騎士団長が大変です

曙なつき

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【短編】

動き出す人形達 (下)

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 ここ最近、その人形の犬が動き出したこととは別に変化があったことと言えば、あの大妖精のご隠居様付きの小さな妖精ベンジャミンが遊びにくるようになったことだ。彼はその都度、何かしらの珍しい品物を手土産にやってくる。
 最初は“黄金のリンゴ”、次に“妖精特製のジャム”、“妖精特製の蜂蜜”、“妖精特製のドリンク”といったように、人間界では手に入らない妖精ならではの品々ばかりである。バーナードとフィリップは「手土産など必要ない」と言うのだが、ベンジャミンは聞き入れず、毎回毎回何かしらの品物を用意していた。
 そしてその都度、ベンジャミンはバーナードに目を閉じるようにいって、その掌の上にポトリと落としてくれるのだ。
 とはいえ、珍しいものが見られることは心が浮き立つものだ。
 バーナードもフィリップも礼を言って。そうした品々を受け取っていた。

 ベンジャミンはやって来ると、フィリップが用意してくれるお菓子を両手で掴んで可愛らしく頬張って食べる。そしてたくさんのお菓子の入った袋を手に吊り下げて妖精界へ帰って行くのだ。時々やってくる礼儀正しい訪問者を二人は歓迎していた。

 その小さな妖精を見て、フィリップはチクリと言った。

「あちらの黒い人形とは大違いですね。ベンジャミンのような妖精を可愛いと言うんですよ。バーナード」

「ベンジャミンは可愛いな」

 それはバーナードも否定しなかった。
 ベンジャミンはふくふくとしたほっぺをした銀色の髪の妖精である。背中には青灰色のシジミチョウのような翅がはためいている。お仕着せのお洋服は灰色の短パンにジャケット、膝下までの白いソックスに黒の革靴を履いている。こうしたきっちりとしたスタイルがベンジャミンにはよく似合った。

 手にしていたクッキーから口を離して、ベンジャミンはバーナードに尋ねた。

「黒い人形とは何でしょうか」

「団長室にある、呪われた人形です」

 フィリップの回答に、バーナードは「呪われた人形じゃない」と強く抗議した。
 更にフィリップは詳細に説明を始めた。

「羊毛細工の羊に跨った、南の島で購入された真っ黒い人形です。お供に陶器の犬の人形を三匹連れているのですが、そのうち一頭が日中動き出すのです」

「…………別に動く以外悪さをするわけではない」

「カタカタと動くんですよ。不気味でしょう」

「マグルのところにあった時から、夜になると羊も人形も動いていたという話だ」

「もう王立の団員達も恐れて、団長室に来ないようになったじゃないですか!!」

 それは事実だった。
 昼に少し動く人形は、夜になると活発化するようで、棚の上でカタカタカタカタと動き回るらしい。
 最近になって団員達も恐れ慄いて、団長室に寄りつかなくなっている。

「騎士の癖に怖がりなど、情けないと思わぬか」

「そういう問題じゃないです。貴方が容認していることがおかしいんですよ!!」

 怒っているフィリップを見て、バーナードはやれやれ困ったものだとため息をついていた。
 小さな妖精のベンジャミンは興味深そうに二人の会話を聞いていて、その後、言ったのだ。

「その黒い人形に会ってみたいです」

「ベンジャミンは、黒い人形から悪霊を祓えるのですか」

 期待を胸にフィリップが尋ねるが、ベンジャミンは首を振った。

「僕は妖精ですので、祓うことは出来ないと思います。ですが、人形が動き回ることは気になります」

「ベンジャミンと友達になれるかも知れないな。サイズは一緒だし」

 そう呟くバーナードに「サイズが一緒だから友達になれるはずがない」とこれまた怒っているフィリップである。
 ともあれ、翌日、ベンジャミンを黒い人形と引き会わせてみようという話になったのであった。

 そして団長室の黒い人形と対面したベンジャミンは、文字通り真っ黒い人形にやはり驚いて、少し後ずさっていた。その人形には目も鼻も口もないのである。手足も指があるわけではなく、棒のような状態で右手に銀製の小さな剣を持っている(バーナードが接着している)。そして鍋などがくくりつけられている羊の人形に跨っているのである。

「………………………」

 ベンジャミンは、なんと言っていいのかわからないという困惑した表情で、口元に手を当てていた。そして彼は小さな翅で飛びながら、人形の後ろにいる犬の陶器の人形もしげしげと眺めていた。

「動くんですよね」

 そう確認するように言うと、バーナードとフィリップは同時に頷いた。

「人形も羊も犬も動く。カタカタと動くだけで害はない」

「不気味ですよ。置いた位置と毎日違う場所にいるんですから……」

 ベンジャミンは人形と犬の人形を何度も見た後に二人に言った。

「精霊の類でしょう。害はありません。このまま可愛がって下さい」

 その言葉に、バーナード騎士団長は「当然だ」という様子で腕を組んで頷き、フィリップ副騎士団長は気色ばんだ。

「こんな不気味な人形なのに、どうにもならないんですか」

「むしろ、何かするということはお考えにならない方が宜しいかと思います。処分したり、お祓いをするということはお止めになった方が良いと思います」

 なおもバーナード騎士団長は満足そうに頷いていた。フィリップ副騎士団長は「そんな……」と顔を青ざめて悔し気に唇を噛んでいるのだった。



 その夜。
 騎士団の拠点の暗く静まり返った部屋の中で、黒い人形は思い出したかのようにふいにカタカタと震えて動き出す。羊の人形もカタカタと前へ前へと動き、身にくくられている小さなお鍋やおたまなどが揺れる。そして魔法のように、後ろに並ぶ三匹の犬達も動き出す。
 それを、空中に飛んで現れたベンジャミンはじっと見つめていた。

「……バーナード騎士団長から、のでしょうか? これは想定外でした」

 彼の身にこれまで四度に渡って白い欠片を流し込んでいた。しかし、それらが彼の中のではなく、受け取った彼からこの黒い人形達へ流れ込んでいるようだった。
 バーナード騎士団長の器を欠片で満たして、彼に“あの御方”を実らせ、産み落とさせる予定であったのに、こんな不気味な人形に流れ込むなどまったく予想していなかった。
 ご隠居様に報告はしているが、人形に流れ込む量など些細なものであろうと、捨て置くように言われている。
 昔からこの人形は動いていたという話であるが、その当時の動きは精霊がしたものだろう。ところが途中から、バーナード騎士団長の中の欠片が流れ込んでいる。

 カタカタと動く真っ黒い人形の、目もなく鼻も、口もない顔を見つめ、ベンジャミンは呟いた。

「砕かれた魂を再構成したとしても、再び元の神に戻れるのでしょうか」

 狩りを司る神で、誰からも愛されたその人は、魔族に喰われ、狂い、その魂を砕かれて四散した。その小さな魂の欠片は、エネルギーの塊であるからして、錬金術の材料として人間も魔族も皆こぞって収集していた。吸血鬼のレブランもしかり、ご隠居さまも今、夢中になって収集している。

 もう一度、その欠片を集め、器に流しこんだのなら、神を創ることができるのではないかと。

 そして同じことをレブランも考えていると、ご隠居様はみていた。
 ご隠居様とレブランは古い知り合いのようだ。だから、ご隠居様にはレブランがあの白い宝珠の魔剣を強く欲していた理由にピンと来たようだ。彼は魔剣を欲しがっていたのではない。あの白い宝珠が欲しかったのだ。
 案の定、レブランに白い宝珠を手渡すと、それと引き換えに騎士団長バーナードから手を引くことに了承したではないか。それほど、彼は白い宝珠を……欠片を欲しがっていた。
 レブランは、魔剣に使われることもあった欠片を見つけ出すために、魔剣の収集をして、そして欠片も集めているのだ。
 ご隠居様は、ベンジャミンに言った。
 レブランが集めるよりも早く、とにかく早く欠片を集めないといけない。
 ご隠居様は妖精達に命じて、地上は元より、異なる世界にまで小さな妖精達を飛ばして、欠片を集め始めている。
 


 真っ黒い人形はカタカタと動いていたが、やがて唐突にその動きは止まった。
 それをベンジャミンはじっと見つめ、やがて妖精の国へ戻るために飛んでいったのだった。
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