騎士団長が大変です

曙なつき

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【短編】

古代魔術師の持つ本 (2)

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第二話 “満ち満ちて”実る果実


 すると王宮副魔術師マグルは、フィリップの方へと顔を向け、すぐさま近寄って来た。マグルも椅子を用意して座りつつ、フィリップの手にある本を覗き込む。

「うわー、第一期古代文字じゃんか。これはちょっと難儀だな」

「やっぱり古い文字なんですか」

「千年以上前のものじゃないか」

 フィリップとマグルが一冊の本を覗き込んでいるのを見て、魔術師ギガントも興味深そうな顔をして寄って来ていた。

「その本が読みたいのか? 私が読み上げてやろうか」

 千年を超える時を生きている古代魔術師であるギガントはその本が読める。まさしく年の功という奴である。
 すぐさま、フィリップとマグルは「お願いします」と言って頼んだのだった。

「“淫魔”に興味があるのか。君も結構好き者なのだね」
 
 そうギガントに言われ、フィリップはなんと答えていいのかわからず、黙っていた。自分の伴侶が淫魔であることを話せなかったため、とりあえずはそう思われるしかない状況だった。

「これは、その昔“淫魔”狩りをしていた魔術師ラハエルの書いた本だね。ラハエルは本当に淫魔が好きで、淫魔をたくさん飼っていた。魔法陣で淫魔を呼びだして、その淫魔を捕え、自分に隷属させて飼っていた。だから、その生態についても誰よりも詳しい魔術師だったろう」

「……………そんなにたくさんの淫魔を飼うなんてことができるんですか」

 淫魔は精力を糧とする魔族である。複数の淫魔を飼うとなると、その精力をどう確保するのかが問題になるだろう。フィリップの問いかけに、ギガントもうなずいた。本をめくりながら答える。

「サキュバスはインキュバスと対になる。インキュバスもサキュバスと対だ。二人揃えれば“永久機関”になる」

 その言葉に、マグルとフィリップは首を傾げた。

「………………“永久機関”?」

「動力がなくても動き続ける機関を“永久機関”と言うだろう。このラハエルも面白いことを考えているなー。ハハハハハハ、ずっとインキュバスとサキュバスで交わらせておけば、精力がほぼほぼそこで交換状態になり、拮抗するから、多くは必要なくなるとか。それで何人かの淫魔を飼っていたそうだ」

「……………」

 世の中には相当おかしなことを考える魔術師がいるのだと、フィリップは呆れにも似た思いでその話を聞いていた。
 魔族のインキュバスとサキュバスを交わらせるなんて、ちょっとおかしい。

「ただ、“永久機関”的な状態を構築させるためには、“相愛”状態に持ち込まないといけないとも書いてある。深いな……」

 だが、知りたい話はそれではない。
 フィリップは、マグルと議論を始めそうになっているギガントに慌てて声をかけた。

「淫魔族の、王や女王、王女などについて書かれた箇所はありませんか」

 その言葉に、ギガントはパラパラと本をめくっていった。

「ああ、あった。王、女王、王女は世界に一人ずつしか存在しない。しかし、王子は複数有りえる」

 それは、かつて妖精の国で、お仕着せを着た小さな妖精に聞いた話でもあった。

『魔族の中でも、“淫魔の王女”と“淫魔の女王”の立ち位置は特別なのです。普通のサキュバスは数多くいますが、王女位、女王位の御方はこの世にお一人ずつしかおりません』

「王、女王と呼ばれる淫魔は、そう呼ばれるだけであって、その二人が婚姻関係にあるわけではない。王女、王子位も同様で、血縁関係にあるとは限らない。淫魔族の中でもその身に宿ることがふさわしい強い淫魔に対して、その位が授けられる」

 ふさわしい強い淫魔

 その言葉に、納得があった。
 
 団長は確かに、人間離れして、強かった。
 見ればマグルも「うんうん」と腕を組んでうなずいている。

「王、女王は淫魔を操る能力がある。更には交わった者の加護の写しを得ることができるという噂もあるが、定かではない。女王、王女位を持つ淫魔の、その身に溢れるほどの精力を注ぎ、それが満ち満ちた時」

 ギガントはそこで一瞬、言葉を切った。

「子を実らせたり、木の股から子を産み落とすことができるという」

 フィリップとマグルは視線を交わした。
 それは、妖精族の大妖精たる老人も言っていた言葉だった。

「そのため、魔族の中でもその魔力が大きすぎて子を為しづらい種族にとって、淫魔族の女王、王女位は特別の意味があった。代々の魔王が寵愛するのも淫魔族の女王、王女であり」

 その言葉に、フィリップは驚く。
 マグルもぎょっとして目を見開いていた。
 
 魔王が寵愛?

「魔界の霊樹に実る淫魔族の女王、王女の子らは、おしなべて高位の魔族となった。また、淫魔族の女王、王女位の者との交歓は、この世のものとは思えぬ悦楽をもたらしたため、多くの場合、魔王が女王位、王女位の淫魔を王城に留め、寵愛をするケースが多い」

 フィリップはため息をついた。

 この書籍の内容は驚くべきものばかりであり、かつ、非常に強い危機感を感じた。
 団長がヤバイ。
 ヤバすぎる。
 魔王に見つかったら、真っ先に連れ去らわれること間違いないという話ではないか。
 絶対にバレないようにしなくてはならない。

 マグルとフィリップは、内心、そう考えていた。
 マグルは、慌ててギガントに言った。

「読んでくれてありがとう。僕、ちょっと用事を思い出したから、帰るね。また来るよ」

「ああ」

 フィリップも深々とギガントに頭を下げた。

「ありがとうございました」

 そして二人は慌てたように、ギガントの部屋を後にしたのだった。
 残されたギガントは、ぽつりと呟くように言った。

「後段は読まなくて良かったのか?」

 その書籍のタイトルは『淫魔の生態とその捕え方』
 後段には、淫魔の弱点とその捕え方が解説されていたのであった。
 ギガントは「まぁ、いいか」と言って、書棚の奥に、その本をしまったのであった。
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