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第十八章 リンゴ狩り
第一話 リンゴ狩りの誘い
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マグル王宮副魔術師長がやって来た。
バーナードのいる団長室へ、アポ無しでやってくるのはいつものことで、扉をノックもさせずに開けるのも、いつものことだった。
「バーナードいる?」
ひょいと開けた扉から顔を覗かせて、彼はそう尋ねる。
「いるが」
本人は、書類を手に、デスクの椅子から返事をする。
そう言うと、マグルはほっとした顔で、ツカツカと部屋の中に入ると、デスク前の椅子に座って、バーナード騎士団長に少し甘えるように話しかけた。
「バーナード、僕、お願いがあるんだけど。一緒にリンゴ狩りにいってくれないかな?」
「ああ、別にそれくらいいいぞ」
書類をめくりながら答える。
それに、マグルはヤッターと子供のように両手を上げて、早速、バーナード騎士団長の横で、手際よく騎士団長の予定表を取り出したフィリップ副騎士団長に言った。
「ええっと、休日の日がいいんだよね。泊まりかな~」
「ん、王都の果樹園なら日帰りで行けるだろう」
奇異な表情で尋ねるバーナードに、マグルは指を振って言った。
「いやだなぁ、妖精の国の果樹園のリンゴ狩りだよ。そこに魔物が出るんだって。カトリーヌから、妖精の国みんなが困っている話を聞いてさ」
「……………オイ、俺は聞いてないぞ」
「今話したもん」
そう言って、口笛を吹いてとぼけているマグルの様子に、バーナードはため息をついた。
「仕方ない奴だ。フィリップ、休日のスケジュールをマグルに言って、調整しておいてくれ」
「わかりました」
「ありがとう、バーナード」
ニコニコと笑うマグル王宮副魔術師長。調子のいい男であった。
そしてマグルは、妖精の国の果樹園について話を始めた。
「妖精の国には大きな果樹園が幾つかあって、果物好きの妖精達が果実を育てているんだって。果実が実る時期には夜を徹してお祭りが開かれて」
想像できる。
あの小さな妖精達はいかにも祭りなどが好きそうだった。きっと大変な賑わいになるのだろう。
「問題になっているのは、“黄金のリンゴ”が実る古い果樹園で、その“黄金のリンゴ”を狙って、魔物が出没するんだ」
「ふぅん。リンゴなんて食う魔物がいるのか」
「“黄金のリンゴ”はね、もう、すごく美味しいリンゴなんだって。一口食べたら、ほっぺたが落ちそうな素晴らしい味わいらしいよ。魔物が出る度にみんなで魔物をやっつけようとしていたんだけど、ここ最近はずっと返り討ちにあっちゃって、ごっそりとリンゴを奪われているんだって。妖精女王は役に立たないし」
「……ああ、そうだな」
男好きで、確かに何の役にも立たなさそうな女王だった。
バーナードは妖精女王のことを思い出して、頷いていた。それには隣のフィリップも同じだった。
「それで、バーナードの名前が挙がったんだ。バーナードなら、絶対にやってくれるだろうと」
「……そうか」
そこまで期待されることに悪い気はしなかった。
「ヴァンドライデンを殿下に借りるわけにはいかないしな」
斬れぬものはないと言われる竜剣ヴァンドライデンは、この王国の国宝である。エドワード王太子殿下に言えば、また貸し出してくれるだろう。
もちろん、貸しは積み上げられることになるが。あの魔剣があれば、一刀両断で敵を確実に倒せる。
「……当たり前です。絶対に殿下から借りないで下さい」
フィリップがひどく怖い目でジロリと、バーナード騎士団長を睨みつけた。再び殿下に貸しを作ることを、フィリップは絶対に許すつもりはなかった。
それには、マグルも頷いていた。
「ヴァンドライデンが無くても、お前ならやれると思う。それに、あいつにも声を掛けようと思う」
「あいつ?」
問いかけるバーナードに、マグルは言った。
「ほら、人狼のディーターだよ」
「あいつは番のそばにいることに忙しいだろう」
そう、人狼のディーターは常にべったりと番の近衛騎士の若者のそばにいる。
番のそばにいるために、人狼でいることを捨て、ただの無邪気な黒い仔犬として過ごしている。
リンゴ狩りのために、あの番から離れるとは思えない。
「だから、リンゴを分けてあげると言って、誘うんだよ。魔物を倒す報酬として“黄金のリンゴ”がもらえる。それを渡せば、番が喜ぶと言えば、あいつも絶対に参加すると思う!!」
マグル王宮副魔術師長はそうキッパリと断言していた。
そういうわけで、早速バーナードは、少年バートの姿に変え、王宮の近衛騎士団の建物前にやって来ていた。
口笛を吹く。
すると、近衛騎士団の入口から猛然と黒い仔犬が走り出てきた。
仔犬の呼び出しをすると、仔犬の番である近衛騎士ジェラルドが、バート少年のことを敵愾心のこもった眼差しで睨んでくるので、バートは口笛を建物外から吹いて呼び出すことにしていた。
ディーターは、バートの腕の中に飛びこんでくる。
ハフハフと荒い息をつく黒い仔犬の頭を撫でてやる。
「元気そうだな、ディーター」
それに仔犬は目を輝かせて頷いていた。
そしてふと見ると近衛騎士団の建物の窓の向こうに、番のジェラルドの姿が見える。
こちらをまた睨んでいるようだ。
この二人に関していえば、ディーターよりもジェラルドの方が、ディーターに執着しているように見える。
ディーターは仔犬状態なのに……。バートがそばに寄り、仲良くすることを嫌っているようだ。
ともあれ、早く話を終えた方がいいことは確かだった。
「今度、妖精の国へリンゴ狩りへ行くことになったんだ。“黄金のリンゴ”って知っているか?」
それに、ディーターは頷く。
人狼の耳に届くくらい、有名なものらしい。
「凄く美味しいリンゴらしい。だけど、そのリンゴを奪いに魔物が出るようになって、妖精達が困っている。俺達はその魔物を退治しに行くんだけど、ディーター、お前も一緒に行かないか。報酬は“黄金のリンゴ”がもらえるという話だ。お前の番が、もしリンゴが好きならば喜ぶだろう」
それに、ディーターはぴんと尻尾を立て、それから勢いよく尻尾を振った。
ハフハフ言いながら、何度も激しく頷いている。
その可愛い仕草に、バートは笑い、彼の頭を撫でた。
「泊りで行くことになるが、いいか?」
バートの言葉に、ディーターは少し考え込んだが、報酬の“黄金のリンゴ”のことを考えれば、妥協が必要だとすぐに判断したようで、頷いた。
「よし、決まりだな。詳しい日程はまた知らせに来る」
バートはディータをぎゅっと抱きしめた後、地面に下ろす。
脚が地面に着いた途端に、仔犬はまっしぐらに近衛騎士団の建物の中へと駆けこんで行った。
またジェラルドのそばに行くつもりだろう。
仔犬の可愛さにバートはぽつりと言った。
「フィリップにも時々、仔犬になってもらうか」と。
だが、また仔犬から戻れなくなると困るなと、真剣な表情で腕を組んで考え込むのであった。
バーナードのいる団長室へ、アポ無しでやってくるのはいつものことで、扉をノックもさせずに開けるのも、いつものことだった。
「バーナードいる?」
ひょいと開けた扉から顔を覗かせて、彼はそう尋ねる。
「いるが」
本人は、書類を手に、デスクの椅子から返事をする。
そう言うと、マグルはほっとした顔で、ツカツカと部屋の中に入ると、デスク前の椅子に座って、バーナード騎士団長に少し甘えるように話しかけた。
「バーナード、僕、お願いがあるんだけど。一緒にリンゴ狩りにいってくれないかな?」
「ああ、別にそれくらいいいぞ」
書類をめくりながら答える。
それに、マグルはヤッターと子供のように両手を上げて、早速、バーナード騎士団長の横で、手際よく騎士団長の予定表を取り出したフィリップ副騎士団長に言った。
「ええっと、休日の日がいいんだよね。泊まりかな~」
「ん、王都の果樹園なら日帰りで行けるだろう」
奇異な表情で尋ねるバーナードに、マグルは指を振って言った。
「いやだなぁ、妖精の国の果樹園のリンゴ狩りだよ。そこに魔物が出るんだって。カトリーヌから、妖精の国みんなが困っている話を聞いてさ」
「……………オイ、俺は聞いてないぞ」
「今話したもん」
そう言って、口笛を吹いてとぼけているマグルの様子に、バーナードはため息をついた。
「仕方ない奴だ。フィリップ、休日のスケジュールをマグルに言って、調整しておいてくれ」
「わかりました」
「ありがとう、バーナード」
ニコニコと笑うマグル王宮副魔術師長。調子のいい男であった。
そしてマグルは、妖精の国の果樹園について話を始めた。
「妖精の国には大きな果樹園が幾つかあって、果物好きの妖精達が果実を育てているんだって。果実が実る時期には夜を徹してお祭りが開かれて」
想像できる。
あの小さな妖精達はいかにも祭りなどが好きそうだった。きっと大変な賑わいになるのだろう。
「問題になっているのは、“黄金のリンゴ”が実る古い果樹園で、その“黄金のリンゴ”を狙って、魔物が出没するんだ」
「ふぅん。リンゴなんて食う魔物がいるのか」
「“黄金のリンゴ”はね、もう、すごく美味しいリンゴなんだって。一口食べたら、ほっぺたが落ちそうな素晴らしい味わいらしいよ。魔物が出る度にみんなで魔物をやっつけようとしていたんだけど、ここ最近はずっと返り討ちにあっちゃって、ごっそりとリンゴを奪われているんだって。妖精女王は役に立たないし」
「……ああ、そうだな」
男好きで、確かに何の役にも立たなさそうな女王だった。
バーナードは妖精女王のことを思い出して、頷いていた。それには隣のフィリップも同じだった。
「それで、バーナードの名前が挙がったんだ。バーナードなら、絶対にやってくれるだろうと」
「……そうか」
そこまで期待されることに悪い気はしなかった。
「ヴァンドライデンを殿下に借りるわけにはいかないしな」
斬れぬものはないと言われる竜剣ヴァンドライデンは、この王国の国宝である。エドワード王太子殿下に言えば、また貸し出してくれるだろう。
もちろん、貸しは積み上げられることになるが。あの魔剣があれば、一刀両断で敵を確実に倒せる。
「……当たり前です。絶対に殿下から借りないで下さい」
フィリップがひどく怖い目でジロリと、バーナード騎士団長を睨みつけた。再び殿下に貸しを作ることを、フィリップは絶対に許すつもりはなかった。
それには、マグルも頷いていた。
「ヴァンドライデンが無くても、お前ならやれると思う。それに、あいつにも声を掛けようと思う」
「あいつ?」
問いかけるバーナードに、マグルは言った。
「ほら、人狼のディーターだよ」
「あいつは番のそばにいることに忙しいだろう」
そう、人狼のディーターは常にべったりと番の近衛騎士の若者のそばにいる。
番のそばにいるために、人狼でいることを捨て、ただの無邪気な黒い仔犬として過ごしている。
リンゴ狩りのために、あの番から離れるとは思えない。
「だから、リンゴを分けてあげると言って、誘うんだよ。魔物を倒す報酬として“黄金のリンゴ”がもらえる。それを渡せば、番が喜ぶと言えば、あいつも絶対に参加すると思う!!」
マグル王宮副魔術師長はそうキッパリと断言していた。
そういうわけで、早速バーナードは、少年バートの姿に変え、王宮の近衛騎士団の建物前にやって来ていた。
口笛を吹く。
すると、近衛騎士団の入口から猛然と黒い仔犬が走り出てきた。
仔犬の呼び出しをすると、仔犬の番である近衛騎士ジェラルドが、バート少年のことを敵愾心のこもった眼差しで睨んでくるので、バートは口笛を建物外から吹いて呼び出すことにしていた。
ディーターは、バートの腕の中に飛びこんでくる。
ハフハフと荒い息をつく黒い仔犬の頭を撫でてやる。
「元気そうだな、ディーター」
それに仔犬は目を輝かせて頷いていた。
そしてふと見ると近衛騎士団の建物の窓の向こうに、番のジェラルドの姿が見える。
こちらをまた睨んでいるようだ。
この二人に関していえば、ディーターよりもジェラルドの方が、ディーターに執着しているように見える。
ディーターは仔犬状態なのに……。バートがそばに寄り、仲良くすることを嫌っているようだ。
ともあれ、早く話を終えた方がいいことは確かだった。
「今度、妖精の国へリンゴ狩りへ行くことになったんだ。“黄金のリンゴ”って知っているか?」
それに、ディーターは頷く。
人狼の耳に届くくらい、有名なものらしい。
「凄く美味しいリンゴらしい。だけど、そのリンゴを奪いに魔物が出るようになって、妖精達が困っている。俺達はその魔物を退治しに行くんだけど、ディーター、お前も一緒に行かないか。報酬は“黄金のリンゴ”がもらえるという話だ。お前の番が、もしリンゴが好きならば喜ぶだろう」
それに、ディーターはぴんと尻尾を立て、それから勢いよく尻尾を振った。
ハフハフ言いながら、何度も激しく頷いている。
その可愛い仕草に、バートは笑い、彼の頭を撫でた。
「泊りで行くことになるが、いいか?」
バートの言葉に、ディーターは少し考え込んだが、報酬の“黄金のリンゴ”のことを考えれば、妥協が必要だとすぐに判断したようで、頷いた。
「よし、決まりだな。詳しい日程はまた知らせに来る」
バートはディータをぎゅっと抱きしめた後、地面に下ろす。
脚が地面に着いた途端に、仔犬はまっしぐらに近衛騎士団の建物の中へと駆けこんで行った。
またジェラルドのそばに行くつもりだろう。
仔犬の可愛さにバートはぽつりと言った。
「フィリップにも時々、仔犬になってもらうか」と。
だが、また仔犬から戻れなくなると困るなと、真剣な表情で腕を組んで考え込むのであった。
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