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第二十一章 水路に潜むものと氷雪の剣
第四話 氷雪の剣(上)
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その日の晩、夜も遅くにハデスがラーシェとの屋敷に帰ると、すでに彼は暖炉の前にいて、一人静かにお茶を口にしていた。
「寒いのか?」
「いえ、大丈夫」
赤々と燃える炎に照らされたラーシェの顔を見つめ、それからその頬に口づけた。
彼の後ろに座り、その華奢な身体を抱くように座る。
「こうすれば暖かい」
「確かにそうだね」
ラーシェは苦笑めいたものを口元に浮かべている。
二人して静かに、パチパチと音を立てて燃え盛る暖炉の炎を見つめていた。
「化け物が、水路にいるという話を聞いたよ」
「もう、噂が貴方のところまで届いているのか」
都ではその噂で持ちきりだった。
捜索に入った警備隊長らが戻って来ることなく、追加で入った警備隊の一人がなんとか逃れて化け物のことを報告したのだ。それを耳にした者達が、話し出すとあっという間に噂となって広がってしまった。
ラーシェは尋ねた。
「貴方も、水路の中に潜るのだよね」
「当然だ。今後、討伐も命ぜられるだろう」
ハデスはこの国の騎士団長の要職にある男だった。それは当然の任務だろう。
ラーシェは手元のカップに入っている、白い湯気をあげるお茶を眺めた後、言った。
「王宮には、“双剣”という魔剣があると聞いている。それは、使わないのか?」
「まだ、地下水路の中の化け物が何であるのかわからない中、陛下が貸して下さることはないだろう」
「でも、子供が攫われる事件も地下水路の化け物のせいだという話じゃないか」
「それもまだ分かっていない。たまたま、水路の探索をしたところ、化け物にあたっただけの話だ」
ハデスはそっと若者の頬に両手を添えた。その美しい紫色の瞳を覗き込むようにして言う。
「心配してくれているのか」
その言葉に、みるみるラーシェは目を釣り上げ、少しばかり頬が赤く染まっていた。それは暖炉の炎の照り返しとは思えない赤さだった。
「違う、心配しているんじゃないからな」
珍しくも声を荒げるようにして言う彼の様子がおかしくて、ハデスは笑った。
「ああ、私を心配しているわけじゃないのだな、悲しいな」
「そうだよ。僕はまったく貴方のことなんか心配していない。心配していないけれど、貴方がいなくなると困ると思ったんだ。僕は、そう、貴方がいないと、困ることが多いからな」
「何をどう困るんだ」
あまり苛めてはいけないと思いながらも、ついハデスは腕の中の美しい青年を言葉で追い詰めていた。
顔を赤らめ、そして言葉を強くしながらも、どこか虚勢を張っているようなその様子が愛おしい。
「いろいろと困ることがあるんだ」
そう言う彼の唇を自分の唇で塞ぐ。
「あ……んんん」
鼻にかかるような甘い声で、喘ぎだす。
舌と舌をこすり合わせるような口づけに、共に夢中になりだす。男の手がラーシェのシャツのボタンを外して、その真っ白な肌を這い始める。
ハデスはその胸に顔を埋め、胸の淡い突起を吸い上げていく。
「う……あ」
感じやすい青年は、すでにしっとりと全身を汗に濡らして、震えながら男を求め始めていた。
けれど、まだ強がったような口調でこう言った。
「貴方がいなくなると……困るから、明日、剣を届けさせる」
「………」
それに何だろうと顔を上げたハデスの顔を、ラーシェは潤んだ瞳で見つめながら言った。
「レブランの、魔剣を借りてくる」
そう言って、ラーシェはハデスの背中に手を回し、熱く息を吐いたのだった。
翌朝も早く、先に屋敷を立ったのはラーシェの方であった。
彼は、昼までには魔剣を騎士団の拠点に届けるようにすると言っていた。
魔剣
ラーシェと共に暮らすレブラン教授が、魔剣の収集家であることは世に知られていた。
レブラン教授は潤沢な資金にモノをいわせて、オークションでは魔剣を落札しまくり、冒険者達からも金に糸目を付けず魔剣を仕入れているらしい。
教授の屋敷には、ズラリと魔剣が壁に掛けられて飾られているという。
魔剣はその一本一本が、目玉が飛び出るほど高価なものだといわれている。
それを何十本と収集している彼の、資金力はそら恐ろしいほどであった。
当然、教授の手元には素晴らしい魔剣が幾つもあるという。
それがあれば、助かることは間違いない。
王宮には、ラーシェの言うようにこの国の誇る“双剣”という魔剣がある。それは二つの剣で、右手と左手に持って戦うという、いささか扱うには癖のある剣である。この二人の剣を触れ合わせると、たちどころに稲妻が発生して、敵を粉砕するという話だった。
一度だけ、陛下からその魔剣に触らせてもらったことがあったが、戦いの場においては、なかなか使いにくい剣だと思っていたところだ。
だが、もし化け物相手となれば、そうした魔法的効力のある魔剣が必要になるかも知れないとも考えていた。
ラーシェが、レブラン教授から魔剣を借りて来ると言っていたが、それほど期待していたわけではなかった。
なのに、昼前の時間、レブラン教授の使いだという若者が騎士団の拠点までやって来て、ハデス騎士団長に一本の剣を恭しく手渡した。
鞘に入った剣を引き抜くと、その刀身は雪のように真っ白であり、引き抜いた途端に、ちらほらと白い雪の結晶が舞い上がった。
使いの若者は、その剣についてこう言った。
「それは“氷雪の剣”です。教授から貴方に、寄贈させて頂きます」
その言葉にハデス騎士団長はもとより、拠点の同じ部屋にいた騎士達は驚いていた。
「寄贈?」
なぜなら、その“氷雪の剣”は、つい先日のオークションで、レブラン教授が恐ろしいほどの高額で、落札した魔剣であったからだ(魔剣の落札額としては過去最高額を叩き出していた)。
それをこのように、あっさりと寄贈するとはどういうことだと。
「はい。是非、騎士団長のお役に立てて頂きたいとのことです」
そして一礼して、使いの若者は部屋を後にする。
副騎士団長は素直に喜色を浮かべ「良かったですね、団長。それで、化け物退治に行きましょう」と言っていた。
実際、魔剣の威力が凄まじいことを知っているハデスは、寄贈された“氷雪の剣”を有難く思う一方で、ラーシェの求めに応じてやすやすと寄贈することを決めるレブラン教授に対しては、複雑な感情を抱くのであった。
「寒いのか?」
「いえ、大丈夫」
赤々と燃える炎に照らされたラーシェの顔を見つめ、それからその頬に口づけた。
彼の後ろに座り、その華奢な身体を抱くように座る。
「こうすれば暖かい」
「確かにそうだね」
ラーシェは苦笑めいたものを口元に浮かべている。
二人して静かに、パチパチと音を立てて燃え盛る暖炉の炎を見つめていた。
「化け物が、水路にいるという話を聞いたよ」
「もう、噂が貴方のところまで届いているのか」
都ではその噂で持ちきりだった。
捜索に入った警備隊長らが戻って来ることなく、追加で入った警備隊の一人がなんとか逃れて化け物のことを報告したのだ。それを耳にした者達が、話し出すとあっという間に噂となって広がってしまった。
ラーシェは尋ねた。
「貴方も、水路の中に潜るのだよね」
「当然だ。今後、討伐も命ぜられるだろう」
ハデスはこの国の騎士団長の要職にある男だった。それは当然の任務だろう。
ラーシェは手元のカップに入っている、白い湯気をあげるお茶を眺めた後、言った。
「王宮には、“双剣”という魔剣があると聞いている。それは、使わないのか?」
「まだ、地下水路の中の化け物が何であるのかわからない中、陛下が貸して下さることはないだろう」
「でも、子供が攫われる事件も地下水路の化け物のせいだという話じゃないか」
「それもまだ分かっていない。たまたま、水路の探索をしたところ、化け物にあたっただけの話だ」
ハデスはそっと若者の頬に両手を添えた。その美しい紫色の瞳を覗き込むようにして言う。
「心配してくれているのか」
その言葉に、みるみるラーシェは目を釣り上げ、少しばかり頬が赤く染まっていた。それは暖炉の炎の照り返しとは思えない赤さだった。
「違う、心配しているんじゃないからな」
珍しくも声を荒げるようにして言う彼の様子がおかしくて、ハデスは笑った。
「ああ、私を心配しているわけじゃないのだな、悲しいな」
「そうだよ。僕はまったく貴方のことなんか心配していない。心配していないけれど、貴方がいなくなると困ると思ったんだ。僕は、そう、貴方がいないと、困ることが多いからな」
「何をどう困るんだ」
あまり苛めてはいけないと思いながらも、ついハデスは腕の中の美しい青年を言葉で追い詰めていた。
顔を赤らめ、そして言葉を強くしながらも、どこか虚勢を張っているようなその様子が愛おしい。
「いろいろと困ることがあるんだ」
そう言う彼の唇を自分の唇で塞ぐ。
「あ……んんん」
鼻にかかるような甘い声で、喘ぎだす。
舌と舌をこすり合わせるような口づけに、共に夢中になりだす。男の手がラーシェのシャツのボタンを外して、その真っ白な肌を這い始める。
ハデスはその胸に顔を埋め、胸の淡い突起を吸い上げていく。
「う……あ」
感じやすい青年は、すでにしっとりと全身を汗に濡らして、震えながら男を求め始めていた。
けれど、まだ強がったような口調でこう言った。
「貴方がいなくなると……困るから、明日、剣を届けさせる」
「………」
それに何だろうと顔を上げたハデスの顔を、ラーシェは潤んだ瞳で見つめながら言った。
「レブランの、魔剣を借りてくる」
そう言って、ラーシェはハデスの背中に手を回し、熱く息を吐いたのだった。
翌朝も早く、先に屋敷を立ったのはラーシェの方であった。
彼は、昼までには魔剣を騎士団の拠点に届けるようにすると言っていた。
魔剣
ラーシェと共に暮らすレブラン教授が、魔剣の収集家であることは世に知られていた。
レブラン教授は潤沢な資金にモノをいわせて、オークションでは魔剣を落札しまくり、冒険者達からも金に糸目を付けず魔剣を仕入れているらしい。
教授の屋敷には、ズラリと魔剣が壁に掛けられて飾られているという。
魔剣はその一本一本が、目玉が飛び出るほど高価なものだといわれている。
それを何十本と収集している彼の、資金力はそら恐ろしいほどであった。
当然、教授の手元には素晴らしい魔剣が幾つもあるという。
それがあれば、助かることは間違いない。
王宮には、ラーシェの言うようにこの国の誇る“双剣”という魔剣がある。それは二つの剣で、右手と左手に持って戦うという、いささか扱うには癖のある剣である。この二人の剣を触れ合わせると、たちどころに稲妻が発生して、敵を粉砕するという話だった。
一度だけ、陛下からその魔剣に触らせてもらったことがあったが、戦いの場においては、なかなか使いにくい剣だと思っていたところだ。
だが、もし化け物相手となれば、そうした魔法的効力のある魔剣が必要になるかも知れないとも考えていた。
ラーシェが、レブラン教授から魔剣を借りて来ると言っていたが、それほど期待していたわけではなかった。
なのに、昼前の時間、レブラン教授の使いだという若者が騎士団の拠点までやって来て、ハデス騎士団長に一本の剣を恭しく手渡した。
鞘に入った剣を引き抜くと、その刀身は雪のように真っ白であり、引き抜いた途端に、ちらほらと白い雪の結晶が舞い上がった。
使いの若者は、その剣についてこう言った。
「それは“氷雪の剣”です。教授から貴方に、寄贈させて頂きます」
その言葉にハデス騎士団長はもとより、拠点の同じ部屋にいた騎士達は驚いていた。
「寄贈?」
なぜなら、その“氷雪の剣”は、つい先日のオークションで、レブラン教授が恐ろしいほどの高額で、落札した魔剣であったからだ(魔剣の落札額としては過去最高額を叩き出していた)。
それをこのように、あっさりと寄贈するとはどういうことだと。
「はい。是非、騎士団長のお役に立てて頂きたいとのことです」
そして一礼して、使いの若者は部屋を後にする。
副騎士団長は素直に喜色を浮かべ「良かったですね、団長。それで、化け物退治に行きましょう」と言っていた。
実際、魔剣の威力が凄まじいことを知っているハデスは、寄贈された“氷雪の剣”を有難く思う一方で、ラーシェの求めに応じてやすやすと寄贈することを決めるレブラン教授に対しては、複雑な感情を抱くのであった。
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