155 / 560
第十一章 聖王国の神子
第七話 誰かの夢の中(下)
しおりを挟む
招かれるのも三度目ともなると、どこか呆れにも似た感情も浮かんでくる。
この少年神官は、自分を淫魔にした淫魔の王女と同じように、バーナードの存在を興じている様子があった。
「もう呼ぶなといったはずだ」
青い小鳥の姿を取ったバーナードが、木の枝に止まる。
城壁に立つ少年神官は、また手を差し伸べた。
「小鳥さん、僕の手に止まりなよ」
「断る」
にべもない様子に、少年は楽しそうに笑った。
「この僕の願いを、貴方は拒絶するの」
「お前は上位神官なのか? どこか偉そうだ」
小鳥はそう問いかけたが、少年は笑みを浮かべたまま答えなかった。
「そういう淫魔の小鳥さんも、どこか偉そうだよ。きっと貴方は貴族出身だね。言葉も半島諸国の訛りを感じる」
小鳥のバーナードはわざとらしく、鳥のように美しい声で囀った。
「詮索してどうする? お前とは現実で会うこともなかろう。この夢の中で会うだけの存在だ」
「貴方が小鳥だったら、僕は貴方を飼ってあげるのに。話していて、貴方は楽しい人だから」
「お断りだ」
にべもない答えに、少年は美しい眉を寄せた。
少年は、この目の前の小鳥の姿をとる淫魔を少し気に入り始めていた。
極めて魅力的な精力の持ち主である自分の精力を、一切求めることはなく、さっさとこの場から退散することを求める小鳥。
現実では、このようにずけずけと自分に対して口を利くものは一人としていない。
清々しいくらい、小鳥は少年を拒絶していく。
可愛くない小鳥だったが、どうにか手なづけたかった。
「淫魔の癖に、本当に生意気だね。知ってる? 獣人と半魔は、隷紋を刻んでも許されるんだよ。貴方を捕まえて、その背中にでも隷紋を刻んで、本当のペットにしてもいいかも知れない」
「その前に、お前の国の聖騎士が俺を殺すだろう」
小鳥は美しい声でまた、わざとらしく囀った。
「殺されたくないから、絶対に俺はお前の前には現れない。聖王国なんぞ行くはずもない」
その言葉に、少年は眉根を寄せた。
「大丈夫、僕が聖騎士達は止める。だから、会いに来てよ。貴方に会ってみたい」
「行くはずがないと言っただろう。それに、もし仮に会うことがあったとしても、俺のことはわからないだろう」
青い小鳥の茶色の目を、少年はじっと見つめた。
「わかるよ。僕は魂も見えるから。知ってる? 人の魂は一つとして同じものはないのだよ。だから、小鳥の魂も僕にはわかる」
「……………」
バーナードは、目の前の少年がただの神官ではないだろうと思い始めていた。
淫魔達がこぞって求める魅力的な精力の持ち主。かつて、彼の精力を求めた“淫魔の王子”“淫魔の王女”達は、聖騎士達に殺された。
この少年の身を守るため、聖騎士達が護りについているのだ。
ただの神官ではない。
聖王国の、上位神官?
といっても、遠い西方の国である聖王国のことは、あまり知らぬバーナードであった。
現実で関わりになることもなかろう。
だから、名を聞いたのはほんの好奇心だった。
「お前の名はなんと言う?」
それに、少年は微笑みながら答えた。
「マラケシュ。マラケシュだよ、小鳥。それで小鳥の名は?」
「バートだ」
「本名じゃないでしょ」
マラケシュは怒ったようにバーナードを見つめる。
何故わかったのだろうと思うと、マラケシュは「あまりにも躊躇なく答えていたから」だと答えた。
今までずっとバーナードが警戒して、少年の近くにも近寄ろうとはしなかったから、そんな容易く名を教えてくれるはずがないと思ったのだ。
「賢いな、マラケシュは」
「……本当の名を教えてよ」
「バートと呼べばいい」
「ずるい、小鳥。僕の名前は教えたのに」
「お前は名を教えても、殺されることはないだろう。俺は、探されて、お前の国の聖騎士とやらに殺されてはたまらぬからな。仕方なかろう」
むくれた顔をするマラケシュに、小鳥は言った。
「じゃあな、マラケシュ」
*
その日の朝も、大きな天蓋のついた寝台の、幕を開けて、神子付きの神官がいつもと同じように声をかけた。
「お目覚めでございましょうか」
その声に、寝台に横になっていたマラケシュは薄く目を開いた。
「……おはよう」
マラケシュはゆっくりと身を起こす。
今日は朝から不機嫌そうであった。
神子付きの神官が、神官服に着替えさせている時に「どうなさったのですか」と尋ねると、マラケシュは黒髪を掻き上げて答えた。
「生意気な小鳥の夢を見た」
「…………そうでございますか」
寝台から下りて、床に足をつくマラケシュは、独り言めいた。
「生意気な小鳥を、どうやって捕まえればいいのかな……」
この少年神官は、自分を淫魔にした淫魔の王女と同じように、バーナードの存在を興じている様子があった。
「もう呼ぶなといったはずだ」
青い小鳥の姿を取ったバーナードが、木の枝に止まる。
城壁に立つ少年神官は、また手を差し伸べた。
「小鳥さん、僕の手に止まりなよ」
「断る」
にべもない様子に、少年は楽しそうに笑った。
「この僕の願いを、貴方は拒絶するの」
「お前は上位神官なのか? どこか偉そうだ」
小鳥はそう問いかけたが、少年は笑みを浮かべたまま答えなかった。
「そういう淫魔の小鳥さんも、どこか偉そうだよ。きっと貴方は貴族出身だね。言葉も半島諸国の訛りを感じる」
小鳥のバーナードはわざとらしく、鳥のように美しい声で囀った。
「詮索してどうする? お前とは現実で会うこともなかろう。この夢の中で会うだけの存在だ」
「貴方が小鳥だったら、僕は貴方を飼ってあげるのに。話していて、貴方は楽しい人だから」
「お断りだ」
にべもない答えに、少年は美しい眉を寄せた。
少年は、この目の前の小鳥の姿をとる淫魔を少し気に入り始めていた。
極めて魅力的な精力の持ち主である自分の精力を、一切求めることはなく、さっさとこの場から退散することを求める小鳥。
現実では、このようにずけずけと自分に対して口を利くものは一人としていない。
清々しいくらい、小鳥は少年を拒絶していく。
可愛くない小鳥だったが、どうにか手なづけたかった。
「淫魔の癖に、本当に生意気だね。知ってる? 獣人と半魔は、隷紋を刻んでも許されるんだよ。貴方を捕まえて、その背中にでも隷紋を刻んで、本当のペットにしてもいいかも知れない」
「その前に、お前の国の聖騎士が俺を殺すだろう」
小鳥は美しい声でまた、わざとらしく囀った。
「殺されたくないから、絶対に俺はお前の前には現れない。聖王国なんぞ行くはずもない」
その言葉に、少年は眉根を寄せた。
「大丈夫、僕が聖騎士達は止める。だから、会いに来てよ。貴方に会ってみたい」
「行くはずがないと言っただろう。それに、もし仮に会うことがあったとしても、俺のことはわからないだろう」
青い小鳥の茶色の目を、少年はじっと見つめた。
「わかるよ。僕は魂も見えるから。知ってる? 人の魂は一つとして同じものはないのだよ。だから、小鳥の魂も僕にはわかる」
「……………」
バーナードは、目の前の少年がただの神官ではないだろうと思い始めていた。
淫魔達がこぞって求める魅力的な精力の持ち主。かつて、彼の精力を求めた“淫魔の王子”“淫魔の王女”達は、聖騎士達に殺された。
この少年の身を守るため、聖騎士達が護りについているのだ。
ただの神官ではない。
聖王国の、上位神官?
といっても、遠い西方の国である聖王国のことは、あまり知らぬバーナードであった。
現実で関わりになることもなかろう。
だから、名を聞いたのはほんの好奇心だった。
「お前の名はなんと言う?」
それに、少年は微笑みながら答えた。
「マラケシュ。マラケシュだよ、小鳥。それで小鳥の名は?」
「バートだ」
「本名じゃないでしょ」
マラケシュは怒ったようにバーナードを見つめる。
何故わかったのだろうと思うと、マラケシュは「あまりにも躊躇なく答えていたから」だと答えた。
今までずっとバーナードが警戒して、少年の近くにも近寄ろうとはしなかったから、そんな容易く名を教えてくれるはずがないと思ったのだ。
「賢いな、マラケシュは」
「……本当の名を教えてよ」
「バートと呼べばいい」
「ずるい、小鳥。僕の名前は教えたのに」
「お前は名を教えても、殺されることはないだろう。俺は、探されて、お前の国の聖騎士とやらに殺されてはたまらぬからな。仕方なかろう」
むくれた顔をするマラケシュに、小鳥は言った。
「じゃあな、マラケシュ」
*
その日の朝も、大きな天蓋のついた寝台の、幕を開けて、神子付きの神官がいつもと同じように声をかけた。
「お目覚めでございましょうか」
その声に、寝台に横になっていたマラケシュは薄く目を開いた。
「……おはよう」
マラケシュはゆっくりと身を起こす。
今日は朝から不機嫌そうであった。
神子付きの神官が、神官服に着替えさせている時に「どうなさったのですか」と尋ねると、マラケシュは黒髪を掻き上げて答えた。
「生意気な小鳥の夢を見た」
「…………そうでございますか」
寝台から下りて、床に足をつくマラケシュは、独り言めいた。
「生意気な小鳥を、どうやって捕まえればいいのかな……」
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
1,103
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる