騎士団長が大変です

曙なつき

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第十一章 聖王国の神子

第十話 僕の大事な小鳥

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 その後、バーナードは小鳥の姿をとって、頻繁に聖王国の少年神官の夢の中へと訪れるようになった。
 マラケシュという少年は、あれ以来、バーナードのことを「淫魔のくせに」とか「ペットにしてやる」とか、口にすることは無くなった。
 再び警戒されて、近くに止まらなくなることを避けたいのだろう。
 
 そんなある日、驚いたことに、マラケシュは眠る時に抱きしめていたモノを、夢の中へと運ぶことができることを発見した。
 マラケシュは、神子付きの神官が自分のために用意してくれた本を抱えながら眠ったところ、夢の中へとそれを運んでいたのだった。

 夢の中の見晴台の上で、何冊もの魚の本を小鳥のバーナードに差し出したのを見た時、バーナードは驚いた。

「夢の中へ持ち込むことができるのか」

「そう。僕もびっくりした。どれが読みたい? 僕が読んであげるよ。小鳥はページがめくれないだろう」

 椅子に座り、膝の上で本を開く。
 マラケシュは小鳥のために、絵がたくさんある本を選んでいた。

 小鳥はなんと、その時はマラケシュの肩に止まり、本の中身を興味深く覗き込んでいた。
 あれほど警戒心の強い小鳥が、マラケシュの肩に止まるのは初めてのことだった。
 そのことに、マラケシュは内心喜びに胸を高ぶらせていた。

「その『西方諸国の魚図鑑』と『上級魚の釣り方』は持っている。一番下の『聖王国の淡水湖の魚』は初めて見る。それを見せてくれ」

 その小鳥の答えに、マラケシュは心をざわつかせた。
 書籍を持っている。
 そして、タイトルをすらすらと読めたことから、彼は文盲ではない。
 ただの漁師ではないだろう。

 マラケシュは小鳥に注文された『聖王国の淡水湖の魚』を膝の上で開いて見せた。一枚一枚開くと、小鳥は身を乗り出して興味津々それを眺めている。

「……本当に小鳥は、魚が好きなんだね」

「ああ、好きだ。なぬ、お前の国の淡水湖には、その湖の固有魚が十一種類もいるのか!!」

 そうぶつぶつと小鳥が呟いている。

「…………小鳥、そんなに魚が好きなら、聖王国に遊びに来なよ」

「お前の国は遠い。それに、俺は淫魔だから、お前の国の聖騎士に見つかるとすぐに討伐される」

「じゃあ討伐されないように、聖騎士団長に僕から話をつけておくよ。お前だけは特別にしてあげる」

「……………そんなことできるわけなかろう」

 小鳥はため息をついた。
 そして残念そうに、『聖王国の淡水湖の魚』の本から視線を外した。

「お前の国の湖の魚にはひどく惹かれる。是非とも釣りに行きたい気持ちでいっぱいだが」

 その小鳥の言葉には感情がこもっていた。本心なのだろう。
 どれだけ小鳥は、魚が好きなんだろうと、マラケシュは思った。

「でも、やはり、お前の国には行けない。殺されてはたまらないからな」


 
    *


 朝、お目覚めされた神子様は、聖騎士団長のガディス=レイトナーを呼びだした。
 ガディス=レイトナーはこの聖王国の誇る聖騎士団の団長であり、銀髪に鋭い眼光を持つ、鍛え抜かれた身体の持ち主であった。
 白銀の鎧を身に付け、真紅のマントを翻しながら廊下を歩いていく。
 朝からの突然のお召しに、そのことを奇妙に思いながら、ガディスは神子様の御部屋を訪れた。
 一礼して、マラケシュの前にひざまづくガディス。
 詰襟の神官服を身にまとった神子マラケシュ様は、人払いをして、ガディスのみを部屋の中に残した。

 人払いしてまでする話とは何であろうと、ガディスは内心疑問を抱いた。
 やがて、椅子に座ったマラケシュは、どこか緊張した面持ちでこう尋ねてきた。

「人間が、ある日突然、魔族に変わってしまって。そしてその人間が他の人間に害がないとしても、そなたら聖騎士は、その人間を討伐するのか?」

 ガディスは問いかける。

「それは、どういうことでしょうか」

「……人間が、突然魔族に変わることはあり得るのか?」

「はい。あり得ます。呪いを受けた場合や、吸血鬼などが吸血行為をして仲間を作った場合があります」

「その場合も、聖騎士はその人間を討伐するのか」

「その状況によります」

「本当か!!」

 マラケシュは立ち上がり、どこか嬉しそうにそう言った。

「人間が魔族に変わってしまった場合でも、討伐しないことがあるのだな!!」

「はい。ですが、マラケシュ様、いかがなされたのですか。そのような仰りようはまるで」

 まるで、誰かを……すでに魔族である誰かを、聖騎士達に討伐されまいとして言っているような口調であった。
 だから、ガディスは警戒しながら尋ねた。

「魔族がすでに、貴方様のおそばにいて、貴方様はたぶらかされておられるのでは」

「違う」

「先日の淫魔に引き続き、またどこぞの魔族が貴方様に手を出されているのですか!!」

「違う、ガディス。小鳥は違う、違うんだ」

「違いません。これほど幾重にも結界を重ね、護符を貴方様に持たせているとしても、そこを抜けてくる魔族がいるとは。さぞや高位の魔族なのでしょう」

 ガディスはため息混じりでこう言った。

「お任せ下さい。わたくしめが、その憂いを晴らして差し上げます」

「……違うと言っているだろう、ガディス、僕の話を聞け。そなたは、何故、僕の話をきちんと聞かぬ」

「今回の魔族は相当の力を持っているようですね。ここまで貴方様が誑かされるとは」

 マラケシュはため息を深くついた。

「そなたに話さなければ良かった。いいか、言っておく。もし、小鳥に手を出したら、そなたと言えども許さぬからな!! 小鳥は僕の大事な……」

 その後に続く言葉が、マラケシュは一瞬、いい言葉が思いつかず、思わずこう言っていた。

「大事な漁師なんだからな!!」
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