騎士団長が大変です

曙なつき

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第十一章 聖王国の神子

第九話 魚好きの小鳥

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「昨日はどうして来なかったの? 呼んだのに」

 会うなり、少年はなじるようにそう言った。
 夢の中、バーナードはまたしてもあの少年神官の夢の中へと引き込まれていた。
 
 昨夜はフィリップに夜通し抱かれていたため、夢を見るどころではなかったのだ。
 だが、そんなことを話せるはずもなく、今もまた小鳥の姿をとっているバーナードは、ふいと視線を逸らしていた。

 少年は怒った顔をしていた。

「何度も何度も、会いたいと呼んだのに。この僕が貴方を呼んだのに、どうして来ないのさ」

「忙しかったんだから仕方がない。それに、もう呼ぶなと話しただろう。淫魔の俺を呼んでどうするんだ。お前は暇つぶしで俺を呼んでいるだけだろう」

 そう言う小鳥の言葉に、マラケシュは青い目を釣り上げた。

「暇つぶしだろうがなんだろうが、この僕が呼んだんだ。だから、貴方はここへ来るべきだ」

 やっぱり暇つぶしなのか。
 バーナードは内心、ため息をついた。
 まあ、そんな気もしていた。
 喋り合う仲間が欲しいという感じだったのだろう。

「暇つぶしなら他の奴に頼め。俺を呼ぶことはなかろう。淫魔なのだから、お前にとっては害悪だ」

「貴方みたいに面白い小鳥はいない。みんなハイハイいう人形みたいな者しかいないのだもの」

 どうやら、この高位神官である少年の周りには、唯々諾々と従う者しかいないようだ。そしてこの少年のどこか尊大な態度も、かしづかれて育ってきた者特有のものに感じられた。
 かといって、自分が毎度夢の中で呼びつけられるというのもおかしな話だった。

 小鳥のバーナードはため息をついた。

 そして今日は少しだけ、少年の近くの壁の上に止まった。
 それに気が付いたマラケシュは、目を輝かせた。

 また片手を差し出して、ここに止まれというが、それにはバーナードはふるふると頭を振った。

「捕まえられたらかなわん」

「綺麗な鳥かごに入れて、飼ってあげるよ、小鳥」

 最近では、小鳥の姿を取るバーナードのことを、“小鳥”と呼ぶようになっている。
 複雑な気持ちだった。

「そんなことを言うと、離れるからな」

「……わかったよ、もう言わない。そこにいてよ」

 慌てて言うマラケシュ。マラケシュは夢の主として、椅子を作り出した。そしてその椅子に座り、壁の上に止まるバーナードに話しかける。

「小鳥は、淫魔なんでしょう? 日中は何をやっているの? やっぱり昼間から誰かを襲っているの?」

「…………………………」

 小鳥のバーナードは何と言っていいのか分からず、くちばしを開いたり、閉じたりした後、こう言った。

「……日中は仕事をしている」

「仕事!! 淫魔の癖に仕事などしているの!!」

 ひどく驚かれた。

「前にも言っただろう。最近、淫魔になったんだ。それまでは普通の人間だった。仕事だってしている」

「淫魔になった後も、仕事なんて出来るの?」

「……普通に暮らしている」

「へー、魔族なのに、普通に暮らせるんだ。淫魔だから、朝から晩まで、他人の精力を奪っているのかと思った」

 それに、小鳥のバーナードは鳥の癖に肩をすくめるような動作をした。

「まったくもって普通だ」

 そう、普通に王立騎士団の騎士団長として勤めている。
 ただ、飢えを感じた時に、伴侶に精力をもらうだけだった。

「お前は神官としてお勤めをしているのだろう? 皆の為に祈りを捧げたりしているのか?」

「そうだよ。よくわかったね。朝、身を清めて、聖堂でお祈りをする。それから、僕に会いに来た人達とお話しをしたりする」

 僕に会いに来た人達とお話ししたり……
 その話だと、やはり少年はかなり高位の神官なのだろうと思った。

「若いのに頑張っているんだな。ご苦労なことだ」

「……すごい適当な言い方しているよね、小鳥」

「俺には関係のないことだからな」

 少しだけ、マラケシュは怒ったように頬を膨らませた。

「僕は偉いんだからな。お前よりもずっとずっと偉いんだ」

「ああ、わかったわかった」

「……本当に、小鳥は生意気だな!! お前は何の仕事をしているんだ」

「…………」

 その問いかけに、バーナードは正直に答えるつもりはなかった。

「……釣りだな」

「釣り!! 漁師なのか」

「そうだ。俺は腕利きの漁師だ。釣りなら任せろ!!」

 嘘八百である。
 しかし、バーナードは、自分がもし騎士の家柄に生まれて来なかったのなら、きっと漁師になっていただろうと考えていた。
 それはそれで楽しそうな人生であった気がする。

「聖王国には大きな湖があるんだよ。釣りに来てよ。ここにしかいない魚もいるんだよ」

「本当か!!」

 小鳥の目が大きく開かれて、きらきらと輝いたのを見て、マラケシュは勢いづいて言った。

「そうだよ。ミランという小魚なんだけど、聖王国の湖にしかいない。素揚げにすると骨までパリパリになって、美味しく食べられるんだよ」

 小鳥が漁師だというのは本当らしくて、小鳥はその話に興味深々なのか、いつの間にかだいぶマラケシュの近くまで近寄って、ふんふんと頷いていた。
 そんな様子がとてもかわいくて、マラケシュはそっと小鳥の背に触れた。
 
 初めて触れられた!!

 あれほど警戒を見せていた小鳥に触れられたことが嬉しい。
 小鳥は触れられた瞬間に、少しばかり後ずさっていた。

「おい、触るな」

「捕まえない。ひどいことはしないから」

「お前が、鳥かごに入れるとか、隷紋を刻んでペットにするとか言っていた話を、俺は忘れていないんだからな」

 その言葉に、マラケシュは少しばかりしゅんとなった。

「……ごめん」

「ふん、まぁ、魚の話は面白かった。また魚の話なら、聞いてやってもいい」

「なんでそんな淫魔の癖に偉そうなの? ねぇ、僕の方が凄く偉い人間なんだって知っている? みんながみんな、僕に頭を下げて、捧げ物を持ってくるのに。小鳥は何も僕に捧げ物をくれない」

「……欲しいものでもあるのか?」

「別にないよ」

「ふぅん」

 小鳥は少しばかり頭を傾けていた。

「まぁ、いい。今度また会えたら、またお前の国の魚の話を聞かせろ。俺も少し、お前の国の魚のことなら、調べてやってもいい」

「小鳥、僕の国に魚を釣りに来てくれるの!!」

 その期待するような言い方に、小鳥は羽ばたきながら短く答えた。

「お前の国は遠すぎるから、無しだ」







 ひどい小鳥だった。



  *



 朝になり、大きな天蓋のついた寝台の、幕を開けて、神子付きの神官がいつもと同じように声をかけた。

「お目覚めでございましょうか」

 その声に、寝台に横になっていたマラケシュは薄く目を開いた。
 
「おはよう」

 今日のマラケシュは機嫌が良さそうである。
 神子付きの神官が、神官服に着替えさせている時に問いかけた。
 最近はよく、神子様は夢をご覧になられるようだった。
 お目覚めも良く、起きた時には楽しそうなご様子も多く、なんとなく神子付きの神官達も嬉しく思っている。

「神殿の図書館には、魚の本もあるのか?」

 その問いかけに、神子付きの神官は頭を傾げた。

「魚の本でございましょうか」

「そう、……小鳥が文字を読めないかも知れないから、絵が多い魚の本がいい」

 でも、小鳥は凄く偉そうな物言いをするから、貴族の出だと思っていた。
 しかし、貴族で漁師というのは聞いたことがない。
 いや、聖王国ではない他の国では、貴族で漁師というのもあり得るのだろうか。

 マラケシュは神官服に着付けされながら、頭の中でいろいろと考えていた。

 神子付きの神官は、なぜ急に神子様は魚のことにご興味をお持ちになられたのだろうと思いながらも、こう答えた。

「それでは、魚の本を、見繕って後ほどお部屋にお届け致します」

「ありがとう」
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