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第十六章 二人の姫君と黒の指輪
第十五話 修理の完了と送別会
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翌日、予定通り“黒の指輪”の修理は完了した。
王国の国宝“黒の指輪”は三百年ぶりに細かな修理を終え、再び王家の宝物庫に仕舞われることになる。
バーナード騎士団長は、修理を行ったシュルフス魔術師長に感謝の言葉を述べ、用意していた謝礼金も即座に支払った。
これで仕事が半分以上終わったことになる。
あとは明日、この“黒の指輪”を警備しながら帰国の途につくのである。
昨夜、夢の中でフィリップ副騎士団長とアレコレ致した騎士団長は、たっぷりと淫魔の主食である男の精力を貪ったおかげで、目は炯々と輝き、髪は艶やかで、グッと男ぶりが上がっていた。
椅子に座りつつ、隣国の騎士団長らと話し合う姿も絵になるものであり、この王宮に仕える女官や侍従らもどこかウットリと騎士団長を見つめている。
普通の淫魔なら、“飢え”を感じたところで、そのあたりにいる適当な男の精力を、適当に漁って口にすればいい。
だが、彼は人間のふりをした淫魔で、王国の騎士団長の要職につく騎士の男だった。そう簡単に事は運ばない。
正体がバレないようにするためには、やはり精力を貪る男は限られた者にするしかなかった。ましてや、バーナードは見知らぬ男などにやすやすとその体を拓くつもりもなかった。
シュルフス魔術師長を交え、和やかに歓談するバーナード騎士団長とハデス騎士団長。その姿をマグルは見ながら思っていた。
(“淫魔の王女”がバーナードじゃなければ、本当に良かったんだろうな。聖王国で“淫魔の王女”が殺されて、その位がバーナードに降りた。だからあいつは淫魔になったという話だけど)
元から人間だからこそ、バーナードには守らなければならない立場がある。
本来、淫蕩な淫魔は、性交する相手をとっかえひっかえして過ごしているはずだ。そうすることで“器”も満たされて、子も実らせやすかったはず。
フィリップの話だと、バーナードとせっせとヤルことはやっているらしいが、器にはまだなみなみと満ちる様子はないらしい。
毎夜、“最強王”の称号を持つエドワード王太子殿下に淫夢を見せ、そこからも精力を絞り取っているはずなのに。男二人がかりでやっても満ちないとなると、非常に器が大きいのが分かる。
(こりゃ、子が実るなんて話は、相当先の話で、難しいんだろうな)
フィリップはそれを強く望んでいたが、バーナードはまったく乗り気ではない。
受け手のバーナードがそうであるのだから、困難だと見るべきだろう。
(個人的には、魔術師として、純粋にバーナードが実らせる子に興味がある)
高位魔族の“淫魔の王女”の器
“最強王”の呪いを受けた王国の王子
そして“人狼”の副騎士団長
この三人の組み合わせから生まれるバーナード騎士団長の子。霊樹に実る子は、両親の属性から見ても相当に素晴らしい子になるだろう。
美しさと強さを兼ね備える。……ただ、人間になるのか、淫魔になるのか人狼になるのか、三択ルーレットである。
(それを考えると、バーナードが、子を実らせたくない気持ちもわかるんだよなぁ……)
フィリップは、バーナードの子供みたさに、望んでいる様子もある。
あいつは本当にバーナードが好きでたまらないから、二人の“愛”の結晶という、形あるものが欲しいのだろう。
マグルの妻も妊娠中であり、子ができる喜びはもちろんマグルの中にあった。
そして子が生まれたら、多くの人々に祝福されるであろうことは、今からもうわかっている。
義父をはじめとした家族、屋敷の人々、仕事の同僚、上司、友人、そうしいった多くの者達から祝われる。
だが、バーナードが樹に実らせる子はどうだろう。
人間であったのならまだしも、そうでない場合は、きっと生涯そのことを隠さなければならない。
隠し続けて、その子は生きていかないとならない。
その子のその後の苦労を考えると、簡単にはいかないのだ。
(殿下は……バーナードが子を実らせるかも知れないことを知っているのだろうか)
ふと、マグルは思った。
何度もバーナードに伽をさせ、今でも淫夢を見させているエドワード王太子殿下。
バーナードが淫魔であることを知っているらしい王太子。
だが、バーナードが高位魔族の“淫魔の王女”であることを知っているのだろうか。ゆくゆくは樹に子を実らせることができるであろうことを知っているのだろうか。
なんとなく、マグルは、殿下が知っている気がした。
そして、なんとなく、そのことに……胸の奥がざわついていた。
そしてもし、殿下がバーナードが子を実らせられることを知っていたなら、彼もまたバーナードとの子を望むだろう。
殿下もおそらく、フィリップと同様、バーナードを愛しているから。
(セーラ妃殿下という御方がいてもなお)
先日の伽のことを思い出す。
妃が健在な中でも、バーナードを王宮に呼びだしたのだ。そして短い間だが、睦み合ったという。
(それでも、バーナードに執着していた)
マグルは歓談を続けるバーナード騎士団長の姿を見つめながらも呟く。
(だけど、こいつは相変わらず、そのことには目を背けている。)
その身一つで、竜剣を借りられるならば安いものだと言っている。
(そういうところがバーナードは……ダメなんだよな)
マグルは内心、ため息をつき、とりとめもなく思っていた考え事から意識を引き離した。
結局それらも、形になるかどうかは曖昧なことだった。今考えても仕方のないことだった。
*
“黒の指輪”の修理が無事に終わったことから、王国の騎士達は翌日帰国の途に就く。
その前日の夜、王宮の大広間にて、主だった貴族達を招いての“送別会”が開かれた。
王国の騎士達やその随伴者達はいずれも持参した礼装を身に付け、その別れの会に出席する。
バーナード騎士団長、マグル副魔術師長、そして大隊長フレデリックもまた、黒の軍衣をまとって参加していた。
何人もの令嬢の手を取り踊り、楽しく歓談をする。
これもまた、外交の一環であり、騎士達も慣れたものであった。
バーナード騎士団長は貴族達と挨拶を交わしていた。
そして名だたる貴族達の間に、彼がいることを認めた。
撫でつけた銀の髪の長身の男。彼自身も非常に美しい男であったが、その周囲をまた華やかな美貌の男女を引き連れているため、目立つ一群だった。
マグルの視線と交差し、マグルの瞳がこう言葉を告げる。
(レブラン教授のお出ましだ)
出会った時と同じように、人目を引く男だと思う。秀麗な顔立ちに巧みな会話、優秀な頭脳と高い身分。まるで蜜に集まる虫の如く、人々が彼の周りに集っていた。
そしてあの時と同じように、彼の声には力があった。人を従わせるのに慣れた、それを当然のように思っている声。
バーナードはその声が嫌いだった。
そして、この男は“吸血鬼”だという。
“淫魔の王”はそう語った。
そしてその言葉をマグルは信用していた。
「僕は、“淫魔の王”に隷紋を刻んでいるから、彼が言葉を違えることはないよ。主人に対して嘘は言えない仕組みなんだ。だから、“淫魔の王”は真実を言っている」
つまりは、隣国の貴族社会に“吸血鬼”が食い込んでいる。
人の世で何を画策しているのかわからないが、ろくでもないことであるのは確かだろう。
(いつか、この男の尻尾を捕まえてやる)
それは残念なことに、今ではない。
(ハデス騎士団長に、レブラン教授が“吸血鬼族”である可能性について話したが、彼は信じられないような様子を見せていた)
王宮に勤める人々からそれだけ、すでに信頼を得ているということに外ならない。
そして、彼が“吸血鬼族”であることの証拠を出すことはできない。
だから、あくまで可能性を告げて、用心を促すしかない。
それが歯痒い。
無意識に、教授の方へ視線をやっていたのだろう。
レブランの視線と、バーナードの視線がぶつかる。
グラスを手に歓談をしていたその銀髪の男の目が、少し揺れたが、それは一瞬のことだった。
二人の視線はそれで外れ、そしてその送別会で再び視線が交わされることはなかった。
王国の国宝“黒の指輪”は三百年ぶりに細かな修理を終え、再び王家の宝物庫に仕舞われることになる。
バーナード騎士団長は、修理を行ったシュルフス魔術師長に感謝の言葉を述べ、用意していた謝礼金も即座に支払った。
これで仕事が半分以上終わったことになる。
あとは明日、この“黒の指輪”を警備しながら帰国の途につくのである。
昨夜、夢の中でフィリップ副騎士団長とアレコレ致した騎士団長は、たっぷりと淫魔の主食である男の精力を貪ったおかげで、目は炯々と輝き、髪は艶やかで、グッと男ぶりが上がっていた。
椅子に座りつつ、隣国の騎士団長らと話し合う姿も絵になるものであり、この王宮に仕える女官や侍従らもどこかウットリと騎士団長を見つめている。
普通の淫魔なら、“飢え”を感じたところで、そのあたりにいる適当な男の精力を、適当に漁って口にすればいい。
だが、彼は人間のふりをした淫魔で、王国の騎士団長の要職につく騎士の男だった。そう簡単に事は運ばない。
正体がバレないようにするためには、やはり精力を貪る男は限られた者にするしかなかった。ましてや、バーナードは見知らぬ男などにやすやすとその体を拓くつもりもなかった。
シュルフス魔術師長を交え、和やかに歓談するバーナード騎士団長とハデス騎士団長。その姿をマグルは見ながら思っていた。
(“淫魔の王女”がバーナードじゃなければ、本当に良かったんだろうな。聖王国で“淫魔の王女”が殺されて、その位がバーナードに降りた。だからあいつは淫魔になったという話だけど)
元から人間だからこそ、バーナードには守らなければならない立場がある。
本来、淫蕩な淫魔は、性交する相手をとっかえひっかえして過ごしているはずだ。そうすることで“器”も満たされて、子も実らせやすかったはず。
フィリップの話だと、バーナードとせっせとヤルことはやっているらしいが、器にはまだなみなみと満ちる様子はないらしい。
毎夜、“最強王”の称号を持つエドワード王太子殿下に淫夢を見せ、そこからも精力を絞り取っているはずなのに。男二人がかりでやっても満ちないとなると、非常に器が大きいのが分かる。
(こりゃ、子が実るなんて話は、相当先の話で、難しいんだろうな)
フィリップはそれを強く望んでいたが、バーナードはまったく乗り気ではない。
受け手のバーナードがそうであるのだから、困難だと見るべきだろう。
(個人的には、魔術師として、純粋にバーナードが実らせる子に興味がある)
高位魔族の“淫魔の王女”の器
“最強王”の呪いを受けた王国の王子
そして“人狼”の副騎士団長
この三人の組み合わせから生まれるバーナード騎士団長の子。霊樹に実る子は、両親の属性から見ても相当に素晴らしい子になるだろう。
美しさと強さを兼ね備える。……ただ、人間になるのか、淫魔になるのか人狼になるのか、三択ルーレットである。
(それを考えると、バーナードが、子を実らせたくない気持ちもわかるんだよなぁ……)
フィリップは、バーナードの子供みたさに、望んでいる様子もある。
あいつは本当にバーナードが好きでたまらないから、二人の“愛”の結晶という、形あるものが欲しいのだろう。
マグルの妻も妊娠中であり、子ができる喜びはもちろんマグルの中にあった。
そして子が生まれたら、多くの人々に祝福されるであろうことは、今からもうわかっている。
義父をはじめとした家族、屋敷の人々、仕事の同僚、上司、友人、そうしいった多くの者達から祝われる。
だが、バーナードが樹に実らせる子はどうだろう。
人間であったのならまだしも、そうでない場合は、きっと生涯そのことを隠さなければならない。
隠し続けて、その子は生きていかないとならない。
その子のその後の苦労を考えると、簡単にはいかないのだ。
(殿下は……バーナードが子を実らせるかも知れないことを知っているのだろうか)
ふと、マグルは思った。
何度もバーナードに伽をさせ、今でも淫夢を見させているエドワード王太子殿下。
バーナードが淫魔であることを知っているらしい王太子。
だが、バーナードが高位魔族の“淫魔の王女”であることを知っているのだろうか。ゆくゆくは樹に子を実らせることができるであろうことを知っているのだろうか。
なんとなく、マグルは、殿下が知っている気がした。
そして、なんとなく、そのことに……胸の奥がざわついていた。
そしてもし、殿下がバーナードが子を実らせられることを知っていたなら、彼もまたバーナードとの子を望むだろう。
殿下もおそらく、フィリップと同様、バーナードを愛しているから。
(セーラ妃殿下という御方がいてもなお)
先日の伽のことを思い出す。
妃が健在な中でも、バーナードを王宮に呼びだしたのだ。そして短い間だが、睦み合ったという。
(それでも、バーナードに執着していた)
マグルは歓談を続けるバーナード騎士団長の姿を見つめながらも呟く。
(だけど、こいつは相変わらず、そのことには目を背けている。)
その身一つで、竜剣を借りられるならば安いものだと言っている。
(そういうところがバーナードは……ダメなんだよな)
マグルは内心、ため息をつき、とりとめもなく思っていた考え事から意識を引き離した。
結局それらも、形になるかどうかは曖昧なことだった。今考えても仕方のないことだった。
*
“黒の指輪”の修理が無事に終わったことから、王国の騎士達は翌日帰国の途に就く。
その前日の夜、王宮の大広間にて、主だった貴族達を招いての“送別会”が開かれた。
王国の騎士達やその随伴者達はいずれも持参した礼装を身に付け、その別れの会に出席する。
バーナード騎士団長、マグル副魔術師長、そして大隊長フレデリックもまた、黒の軍衣をまとって参加していた。
何人もの令嬢の手を取り踊り、楽しく歓談をする。
これもまた、外交の一環であり、騎士達も慣れたものであった。
バーナード騎士団長は貴族達と挨拶を交わしていた。
そして名だたる貴族達の間に、彼がいることを認めた。
撫でつけた銀の髪の長身の男。彼自身も非常に美しい男であったが、その周囲をまた華やかな美貌の男女を引き連れているため、目立つ一群だった。
マグルの視線と交差し、マグルの瞳がこう言葉を告げる。
(レブラン教授のお出ましだ)
出会った時と同じように、人目を引く男だと思う。秀麗な顔立ちに巧みな会話、優秀な頭脳と高い身分。まるで蜜に集まる虫の如く、人々が彼の周りに集っていた。
そしてあの時と同じように、彼の声には力があった。人を従わせるのに慣れた、それを当然のように思っている声。
バーナードはその声が嫌いだった。
そして、この男は“吸血鬼”だという。
“淫魔の王”はそう語った。
そしてその言葉をマグルは信用していた。
「僕は、“淫魔の王”に隷紋を刻んでいるから、彼が言葉を違えることはないよ。主人に対して嘘は言えない仕組みなんだ。だから、“淫魔の王”は真実を言っている」
つまりは、隣国の貴族社会に“吸血鬼”が食い込んでいる。
人の世で何を画策しているのかわからないが、ろくでもないことであるのは確かだろう。
(いつか、この男の尻尾を捕まえてやる)
それは残念なことに、今ではない。
(ハデス騎士団長に、レブラン教授が“吸血鬼族”である可能性について話したが、彼は信じられないような様子を見せていた)
王宮に勤める人々からそれだけ、すでに信頼を得ているということに外ならない。
そして、彼が“吸血鬼族”であることの証拠を出すことはできない。
だから、あくまで可能性を告げて、用心を促すしかない。
それが歯痒い。
無意識に、教授の方へ視線をやっていたのだろう。
レブランの視線と、バーナードの視線がぶつかる。
グラスを手に歓談をしていたその銀髪の男の目が、少し揺れたが、それは一瞬のことだった。
二人の視線はそれで外れ、そしてその送別会で再び視線が交わされることはなかった。
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