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第十六章 二人の姫君と黒の指輪
第十七話 帰国
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エドワード王太子がフィリップ副騎士団長を連れて行って以来、フィリップ副騎士団長の姿が全く見えなくなった。
王立騎士団の拠点にもその姿はない。ただ指示はされているようで、騎士団の騎士達は変わらずに任務を果たしていた。
何故だとフィリアーシュ姫は、供の者にその行方と消えた理由を探るように命じた。報告に戻った者達は、ただ、フィリップ副騎士団長は王太子の特別な命を受けて、仕事をしていると知らされ、その件についてこれ以上何も言えなくなった。
王国の王妃に、ナディアージュ姫は泣きついたようだが、王妃もあれ以来、東方の姫達の誘いに一切乗ることがなくなってしまっていた。
(王妃はあの後、結局、エドワード王太子に冷ややかに叱られることになった。バーナード騎士団長がいない間、副騎士団長を連れ回していたことが知られれば、どれほど騎士団長の怒りを買うことになるのか分かりますかと詰め寄るように言われた時には、蒼白となったのだった)
そして、ようやくバーナード騎士団長が王国へ帰国した。
王宮の国王陛下の御前で、王立副魔術師長と共に赴いた騎士達と報告をする騎士団長。
マントを翻したその長身の黒髪の騎士の男を、フィリアーシュは初めて見た。
彼は、フィリアーシュらがやって来た時から、一切その姿を見ることがなかった。それはそうだろう。王妃の手によって早々に隣国へ旅立っていたからだ。
凛々しい男らしい顔立ちのこの騎士が、フィリップ副騎士団長の夫だというのかと、フィリアーシュは不躾なほど彼の姿を見つめていた。
バーナード騎士団長は、警備してきた“黒の指輪”を陛下に引き渡し、そしてその指輪はすぐさまどこかへ運ばれていった。
“黒の指輪”は“すべての魔法を無効化する”力を持つため、それがこの場にあるが故に、陛下をはじめとした王家の尊き身の警護に問題が生じないように配慮したのだ。
バーナード騎士団長が報告を終え、下がろうとしたその時、彼の厳しかったその茶色の眼差しがふいに緩んだ。
その視線の先を見て、フィリアーシュは声を上げそうになった。
あれほど会いたかった、フィリップ副騎士団長がそこにいたのだ。
そしてフィリップ副騎士団長も、どこか幸せそうなほほ笑みを浮かべている。
(…………ああ)
その時、初めて。
そう初めて、フィリアーシュ姫は、自分が決して手が届かなかったモノに手を伸ばそうとしていたことに、気が付いた。
(彼は、わたくしのモノには決してならないのだわ。だってあの瞳を見て)
あの青い目はずっと、彼の姿から離れない。
一時も離れずにあんなに熱心に見つめている。
そしてどこか疲れて、やつれ果てていた面が、今は打って変わり、生気に満ち溢れ、その瞳も輝いていた。
こんな彼の姿を、知らなかった。
フィリアーシュは黙り込み、その面には何の感情も浮かべてはいなかったが、心の奥底で、彼女は蹲り小さくなって泣いていた。
初めての恋は、あっけないほど簡単に破れ、そして、熱情は潮を引くように消えていくのだった。
*
陛下への報告が終わり、謁見の場を後にしたバーナードは、後ろからついてきたフィリップに軽く抱き着いた。
フィリップもまたバーナードの肩を抱きしめ、言う。
「団長、無事の帰国、喜ばしく思います」
「堅苦しいな、フィリップ」
廊下には人気がない。それがわかると、バーナードは親し気にフィリップの額に自分の額を合わせた。吐息が触れるほど、唇が触れそうなほど顔が近い。
「お前がいなくて、本当に寂しかった。フィリップ」
彼のその言葉に、フィリップは一瞬言うべき言葉を失い、それから笑顔で言った。
「私もです、バーナード。お帰りなさい」
そしてぎゅっと愛しい男の体を抱きしめるのだった。
王立騎士団の拠点にもその姿はない。ただ指示はされているようで、騎士団の騎士達は変わらずに任務を果たしていた。
何故だとフィリアーシュ姫は、供の者にその行方と消えた理由を探るように命じた。報告に戻った者達は、ただ、フィリップ副騎士団長は王太子の特別な命を受けて、仕事をしていると知らされ、その件についてこれ以上何も言えなくなった。
王国の王妃に、ナディアージュ姫は泣きついたようだが、王妃もあれ以来、東方の姫達の誘いに一切乗ることがなくなってしまっていた。
(王妃はあの後、結局、エドワード王太子に冷ややかに叱られることになった。バーナード騎士団長がいない間、副騎士団長を連れ回していたことが知られれば、どれほど騎士団長の怒りを買うことになるのか分かりますかと詰め寄るように言われた時には、蒼白となったのだった)
そして、ようやくバーナード騎士団長が王国へ帰国した。
王宮の国王陛下の御前で、王立副魔術師長と共に赴いた騎士達と報告をする騎士団長。
マントを翻したその長身の黒髪の騎士の男を、フィリアーシュは初めて見た。
彼は、フィリアーシュらがやって来た時から、一切その姿を見ることがなかった。それはそうだろう。王妃の手によって早々に隣国へ旅立っていたからだ。
凛々しい男らしい顔立ちのこの騎士が、フィリップ副騎士団長の夫だというのかと、フィリアーシュは不躾なほど彼の姿を見つめていた。
バーナード騎士団長は、警備してきた“黒の指輪”を陛下に引き渡し、そしてその指輪はすぐさまどこかへ運ばれていった。
“黒の指輪”は“すべての魔法を無効化する”力を持つため、それがこの場にあるが故に、陛下をはじめとした王家の尊き身の警護に問題が生じないように配慮したのだ。
バーナード騎士団長が報告を終え、下がろうとしたその時、彼の厳しかったその茶色の眼差しがふいに緩んだ。
その視線の先を見て、フィリアーシュは声を上げそうになった。
あれほど会いたかった、フィリップ副騎士団長がそこにいたのだ。
そしてフィリップ副騎士団長も、どこか幸せそうなほほ笑みを浮かべている。
(…………ああ)
その時、初めて。
そう初めて、フィリアーシュ姫は、自分が決して手が届かなかったモノに手を伸ばそうとしていたことに、気が付いた。
(彼は、わたくしのモノには決してならないのだわ。だってあの瞳を見て)
あの青い目はずっと、彼の姿から離れない。
一時も離れずにあんなに熱心に見つめている。
そしてどこか疲れて、やつれ果てていた面が、今は打って変わり、生気に満ち溢れ、その瞳も輝いていた。
こんな彼の姿を、知らなかった。
フィリアーシュは黙り込み、その面には何の感情も浮かべてはいなかったが、心の奥底で、彼女は蹲り小さくなって泣いていた。
初めての恋は、あっけないほど簡単に破れ、そして、熱情は潮を引くように消えていくのだった。
*
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フィリップもまたバーナードの肩を抱きしめ、言う。
「団長、無事の帰国、喜ばしく思います」
「堅苦しいな、フィリップ」
廊下には人気がない。それがわかると、バーナードは親し気にフィリップの額に自分の額を合わせた。吐息が触れるほど、唇が触れそうなほど顔が近い。
「お前がいなくて、本当に寂しかった。フィリップ」
彼のその言葉に、フィリップは一瞬言うべき言葉を失い、それから笑顔で言った。
「私もです、バーナード。お帰りなさい」
そしてぎゅっと愛しい男の体を抱きしめるのだった。
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