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第二十二章 愛を確かめる
第七話 災い転じて
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意識を失わせたジェラルドを、バートとフィリップは自分達の泊まっている別荘へ運んだ。
当然そこには、心配そうに鳴いている黒い仔犬のディーターもついてきている。
寝室の寝台の上にジェラルドを寝かせると、ディーターも枕のそばに丸くなって、ずっとそばから離れなかった。
「ディーター、人の姿に戻ってくれないか」
フィリップがそう言って、仔犬の首から“若返りの魔道具”の首輪を外す。成獣の姿への変化を経て、ディーターはまた人の姿に戻った。
その彼に、フィリップは濡れたタオルとガウンを手渡した。
「ジェラルドの身体を綺麗に清めて欲しい。私達がするよりも、貴方がした方がいいでしょう」
ディーターは黙って頷いた。
それで、フィリップは二人のいる部屋から出て行ったのだ。
居間に戻ってきたフィリップに、バートは尋ねる。
「まだジェラルドは目を覚まさないのか」
「ええ。でも、眠っている方がいいかも知れません。助けた時、様子がおかしかったですね」
「ああ、あれは……淫魔の“魅了”にかかっていたような気がする」
そうバートが考え込むようにして言うと、フィリップが聞き返した。
「“魅了”ですか?」
「ああ。あの長い黒髪の綺麗な男は、おそらく“淫魔”だろう。俺をひどく恐れていた」
「…………淫魔は貴方を恐れるんですか?」
バートは頷いた。
「半魔のリュンクスなど、怯え切っていた。それ以外にも会った淫魔は、どことなく俺を恐れているな。“淫魔の王女”の位が畏怖させるのだろうか」
確かに、あの長い黒髪の美しい青年は、全身を震わせてバートを見て怯え切っていたのだ。それはどこか異常だった。
ただ今回に関していえば、その様子のおかげで反抗もされずにやすやすとジェラルドを連れ出せたから良かった。
「あの淫魔の男が“魅了”をジェラルドにかけたのだろう」
「……それで悪さをしようとしていたというわけですか」
「そうだろうな。ジェラルドも綺麗な男だ。ああいう淫魔に目を付けられてもおかしくはないだろう。目を付けられた側としてはたまったものではないが」
「ええ、ディーターは……ショックでしょうね。可哀想に」
今も、ジェラルドのそばにピッタリとくっついて、彼の様子を見ている。番の若者を目の前で攫われて、気が気ではなかったはずだ。
「ジェラルドのために医者を呼ぶ必要はないか」
バートは尋ねた。もし、男達に乱暴されていたならば、その身は傷ついているかも知れないと心配したのだ。
その問いに、フィリップもまた眉を寄せて答えた。
「……目を覚ましてから、様子を見て決めた方が良いかと思います。学園の生徒達と同じように、もしかしたら、“魅了”されていた間のことをあまり記憶していないかも知れません」
「……そうか」
その方が、ジェラルドにとっては良いかも知れない。自分の意志に反していいように身体を扱われるなど、忌まわしい記憶でしかない。
そのジェラルドであるが、目を覚ました時、自分の眠っていた寝台の上に、誰かもう一人大きな男が横になっていることに気が付いた。
浅黒い肌に、黒い髪のその男は、いつぞやの大雨の時の濁流から、自分を救ってくれた男だった。
(……これは夢?)
彼はジェラルドが目を覚ましたことに気が付くと、見るからに安堵していた。その大きな手で、ジェラルドの頬をおずおずと撫でる。それは、触れてしまえば壊れてしまうのではないかと、恐れと不安の感じられるそっとしたものだった。
それから彼はジェラルドを抱きしめた。
これもまた、ジェラルドの身を気遣うかのような優しい包み込むかのような抱きしめ方であった。その緑色の目で心配そうに、そして切なくなるほど愛情のこもった眼差しで見つめられる。
「お前が目を覚ましてくれて、良かった。もう大丈夫だ」
(夢が続いているのだろうか)
先刻まで、ずっとこの男に愛される夢を見ていた。
会いたいと願い続けてきた彼が、現れて、自分を抱きしめて優しくキスしてくれた。
その求めを拒むことはできなかった。
何故なら、自分もそれを望んでいたからだ。
その手を取り、頬を擦りつける。
「貴方に会いたかった。ずっと会いたかったんだ」
あの濁流で助けられてから、そして茂みの中で再会した時から、ずっと彼に会いたかった。
彼から欲望をぶつけられても、それすら受け入れてしまうほど、受け入れたいと思うほどに想いを抱いていた。
「ずっと」
そう言って、ジェラルドは両手をディーターの背に回す。
少しばかり驚いた表情を見せながらも、ディーターは嬉しそうに笑みを浮かべ、ジェラルドの唇に自分の唇を重ねた。
そして二人は、互いの存在をゆっくりと確かめるかのように寝台の上で愛し合い始めたのだった。
しばらくして、心配になったバートは、ディーターとジェラルドの様子を見てくると言って、寝室へ向かった。それからすぐにバートは、奇妙な顔をして戻ってきた。
「どうしたんですか」
そう尋ねるフィリップに、バートは頬を赤く染めながら言った。
「あいつら……寝てるんだ」
「寝てるって?」
「セックスしてる」
「…………」
フィリップは無言になる。それから、言った。
「災い転じて福と為すという言葉があります。きっと、落ち着くところに落ち着いたのでしょう」
「そうなのか? いや、確かにディーターにとっては良かったと思うぞ。でも、あいつら、唐突すぎるだろう!! 俺は驚いたぞ。ノックしても返事がないから、部屋に入ったら、あいつらヤッているんだから」
真っ赤な顔をしてそう言うバートの様子に、フィリップは声を上げて笑った。
実際、部屋に入ったバートは立ち尽くしたのだ。
寝台の上で、ジェラルドはディーターに組み伏せられて、抱かれていた。金の髪を振り乱しながらも、愛し気に男の身体に手を回し、甘く声を上げているその様子からして、同意の上でのセックスなのだろう。
すぐさまバートは部屋から出て、扉を慌てて閉めたのだった。
「じゃあ、ジェラルドはもう大丈夫ですね」
「……そうだろうな」
そのことに、バートは同意した。例えあの黒髪の男にひどく傷つけられていたとしても、きっとディーターが包み込むようにして彼を癒してくれるだろう。
結局のところ、フィリップの言葉通り、収まるところにすべては上手く収まり、災いは福に転じたのだった。
当然そこには、心配そうに鳴いている黒い仔犬のディーターもついてきている。
寝室の寝台の上にジェラルドを寝かせると、ディーターも枕のそばに丸くなって、ずっとそばから離れなかった。
「ディーター、人の姿に戻ってくれないか」
フィリップがそう言って、仔犬の首から“若返りの魔道具”の首輪を外す。成獣の姿への変化を経て、ディーターはまた人の姿に戻った。
その彼に、フィリップは濡れたタオルとガウンを手渡した。
「ジェラルドの身体を綺麗に清めて欲しい。私達がするよりも、貴方がした方がいいでしょう」
ディーターは黙って頷いた。
それで、フィリップは二人のいる部屋から出て行ったのだ。
居間に戻ってきたフィリップに、バートは尋ねる。
「まだジェラルドは目を覚まさないのか」
「ええ。でも、眠っている方がいいかも知れません。助けた時、様子がおかしかったですね」
「ああ、あれは……淫魔の“魅了”にかかっていたような気がする」
そうバートが考え込むようにして言うと、フィリップが聞き返した。
「“魅了”ですか?」
「ああ。あの長い黒髪の綺麗な男は、おそらく“淫魔”だろう。俺をひどく恐れていた」
「…………淫魔は貴方を恐れるんですか?」
バートは頷いた。
「半魔のリュンクスなど、怯え切っていた。それ以外にも会った淫魔は、どことなく俺を恐れているな。“淫魔の王女”の位が畏怖させるのだろうか」
確かに、あの長い黒髪の美しい青年は、全身を震わせてバートを見て怯え切っていたのだ。それはどこか異常だった。
ただ今回に関していえば、その様子のおかげで反抗もされずにやすやすとジェラルドを連れ出せたから良かった。
「あの淫魔の男が“魅了”をジェラルドにかけたのだろう」
「……それで悪さをしようとしていたというわけですか」
「そうだろうな。ジェラルドも綺麗な男だ。ああいう淫魔に目を付けられてもおかしくはないだろう。目を付けられた側としてはたまったものではないが」
「ええ、ディーターは……ショックでしょうね。可哀想に」
今も、ジェラルドのそばにピッタリとくっついて、彼の様子を見ている。番の若者を目の前で攫われて、気が気ではなかったはずだ。
「ジェラルドのために医者を呼ぶ必要はないか」
バートは尋ねた。もし、男達に乱暴されていたならば、その身は傷ついているかも知れないと心配したのだ。
その問いに、フィリップもまた眉を寄せて答えた。
「……目を覚ましてから、様子を見て決めた方が良いかと思います。学園の生徒達と同じように、もしかしたら、“魅了”されていた間のことをあまり記憶していないかも知れません」
「……そうか」
その方が、ジェラルドにとっては良いかも知れない。自分の意志に反していいように身体を扱われるなど、忌まわしい記憶でしかない。
そのジェラルドであるが、目を覚ました時、自分の眠っていた寝台の上に、誰かもう一人大きな男が横になっていることに気が付いた。
浅黒い肌に、黒い髪のその男は、いつぞやの大雨の時の濁流から、自分を救ってくれた男だった。
(……これは夢?)
彼はジェラルドが目を覚ましたことに気が付くと、見るからに安堵していた。その大きな手で、ジェラルドの頬をおずおずと撫でる。それは、触れてしまえば壊れてしまうのではないかと、恐れと不安の感じられるそっとしたものだった。
それから彼はジェラルドを抱きしめた。
これもまた、ジェラルドの身を気遣うかのような優しい包み込むかのような抱きしめ方であった。その緑色の目で心配そうに、そして切なくなるほど愛情のこもった眼差しで見つめられる。
「お前が目を覚ましてくれて、良かった。もう大丈夫だ」
(夢が続いているのだろうか)
先刻まで、ずっとこの男に愛される夢を見ていた。
会いたいと願い続けてきた彼が、現れて、自分を抱きしめて優しくキスしてくれた。
その求めを拒むことはできなかった。
何故なら、自分もそれを望んでいたからだ。
その手を取り、頬を擦りつける。
「貴方に会いたかった。ずっと会いたかったんだ」
あの濁流で助けられてから、そして茂みの中で再会した時から、ずっと彼に会いたかった。
彼から欲望をぶつけられても、それすら受け入れてしまうほど、受け入れたいと思うほどに想いを抱いていた。
「ずっと」
そう言って、ジェラルドは両手をディーターの背に回す。
少しばかり驚いた表情を見せながらも、ディーターは嬉しそうに笑みを浮かべ、ジェラルドの唇に自分の唇を重ねた。
そして二人は、互いの存在をゆっくりと確かめるかのように寝台の上で愛し合い始めたのだった。
しばらくして、心配になったバートは、ディーターとジェラルドの様子を見てくると言って、寝室へ向かった。それからすぐにバートは、奇妙な顔をして戻ってきた。
「どうしたんですか」
そう尋ねるフィリップに、バートは頬を赤く染めながら言った。
「あいつら……寝てるんだ」
「寝てるって?」
「セックスしてる」
「…………」
フィリップは無言になる。それから、言った。
「災い転じて福と為すという言葉があります。きっと、落ち着くところに落ち着いたのでしょう」
「そうなのか? いや、確かにディーターにとっては良かったと思うぞ。でも、あいつら、唐突すぎるだろう!! 俺は驚いたぞ。ノックしても返事がないから、部屋に入ったら、あいつらヤッているんだから」
真っ赤な顔をしてそう言うバートの様子に、フィリップは声を上げて笑った。
実際、部屋に入ったバートは立ち尽くしたのだ。
寝台の上で、ジェラルドはディーターに組み伏せられて、抱かれていた。金の髪を振り乱しながらも、愛し気に男の身体に手を回し、甘く声を上げているその様子からして、同意の上でのセックスなのだろう。
すぐさまバートは部屋から出て、扉を慌てて閉めたのだった。
「じゃあ、ジェラルドはもう大丈夫ですね」
「……そうだろうな」
そのことに、バートは同意した。例えあの黒髪の男にひどく傷つけられていたとしても、きっとディーターが包み込むようにして彼を癒してくれるだろう。
結局のところ、フィリップの言葉通り、収まるところにすべては上手く収まり、災いは福に転じたのだった。
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