騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十二章 愛を確かめる

第五話 負の感情(下)

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 そこにいたのは、ラーシェと同じくしっかりと防寒具を身に付けた若者だった。
 場所は雪祭りの会場で、村人たちが作ったであろう雪像の置かれている広場に彼はいた。
 その広場の片隅で、雪を綺麗に踏み固めた場所ではない、ふわふわの雪の積もった場所で仔犬を遊ばせていた。
 真っ黒い仔犬が、雪にまみれ、そして雪の中を埋もれながら進んで行く。
 ズズズズッと音を立てながら、雪の中を進んでいる様子はどこかおかしくて、周囲の人々も目を和ませ、笑っていた。
 笑い声はそこから聞こえたようだ。

「ディーター、おいで」

 そう言うと、仔犬とは思えない速度で雪の中を戻って、そして最後には雪のまみれながらも若者に飛びついてきた。白い雪がパッと辺りに飛び散る。
 仔犬の身体にはり付いた雪を払いながら、若者は仔犬を抱き上げた。

「もう、雪遊びがそんなに楽しいのかい」

 仔犬はその若い主人のことが大好きな様子で、クゥンとかわいい声を上げて身を寄せている。
 そしてその仔犬のことが若者も好きなようで、目を細めてぎゅっと抱きしめている。鼻と鼻が触れ合うような近さでいる二人。

 そんな一人と一匹の幸せそうな様子を見ていると、ラーシェは強い苛立ちを感じた。
 八つ当たりだと分かっている。

 でも、自分が不幸せな時に、他人の幸せいっぱいの姿を見ることほど苛立つものはない。

 ラーシェは仔犬と戯れる若者のそばまでツカツカと近寄ると、彼の腕を掴んだ。
 驚いて見返してくる若者の目を、強く見つめ、瞬間、“魅了”したのだった。
 若干の抵抗があったが、彼は堕ちる。
 そう、ラーシェは淫魔の中でも強い淫魔であったから、今までこの“魅了”の力を使って失敗をしたことはなかった。
 レブランから、周囲の人間達にラーシェが淫魔であることがバレないように、ラーシェが“魅了”の力を使うことは禁じられていた。
 元から非常に美しい青年であるラーシェは、“魅了”の力を使わずとも、人間達を誑かせて、精力を得ることができる。だから、レブランに禁じられていても普段は使う必要がそもそもなかったのだ。
 でも、今回は別だった。

(こいつも、宿に連れ込んで滅茶苦茶にしてやる)

 沸々と湧き上がるこの黒い感情を、何かにぶつけてしまいたかった。
 そう、ちょうどいい。召使の男とこの若者も宿に連れていって、乱交してやろう。きっと楽しいこと間違いない。

 若者は、呆然とした様子で立ち尽くした後、頬を赤くして蕩けるような顔でラーシェを見返した。
 今、若者の目には、ラーシェの姿は愛しい者の姿に変わって見えるはずだった。
 そうした愛しい者からの誘いであれば、その魂が堕ちぬはずがなかった。

 若者の面をマジマジと見たラーシェは、彼が非常に綺麗な顔立ちをしていることに気が付いた。
 
(これはいい拾いものをしたのかも知れない)

 その一方で、若者に抱き上げられていた仔犬は地面に滑り落ちて、そして慌てた様子で若者の足にまとわりついて吠えている。
 異変を感じ取ったように懸命に吠え立てた後、仔犬はラーシェに向かって唸り声を上げた。
 異変の原因が、ラーシェであることを察したようだ。
 牙を剥き出しにして、生意気にも吠え立てる仔犬に、ラーシェは言った。

「僕、犬は大嫌いなんだ」

 そしてラーシェは、吠え立てる仔犬を強く蹴り上げたのだった。

「キャン」

 そう鳴いて、仔犬は雪の中に蹴り飛ばされる。蹴りどころが悪かったのか、雪の中から起き上がる気配はない。仔犬は意識を失ってしまったようだ。
 周囲の人々は、その様子に驚いて非難の声を上げたが、ラーシェは構わず、“魅了”した若者の手を引いて歩いていく。召使の男は戸惑った様子だが、彼もまたラーシェの後をついてくる。
 ラーシェは、若者の名を尋ねる。
 すっかり堕ちている若者は、笑顔で答えた。

「ジェラルドです」

 そして、ラーシェは召使の若者は元より、“魅了”したジェラルドも宿の中へ連れ込んだのだった。



   *



 時は遡る。
 北方地方への休暇の申請をしたアルセウス王国のバーナード騎士団長とフィリップ副騎士団長の二人は、この日いよいよ北方地方へとやって来た。
 夏の旅行の際は、北方騎士団の所有する転移魔法陣を利用した転移であったが、今回はバーナード騎士団長が少年姿のまま北方地方へ出発するため、北方騎士団の転移魔法陣は利用しない。高額の費用を支払い民間の転移魔法陣を利用した。
 そして北方地方で過ごす別荘も、貸別荘の予約を取ったのであった。
 ジェラルドとディーターは一週間の予定で、この北方地方への休暇を取っている。
 それなら、休暇の期間中、一回会って、ディーターの首輪に魔力を込めればよいだろうとバートは考えていた。
 ジェラルド達は、侯爵家の別荘に滞在している。その別荘の場所も念のためにフィリップが調べていた。
 明日、ディーターとは村の雪祭り会場で落ち会う予定だった。その時に偶然を装って、仔犬の首輪に触れて魔力をこめれば、任務は完了だ。まったく簡単な任務である。
 それからの残りの休暇の時間は、釣りに当てよう。

 そうバート少年が思い、貸別荘到着後、手入れの為に荷物の中から伸縮式の釣り竿を取り出そうとした時、彼は青ざめた。

「ない!! 俺の釣り竿がないぞ」

 慌てて荷物をひっくり返して、最新鋭の伸縮式の釣り竿を探すが、目当てのものは影も形もない。それどころか釣り針や釣り餌の入った箱も見当たらない。

「くそ、忘れたのか」

 いや、確かにここに入れた記憶がある。
 バート少年は眉間に皺を寄せ、唸った。
 屋敷に忘れて来たのだろう。
 今からまた転移魔法陣を使って、王国へ戻って釣り竿を持ってくればいいか。

 そう思って、しゃがみこんで荷物を広げていたバートが、立ち上がろうとしたその腰を、フィリップががっしりと掴んだ。

「どうしたんですか、バート」

「忘れ物をした。また転移魔法陣を使って、王都に戻って忘れ物を取ってくる」

「……王都から、この北方地方までの転移魔法陣の利用料金は非常に高額です。今回は諦めましょう」

「いやだ。諦めきれない。俺はアイスフィッシングを楽しみにしていたんだぞ!!」

 怒った口調で言うバート。逃れようともがくバートを腕で押さえつけながら、フィリップは言った。

「諦めるんです」

 そして、そのバートの頬にチュッチュッと口づけを落としていく。
 フィリップの人狼になってからの馬鹿力は、たとえ“淫魔の王女”位を得ていたとしても敵わない。
 物凄く不機嫌な顔で、バートはフィリップを睨みつけた。

「金の問題じゃない。金ならあるんだからな。釣りができないなんて嫌だ」

 「金ならあるんだからな」というセリフが生意気である。しかし、実際、騎士団長の要職にある彼は資産家であった。行って戻って来る費用など簡単に支払えるのだろう。
 だが、フィリップは艶然と微笑みながら、彼に言った。

「私と一緒に過ごせばいいじゃないですか」

 そこまで言われて、ようやく鈍い彼でも気が付いたのだ。

「まさか…………お前」

 そう、折角荷物に詰め込んだはずの伸縮式の釣り竿も、釣り針と餌の箱も、見当たらないのは、この副騎士団長が荷物から取り除いたのではないかという疑念が湧き上がったのだ。

「お前が俺の釣り竿を置いていったのか!!」

「バート、たった四日間しか休暇はないのです。一緒に楽しく過ごしましょう」

「俺の釣り竿!!」

 副騎士団長の手が、少年のズボンの前のボタンを外して入っていく。そして優しく彼の弱い部分に触れた。少年の弱い場所を知り尽くした巧みな指使いだった。

「んっ、よせ」

 そうされてしまうと淫魔である自分は、たちどころに敏感に反応し始めてしまう。
 コトに雪崩こむことで、うやむやにしてしまおうというフィリップの意志を感じて、バートは彼を睨みつけた。

「ひどいぞ、フィリップ」

「ひどいのは貴方です。折角の休暇なのに、釣りしかやることはないのですか」

「楽しみにしていたのに……」

「もう、釣りのことは忘れて下さい」

 そしてバートはあっという間に寝台の中に引き込まれ、二人は寝台の上で、釣りのことを忘れるように愛し合ったのだった。
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