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【短編】
騎士団の夏の野外訓練 (2)
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フィリップ副騎士団長が野外訓練に参加しないという話を聞いた、騎士団の騎士達はその不参加を「ライバルが減った」と喜ぶ者もいれば「騎士団長のそばでサボるなんてズルい」と怒る者もいた。
前者の方が圧倒的に多かったのは、この野外訓練では最も魔獣の討伐点数が多かった者に対して報奨金が出されるからであった。ちなみにその報奨金は、大変気前の良いバーナード騎士団長のポケットマネーから出される。額もそれなりのものである。
討伐した魔獣の種類と匹数によって討伐点数が加算されていく。三日間、この王都の森すべての魔獣を駆逐する勢いで、王立騎士団の騎士達は討伐を進めることになっている。
ここ数年の間、王立騎士団は大型魔獣を積極的に駆逐していたため、名の付けられるような凶悪な魔獣も出現することもなくなっている。王国内は平和なものだった。
だが、この王国に出現しないようになったために、近隣諸国に魔獣が流れているという頭の痛い話もあるようだ。国際会議などで他国の騎士団の者達と話をすると、彼らはため息混じり「魔獣討伐で名の知れた騎士団長がおられる貴国が羨ましい」とやっかむような言葉をぶつけられる。
そうした話を耳にすると、バーナード騎士団長は肩をすくめ「我が国に負けないくらい討伐すればいいだけのことだ」と放っている様子だった。
(団長は人間であった時も、桁外れに強い人だったけど、淫魔の力を得てからはまた底上げされているからな)
普通の人間ではもはや敵わない。
それがわかっているから、今や彼はこうした野外訓練に直接参加することはない。大型の魔獣が出て、騎士団内に怪我人が出そうな様子があれば、参加するようになっている。そうでないとサッサと騎士団長が魔獣を倒してしまうからだ。
そしてフィリップも、バーナードと同様の配慮が必要な者になってしまった。
(団長がああして私の参加を止めたのは、私が以前よりも強くなっていることを認めてくれているのだな)
それを嬉しくもあった。
そしてふと、思ったのだ。
(もし団長と私が、この野外訓練で討伐数を競い合った時、勝つのはどちらだろう)
(団長は無敵に近い力を持っているけれど、魔獣を感知する能力については私の方が上だ。だからきっと、討伐数だけ争うとなれば)
(おそらく……私の勝ちだ)
もちろん、それは机上の計算に過ぎない。
けれど今まで一度として騎士団長に勝ったことのないフィリップにとって、その想像は彼にジワリとした喜びを与えていた。
だから、思わずバーナードに向かってこう言っていたのだ。
「団長、夏の旅行は王国の北方地方に行って、魔獣狩りをしませんか?」
聖王国への夏の旅行を断ってから、まだ夏季休暇を取っていないのだ。
二人で一緒にゆっくりと過ごそうという話だったが、二人で魔獣狩りをするのもいい。
北方地方には広大な森林が広がり、魔獣もよく出没する。討伐数を競うにも調度良いのではないか。
そして実際、バーナード騎士団長に勝ちたいのだ。
この一度として勝ったためしのない男に、勝たねばなるまい。
(フィリップは、ここ最近寝台では常に圧勝であったが、それはカウントしていない)
その誘いに、バーナード騎士団長は一瞬驚いた顔をしたが、ニヤリと笑って言った。
すぐにフィリップの意図を察したようだ。
「俺に魔獣狩りで勝負というのか? 面白い。そんな簡単に騎士団一の地位は与えぬぞ」
そうした勝負事の好きな騎士団長である。彼はとても乗り気になっていた。
騎士団の、王都の森での野外訓練は問題なく順調に終わった。
そしてバーナード騎士団長は山のような書類に目を通し、サインをし、訓練期間が終わった頃には騎士達とは違う疲れを覚えている様子だった。
「副都などの件で仕事が溜まっていたからな……。この機会に全て処理できたのはよかった」
副都の任務だけではない。
殿下の許へ伽に行った期間の仕事も溜まっていましたからね。
そう口にすると、それが嫌味になることがわかっているフィリップは大人しく口を噤んでいた。
(もう、彼は全ての借りを返したと言っていた)
それでフィリップの許へ帰って来たのだ。
でも彼は、「殿下の許には行かないで下さい」と願ったフィリップの言葉に頷くことはなかった。「約束なんて出来ない」と告げて、それからまだ一か月も経っていないのだ。
彼を愛しているし、彼も自分のことを愛してくれている。
それはわかっている。
だけど、こうも不安と歯痒い思いが付きまとうのはどうしようもなかった。
「夏の旅行、私が計画します」
フィリップがそう言うと、バーナードはうなずいた。
「わかった。だが、四日間が限度だぞ、フィリップ」
相変わらず、騎士団長と副騎士団長の二人同時の不在は四日が限度だと言うバーナード。
フィリップは仕方なしにうなずいていた。
「了解しました」
前者の方が圧倒的に多かったのは、この野外訓練では最も魔獣の討伐点数が多かった者に対して報奨金が出されるからであった。ちなみにその報奨金は、大変気前の良いバーナード騎士団長のポケットマネーから出される。額もそれなりのものである。
討伐した魔獣の種類と匹数によって討伐点数が加算されていく。三日間、この王都の森すべての魔獣を駆逐する勢いで、王立騎士団の騎士達は討伐を進めることになっている。
ここ数年の間、王立騎士団は大型魔獣を積極的に駆逐していたため、名の付けられるような凶悪な魔獣も出現することもなくなっている。王国内は平和なものだった。
だが、この王国に出現しないようになったために、近隣諸国に魔獣が流れているという頭の痛い話もあるようだ。国際会議などで他国の騎士団の者達と話をすると、彼らはため息混じり「魔獣討伐で名の知れた騎士団長がおられる貴国が羨ましい」とやっかむような言葉をぶつけられる。
そうした話を耳にすると、バーナード騎士団長は肩をすくめ「我が国に負けないくらい討伐すればいいだけのことだ」と放っている様子だった。
(団長は人間であった時も、桁外れに強い人だったけど、淫魔の力を得てからはまた底上げされているからな)
普通の人間ではもはや敵わない。
それがわかっているから、今や彼はこうした野外訓練に直接参加することはない。大型の魔獣が出て、騎士団内に怪我人が出そうな様子があれば、参加するようになっている。そうでないとサッサと騎士団長が魔獣を倒してしまうからだ。
そしてフィリップも、バーナードと同様の配慮が必要な者になってしまった。
(団長がああして私の参加を止めたのは、私が以前よりも強くなっていることを認めてくれているのだな)
それを嬉しくもあった。
そしてふと、思ったのだ。
(もし団長と私が、この野外訓練で討伐数を競い合った時、勝つのはどちらだろう)
(団長は無敵に近い力を持っているけれど、魔獣を感知する能力については私の方が上だ。だからきっと、討伐数だけ争うとなれば)
(おそらく……私の勝ちだ)
もちろん、それは机上の計算に過ぎない。
けれど今まで一度として騎士団長に勝ったことのないフィリップにとって、その想像は彼にジワリとした喜びを与えていた。
だから、思わずバーナードに向かってこう言っていたのだ。
「団長、夏の旅行は王国の北方地方に行って、魔獣狩りをしませんか?」
聖王国への夏の旅行を断ってから、まだ夏季休暇を取っていないのだ。
二人で一緒にゆっくりと過ごそうという話だったが、二人で魔獣狩りをするのもいい。
北方地方には広大な森林が広がり、魔獣もよく出没する。討伐数を競うにも調度良いのではないか。
そして実際、バーナード騎士団長に勝ちたいのだ。
この一度として勝ったためしのない男に、勝たねばなるまい。
(フィリップは、ここ最近寝台では常に圧勝であったが、それはカウントしていない)
その誘いに、バーナード騎士団長は一瞬驚いた顔をしたが、ニヤリと笑って言った。
すぐにフィリップの意図を察したようだ。
「俺に魔獣狩りで勝負というのか? 面白い。そんな簡単に騎士団一の地位は与えぬぞ」
そうした勝負事の好きな騎士団長である。彼はとても乗り気になっていた。
騎士団の、王都の森での野外訓練は問題なく順調に終わった。
そしてバーナード騎士団長は山のような書類に目を通し、サインをし、訓練期間が終わった頃には騎士達とは違う疲れを覚えている様子だった。
「副都などの件で仕事が溜まっていたからな……。この機会に全て処理できたのはよかった」
副都の任務だけではない。
殿下の許へ伽に行った期間の仕事も溜まっていましたからね。
そう口にすると、それが嫌味になることがわかっているフィリップは大人しく口を噤んでいた。
(もう、彼は全ての借りを返したと言っていた)
それでフィリップの許へ帰って来たのだ。
でも彼は、「殿下の許には行かないで下さい」と願ったフィリップの言葉に頷くことはなかった。「約束なんて出来ない」と告げて、それからまだ一か月も経っていないのだ。
彼を愛しているし、彼も自分のことを愛してくれている。
それはわかっている。
だけど、こうも不安と歯痒い思いが付きまとうのはどうしようもなかった。
「夏の旅行、私が計画します」
フィリップがそう言うと、バーナードはうなずいた。
「わかった。だが、四日間が限度だぞ、フィリップ」
相変わらず、騎士団長と副騎士団長の二人同時の不在は四日が限度だと言うバーナード。
フィリップは仕方なしにうなずいていた。
「了解しました」
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