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【短編】
動き出す人形達 (中)
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「………………………………………それで、私の屋敷に持ち帰ったのですか」
フィリップは、バーナードが居間のテーブルの上に人形達を並べて、布で人形の剣を磨いている姿をどこか唖然として見つめていた。
内心では(……マグルめ。押し付けたな)と悪態をついている。
見れば見るほど不気味な人形である。
真っ黒い人型の人形が跨るのは、羊毛細工の羊の人形で、その羊の胴体には、小さな金属製のお鍋やおたま、フライパンなどがくくりつけられている。そしてその人形の周りには、これまた真っ黒い陶器製の三体の犬の人形が置かれている。
何を考えて、バーナードがこれを買い求めているのか分からなかった。愛しい男であるが、彼の考えが時々まったく理解できなかった。
「ああ、銀は磨かないと曇るからな」
小さな布で、小さな剣を磨いているバーナード騎士団長。彼は絵を描くのは致命的に下手であったが、手先は器用なようで、こうしたミニチュアの品に触れることも好んでいるようだ。
「よし、いいだろう」
そう言って、黒い人型の人形を羊の上に跨がせる。バーナード騎士団長が何故か誇っていたように、黒い人形と羊のサイズ感はぴったりであった。そして黒い犬の陶器製の人形を配置して満足そうに頷いている。
「いい人形だ。そう思わないか、フィリップ」
バーナードに声を掛けられるが、フィリップは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
「犬達もちょうどいい具合だ。猟犬のようにも見えるな」
「そろそろ食事の支度ができました」
「分かった」
そしてフィリップはテーブルに食事を並べて、二人で仲良く食べている時に、カタカタと音がしたのだ。
「……なんだ?」
バーナードは目を遣る。そしてフィリップもまさかといった表情で、テーブルの上に置かれた人形を見た。
カタカタと音がしたのは、陶器の犬の人形のうちの一体が、身を震わせていたからだった。
「………………バーナード」
「ああ」
「この人形達は神殿に持ち込みましょう。何か悪いものが憑いているに違いありません!! 神殿で祓ってもらわなければ!!」
犬の人形の震えていたのは、一分にも満たない時間である。
それが終わって、元の動かぬ人形に戻ってしまった。
食事の途中であるのに、バーナードは席を立って人形のそばに行き、身を震わせていた犬の人形を持ち上げて、しげしげと眺めていた。
「悪い気配は感じなかったぞ」
「そんなことが分かるのですか」
「なんとなくだ。だから、気にするな」
「!!!!」
フィリップは口を開けて驚いた。
彼がそんなことを言うとは思わなかったのだ。
人形が動き出すなんておかしいだろう。悪霊の類に違いない。外見からして真っ黒い人形達なのだから。それがカタカタと手で触れずとも動くのだ。気の弱い者ならば、失禁並の恐怖である。
「いいえ、普通ではありません。良くないですから、お祓いするべきです」
バーナードはフィリップの言葉を聞いて、小さくため息をついた。
「俺は悪いものではないと感じるんだ。むしろ、これは……」
「これは、なんですか?」
「……………説明が難しいが、俺に近しいものだと思う」
「…………………」
まったく理解できない。
「貴方に近しいものというのは、どういう意味ですか」
「俺はこの人形達にまったく危害を加えられる気がしない。むしろ、可愛いと思う。もっと動いて欲しいくらいだ」
フィリップは片手で顔を覆った。
可愛い?
もっと動いて欲しい?
悪霊が取り憑いて、カタカタと動いているのが可愛い?
彼の感覚がまったく理解できない。
一欠片もかわいいとは思えない。
バーナードは犬の陶器製の人形を目を細めて見つめた。
「まぁ、お前が怖がるなら、団長室に持って行くから安心しろ」
団長室に持って行っても問題が解決するわけではない。
フィリップは日中、ほとんどをその団長室で、騎士団長であるバーナードと共に過ごすのであったからだ。結局、この黒い不気味な人形達とそばで過ごすことには変わりはなかったのだ。
そしてその翌日、バーナード騎士団長は黒い人形達を団長室へ運び、棚の上に並べて置いていた。持ち主であるマグルへは返さないのかとフィリップが問いかけると、バーナードは「もう少し調整しよう」と言ってマグルの元へは返さなかった。
きっと返すとマグルが神殿に持ち込んで、その人形達を祓ってしまうのではないかと考えているようだ。当のマグルもきっと(もう二度と僕の手元に戻さなくていい)と考えているに違いない。彼はまったく返還請求をしなかった。
むしろ、フィリップとしては返還したかった。マグルが素知らぬふりをしていることが憎らしかった。
犬の人形は、日中、やはり一体がカタカタと動くことがあって、その都度、フィリップ副騎士団長はギョッとそれを見るのである。バーナードは平然と視線をそれにやった後、書類をめくっている。彼はまったく泰然としていた。
バーナードは日に一度は、人形達の埃を払い、小さな犬の人形に手をやっていた。
なんやかんやと、それらを可愛がっていたのである。
そして当然のように王立騎士団の団長室に置かれている黒い人形が、動き出すという噂は流れ、フィリップは何度も騎士団長に「お祓いをしましょう」と主張するのであった。もちろんそれに騎士団長が頷くことはなかったのである。
フィリップは、バーナードが居間のテーブルの上に人形達を並べて、布で人形の剣を磨いている姿をどこか唖然として見つめていた。
内心では(……マグルめ。押し付けたな)と悪態をついている。
見れば見るほど不気味な人形である。
真っ黒い人型の人形が跨るのは、羊毛細工の羊の人形で、その羊の胴体には、小さな金属製のお鍋やおたま、フライパンなどがくくりつけられている。そしてその人形の周りには、これまた真っ黒い陶器製の三体の犬の人形が置かれている。
何を考えて、バーナードがこれを買い求めているのか分からなかった。愛しい男であるが、彼の考えが時々まったく理解できなかった。
「ああ、銀は磨かないと曇るからな」
小さな布で、小さな剣を磨いているバーナード騎士団長。彼は絵を描くのは致命的に下手であったが、手先は器用なようで、こうしたミニチュアの品に触れることも好んでいるようだ。
「よし、いいだろう」
そう言って、黒い人型の人形を羊の上に跨がせる。バーナード騎士団長が何故か誇っていたように、黒い人形と羊のサイズ感はぴったりであった。そして黒い犬の陶器製の人形を配置して満足そうに頷いている。
「いい人形だ。そう思わないか、フィリップ」
バーナードに声を掛けられるが、フィリップは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
「犬達もちょうどいい具合だ。猟犬のようにも見えるな」
「そろそろ食事の支度ができました」
「分かった」
そしてフィリップはテーブルに食事を並べて、二人で仲良く食べている時に、カタカタと音がしたのだ。
「……なんだ?」
バーナードは目を遣る。そしてフィリップもまさかといった表情で、テーブルの上に置かれた人形を見た。
カタカタと音がしたのは、陶器の犬の人形のうちの一体が、身を震わせていたからだった。
「………………バーナード」
「ああ」
「この人形達は神殿に持ち込みましょう。何か悪いものが憑いているに違いありません!! 神殿で祓ってもらわなければ!!」
犬の人形の震えていたのは、一分にも満たない時間である。
それが終わって、元の動かぬ人形に戻ってしまった。
食事の途中であるのに、バーナードは席を立って人形のそばに行き、身を震わせていた犬の人形を持ち上げて、しげしげと眺めていた。
「悪い気配は感じなかったぞ」
「そんなことが分かるのですか」
「なんとなくだ。だから、気にするな」
「!!!!」
フィリップは口を開けて驚いた。
彼がそんなことを言うとは思わなかったのだ。
人形が動き出すなんておかしいだろう。悪霊の類に違いない。外見からして真っ黒い人形達なのだから。それがカタカタと手で触れずとも動くのだ。気の弱い者ならば、失禁並の恐怖である。
「いいえ、普通ではありません。良くないですから、お祓いするべきです」
バーナードはフィリップの言葉を聞いて、小さくため息をついた。
「俺は悪いものではないと感じるんだ。むしろ、これは……」
「これは、なんですか?」
「……………説明が難しいが、俺に近しいものだと思う」
「…………………」
まったく理解できない。
「貴方に近しいものというのは、どういう意味ですか」
「俺はこの人形達にまったく危害を加えられる気がしない。むしろ、可愛いと思う。もっと動いて欲しいくらいだ」
フィリップは片手で顔を覆った。
可愛い?
もっと動いて欲しい?
悪霊が取り憑いて、カタカタと動いているのが可愛い?
彼の感覚がまったく理解できない。
一欠片もかわいいとは思えない。
バーナードは犬の陶器製の人形を目を細めて見つめた。
「まぁ、お前が怖がるなら、団長室に持って行くから安心しろ」
団長室に持って行っても問題が解決するわけではない。
フィリップは日中、ほとんどをその団長室で、騎士団長であるバーナードと共に過ごすのであったからだ。結局、この黒い不気味な人形達とそばで過ごすことには変わりはなかったのだ。
そしてその翌日、バーナード騎士団長は黒い人形達を団長室へ運び、棚の上に並べて置いていた。持ち主であるマグルへは返さないのかとフィリップが問いかけると、バーナードは「もう少し調整しよう」と言ってマグルの元へは返さなかった。
きっと返すとマグルが神殿に持ち込んで、その人形達を祓ってしまうのではないかと考えているようだ。当のマグルもきっと(もう二度と僕の手元に戻さなくていい)と考えているに違いない。彼はまったく返還請求をしなかった。
むしろ、フィリップとしては返還したかった。マグルが素知らぬふりをしていることが憎らしかった。
犬の人形は、日中、やはり一体がカタカタと動くことがあって、その都度、フィリップ副騎士団長はギョッとそれを見るのである。バーナードは平然と視線をそれにやった後、書類をめくっている。彼はまったく泰然としていた。
バーナードは日に一度は、人形達の埃を払い、小さな犬の人形に手をやっていた。
なんやかんやと、それらを可愛がっていたのである。
そして当然のように王立騎士団の団長室に置かれている黒い人形が、動き出すという噂は流れ、フィリップは何度も騎士団長に「お祓いをしましょう」と主張するのであった。もちろんそれに騎士団長が頷くことはなかったのである。
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