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第十三章 満月
第一話 最初が肝心
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その日、バーナード騎士団長が、単身、王宮のマグル副魔術師長の部屋へやって来た。
やって来るなりテーブルの上で“静寂の魔道具”を起動させ、椅子にどっかりと座り、不機嫌そうにため息をついていた。
その様子を見て、マグルが尋ねる。
「どうした、バーナード」
「……………」
彼は長い足を組んで、額に手を当て、考え込んでいる。
深刻そうな表情だ。
「マグル、噛み癖についてどう思うか」
「そりゃマズイだろ。早く矯正しないといけない。最初が肝心だぞ」
マグルは腕を組み、うんうんと頷きながらそう言った。
「しつけは最初が肝心だ。バシッと教えないといけない」
「舐めたり、噛んだり……正直、しんどい」
「舐めるのはいいと思うが」
「舐めるのはいいのか!!」
驚いたように、茶色の目を見開くバーナードに、マグルは言った。
「それくらい、しようがないだろう。舐めるのは愛情表現の一種だ。受け止めてあげないといけない。僕もよく舐められていたよ。かわいい奴だよな」
「……………………………………」
なんとも言えない表情でマグルを見遣るバーナード。
「舐めるのは大好きという愛情表現だぞ。それくらい許してやれ。だけど、噛むのはダメだな。癖になる」
「もう癖になっている。毎回、噛まれるんだ」
「…………そこは厳しくしつけないとダメだぞ、バーナード」
マグルがそう言うと、バーナードはため息混じりだった。
「しつけると言っても、どうしたものだか」
「ダメだと言い聞かせるしかないだろう。そうしないと、他人も噛み始めるぞ」
「……………さすがに他人は噛まないだろう」
「そんな甘い物じゃない。犬のしつけは最初が肝心なんだ!!!!」
キッパリと言ったマグルの言葉に、バーナードはしばらく動きを止めていた。
それから、口元を押さえて「……ああ、犬のしつけの話か」と呟く。
その言葉に、マグルは首を傾げた。
「犬以外に何があるんだ、バーナード」
その問いかけに、バーナードは頬を赤らめ、口を押さえたまましばらく何も言わなかった。
ただ、乾いたような笑いを零し、「犬か……犬……」と呟いていた。
「変な奴だな。疲れているのか」
と言ったマグルは、疲れている騎士団長にとっておきの甘いお菓子を振舞ったのだった。
だが、騎士団長バーナードはどこか虚ろな目で「犬……犬なのか、あいつは」と呟き続けていたのだった。
その日、バーナード騎士団長は久しぶりにフィリップ副騎士団長の屋敷に泊まることにした。
また舐められ、噛まれるのかと、内心どうしたものかと悩み深い様子を見せている。
エドワード王太子の羞恥責めや言葉責めという変態行為も大概なものであったが、フィリップに全身を舐めまわされ、甘噛みされるのも相当なものである。
首筋をガブリとやられると、本能的に「こいつ、俺を殺る気か」と感じてしまい、瞬間戦いの場に挑むような空気感が漂う。
しかし、どうしてこんな奴になってしまったのだろう。
前は普通だったのに。
フィリップの居間で、テーブルの上に手際よく料理を並べている彼を見つめながら、バーナードは考えた。
そう、あの妖精の国で、大妖精のご隠居様の許に行ってから、フィリップはおかしくなった気がする。
“精力に満ち溢れる存在”になったという彼。だが、同時に……
バーナードは苦々しくため息をついた。
どこか変態じみた男になってしまった。
食事を終え、居間で寛いでいるバーナードとフィリップ。
バーナードはフィリップに、おもむろに話を切り出した。
「フィリップ、お前はどうして俺を噛むんだ」
直球である。
その問いかけに、フィリップは照れたように笑みを浮かべて言った。
「それは決まっています。バーナード、貴方を愛しているからです」
「……愛しているから噛むというのは変だろう。愛していても噛まないぞ、普通は」
「愛情表現の一種だと思って下さい!!」
どこか力強く、そう言い切るフィリップ。その彼に、バーナードはため息をついた。
「そうは思えないぞ。噛むのはやめろ。俺は、俺を噛まなくてもお前のことは愛している。俺はお前を噛まない」
当然だった。
バーナードはフィリップを過去、噛んだことはないし、これからも噛むことはないと思っていた。噛みたいと思ったこともない。
その言葉に、フィリップは首を振った。
「私が貴方を愛しているから、貴方を噛みたいんです」
キッパリとした言い様である。まるで正義は我にありというように、堂々とした物言いである。
内容はヒドイが……
愛しているから噛む?
おかしい論理だった。
話にならない。
「とにかく、俺を噛むな。俺が言いたいのはそれだけだ。もし、今度、お前がまた俺を噛んだら」
バーナードは、厳しく言った。
「俺はお前が噛むのを止めるまで、この屋敷には来ないからな!!」
しつけは最初が肝心だと言った、マグル王宮副魔術師長。
早速、その言葉に従い、バーナード騎士団長は厳しくフィリップ副騎士団長に言い放った。
副騎士団長であって、犬ではなかったが……。
やって来るなりテーブルの上で“静寂の魔道具”を起動させ、椅子にどっかりと座り、不機嫌そうにため息をついていた。
その様子を見て、マグルが尋ねる。
「どうした、バーナード」
「……………」
彼は長い足を組んで、額に手を当て、考え込んでいる。
深刻そうな表情だ。
「マグル、噛み癖についてどう思うか」
「そりゃマズイだろ。早く矯正しないといけない。最初が肝心だぞ」
マグルは腕を組み、うんうんと頷きながらそう言った。
「しつけは最初が肝心だ。バシッと教えないといけない」
「舐めたり、噛んだり……正直、しんどい」
「舐めるのはいいと思うが」
「舐めるのはいいのか!!」
驚いたように、茶色の目を見開くバーナードに、マグルは言った。
「それくらい、しようがないだろう。舐めるのは愛情表現の一種だ。受け止めてあげないといけない。僕もよく舐められていたよ。かわいい奴だよな」
「……………………………………」
なんとも言えない表情でマグルを見遣るバーナード。
「舐めるのは大好きという愛情表現だぞ。それくらい許してやれ。だけど、噛むのはダメだな。癖になる」
「もう癖になっている。毎回、噛まれるんだ」
「…………そこは厳しくしつけないとダメだぞ、バーナード」
マグルがそう言うと、バーナードはため息混じりだった。
「しつけると言っても、どうしたものだか」
「ダメだと言い聞かせるしかないだろう。そうしないと、他人も噛み始めるぞ」
「……………さすがに他人は噛まないだろう」
「そんな甘い物じゃない。犬のしつけは最初が肝心なんだ!!!!」
キッパリと言ったマグルの言葉に、バーナードはしばらく動きを止めていた。
それから、口元を押さえて「……ああ、犬のしつけの話か」と呟く。
その言葉に、マグルは首を傾げた。
「犬以外に何があるんだ、バーナード」
その問いかけに、バーナードは頬を赤らめ、口を押さえたまましばらく何も言わなかった。
ただ、乾いたような笑いを零し、「犬か……犬……」と呟いていた。
「変な奴だな。疲れているのか」
と言ったマグルは、疲れている騎士団長にとっておきの甘いお菓子を振舞ったのだった。
だが、騎士団長バーナードはどこか虚ろな目で「犬……犬なのか、あいつは」と呟き続けていたのだった。
その日、バーナード騎士団長は久しぶりにフィリップ副騎士団長の屋敷に泊まることにした。
また舐められ、噛まれるのかと、内心どうしたものかと悩み深い様子を見せている。
エドワード王太子の羞恥責めや言葉責めという変態行為も大概なものであったが、フィリップに全身を舐めまわされ、甘噛みされるのも相当なものである。
首筋をガブリとやられると、本能的に「こいつ、俺を殺る気か」と感じてしまい、瞬間戦いの場に挑むような空気感が漂う。
しかし、どうしてこんな奴になってしまったのだろう。
前は普通だったのに。
フィリップの居間で、テーブルの上に手際よく料理を並べている彼を見つめながら、バーナードは考えた。
そう、あの妖精の国で、大妖精のご隠居様の許に行ってから、フィリップはおかしくなった気がする。
“精力に満ち溢れる存在”になったという彼。だが、同時に……
バーナードは苦々しくため息をついた。
どこか変態じみた男になってしまった。
食事を終え、居間で寛いでいるバーナードとフィリップ。
バーナードはフィリップに、おもむろに話を切り出した。
「フィリップ、お前はどうして俺を噛むんだ」
直球である。
その問いかけに、フィリップは照れたように笑みを浮かべて言った。
「それは決まっています。バーナード、貴方を愛しているからです」
「……愛しているから噛むというのは変だろう。愛していても噛まないぞ、普通は」
「愛情表現の一種だと思って下さい!!」
どこか力強く、そう言い切るフィリップ。その彼に、バーナードはため息をついた。
「そうは思えないぞ。噛むのはやめろ。俺は、俺を噛まなくてもお前のことは愛している。俺はお前を噛まない」
当然だった。
バーナードはフィリップを過去、噛んだことはないし、これからも噛むことはないと思っていた。噛みたいと思ったこともない。
その言葉に、フィリップは首を振った。
「私が貴方を愛しているから、貴方を噛みたいんです」
キッパリとした言い様である。まるで正義は我にありというように、堂々とした物言いである。
内容はヒドイが……
愛しているから噛む?
おかしい論理だった。
話にならない。
「とにかく、俺を噛むな。俺が言いたいのはそれだけだ。もし、今度、お前がまた俺を噛んだら」
バーナードは、厳しく言った。
「俺はお前が噛むのを止めるまで、この屋敷には来ないからな!!」
しつけは最初が肝心だと言った、マグル王宮副魔術師長。
早速、その言葉に従い、バーナード騎士団長は厳しくフィリップ副騎士団長に言い放った。
副騎士団長であって、犬ではなかったが……。
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