167 / 568
【短編】
古代魔術師の持つ本 (2)
しおりを挟む
第二話 “満ち満ちて”実る果実
すると王宮副魔術師マグルは、フィリップの方へと顔を向け、すぐさま近寄って来た。マグルも椅子を用意して座りつつ、フィリップの手にある本を覗き込む。
「うわー、第一期古代文字じゃんか。これはちょっと難儀だな」
「やっぱり古い文字なんですか」
「千年以上前のものじゃないか」
フィリップとマグルが一冊の本を覗き込んでいるのを見て、魔術師ギガントも興味深そうな顔をして寄って来ていた。
「その本が読みたいのか? 私が読み上げてやろうか」
千年を超える時を生きている古代魔術師であるギガントはその本が読める。まさしく年の功という奴である。
すぐさま、フィリップとマグルは「お願いします」と言って頼んだのだった。
「“淫魔”に興味があるのか。君も結構好き者なのだね」
そうギガントに言われ、フィリップはなんと答えていいのかわからず、黙っていた。自分の伴侶が淫魔であることを話せなかったため、とりあえずはそう思われるしかない状況だった。
「これは、その昔“淫魔”狩りをしていた魔術師ラハエルの書いた本だね。ラハエルは本当に淫魔が好きで、淫魔をたくさん飼っていた。魔法陣で淫魔を呼びだして、その淫魔を捕え、自分に隷属させて飼っていた。だから、その生態についても誰よりも詳しい魔術師だったろう」
「……………そんなにたくさんの淫魔を飼うなんてことができるんですか」
淫魔は精力を糧とする魔族である。複数の淫魔を飼うとなると、その精力をどう確保するのかが問題になるだろう。フィリップの問いかけに、ギガントもうなずいた。本をめくりながら答える。
「サキュバスはインキュバスと対になる。インキュバスもサキュバスと対だ。二人揃えれば“永久機関”になる」
その言葉に、マグルとフィリップは首を傾げた。
「………………“永久機関”?」
「動力がなくても動き続ける機関を“永久機関”と言うだろう。このラハエルも面白いことを考えているなー。ハハハハハハ、ずっとインキュバスとサキュバスで交わらせておけば、精力がほぼほぼそこで交換状態になり、拮抗するから、多くは必要なくなるとか。それで何人かの淫魔を飼っていたそうだ」
「……………」
世の中には相当おかしなことを考える魔術師がいるのだと、フィリップは呆れにも似た思いでその話を聞いていた。
魔族のインキュバスとサキュバスを交わらせるなんて、ちょっとおかしい。
「ただ、“永久機関”的な状態を構築させるためには、“相愛”状態に持ち込まないといけないとも書いてある。深いな……」
だが、知りたい話はそれではない。
フィリップは、マグルと議論を始めそうになっているギガントに慌てて声をかけた。
「淫魔族の、王や女王、王女などについて書かれた箇所はありませんか」
その言葉に、ギガントはパラパラと本をめくっていった。
「ああ、あった。王、女王、王女は世界に一人ずつしか存在しない。しかし、王子は複数有りえる」
それは、かつて妖精の国で、お仕着せを着た小さな妖精に聞いた話でもあった。
『魔族の中でも、“淫魔の王女”と“淫魔の女王”の立ち位置は特別なのです。普通のサキュバスは数多くいますが、王女位、女王位の御方はこの世にお一人ずつしかおりません』
「王、女王と呼ばれる淫魔は、そう呼ばれるだけであって、その二人が婚姻関係にあるわけではない。王女、王子位も同様で、血縁関係にあるとは限らない。淫魔族の中でもその身に宿ることがふさわしい強い淫魔に対して、その位が授けられる」
ふさわしい強い淫魔
その言葉に、納得があった。
団長は確かに、人間離れして、強かった。
見ればマグルも「うんうん」と腕を組んでうなずいている。
「王、女王は淫魔を操る能力がある。更には交わった者の加護の写しを得ることができるという噂もあるが、定かではない。女王、王女位を持つ淫魔の、その身に溢れるほどの精力を注ぎ、それが満ち満ちた時」
ギガントはそこで一瞬、言葉を切った。
「子を実らせたり、木の股から子を産み落とすことができるという」
フィリップとマグルは視線を交わした。
それは、妖精族の大妖精たる老人も言っていた言葉だった。
「そのため、魔族の中でもその魔力が大きすぎて子を為しづらい種族にとって、淫魔族の女王、王女位は特別の意味があった。代々の魔王が寵愛するのも淫魔族の女王、王女であり」
その言葉に、フィリップは驚く。
マグルもぎょっとして目を見開いていた。
魔王が寵愛?
「魔界の霊樹に実る淫魔族の女王、王女の子らは、おしなべて高位の魔族となった。また、淫魔族の女王、王女位の者との交歓は、この世のものとは思えぬ悦楽をもたらしたため、多くの場合、魔王が女王位、王女位の淫魔を王城に留め、寵愛をするケースが多い」
フィリップはため息をついた。
この書籍の内容は驚くべきものばかりであり、かつ、非常に強い危機感を感じた。
団長がヤバイ。
ヤバすぎる。
魔王に見つかったら、真っ先に連れ去らわれること間違いないという話ではないか。
絶対にバレないようにしなくてはならない。
マグルとフィリップは、内心、そう考えていた。
マグルは、慌ててギガントに言った。
「読んでくれてありがとう。僕、ちょっと用事を思い出したから、帰るね。また来るよ」
「ああ」
フィリップも深々とギガントに頭を下げた。
「ありがとうございました」
そして二人は慌てたように、ギガントの部屋を後にしたのだった。
残されたギガントは、ぽつりと呟くように言った。
「後段は読まなくて良かったのか?」
その書籍のタイトルは『淫魔の生態とその捕え方』
後段には、淫魔の弱点とその捕え方が解説されていたのであった。
ギガントは「まぁ、いいか」と言って、書棚の奥に、その本をしまったのであった。
すると王宮副魔術師マグルは、フィリップの方へと顔を向け、すぐさま近寄って来た。マグルも椅子を用意して座りつつ、フィリップの手にある本を覗き込む。
「うわー、第一期古代文字じゃんか。これはちょっと難儀だな」
「やっぱり古い文字なんですか」
「千年以上前のものじゃないか」
フィリップとマグルが一冊の本を覗き込んでいるのを見て、魔術師ギガントも興味深そうな顔をして寄って来ていた。
「その本が読みたいのか? 私が読み上げてやろうか」
千年を超える時を生きている古代魔術師であるギガントはその本が読める。まさしく年の功という奴である。
すぐさま、フィリップとマグルは「お願いします」と言って頼んだのだった。
「“淫魔”に興味があるのか。君も結構好き者なのだね」
そうギガントに言われ、フィリップはなんと答えていいのかわからず、黙っていた。自分の伴侶が淫魔であることを話せなかったため、とりあえずはそう思われるしかない状況だった。
「これは、その昔“淫魔”狩りをしていた魔術師ラハエルの書いた本だね。ラハエルは本当に淫魔が好きで、淫魔をたくさん飼っていた。魔法陣で淫魔を呼びだして、その淫魔を捕え、自分に隷属させて飼っていた。だから、その生態についても誰よりも詳しい魔術師だったろう」
「……………そんなにたくさんの淫魔を飼うなんてことができるんですか」
淫魔は精力を糧とする魔族である。複数の淫魔を飼うとなると、その精力をどう確保するのかが問題になるだろう。フィリップの問いかけに、ギガントもうなずいた。本をめくりながら答える。
「サキュバスはインキュバスと対になる。インキュバスもサキュバスと対だ。二人揃えれば“永久機関”になる」
その言葉に、マグルとフィリップは首を傾げた。
「………………“永久機関”?」
「動力がなくても動き続ける機関を“永久機関”と言うだろう。このラハエルも面白いことを考えているなー。ハハハハハハ、ずっとインキュバスとサキュバスで交わらせておけば、精力がほぼほぼそこで交換状態になり、拮抗するから、多くは必要なくなるとか。それで何人かの淫魔を飼っていたそうだ」
「……………」
世の中には相当おかしなことを考える魔術師がいるのだと、フィリップは呆れにも似た思いでその話を聞いていた。
魔族のインキュバスとサキュバスを交わらせるなんて、ちょっとおかしい。
「ただ、“永久機関”的な状態を構築させるためには、“相愛”状態に持ち込まないといけないとも書いてある。深いな……」
だが、知りたい話はそれではない。
フィリップは、マグルと議論を始めそうになっているギガントに慌てて声をかけた。
「淫魔族の、王や女王、王女などについて書かれた箇所はありませんか」
その言葉に、ギガントはパラパラと本をめくっていった。
「ああ、あった。王、女王、王女は世界に一人ずつしか存在しない。しかし、王子は複数有りえる」
それは、かつて妖精の国で、お仕着せを着た小さな妖精に聞いた話でもあった。
『魔族の中でも、“淫魔の王女”と“淫魔の女王”の立ち位置は特別なのです。普通のサキュバスは数多くいますが、王女位、女王位の御方はこの世にお一人ずつしかおりません』
「王、女王と呼ばれる淫魔は、そう呼ばれるだけであって、その二人が婚姻関係にあるわけではない。王女、王子位も同様で、血縁関係にあるとは限らない。淫魔族の中でもその身に宿ることがふさわしい強い淫魔に対して、その位が授けられる」
ふさわしい強い淫魔
その言葉に、納得があった。
団長は確かに、人間離れして、強かった。
見ればマグルも「うんうん」と腕を組んでうなずいている。
「王、女王は淫魔を操る能力がある。更には交わった者の加護の写しを得ることができるという噂もあるが、定かではない。女王、王女位を持つ淫魔の、その身に溢れるほどの精力を注ぎ、それが満ち満ちた時」
ギガントはそこで一瞬、言葉を切った。
「子を実らせたり、木の股から子を産み落とすことができるという」
フィリップとマグルは視線を交わした。
それは、妖精族の大妖精たる老人も言っていた言葉だった。
「そのため、魔族の中でもその魔力が大きすぎて子を為しづらい種族にとって、淫魔族の女王、王女位は特別の意味があった。代々の魔王が寵愛するのも淫魔族の女王、王女であり」
その言葉に、フィリップは驚く。
マグルもぎょっとして目を見開いていた。
魔王が寵愛?
「魔界の霊樹に実る淫魔族の女王、王女の子らは、おしなべて高位の魔族となった。また、淫魔族の女王、王女位の者との交歓は、この世のものとは思えぬ悦楽をもたらしたため、多くの場合、魔王が女王位、王女位の淫魔を王城に留め、寵愛をするケースが多い」
フィリップはため息をついた。
この書籍の内容は驚くべきものばかりであり、かつ、非常に強い危機感を感じた。
団長がヤバイ。
ヤバすぎる。
魔王に見つかったら、真っ先に連れ去らわれること間違いないという話ではないか。
絶対にバレないようにしなくてはならない。
マグルとフィリップは、内心、そう考えていた。
マグルは、慌ててギガントに言った。
「読んでくれてありがとう。僕、ちょっと用事を思い出したから、帰るね。また来るよ」
「ああ」
フィリップも深々とギガントに頭を下げた。
「ありがとうございました」
そして二人は慌てたように、ギガントの部屋を後にしたのだった。
残されたギガントは、ぽつりと呟くように言った。
「後段は読まなくて良かったのか?」
その書籍のタイトルは『淫魔の生態とその捕え方』
後段には、淫魔の弱点とその捕え方が解説されていたのであった。
ギガントは「まぁ、いいか」と言って、書棚の奥に、その本をしまったのであった。
33
お気に入りに追加
1,149
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる