騎士団長が大変です

曙なつき

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第十五章 王立魔術学園の特別講師

第九話 どこか軽い“淫魔の王”

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 友人の吸血鬼族レブランが、“淫魔の王”ウルディヌスに「面白い人間がいる」と話をした時、ウルディヌスはすぐさま興味を持ち、王国の王立魔術学園に「早速行ってくる」と声を弾ませて言っていた。
 彼のあまりの軽さに、ウルディヌスに付き従う淫魔のパラフィンヌは頭を押さえていた。

 彼は、三歩歩けば全てのことを忘れるという鶏のように、先日あったあの惨事を忘れているのか。
 つい先日、彼は聖王国の聖騎士達に殺されかけて、散々な目に遭ったではないか。
 あの時も、レブランの持ちかけた話がきっかけだった。

 だから、レブランの持ち込む話にパラフィンヌは外面は美しく微笑みを浮かべ友好的にしながらも、内心ハラハラとし、常に結果的に騒動に巻き込むレブランのことを恨んでもいた。
 またウルディヌスに危険な橋を渡らせるのではないかと。

 ウルディヌスは、水も滴るような色気のある美しい男であった。
 女も男も彼の容姿とその性の手練手管に夢中になる。
 だが、おつむは軽い。

 考えてみれば、“淫魔の王”であるウルディヌスだけではなく、今はもう亡くなってしまった“淫魔の王女”もどこか軽く適当な女だった。
 ふるいつきたくなるような見事な肢体の持ち主でありながらも、「面白ければ何でもあり」なところは淫魔の特徴なのかも知れない。
 その適当さゆえに、“淫魔の王女”は命を落とし、またウルディヌスは火中の栗を拾おうとしている。
 頭の痛いことだった。

 早速王国に入国すると、人間の身に化けたウルディヌスは王立魔術学園の外から、学園の様子を眺めていた。
 
「ほう、魔法を学ぶための学校とは。人間も暇人だな」

 魔力もそれ相応にあるウルディヌスであったが、それを使うことにはてんで興味がなく、ウルディヌスはあまり魔法を使うことができない。
 そのことをパラフィンヌは「宝の持ち腐れ」だと思っていた。
 勤勉に働くことや、自分を磨くため勉強することがウルディヌスは大嫌いであった。
 好きなことは快楽の追求だけである。まさに淫魔らしい男であった。

「だが、かわいらしい女や男がたくさんいるな。魔力持ちゆえに精力も豊富だろう」

 魔力がある強い人間は、精力も強いのが通説だった。
 ウルディヌスはぺろりと舌で唇を舐めた。

 「好みの子はあれかな~」とたくさんの生徒達の中から、自分の好みの子を探し出しているのを見て、パラフィンヌと同じく彼に付き従っている淫魔のルルは「私はあの子がいいです」と言い出していた。そしてルルの隣の男淫魔のベイグラムも「あの子かな」と言っている。三人の淫魔達が好き勝手に好みの子を言っているのを、パラフィンヌは(目的を忘れそうですね)と内心思っていた。
 そう、目的は吸血鬼レブランから「面白い人間がいる」という話を聞いて、それを見に来たことから始まる。

 このままその目的を忘れて、適当に人間を引っかけて帰るのもいいかも知れない。
 そうした思いを抱き始めた頃、レブランが話していた「面白い人間」が現れたのだ。
 その異質さは一目でわかった。

 パラフィンヌ、ルル、ベイグラムはその人間を見た瞬間、震えが止まらなくなった。
 「ひっ」と声を上げて立ち尽くす。

 それは恐ろしい力を持っていた。

 少年の姿を持ちながら、“魔”の強い力を持つそれ。
 “淫魔の王”ウルディヌスも、目を見開いて彼の姿を凝視していた。

 高位淫魔である彼もまた、一目で彼のことを魔族であろうと理解した。
 あまりにも力の強い魔ゆえに、下級淫魔達は少年の存在に畏怖し、震えながらもこうべを垂れてしまうのだ。

 王と名乗るのは、本来彼の方がふさわしいのではないかと思うような力を持っていた。

 短い黒髪に、炯々とした茶色の瞳を持つ少年は、人間の生徒達の間に溶け込むようにしていたが、その力の強さを感じることができる。
 よくも今まで、誰にも知られずにいることができただろう。

 淫魔は他の魔族の精力も吸い取ることができる。
 当然のように、“淫魔の王”であるウルディヌスは強い力を持つ彼の精力を味わってみたいと考えた。
 溢れるほどの強い力を秘めている少年である。それはどれほど素晴らしい精力だろうか。その味わいを思うだけでもウットリとしてしまう。
 そう思うのは、淫魔ゆえの本能であった。



 
 
 学園の黒塗りの鉄門の前で、バートの登場を待ち構えていたフィリップは、バートに会うなり声を潜めて言った。

「見られていますね」

「ああ。今回は隠す気もないようだ」

 先日、学園の帰り道、馬車の後を付けられた。自宅を突き止められることを嫌い、その時は屋敷に辿り着く前に下車して彼らを撒いた。何度かそうしたことが続いたせいで、バートもフィリップも学園の帰り道には神経を尖らせるようになっていた。
 そして今回、見知らぬ男女にジロジロと見られている。

 四人の男女だった。
 いずれも姿の整った女や男達であったが、中でも黒い髪の細身の男が美しい。口元にある黒子がどこか色っぽかった。

「……最近やたらと美形を見るな」

「貴方のことをジロジロと見ているようです」

 フィリップはその男をキツク睨みつけるように見つめた。
 それに気が付いた黒子の男は、慌てて視線を逸らしている。
 バートとフィリップは連れ立って馬車に乗りこむ。しばらく注意を払ったが、後は付けられていないようだった。

「いったい何者だ」

「見たことのない者達でしたね」

 バートの問いかけにフィリップがそう答えると、バートはため息をついた。

「……先日といい、今日といい、何が目的で彼らが俺を見ているのかわからん」

「今度彼らを見かけたら、捕えて詰め所に連れていってみましょうか」

 そしてそこで吐かせれば良いというフィリップ。

「とぼけられたらおしまいだ。何かしたわけではないからな。しばらく学園を休んで様子を見るか」

 それが一番手っ取り早い気がした。
 何週間か学園を休めば、彼らも諦めるかも知れない。

「授業が面白いと言っていたのに、よろしいんでしょうか?」

「ほとぼりが冷めたら、また通えばいいだけのことだ」

 もうバートは来週からの講義は休むつもりでいるようだった。
 確かにそうしてもらえれば、フィリップとしても心配の種が無くなる。

 だが、それで相手は諦めてくれるだろうか。
 なんとなしに嫌な予感がしていた。
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