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第十七章 金色の仔犬と最愛の番
第七話 二人の来訪者
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翌朝早く、フィリップは目が覚めた。
傍らで未だ眠っているバーナードの身に、軽く頭を擦り寄せた後、起き上がる。
どうもここ数日間、バーナードの仔犬として生活してきた時の癖が染みついている。
意識していないと、彼の足元にしゃがみこんだり、膝の上に飛びのりそうになる。
拠点でそんなことをしたら大変だ。犬めいた行動をとらぬように気を引き締めなくてはならない。
昨夜はバーナードと、ようやく人の姿に戻ることの出来たフィリップは、そのままの勢いで愛し合った。
エドワード王太子に、彼を渡したくない一念で、フィリップは人間に戻ったといっても良かった。
もしフィリップが人の姿に戻ることができなかったら、きっとバーナードは“飢え”に苦しんで、最終的には王宮のエドワード王太子の許へ渡ってしまったのではないかと思う。
淫魔である彼は、飢えれば苦しい思いをするはずだ。その飢えについて、彼はエドワード王太子と同じ苦しみを持つ者同士であり、時に殿下の気持ちを理解しているようだった。
そのせいで、彼は殿下には少し甘いところがある。
殿下が困ることがあれば、バーナードは彼を助けるだろう。
もちろんそれは、バーナードが殿下に剣の誓いをし、彼の騎士であることも影響している。
その身を拓いてまで仕えたこともあったのだから。
そしてそのことを殿下は分かっている。バーナードの立場と気持ちを理解した上で、殿下はバーナードに手を伸ばすのだ。
フィリップは、知らず知らず、眉間に皺を寄せていた。
この奇妙な三角関係は、一度、殿下がセーラ妃をお迎えになることで、リセットされたと考えていた。
しかし、未だにずるずると続いており、今後も続くような気がしてならなかった。
台所へ行って、フィリップが朝食の支度をしているその時、玄関のドアノッカーが叩かれる音が聞こえた。
こんな朝早くに誰だろうと思いながら、扉を開けると、そこにいたのは二人の見知らぬ男だった。
「……どなたですか」
一人は四十代であろう男で、一人は二十代に見える若者だった。一瞬、二人は親子なのだろうかと思った。
共に黒髪で、肌色もまた浅黒い。年上の男の目は黄色く、そして若い方の男の目は緑色をしていた。二人共にどこか野性味の溢れた鋭い眼付きをしていて、扉から現れたフィリップの姿をマジマジと見つめていた。
「ビヨルン様の遣いでやって来た、ディーターとゼイハだ」
ビヨルンと聞いて、フィリップは一瞬考え込み、そしてその名を思い出した。
そう、その男は、妖精の国で自分を人狼にするため、呪いをかけた男であった。
この二人の男と同様に、黒髪に浅黒い肌、そして逞しい肢体を持つ大柄な男であった。
ビヨルンは人狼族の長だと言っていたから、その長の命を受けて、ディーターとゼイハはやって来たのだろう。
ディーターという若い男は、フィリップの姿を好奇心旺盛に、不躾なほどジロジロと眺め続けていた。
妖精の国へのマグル経由での連絡が、どうやらビヨルンの元まで辿り着き、情報という形ではなく、人狼族自身がやって来ることになったのだろう。
(妖精の国経由でマグルから連絡が入ると聞いていた。なのに、突然、人狼族が直接やって来るなんて聞いていないぞ……)
後でまたマグルに聞かなければと思いながら、二人の男達を屋敷の中へ招き入れたのであった。
居間に案内し、フィリップは二人に椅子を勧めた。
そしてお茶を用意して席に着く。
「わざわざ来ていただき、ありがとうございます。私はフィリップと言います」
「俺はゼイハだ。分からないことがあれば俺に聞いて欲しい。ディーターは、長の息子だ」
若い方の男は、そう言われてみればあのビヨルンという男の面影があった。
席に着いてなお、ディーターはフィリップを眺めている。少しばかり感嘆した口調で言った。
「お前は綺麗な男だな。父上が、お前を仲間に入れてもいいと言ったことがわかるな」
フィリップはその賛辞に軽く頭を下げた。
ゼイハは温かなお茶を口にしながら言った。
「連絡を受けた時、狼から人の姿に戻れなくなったと聞いていたが、今はもう戻れたんだな」
「はい。昨夜ようやく戻れました」
「人狼になりたての者はそうなりやすい。狼になったり、人に戻ったりを繰り返して、自然にそれがコントロールできるようになる。戻りたいという意志が重要だ。戻れた時も、強く望んだんだろう?」
「はい」
そう、あの時、なんとしても絶対に戻らなければならないという強い気持ちがあった。
「狼になる時も、狼になりたいと願う気持ちがあれば、そうできる。だが、慣れていない時は“興奮する”と、狼化しやすい」
その言葉に、フィリップは考え込んだ。
あの時、確かに自分は興奮していたかも知れない。
なにせ、夢ではなく現実のバーナードと会ったのは十日ぶりで、久々のセックスだったからだ。
そんなことで興奮して狼化して、その挙句に人の姿に戻れなくなったとは、フィリップは自分の耳が熱くなるのが分かった。
「お前のように街で暮らしている者は、一族の者と会うことがなかなか出来ない。この機会に聞きたいことがあれば聞くがいい」
そうゼイハに言われて、フィリップは考えつつ、質問をぶつけた。
「私のように途中から人狼になった者は、変身のコントロールが出来るまでどれほど時間が必要ですか?」
「個人差はあるが、二、三年で安定するだろう。最初のうちは、コントロールが効かず、狼化したり、人間になかなか戻れなくなることも多いが、要は慣れだ」
ゼイハが丁寧に答えてくれる。
それでフィリップは質問を続けた。
「人狼族は、人狼同士で結ばれて生まれる子供と、私のように呪いを受けて人狼化する者の二種類いるという理解でいいのですか」
「そうだ。俺とディーターは両親ともに人狼だ。人狼同士で結ばれれば確実に人狼が生まれる」
「その言い方だと、人狼と人間が結ばれると違うんですか」
「人狼か人間か、ハーフになる。一族としては、他種族と結ばれるよりも、人狼同士で結ばれて、一族を増やして欲しいところだが、我々の一族はその点“特殊”で、そう上手いこと運んでいない」
その言葉に、当然のようにフィリップは問いかけた。
「なにが“特殊”なのでしょう」
ゼイハは両手を組み、視線をそこに置きながら淡々と答えていた。
「人狼は、狼だ。狼は、伴侶を生涯一人しか置かない。そしてその者のみを愛し続ける。だから、愛した相手が、必ず同じ種族になるとは限らない。人間のように愛する相手をコロコロと変えたり、時に、利害の為に誰かを愛するということは“出来ない”種族だ。子を増やすために同族の中での婚姻を強いることも出来ない。だから、我々人狼はなかなか増えない」
後半の言葉は自嘲するような響きがあった。
マグルからも聞いていたではないか。人狼は希少種だと。その数が少ないのだ。
「半面、人狼がもし雌と結ばれれば、精力に満ち溢れた人狼は雌に多くの子を産ませようとする“本能”が働く」
本能と言われ、フィリップは考え込んだ。
自分がバーナードとの子を強く望むのは、その本能から来ているのだろうか。
そして今度はゼイハがフィリップに尋ねた。
「フィリップ、お前にはもう愛する番がいるのか?」
その問いかけに、フィリップは即座に答えた。
「はい。います」
「…………そうか」
ゼイハは残念そうな様子だった。先刻の話からすれば、確実に人狼の子を産むことができる人狼族と結ばれて欲しかったのだろう。案の定、確認するように尋ねられる。
「街に住んでいるお前の番は、人狼ではないんだろうな」
「はい」
そしてその答えを聞いたディーターはびっくりしたように目を見開いていた。
「もうお前には自分の番がいるのか!? すごいな」
素直に驚きを見せるディーターのことを、説明するようにゼイハは言った。
「このディーターは、まだ番がいないんだ。自分の愛する番を探している状態だ。それもあって、街に連れてきている。今日からしばらく、俺達はこの人間の街で、ディーターの番がいないか見て回ることにしている」
(なるほど。だから、マグルに口頭で伝えることもせず、わざわざ来訪して教えてくれたわけか。私への回答は、このディーターという若者の番探しのついでということだったんだな)
内心、苦笑しながら、フィリップは頷いた。
傍らで未だ眠っているバーナードの身に、軽く頭を擦り寄せた後、起き上がる。
どうもここ数日間、バーナードの仔犬として生活してきた時の癖が染みついている。
意識していないと、彼の足元にしゃがみこんだり、膝の上に飛びのりそうになる。
拠点でそんなことをしたら大変だ。犬めいた行動をとらぬように気を引き締めなくてはならない。
昨夜はバーナードと、ようやく人の姿に戻ることの出来たフィリップは、そのままの勢いで愛し合った。
エドワード王太子に、彼を渡したくない一念で、フィリップは人間に戻ったといっても良かった。
もしフィリップが人の姿に戻ることができなかったら、きっとバーナードは“飢え”に苦しんで、最終的には王宮のエドワード王太子の許へ渡ってしまったのではないかと思う。
淫魔である彼は、飢えれば苦しい思いをするはずだ。その飢えについて、彼はエドワード王太子と同じ苦しみを持つ者同士であり、時に殿下の気持ちを理解しているようだった。
そのせいで、彼は殿下には少し甘いところがある。
殿下が困ることがあれば、バーナードは彼を助けるだろう。
もちろんそれは、バーナードが殿下に剣の誓いをし、彼の騎士であることも影響している。
その身を拓いてまで仕えたこともあったのだから。
そしてそのことを殿下は分かっている。バーナードの立場と気持ちを理解した上で、殿下はバーナードに手を伸ばすのだ。
フィリップは、知らず知らず、眉間に皺を寄せていた。
この奇妙な三角関係は、一度、殿下がセーラ妃をお迎えになることで、リセットされたと考えていた。
しかし、未だにずるずると続いており、今後も続くような気がしてならなかった。
台所へ行って、フィリップが朝食の支度をしているその時、玄関のドアノッカーが叩かれる音が聞こえた。
こんな朝早くに誰だろうと思いながら、扉を開けると、そこにいたのは二人の見知らぬ男だった。
「……どなたですか」
一人は四十代であろう男で、一人は二十代に見える若者だった。一瞬、二人は親子なのだろうかと思った。
共に黒髪で、肌色もまた浅黒い。年上の男の目は黄色く、そして若い方の男の目は緑色をしていた。二人共にどこか野性味の溢れた鋭い眼付きをしていて、扉から現れたフィリップの姿をマジマジと見つめていた。
「ビヨルン様の遣いでやって来た、ディーターとゼイハだ」
ビヨルンと聞いて、フィリップは一瞬考え込み、そしてその名を思い出した。
そう、その男は、妖精の国で自分を人狼にするため、呪いをかけた男であった。
この二人の男と同様に、黒髪に浅黒い肌、そして逞しい肢体を持つ大柄な男であった。
ビヨルンは人狼族の長だと言っていたから、その長の命を受けて、ディーターとゼイハはやって来たのだろう。
ディーターという若い男は、フィリップの姿を好奇心旺盛に、不躾なほどジロジロと眺め続けていた。
妖精の国へのマグル経由での連絡が、どうやらビヨルンの元まで辿り着き、情報という形ではなく、人狼族自身がやって来ることになったのだろう。
(妖精の国経由でマグルから連絡が入ると聞いていた。なのに、突然、人狼族が直接やって来るなんて聞いていないぞ……)
後でまたマグルに聞かなければと思いながら、二人の男達を屋敷の中へ招き入れたのであった。
居間に案内し、フィリップは二人に椅子を勧めた。
そしてお茶を用意して席に着く。
「わざわざ来ていただき、ありがとうございます。私はフィリップと言います」
「俺はゼイハだ。分からないことがあれば俺に聞いて欲しい。ディーターは、長の息子だ」
若い方の男は、そう言われてみればあのビヨルンという男の面影があった。
席に着いてなお、ディーターはフィリップを眺めている。少しばかり感嘆した口調で言った。
「お前は綺麗な男だな。父上が、お前を仲間に入れてもいいと言ったことがわかるな」
フィリップはその賛辞に軽く頭を下げた。
ゼイハは温かなお茶を口にしながら言った。
「連絡を受けた時、狼から人の姿に戻れなくなったと聞いていたが、今はもう戻れたんだな」
「はい。昨夜ようやく戻れました」
「人狼になりたての者はそうなりやすい。狼になったり、人に戻ったりを繰り返して、自然にそれがコントロールできるようになる。戻りたいという意志が重要だ。戻れた時も、強く望んだんだろう?」
「はい」
そう、あの時、なんとしても絶対に戻らなければならないという強い気持ちがあった。
「狼になる時も、狼になりたいと願う気持ちがあれば、そうできる。だが、慣れていない時は“興奮する”と、狼化しやすい」
その言葉に、フィリップは考え込んだ。
あの時、確かに自分は興奮していたかも知れない。
なにせ、夢ではなく現実のバーナードと会ったのは十日ぶりで、久々のセックスだったからだ。
そんなことで興奮して狼化して、その挙句に人の姿に戻れなくなったとは、フィリップは自分の耳が熱くなるのが分かった。
「お前のように街で暮らしている者は、一族の者と会うことがなかなか出来ない。この機会に聞きたいことがあれば聞くがいい」
そうゼイハに言われて、フィリップは考えつつ、質問をぶつけた。
「私のように途中から人狼になった者は、変身のコントロールが出来るまでどれほど時間が必要ですか?」
「個人差はあるが、二、三年で安定するだろう。最初のうちは、コントロールが効かず、狼化したり、人間になかなか戻れなくなることも多いが、要は慣れだ」
ゼイハが丁寧に答えてくれる。
それでフィリップは質問を続けた。
「人狼族は、人狼同士で結ばれて生まれる子供と、私のように呪いを受けて人狼化する者の二種類いるという理解でいいのですか」
「そうだ。俺とディーターは両親ともに人狼だ。人狼同士で結ばれれば確実に人狼が生まれる」
「その言い方だと、人狼と人間が結ばれると違うんですか」
「人狼か人間か、ハーフになる。一族としては、他種族と結ばれるよりも、人狼同士で結ばれて、一族を増やして欲しいところだが、我々の一族はその点“特殊”で、そう上手いこと運んでいない」
その言葉に、当然のようにフィリップは問いかけた。
「なにが“特殊”なのでしょう」
ゼイハは両手を組み、視線をそこに置きながら淡々と答えていた。
「人狼は、狼だ。狼は、伴侶を生涯一人しか置かない。そしてその者のみを愛し続ける。だから、愛した相手が、必ず同じ種族になるとは限らない。人間のように愛する相手をコロコロと変えたり、時に、利害の為に誰かを愛するということは“出来ない”種族だ。子を増やすために同族の中での婚姻を強いることも出来ない。だから、我々人狼はなかなか増えない」
後半の言葉は自嘲するような響きがあった。
マグルからも聞いていたではないか。人狼は希少種だと。その数が少ないのだ。
「半面、人狼がもし雌と結ばれれば、精力に満ち溢れた人狼は雌に多くの子を産ませようとする“本能”が働く」
本能と言われ、フィリップは考え込んだ。
自分がバーナードとの子を強く望むのは、その本能から来ているのだろうか。
そして今度はゼイハがフィリップに尋ねた。
「フィリップ、お前にはもう愛する番がいるのか?」
その問いかけに、フィリップは即座に答えた。
「はい。います」
「…………そうか」
ゼイハは残念そうな様子だった。先刻の話からすれば、確実に人狼の子を産むことができる人狼族と結ばれて欲しかったのだろう。案の定、確認するように尋ねられる。
「街に住んでいるお前の番は、人狼ではないんだろうな」
「はい」
そしてその答えを聞いたディーターはびっくりしたように目を見開いていた。
「もうお前には自分の番がいるのか!? すごいな」
素直に驚きを見せるディーターのことを、説明するようにゼイハは言った。
「このディーターは、まだ番がいないんだ。自分の愛する番を探している状態だ。それもあって、街に連れてきている。今日からしばらく、俺達はこの人間の街で、ディーターの番がいないか見て回ることにしている」
(なるほど。だから、マグルに口頭で伝えることもせず、わざわざ来訪して教えてくれたわけか。私への回答は、このディーターという若者の番探しのついでということだったんだな)
内心、苦笑しながら、フィリップは頷いた。
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