騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十四章 夢のこども

第九話 疑問

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 長年、レブランの護衛を務めるゼトゥは大男である。
 見上げるほどの巨体の持ち主で、その四肢には盛り上がるほどの筋肉がついていた。
 いかつい顔立ちをして、必要な事以外あまり話すこともない。
 女子供は彼の威容に恐れて近寄らず、気の弱い男もそうである。レブランの屋敷の中でこそ仲間達に普通に相手をされているが、屋敷から一歩外へ出てしまえば、誰一人としてこの大男に恐れて近寄ることもなかった。
 ネリアは彼との付き合いも長いため、このゼトゥが巨躯を持っていても恐れる様子も見せず、むしろ彼女は無口な男の真面目な性格を好ましく思っていた。

「バーナード騎士団長をるのか」

 ネリアがゼトゥに、バーナード騎士団長に会いに行く話をすると、ゼトゥは短くそう言った。
 ネリアは首を振った。

「いいえ、話し合いです。レブラン様は宝珠について問い質して来るように命じました」

「そうか。俺はネリアの護衛か」

「はい。そうお考えください。指示は私の方で出させていただきます」

「わかった」

 話し合いという話であったが、ネリアはゼトゥのために、魔法の力の込められた武器を用意していた。
 指示はネリアがする話であったが、話し合いの結果によって戦闘になることをゼトゥは感じとっていた。
 そして身を期待に震わせた。

 アルセウス王国の王立騎士団騎士団長のバーナードという男は、非常に強い。
 実際、レブランの護衛を共に務めていたイザックは、彼と戦うために出立し、そして戻って来なかった。
 イザックの強さを知っていたゼトゥは、その事実に驚きつつ、そんな強い男と戦うためにはどうすべきか何度も頭の中で、その戦闘のシミュレーションしていた。
 魔獣討伐で名の知れた男である。
 力に任せた攻撃だけでは、かわされてしまうだろう。
 うまく魔法を組み合わせ、押し込んでいくのがいいだろうか。

 ゼトゥはバーナード騎士団長に会う前から、彼とどう戦うべきか考えていた。
 イザックと同じく、ゼトゥもまた戦うために生きているような、脳筋な男であった。



 ネリアは丁寧な手紙をバーナード騎士団長宛に出し、彼女は正式な面談の約束を取り付けた。
 場所はアルセウス王国王立騎士団の拠点の建物である。

 これまでの経緯を考えれば断られても当然だと思っていた。面会の約束を取り付けることができて幸いだと思う。
 レブランが最初に会った時、レブランはバーナード騎士団長の魔剣を譲るように執拗にねだったそうだ。その次にネリアが会った時など、バーナード騎士団長を倒してその魔剣を奪おうとしたのだ(妖精族の介入で倒せずに終わった)。
 レブラン様が、彼に関しては、何もかもがうまく運ばないために、バーナード騎士団長に対して苛立つ気持ちも分かる。だが一方のバーナード騎士団長もたまらないはずだ。常にレブランとその仲間達に不愉快な思いをさせられている。
 そういう巡り合わせなのだろう。出会った瞬間に恋に落ちる恋人達のように、出会った瞬間に互いを虫の喰わぬ相手と認識するような、そんな関係だ。
 それもまた運命の糸がぐるぐると絡み合うようなところがあり、巡り合う度に、戦いの火花が飛び散る。

 それも今回で終わりにさせたいものですね。

 ネリアはそう心の中で呟くと、約束の日の約束の時間に、アルセウス王国王立騎士団の拠点の建物の、団長室の扉の前に立つ。
 護衛のためのゼトゥを伴ったのだが、彼女らを案内した騎士は、並外れた大男ゼトゥを見上げて一瞬素直な驚きを見せ、その後は礼儀正しくそれを隠すようにする。
 よく訓練されているものだと、またネリアは心の中で呟いていた。

 扉を開けたのは、金色の髪の非常に美しい青年であった。
 彼がバーナード騎士団長の副官を務めるフィリップ副騎士団長であろうとネリアはすぐに察した。
 輝くような美貌の青年を、バーナード騎士団長が伴侶としている話は有名であった。

 軽く目礼をしながら、団長室に招き入れられる。
 逆光で見えなかったが、窓の前にあるデスクから、長身の黒髪の男が立ち上がったのが分かった。

 彼は、ネリアを見て驚いた顔をしたようだが、すぐさまその驚き表情を押さえ込み、ため息混じりでこう言う。

「貴女が、レブラン伯爵の遣いで来られたのか」

 いつぞやのフィリップの屋敷で襲い掛かってきた力ある吸血鬼達の中に、ネリアの姿があったことをバーナードは記憶していたのだ。だが、その者の名前は知らなかった。だから、こうして目の前にいけしゃあしゃあと現れるなど予想もしていなかったのだろう。どこか呆れの色がその茶色の瞳にある。

「わたくしはネリア=ガートナーと申します。我が主、レブラン伯爵の遣いで参りました」

 フィリップは、ネリアと直接会うのは初めてである。
 先日の戦いの際も彼は、杭を取りに屋敷の中に戻っていたが故に、対面することはなかったのだ。
 
 それはある意味良かったかも知れないとバーナードは思う。
 フィリップも、気の短いところがある。バーナードを殺しにやってきた女吸血鬼が性懲りもなくまた現れたと知ったのなら、すぐさま戦闘状態になったかも知れない。
 人狼になって以来、彼には血気盛んなところがあるのだから。
 
「いかなるご用件でいらしたのだ?」

 お茶をテーブルに並べてくれた女性が退室した後、バーナード騎士団長は丁重な口調で尋ねた。
 ネリアは茶器に口を付けた後、静かな口調でそれに応えた。

「騎士団長が、白い宝珠をお集めになっている理由をお聞かせ頂きたい」

 部屋の中に沈黙が漂った。

 バーナード騎士団長は眉間に皺を寄せる。

「…………宝珠?」

 こうして目の前で落ち着いてみると、ネリアはバーナード騎士団長がなかなか魅力的なハンサムな男であることが分かった。騎士らしく鍛え上げられた肢体に、精悍な男らしい顔立ち。茶色の瞳は炯々とした輝きを灯している。美しさでいえば、傍らのフィリップ副騎士団長の方が上だ。フィリップ副騎士団長は非の打ちどころのない彫像のような美貌の持ち主であった。だが、何故かバーナード騎士団長には目を離せない魅力的な何かを秘めていた。
 その男が、今はどこか不機嫌そうな様子を見せ出していた。

 バーナードは、白い宝珠の話を切り出され、かつて自分が手にしていたあの魔剣が壊れたことを思い出した。
 壊れることが運命の魔剣であったが、最後のトドメになったのは、レブランの元から凄腕の剣士が刺客としてやって来て、戦うことになったあの一件のせいだ。刀身は砕け散り、その後、砂と化したあの白い宝珠のことを言っているのか? しかし、剣は修復できないという話で、宝珠を集めることなどしていない。

「宝珠なんぞ知らん」

 だから、バーナードは非常に不機嫌な声で、吐き捨てるようにネリアの前で言ったのであった。
 
 一方のネリアもまた、内心ため息をついていた。
 素直に口を割るとは思っていない。
 シラを切られるとも思っていた。
 だが、そうなると決裂への一直線の道を辿る。

 騎士団長が白い宝珠を集めていることを認め、それを引き渡してくれることが一番、穏便な解決策であったのだが、そうはならないようだ。

「貴方が宝珠を集めているという話を聞きました。妖精達が、貴方が欲しがっているから宝珠を集めているという話です」

 バーナード騎士団長はフーと息をつく。

「どこでそんな話を聞いたのか分からぬが。私は宝珠など知らぬ。あの魔剣が壊れて以来、白い宝珠は見ておらぬ」

「…………」

 そこでネリアはバーナード騎士団長から耳を疑う発言を聞いた。

「魔剣が壊れる? それはどういうことですか」

「お前達が欲しがっていた魔剣は壊れて、宝珠も無くなったということだ。だから俺は宝珠なんぞあれ以来、見てもおらぬ。変な言いがかりはよしてもらおうか」

 そして、さっさと出ていけと、ネリアとゼトゥの二人を部屋から追い出したのであった。
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