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第二十三章 砕け散る魔剣
第二十話 消える白い宝珠
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小さな妖精ベンジャミンが事前に告げたように、ほどなくしてバーナード騎士団長の元に、レブラン教授との仲裁が相成った報告がされた。
それは非常に有難いことだった。
バーナード騎士団長とフィリップ副騎士団長の二人に大いに感謝され、フィリップはベンジャミンのためにたくさんのお菓子を山のように用意してくれた。
ベンジャミンは今日にでもまた妖精の国へ戻るという話だったからだ。
「お土産のお菓子もたくさんあるんですよ。待っていてください。今、袋を持ってきますから」
そう言って、席を外すフィリップの背中を見送る。
今しかない。
ベンジャミンはそう思った。
フィリップ副騎士団長は、バーナード騎士団長の伴侶で仕事場も一緒であったから、四六時中常に彼らは一緒だったのだ。
隙をみようとしても、なかなか隙を見出すことができなかった。
「バーナード騎士団長、お願いがあります」
ベンジャミンは声を潜めてそう言った。
「なんだ?」
「少しだけ、目を瞑って手を出してください。そう、皿のようにして下さいね」
バーナードは奇妙に思いながらも、ベンジャミンの言葉に従う。掌を上にして両手を差し出すようにさせると、ベンジャミンは用意していた袋からざらざらと白い小さな珠のすべてを彼の掌の中に落としたのだ。触れていく先から、小さな珠が溶けるように消えていく。
わずか数秒で、すべての珠が消えて、彼の中に入ったのが分かった。
「もう目を開けていいです」
最後に、ベンジャミンは彼の掌の中に、丸いリンゴを落としたのだった。
「これは、なんだ」
疑問の表情を見せる騎士団長に、ベンジャミンは言った。
「“黄金のリンゴ”の実の中でも、これはレアです。木に数個しかならない、本当の“黄金のリンゴ”です」
その言葉通り、拳大のそのリンゴは金色に燦然と輝いていたのだ。
バーナードは目を見開いて、そのリンゴを見つめていた。
サイズこそ、普通のリンゴであったが、皮の色が普通ではない。黄金色なのだ。
妖精の身長と比べれば、大きなこのリンゴをどこから取り出したのだとバーナードは不思議に思いながらも、リンゴを持ち上げてまじまじと見つめている。
「これは食べられるのか?」
「はい。このリンゴを食べると、更に肌がしっとりと潤って……」
「……そういうリンゴか。俺はもういい」
バーナードはため息をつき、この“黄金のリンゴ”は王太子に献上しようと考えた。セーラ妃に食べてもらって、更に夫婦円満になって欲しいものだ。
袋を持って戻ってきたフィリップは、“黄金のリンゴ”を持つバーナードを見て驚いた。
「どうしたんですか、その金色のリンゴは」
「私が騎士団長に差し上げたのです。“黄金のリンゴ”です。お二人で仲良く召し上がって頂こうと考えたのですが」
小さな妖精は微笑みを浮かべる。
「騎士団長はお気に召さなかったようで、申し訳ないです」
「肌艶がよくなるとか、もういいだろう」
面倒くさそうに言うバーナードに、フィリップは首を振った。
「せっかくのものなのに」
「殿下に差し上げよう。こういうものは王家に献上すべきだ」
「バーナード」
フィリップの上に、険悪な空気が漂い始めたことに、慌ててベンジャミンは菓子がたくさん入った袋を持ち上げた。
袋にぎっしりと入っていて、重い。
「それでは、失礼致します」
「ああ」
バーナード騎士団長は、再度ベンジャミンに「助かった、礼を言う」と述べた。
フィリップ副騎士団長もバーナードの方を睨みながらも、ベンジャミンに向けて「有難うございました」と一礼する。
なんともおかしな二人だった。
ベンジャミンはお土産のお菓子の袋を両手でしっかりと持ちながら、妖精の国に向かって飛んで行く。
けれど、そんな二人が嫌いではなかった。
そして内緒で騎士団長の掌に、白い珠を落としたことに、チクリと良心が痛んだ。
目を瞑っていた彼は気が付いていない。
最後に渡した“黄金のリンゴ”を受け取らせるために掌を差し出させ、驚かせるために目を閉じさせたものだと考えている。
彼が信頼して、疑うこともなく目を瞑ってくれたことは有難かった。
それだからこそ、余計に心が痛んだ。
彼に、白い珠の欠片を受け取らせるために、掌を差し出させたことを
気付かれないようにするために、目を瞑らせたことを
彼は知らない。
でも、彼もそう遠くない時期に気が付くはずだ。
自分の中の器が少し埋まっていることに。
ご隠居様は言っていた。
器を持つ“淫魔の王女”
満ち満ちて、生まれ落とすその子を
欠片で満ちさせたのならどうなるかと
砕かれてこの地上に落とされた神の欠片で満ちさせたのなら
再び、神を造ることにならないかと
そんな恐ろしいことを、呟いていたのだった。
それ以降、バーナード騎士団長の元に、吸血鬼達の刺客がかかることもなくなった。
同時に、あれほど隣国ランディア王国を騒がせていた大型魔獣の騒動もピタリと止まる。地下水路から魔獣が這い出してくることも無くなったのだ。
バーナード騎士団長もようやく、平穏な日常を取り戻したのであった。
*
一方、ランディア王国へ戻ったネリアは、主であるレブランから、今後バーナード騎士団長への手出しは無用との言葉を聞いて、驚いた。
ネリア達が、バーナード騎士団長を襲撃に向かった前後に、妖精の国から大妖精がレブランの元へ訪ねてきて、仲裁が為されたという。
バーナード騎士団長を守るために現れた小さな妖精達といい、大妖精が仲裁に入ることといい、あの騎士団長の肩をそれほど妖精達が持つことが謎であった。
しかし、そうした妖精達と争ってまで、あの騎士団長と揉めることは得策ではなかった。
レブランは、大妖精から白い宝珠を一つ手に入れている。
それで、とりあえずは思い留まることにしたようだ。
だが、彼のそばに仕える下僕達もレブランの不機嫌さは感じ取っている。
妖精達が手を出してくるよりも先に、あの騎士団長を倒すことが出来ていれば良かったのだが、謎めいた強さを持つ彼に対しては何事もうまくいかなかった。
ネリアは屋敷の地下へ続く長い階段を下りていく。
この屋敷が作られた当初から、その深く地の底に続くかのような地下への道とその先の部屋が作られていた。
細く長い階段を歩き続けて辿り着いた先には、大きな鉄の扉があった。重い鉄の扉をギィィと音を立てさせながら開ける。
そこは円形のドーム型の天井の部屋で、地下とは思えないほど広い空間が広がっていた。
明かりもないその部屋には、何十もの棺桶が一定の間隔で綺麗に並べられていた。
バーナード騎士団長の許に送り込んだ五人の下級吸血鬼はいずれも命を落とした感覚があった。
その主たる上位の吸血鬼には、吸血鬼にした下位の吸血鬼と生命が繋がっている感覚がある。それがプツリと切れた感覚。それはその先の命が途切れたことを意味する。
彼らは皆、騎士団長の手で始末されたのだろう。
だが、一人だけ生き残っていた。
“黒の司祭”
悪魔を信奉し、大型の魔獣を召喚し続けた術者だ。
吸血鬼にその身を堕とした後は、すっかりやつれ果てている。他の吸血鬼にされた者達と違って、彼には知性が残っていた。
だから、吸血鬼に堕とした後も、魔術を使わせていた。
騎士団長を、彼の魔術や召喚術で呼び出した魔獣で攻撃させ続けようとしていたのに、騎士団長への攻撃は不要となった。つまりはもう、“黒の司祭”は用無しなのである。
始末してしまおうかと考えたが、始末することはいつでも出来るかと、ネリアは思い留まる。
だから、この屋敷の、地下に置かれている棺桶の中で“黒の司祭”は眠り続けている。
眠り続ければ、生命活動も低下しているため、血に飢えることもない。
必要になればまた起こせばよいかと、ネリアは司祭の眠る棺桶の蓋を一度開けた後、再びまた閉めた。
その時、彼女は気が付かなかったが、眠り続けていたはずの司祭の目が、薄く開いて、赤く瞳が輝いたのだった。
それはほんの一瞬であった。
それは非常に有難いことだった。
バーナード騎士団長とフィリップ副騎士団長の二人に大いに感謝され、フィリップはベンジャミンのためにたくさんのお菓子を山のように用意してくれた。
ベンジャミンは今日にでもまた妖精の国へ戻るという話だったからだ。
「お土産のお菓子もたくさんあるんですよ。待っていてください。今、袋を持ってきますから」
そう言って、席を外すフィリップの背中を見送る。
今しかない。
ベンジャミンはそう思った。
フィリップ副騎士団長は、バーナード騎士団長の伴侶で仕事場も一緒であったから、四六時中常に彼らは一緒だったのだ。
隙をみようとしても、なかなか隙を見出すことができなかった。
「バーナード騎士団長、お願いがあります」
ベンジャミンは声を潜めてそう言った。
「なんだ?」
「少しだけ、目を瞑って手を出してください。そう、皿のようにして下さいね」
バーナードは奇妙に思いながらも、ベンジャミンの言葉に従う。掌を上にして両手を差し出すようにさせると、ベンジャミンは用意していた袋からざらざらと白い小さな珠のすべてを彼の掌の中に落としたのだ。触れていく先から、小さな珠が溶けるように消えていく。
わずか数秒で、すべての珠が消えて、彼の中に入ったのが分かった。
「もう目を開けていいです」
最後に、ベンジャミンは彼の掌の中に、丸いリンゴを落としたのだった。
「これは、なんだ」
疑問の表情を見せる騎士団長に、ベンジャミンは言った。
「“黄金のリンゴ”の実の中でも、これはレアです。木に数個しかならない、本当の“黄金のリンゴ”です」
その言葉通り、拳大のそのリンゴは金色に燦然と輝いていたのだ。
バーナードは目を見開いて、そのリンゴを見つめていた。
サイズこそ、普通のリンゴであったが、皮の色が普通ではない。黄金色なのだ。
妖精の身長と比べれば、大きなこのリンゴをどこから取り出したのだとバーナードは不思議に思いながらも、リンゴを持ち上げてまじまじと見つめている。
「これは食べられるのか?」
「はい。このリンゴを食べると、更に肌がしっとりと潤って……」
「……そういうリンゴか。俺はもういい」
バーナードはため息をつき、この“黄金のリンゴ”は王太子に献上しようと考えた。セーラ妃に食べてもらって、更に夫婦円満になって欲しいものだ。
袋を持って戻ってきたフィリップは、“黄金のリンゴ”を持つバーナードを見て驚いた。
「どうしたんですか、その金色のリンゴは」
「私が騎士団長に差し上げたのです。“黄金のリンゴ”です。お二人で仲良く召し上がって頂こうと考えたのですが」
小さな妖精は微笑みを浮かべる。
「騎士団長はお気に召さなかったようで、申し訳ないです」
「肌艶がよくなるとか、もういいだろう」
面倒くさそうに言うバーナードに、フィリップは首を振った。
「せっかくのものなのに」
「殿下に差し上げよう。こういうものは王家に献上すべきだ」
「バーナード」
フィリップの上に、険悪な空気が漂い始めたことに、慌ててベンジャミンは菓子がたくさん入った袋を持ち上げた。
袋にぎっしりと入っていて、重い。
「それでは、失礼致します」
「ああ」
バーナード騎士団長は、再度ベンジャミンに「助かった、礼を言う」と述べた。
フィリップ副騎士団長もバーナードの方を睨みながらも、ベンジャミンに向けて「有難うございました」と一礼する。
なんともおかしな二人だった。
ベンジャミンはお土産のお菓子の袋を両手でしっかりと持ちながら、妖精の国に向かって飛んで行く。
けれど、そんな二人が嫌いではなかった。
そして内緒で騎士団長の掌に、白い珠を落としたことに、チクリと良心が痛んだ。
目を瞑っていた彼は気が付いていない。
最後に渡した“黄金のリンゴ”を受け取らせるために掌を差し出させ、驚かせるために目を閉じさせたものだと考えている。
彼が信頼して、疑うこともなく目を瞑ってくれたことは有難かった。
それだからこそ、余計に心が痛んだ。
彼に、白い珠の欠片を受け取らせるために、掌を差し出させたことを
気付かれないようにするために、目を瞑らせたことを
彼は知らない。
でも、彼もそう遠くない時期に気が付くはずだ。
自分の中の器が少し埋まっていることに。
ご隠居様は言っていた。
器を持つ“淫魔の王女”
満ち満ちて、生まれ落とすその子を
欠片で満ちさせたのならどうなるかと
砕かれてこの地上に落とされた神の欠片で満ちさせたのなら
再び、神を造ることにならないかと
そんな恐ろしいことを、呟いていたのだった。
それ以降、バーナード騎士団長の元に、吸血鬼達の刺客がかかることもなくなった。
同時に、あれほど隣国ランディア王国を騒がせていた大型魔獣の騒動もピタリと止まる。地下水路から魔獣が這い出してくることも無くなったのだ。
バーナード騎士団長もようやく、平穏な日常を取り戻したのであった。
*
一方、ランディア王国へ戻ったネリアは、主であるレブランから、今後バーナード騎士団長への手出しは無用との言葉を聞いて、驚いた。
ネリア達が、バーナード騎士団長を襲撃に向かった前後に、妖精の国から大妖精がレブランの元へ訪ねてきて、仲裁が為されたという。
バーナード騎士団長を守るために現れた小さな妖精達といい、大妖精が仲裁に入ることといい、あの騎士団長の肩をそれほど妖精達が持つことが謎であった。
しかし、そうした妖精達と争ってまで、あの騎士団長と揉めることは得策ではなかった。
レブランは、大妖精から白い宝珠を一つ手に入れている。
それで、とりあえずは思い留まることにしたようだ。
だが、彼のそばに仕える下僕達もレブランの不機嫌さは感じ取っている。
妖精達が手を出してくるよりも先に、あの騎士団長を倒すことが出来ていれば良かったのだが、謎めいた強さを持つ彼に対しては何事もうまくいかなかった。
ネリアは屋敷の地下へ続く長い階段を下りていく。
この屋敷が作られた当初から、その深く地の底に続くかのような地下への道とその先の部屋が作られていた。
細く長い階段を歩き続けて辿り着いた先には、大きな鉄の扉があった。重い鉄の扉をギィィと音を立てさせながら開ける。
そこは円形のドーム型の天井の部屋で、地下とは思えないほど広い空間が広がっていた。
明かりもないその部屋には、何十もの棺桶が一定の間隔で綺麗に並べられていた。
バーナード騎士団長の許に送り込んだ五人の下級吸血鬼はいずれも命を落とした感覚があった。
その主たる上位の吸血鬼には、吸血鬼にした下位の吸血鬼と生命が繋がっている感覚がある。それがプツリと切れた感覚。それはその先の命が途切れたことを意味する。
彼らは皆、騎士団長の手で始末されたのだろう。
だが、一人だけ生き残っていた。
“黒の司祭”
悪魔を信奉し、大型の魔獣を召喚し続けた術者だ。
吸血鬼にその身を堕とした後は、すっかりやつれ果てている。他の吸血鬼にされた者達と違って、彼には知性が残っていた。
だから、吸血鬼に堕とした後も、魔術を使わせていた。
騎士団長を、彼の魔術や召喚術で呼び出した魔獣で攻撃させ続けようとしていたのに、騎士団長への攻撃は不要となった。つまりはもう、“黒の司祭”は用無しなのである。
始末してしまおうかと考えたが、始末することはいつでも出来るかと、ネリアは思い留まる。
だから、この屋敷の、地下に置かれている棺桶の中で“黒の司祭”は眠り続けている。
眠り続ければ、生命活動も低下しているため、血に飢えることもない。
必要になればまた起こせばよいかと、ネリアは司祭の眠る棺桶の蓋を一度開けた後、再びまた閉めた。
その時、彼女は気が付かなかったが、眠り続けていたはずの司祭の目が、薄く開いて、赤く瞳が輝いたのだった。
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