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第十章 王宮副魔術師長の結婚
第八話 呪い
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次の瞬間、フィリップはビヨルンという男の鋭すぎる眼光に射貫かれたようになり、身動き一つ取れなくなった。
(呪い?)
(呪いとはどういうことだ)
チリチリと頭の後ろの毛が逆立つような感覚がある。
ご隠居様と呼ばれる大妖精の老人も、静かにそれを見守りながら、言葉を続けた。
「フィリップ、そなた自身が精力に満ち溢れる存在になることしか方法はない。それがそなたの望みだったのじゃろう。“呪い”を受け入れるんじゃよ」
ズブリズブリと何かが、身体の中をゆっくりと浸食していく感覚がある。
それが何であるのか、わからない。
その恐怖がある。
小さく震えているフィリップの手を、ビヨルンは軽く触れた。
「ああ、こいつはいい“器”になりそうだ。ご隠居よ、感謝しよう。きっとうまくいく。彼は素晴らしい仲間になりそうだ」
(仲間?)
(それはいったい)
その後の記憶がない。ぶつりと意識が途切れてしまった。
目を覚ました時には、自分はソファーのようなゆったりとした椅子に座っていた。
すぐ近くに、ご隠居様が座っていた。
「目が覚めたようじゃのう」
問いかけに、弱々しくうなずいて、フィリップは額に手をやった。
「先ほどの、ビヨルンと言う方はどなただったんですか。そして私を仲間にしたとはどういうことですか」
ご隠居は、もう一つのグラスに酒を注ぎ、フィリップに差し出した。
礼を言って受け取り、少し口にする。
ビヨルンという大男は、立ち去ってしまったのか、部屋の中にその姿はもう見当たらなかった。
「ビヨルンは、魔族の“人狼族”の長だ。そなたを“呪って”もらった」
「……………………………は?」
その意味がわからない。
呪ってもらう?
呪ってもらう?
え?
「仲間を増やす方法は、その種族によって異なる。吸血鬼族のように、血を与えて仲間にするものもいれば、我らのように時間をかけて仲間に取り入れる者もいる。人狼族の場合は“呪う”のだよ。同族間で生殖で増やすこともあり得るが、そうでない場合に“呪う”ことで相手を仲間にする」
「…………では、私は彼に呪われて、彼の仲間になったということは」
動揺しながらも、頭の中を整理する。
「人狼になったわけですか?」
ご隠居はうなずいた。
「そうじゃ。それが望みだったのじゃろう? 人狼は生命力に満ち溢れた強き魔族じゃ。魔族の中でも非常に強い。精力にも溢れる……溢れすぎて問題になるくらいじゃが」
ご隠居が少しばかり苦笑して言っている。
フィリップは自分の掌をじっと見つめていた。
「人狼になった……という話ですが、まったく実感がありません」
「すぐに効く“呪い”ではない。じわりじわりとその身は変えられていくのじゃ。時間はかかるだろう。そのうちにわかる」
フィリップは勧められた酒を少しずつ口にした。
「お主には少し話しておきたいことがある」
ご隠居は語りだした。
「バーナード騎士団長が引き継いだ“淫魔の王女”位だが、あの称号の持ち主である“淫魔の王女”は殺されたんじゃ。だから今、淫魔族では騒動が起きている。王女だけではなく、“淫魔の王子”も殺され、王も殺されかけたが辛うじて逃げ切った」
フィリップは酒の入ったグラスを落としかけた。
淫魔族には“淫魔の王女”のみならず、王子と王がいるのか(あと女王もいる)。
そして殺されたとは、非常に物騒な話であった。
「“淫魔の王女”は、決して誑かしてはならない者に手を出して、それで聖騎士達の怒りを買ったのじゃ」
「じゃあ、人間の聖騎士に殺されたと?」
「そうじゃ」
かつて、王宮副魔術師長のマグルも言っていたではないか。
聖王国の聖騎士や神官達には気を付けろと。
実際に、討伐された話を聞くと、その話の信憑性が実感できる。
「それで、淫魔達は新しく引き継いだであろう“淫魔の王女”をずっと探している」
「………………団長を探しているんですか? どうして?」
ご隠居様はため息混じりでこう言った。
「淫魔との交歓は、最高だという話じゃ。それは世に知られている話じゃろうが、特に王女位、女王位ともなると、それこそ天にも昇るような経験ができるという」
「……………………………は?」
フィリップは蒼白となった。
確かに、バーナード騎士団長とのセックスは最高にいい。それは否定できない。
フィリップも天国に昇るかのような思いを実感しているからわかる。
否定できないが、それで、淫魔達が探し続けているとか。唖然とする思いがある。
「……だから、だから探しているというんですか」
ご隠居様は頷いた。
「ワシが話すなと言った理由がわかったろう。淫魔族は“淫魔の王女”を探している。そして魔族の中でも、“淫魔の王女”を求める者がいる。かつての王女は淫蕩な女で、誰に対しても身を任せていて良かったが、そなたの団長は違うだろう? バーナードが称号を持つことは、決して誰にも話すでないぞ。彼のことを大事に思うならば、絶対に」
「わかりました」
そう真剣にうなずくフィリップを見つめ、ご隠居様はこうも小さく呟いていた。
「他にも……求められる理由はあるが、見つからなければ問題にはなるまい」
大広間に戻ると、バーナードはマグルと楽しそうに話をしていたが、フィリップが無事に戻ってきたことに気が付いて、目元を和ませる。そんな彼の、ふとした瞬間に見せる柔らかい表情が好きだった。
「大丈夫か?」
「ええ」
彼の隣に座る。
そしてその耳元で、フィリップは囁いた。
「……貴方と釣り合う存在になりました」
それに、バーナードは一瞬目を大きく開け、それから笑みを浮かべた。
「そうか。良かった」
バーナードの手を握る。
フィリップは今すぐにでもバーナードのその身体を抱きしめたかった。
話を聞いて、混乱は今もあったが、それでも、彼と釣り合う身になれたことは、素直に嬉しかった。
「詳しい話はあとでゆっくり話します」
「ああ」
そして一行は、ご隠居様から元の人間達の世界に無事に送り届けられた。
マグルとカトリーヌは、セリーヌ達に結婚式の招待状を届けられたことを喜んでいた。
後は結婚式の詳細を詰めていくばかりだろう。
バーナードは、今日はフィリップの屋敷に泊まるという。
フィリップが、自分との釣り合う身になったという話を詳しく聞きたかったのだ。
(呪い?)
(呪いとはどういうことだ)
チリチリと頭の後ろの毛が逆立つような感覚がある。
ご隠居様と呼ばれる大妖精の老人も、静かにそれを見守りながら、言葉を続けた。
「フィリップ、そなた自身が精力に満ち溢れる存在になることしか方法はない。それがそなたの望みだったのじゃろう。“呪い”を受け入れるんじゃよ」
ズブリズブリと何かが、身体の中をゆっくりと浸食していく感覚がある。
それが何であるのか、わからない。
その恐怖がある。
小さく震えているフィリップの手を、ビヨルンは軽く触れた。
「ああ、こいつはいい“器”になりそうだ。ご隠居よ、感謝しよう。きっとうまくいく。彼は素晴らしい仲間になりそうだ」
(仲間?)
(それはいったい)
その後の記憶がない。ぶつりと意識が途切れてしまった。
目を覚ました時には、自分はソファーのようなゆったりとした椅子に座っていた。
すぐ近くに、ご隠居様が座っていた。
「目が覚めたようじゃのう」
問いかけに、弱々しくうなずいて、フィリップは額に手をやった。
「先ほどの、ビヨルンと言う方はどなただったんですか。そして私を仲間にしたとはどういうことですか」
ご隠居は、もう一つのグラスに酒を注ぎ、フィリップに差し出した。
礼を言って受け取り、少し口にする。
ビヨルンという大男は、立ち去ってしまったのか、部屋の中にその姿はもう見当たらなかった。
「ビヨルンは、魔族の“人狼族”の長だ。そなたを“呪って”もらった」
「……………………………は?」
その意味がわからない。
呪ってもらう?
呪ってもらう?
え?
「仲間を増やす方法は、その種族によって異なる。吸血鬼族のように、血を与えて仲間にするものもいれば、我らのように時間をかけて仲間に取り入れる者もいる。人狼族の場合は“呪う”のだよ。同族間で生殖で増やすこともあり得るが、そうでない場合に“呪う”ことで相手を仲間にする」
「…………では、私は彼に呪われて、彼の仲間になったということは」
動揺しながらも、頭の中を整理する。
「人狼になったわけですか?」
ご隠居はうなずいた。
「そうじゃ。それが望みだったのじゃろう? 人狼は生命力に満ち溢れた強き魔族じゃ。魔族の中でも非常に強い。精力にも溢れる……溢れすぎて問題になるくらいじゃが」
ご隠居が少しばかり苦笑して言っている。
フィリップは自分の掌をじっと見つめていた。
「人狼になった……という話ですが、まったく実感がありません」
「すぐに効く“呪い”ではない。じわりじわりとその身は変えられていくのじゃ。時間はかかるだろう。そのうちにわかる」
フィリップは勧められた酒を少しずつ口にした。
「お主には少し話しておきたいことがある」
ご隠居は語りだした。
「バーナード騎士団長が引き継いだ“淫魔の王女”位だが、あの称号の持ち主である“淫魔の王女”は殺されたんじゃ。だから今、淫魔族では騒動が起きている。王女だけではなく、“淫魔の王子”も殺され、王も殺されかけたが辛うじて逃げ切った」
フィリップは酒の入ったグラスを落としかけた。
淫魔族には“淫魔の王女”のみならず、王子と王がいるのか(あと女王もいる)。
そして殺されたとは、非常に物騒な話であった。
「“淫魔の王女”は、決して誑かしてはならない者に手を出して、それで聖騎士達の怒りを買ったのじゃ」
「じゃあ、人間の聖騎士に殺されたと?」
「そうじゃ」
かつて、王宮副魔術師長のマグルも言っていたではないか。
聖王国の聖騎士や神官達には気を付けろと。
実際に、討伐された話を聞くと、その話の信憑性が実感できる。
「それで、淫魔達は新しく引き継いだであろう“淫魔の王女”をずっと探している」
「………………団長を探しているんですか? どうして?」
ご隠居様はため息混じりでこう言った。
「淫魔との交歓は、最高だという話じゃ。それは世に知られている話じゃろうが、特に王女位、女王位ともなると、それこそ天にも昇るような経験ができるという」
「……………………………は?」
フィリップは蒼白となった。
確かに、バーナード騎士団長とのセックスは最高にいい。それは否定できない。
フィリップも天国に昇るかのような思いを実感しているからわかる。
否定できないが、それで、淫魔達が探し続けているとか。唖然とする思いがある。
「……だから、だから探しているというんですか」
ご隠居様は頷いた。
「ワシが話すなと言った理由がわかったろう。淫魔族は“淫魔の王女”を探している。そして魔族の中でも、“淫魔の王女”を求める者がいる。かつての王女は淫蕩な女で、誰に対しても身を任せていて良かったが、そなたの団長は違うだろう? バーナードが称号を持つことは、決して誰にも話すでないぞ。彼のことを大事に思うならば、絶対に」
「わかりました」
そう真剣にうなずくフィリップを見つめ、ご隠居様はこうも小さく呟いていた。
「他にも……求められる理由はあるが、見つからなければ問題にはなるまい」
大広間に戻ると、バーナードはマグルと楽しそうに話をしていたが、フィリップが無事に戻ってきたことに気が付いて、目元を和ませる。そんな彼の、ふとした瞬間に見せる柔らかい表情が好きだった。
「大丈夫か?」
「ええ」
彼の隣に座る。
そしてその耳元で、フィリップは囁いた。
「……貴方と釣り合う存在になりました」
それに、バーナードは一瞬目を大きく開け、それから笑みを浮かべた。
「そうか。良かった」
バーナードの手を握る。
フィリップは今すぐにでもバーナードのその身体を抱きしめたかった。
話を聞いて、混乱は今もあったが、それでも、彼と釣り合う身になれたことは、素直に嬉しかった。
「詳しい話はあとでゆっくり話します」
「ああ」
そして一行は、ご隠居様から元の人間達の世界に無事に送り届けられた。
マグルとカトリーヌは、セリーヌ達に結婚式の招待状を届けられたことを喜んでいた。
後は結婚式の詳細を詰めていくばかりだろう。
バーナードは、今日はフィリップの屋敷に泊まるという。
フィリップが、自分との釣り合う身になったという話を詳しく聞きたかったのだ。
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