後の床を焦がしただけであった。
バーナードは同時にゼトゥの投げる戦斧を紙一重で避け、抜き去った剣を手に突進していたのだ。
そして同時にフィリップもまた狼に姿を変え、ネリアに飛び掛かる。
「狼?」
その攻撃を予想していなかったネリアは、肩口を金色に輝く大きな狼にパックリと噛まれ、鮮血を飛び散らせた。
フィリップは容赦しなかった。ネリアの左肩から先が千切れて落ちていく。
しかし、すでに人間ではないネリアは、顔をしかめるだけで、左肩から先が無くなっても平然としていた。止血をするように残された右手で傷口を押さえる。流れ落ちる血が彼女の半身を赤く染めていたが、やがてその血も止まった。
彼女はため息まじりで言う。
「副騎士団長もまた人間ではないとは思ってもみませんでした」
「そういうお前も吸血鬼とは厄介だな」
バーナードは、戦斧を持ち、巨体にしては驚くほどの敏捷さで動いて戦うゼトゥの相手をしながら呟く。
ネリアだけでなく、おそらくこのゼトゥも吸血鬼なのかも知れない。
そうなれば、心臓を杭で貫くまでは死ぬことはないだろう。
「余裕だな、バーナード騎士団長」
バーナードの立っていた場所に巨大な戦斧が振り下ろされ、床板が砕け散った。
バーナードはひらりと避けたが、彼は自分の不利を感じていた。
ただの剣では相手にならない。
すでに戦斧と数度、剣の刃を触れ合わせた結果、バーナードの手にしていた剣にはヒビが入り、刀身が曲がっていた。
それを見てネリアは、バーナード騎士団長が魔剣を壊したという話は本当なのだろうと思った。
あの白い宝珠の魔剣が彼の手にあればここまで追い込まれることはなかったはずだ。
今やバーナードは防戦一方ではないか。
そしてフィリップも、ネリアの魔法攻撃こそ自分に引き付けることは出来たが、バーナードと戦っているゼトゥの相手をする余裕はなかった。
(このままだと逃げるだけの消耗戦になり、決定打のない自分達は不利だ)
身体強化で瞬間的に動きを上げることはできるだろう。だが、前回のように相手を殺すところまではいかないはずだ。
その時、ゼトゥは突然ニヤリと笑みを浮かべた。
振り下ろされた戦斧を避けたところで、もう一本の戦斧が勢いよく飛んでくるのを見た時、バーナードは目を見開いた。
(二本? 戦斧がもう一本あったのか)
「おしまいだ、騎士団長」
避けて着地したところに、飛んでくるように戦斧を投げたのだろう。
よく考えられた攻撃だった。
もう一つの戦斧は魔法の力で隠していたのだろう。
「くそっ」
バーナードはすぐにその戦斧を避けるために、魔力を身体強化に費やし、彼は再度ソレを避けたのだ。
避けられるとは思わなかったのだろう。
ゼトゥは素直な賞賛を、その目に浮かべた。
「イザックを殺るだけのことはある」
だが、魔力を身体強化に費やし、より俊敏な動きと力を瞬発的に持たせるそれは、バーナードの体力を大きく削り、彼は荒く息をついて、地面に片膝をついた。
それを見て、金色狼はバーナードの方に駆け寄ろうとするが、すぐさまネリアの雷撃の攻撃が次々に飛んでくる。
ゼトゥは両手に二本の斧を下げ、力を消耗して今は動きを止めたバーナードの傍まで歩み寄る。
この自分に対して見事に戦った男を讃え、苦しませずに一撃で沈ませてやろうと考えた。
ゼトゥが小山のような筋肉の腕で、戦斧を振り上げ、騎士団長の首を斬り落とそうとしたその時、戦斧はピタリと動きを止めたのだった。
「…………………」
ゼトゥの目が見開かれる。
戦斧の前に、銀色の小さな剣があり、その剣の先に、羊の小さな人形に跨った真っ黒い人形の姿を認めたからだった。
真っ黒い人形はふわふわと飛んでおり、人形の手にある銀色の剣がぶつかり、戦斧が下ろされるのを止めている。玩具のような小さな剣が、巨大な戦斧を受け止めることなどあり得ない。そのあり得ないことが目の前で起きていた。
ゼトゥは無言になり、瞬きした後、「ぐぬぬ」と気合いを込めて、戦斧を振り下ろそうとしたが、どんなに力を込め、筋肉を膨れあげさせても、戦斧が下にさがることはなかった。絶対的な力で止められている。それもこんな小さな銀色の剣で。
そしてネリアの周りに、いつの間にか陶器でできた小さな真っ黒い犬三匹が、カタカタと走り寄っていた。それらが、ネリアの足や腰にぶつかってくる。
そのぶつかり方が容赦なく、強い力でネリアがよろけるほどであった。
「これは……いったい」
戸惑いながら、ネリアは雷撃を小さな犬達に向けて落ちしたが、パシンと音を立てて雷撃もはじけ飛ばされてしまう。
その間、金色の狼の姿を取っているフィリップは、床に片膝をついたバーナードのそばに近寄り、心配そうな様子で、クゥンと鳴いて、彼の頬をペロリと舐めた。
「大丈夫だ、フィリップ」
バーナードは息を整え、フィリップのふさふさの毛を撫でてやる。
ゼトゥはもう一本の戦斧で黒い人形の頭上から襲いかったが、それは人形の身から立ち上る黒い靄に受け止められていた。その靄が、生き物のように、手を伸ばして戦斧を包んでいく。咄嗟に危険を感じたゼトゥは戦斧の柄から手を離すと、戦斧は靄に飲み込まれていく。
「…………」
二本あった戦斧のうち、一本は靄の中に溶けるように消えてしまったのだった。
「……戦斧が」
どこか呆然と、ゼトゥは立ち尽くしていた。
目も鼻も口もない、素朴といえる作りの小さな人形であったが、不気味な力でもって、ゼトゥとネリアの攻撃を受け止めるのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,102
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる