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【短編】
古代ダンジョン踏破と魔術師の恨みつらみ (5)
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第五話 操られる
侯爵家三男のシャウル=ヴィッセルは、ダンジョンにおいて“性感スライム中毒”にかかり、その体内のスライムが抜けきるまでは、常に快楽を求めてもがき苦しんでいる有様だった。
一体いつから、あのダンジョンのスライムプールに浮かんでいたのか記憶がない。しかし、あのスライムの海で漂う快楽は、今までに経験したことがないものだった。
自分だけではなく、他にも同様に、中毒の者が夢心地であの中には浮かんでいた。
やがて、快楽の中に居たまま、自分はあのスライムの中で死に、そしてその身は溶けて消え去るのだろうと思っていた。
それでもいいと考えていた。
なのに、救い出されてしまった。
ほとんどのスライムが身体から排出されていたが、ほんのわずかなそれがまだ残っている。
治療している医師は、もう少しだと励ましてくれるが、それはひどくキツイ治療であった。
救い出されず、むしろ、あのままダンジョンに置いていってくれた方が遥かに良かった。夢心地で、幸せな気持ちのまま死ねたはずなのに。
耳元で声がした。
『ならばまた、ダンジョンに来ればよい』という声の誘惑は、振り払えないほど魅力的なものだった。
『もう一度、やってくれば、迎え入れてやろう。だが……』
声はまだ続く。中毒で朦朧としている頭の中に染み渡る声。
『あの男達が追いかけてくるのを、先に止めてから……あれらを殺してから……戻ってくればいい』
それらはもっともな言葉だった。
だからシャウルは、寝台からのろのろと立ち上がり、彼らを殺すために動き出す。
弱り切った体のために、少しでも動くと息が切れてしまう。
それはとても、二人の男と戦える身体ではなかった。
それでも魔術師ギガントは良いと考えていた。このシャウルを操り、シャウルがあの二人の男の前まで行けばいいのだ。
そして二人の男の前で、このシャウルを媒介として魔法陣を展開し、魔物を呼びだしてくれよう。
さすれば呼び出し魔物達が、二人の男を生きながら引き裂いてくれること、間違いなかったからだ。
「団長、あとは帰宅すればいいだけですよね。今日は私の家に来てくださいますか」
王宮へ、竜剣ヴァンドライデンを返却しつつ、事態の報告をしたバーナード。
陛下は、シャウル=ヴィッセルの救出について褒めて下さったが、ダンジョン踏破をどう成し遂げたのか報告を聞いた時は、呆れ顔をしていた。
傍らの、エドワード王太子も吹き出しそうになっていた。
竜剣を使ってのゴリ押しなど、考えられないだろう。
だが、そうやってダンジョン踏破を為したのだった。
そして今、報告を終えて帰路につき、馬車に乗っていた時の話だった。
馬車の車内で、フィリップはそう自身の屋敷へバーナードを誘った。
バーナードは馬車の中で、うなずく。
「わかった。今日はお前の屋敷へ向かおう」
その言葉に、フィリップは嬉しそうな様子だった。
フィリップの屋敷は通いの家政婦がいるだけで、人目がなく、二人で愛し合い、イチャイチャとするのに何の制限もないのだ。
騎士団の拠点では、絶対にそこでイチャイチャすることを許さない騎士団長バーナード。
内心、そのことに不満いっぱいのフィリップだが、それは仕方のないことだった。
城から王都への道を馬車で進んでいる最中、馬車の前に躍り出てきた若者がいた。
御者が慌てて馬車を止める。
轢き殺したかと思ったが、ギリギリなんとか避けたようだ。
フィリップが様子を見ようと、馬車の扉を開けて道に出たところ、そこに蹲っていたのは、先日ダンジョンから救出したシャウルであった。
慌てて彼のそばに近寄り、その身を抱きかかえる。青ざめた顔を覗き込みながらも問いかける。
「……シャウルさん? 何故、ここに?」
彼は未だ、病床にあると聞いている。
その彼がこんな路上にいて良いはずがない。
「一度、王宮に戻り、ヴィッセル侯爵家に連絡を入れよう」
次いで馬車から下りたバーナードがそう言った。
その時、シャウルを抱き上げたフィリップの足元に、光が走り、一瞬で青い魔法陣が描かれた。
「!?」
魔法陣の中心から、牛の頭に人間の身体を持つ巨体の魔物が現れる。恐ろしいほど大きな斧を両手に抱えた戦士の姿をしていた。
「魔物の召喚陣だ。フィリップ、下がれ!!」
バーナードは叫んで、シャウルを抱き上げて両手が塞がっているフィリップにそう指示した。御者と共に馬車側に二人を寄せると、バーナードは剣を抜いた。
「団長、ヴァンドライデンは……」
心配そうに叫ぶフィリップに、バーナードは言った。
「竜剣は陛下にお返しした。心配するな、フィリップ」
彼は剣を構え、その茶色の瞳は睨むように魔物を見つめていた。
路上にいた者達は、悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「魔物退治は、我らの十八番だろう」
ダンジョンの自室から、遠見の水晶玉を覗き込んでいた魔術師ギガント。
ついにシャウル=ヴィッセルを、あの二人の男達に接触させ、シャウルを媒介して魔法陣を展開した。
現れた牛頭の魔物に、驚き慄き、恐怖に震えて頭から斧で叩き斬られるシーンになるであろう場面を期待したギガント。
その後は牛頭の魔物を大暴れさせて、王都を混乱の渦に突き落としてやろうと、暗い嗤いを浮かべていたところ。
黒髪の男が剣を抜き、平然と牛頭の魔物と戦い始めたことに度肝を抜かれた。
あの巨大な斧を、剣でさばく。斧は大きさもあり、非常に重い。本来ならその威力で、矮小な人間など吹っ飛ぶところ、彼はそれに耐えていた。
振り上げられ、振り回される斧を避けて、彼は進む。
マントを翻し、騎士団の軍衣をまとっていることから、二人の男達が騎士であることに、そこで初めて気が付いた。
黒髪の、バーナード騎士団長と呼ばれる男は、最初から最後まで冷静に、魔物をさばき、そして最後には……。
「ば……馬鹿な」
ギガントは信じられないように、水晶玉を覗き込んでいた。
彼は牛頭の魔物の胸元まで飛び込むと、その剣を容赦なく、魔物の胸に突き刺した。
柄まで埋まり、心の臓を斬り裂く。
ドォンと地響きを立てながら、後ろに倒れる牛頭の魔物。
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な」
動揺のあまり、ギガントは再度、魔法陣を構築し、更に五頭の魔物を呼びだす。
その頃には、近くの王宮から近衛騎士団、そして王都から王立騎士団の騎士達も駆け付けてきて、魔物を取り囲み、数で押して魔物を嬲り殺しにし始めていた。
「団長」と呼ばれていた、あの黒髪の男は、騎士で、騎士達の尊敬を集める騎士団長。
ギガントはギリリと奥歯を噛んだ。
どうやら、彼は、この手で滅ぼさなければならない敵であるようだった。
侯爵家三男のシャウル=ヴィッセルは、ダンジョンにおいて“性感スライム中毒”にかかり、その体内のスライムが抜けきるまでは、常に快楽を求めてもがき苦しんでいる有様だった。
一体いつから、あのダンジョンのスライムプールに浮かんでいたのか記憶がない。しかし、あのスライムの海で漂う快楽は、今までに経験したことがないものだった。
自分だけではなく、他にも同様に、中毒の者が夢心地であの中には浮かんでいた。
やがて、快楽の中に居たまま、自分はあのスライムの中で死に、そしてその身は溶けて消え去るのだろうと思っていた。
それでもいいと考えていた。
なのに、救い出されてしまった。
ほとんどのスライムが身体から排出されていたが、ほんのわずかなそれがまだ残っている。
治療している医師は、もう少しだと励ましてくれるが、それはひどくキツイ治療であった。
救い出されず、むしろ、あのままダンジョンに置いていってくれた方が遥かに良かった。夢心地で、幸せな気持ちのまま死ねたはずなのに。
耳元で声がした。
『ならばまた、ダンジョンに来ればよい』という声の誘惑は、振り払えないほど魅力的なものだった。
『もう一度、やってくれば、迎え入れてやろう。だが……』
声はまだ続く。中毒で朦朧としている頭の中に染み渡る声。
『あの男達が追いかけてくるのを、先に止めてから……あれらを殺してから……戻ってくればいい』
それらはもっともな言葉だった。
だからシャウルは、寝台からのろのろと立ち上がり、彼らを殺すために動き出す。
弱り切った体のために、少しでも動くと息が切れてしまう。
それはとても、二人の男と戦える身体ではなかった。
それでも魔術師ギガントは良いと考えていた。このシャウルを操り、シャウルがあの二人の男の前まで行けばいいのだ。
そして二人の男の前で、このシャウルを媒介として魔法陣を展開し、魔物を呼びだしてくれよう。
さすれば呼び出し魔物達が、二人の男を生きながら引き裂いてくれること、間違いなかったからだ。
「団長、あとは帰宅すればいいだけですよね。今日は私の家に来てくださいますか」
王宮へ、竜剣ヴァンドライデンを返却しつつ、事態の報告をしたバーナード。
陛下は、シャウル=ヴィッセルの救出について褒めて下さったが、ダンジョン踏破をどう成し遂げたのか報告を聞いた時は、呆れ顔をしていた。
傍らの、エドワード王太子も吹き出しそうになっていた。
竜剣を使ってのゴリ押しなど、考えられないだろう。
だが、そうやってダンジョン踏破を為したのだった。
そして今、報告を終えて帰路につき、馬車に乗っていた時の話だった。
馬車の車内で、フィリップはそう自身の屋敷へバーナードを誘った。
バーナードは馬車の中で、うなずく。
「わかった。今日はお前の屋敷へ向かおう」
その言葉に、フィリップは嬉しそうな様子だった。
フィリップの屋敷は通いの家政婦がいるだけで、人目がなく、二人で愛し合い、イチャイチャとするのに何の制限もないのだ。
騎士団の拠点では、絶対にそこでイチャイチャすることを許さない騎士団長バーナード。
内心、そのことに不満いっぱいのフィリップだが、それは仕方のないことだった。
城から王都への道を馬車で進んでいる最中、馬車の前に躍り出てきた若者がいた。
御者が慌てて馬車を止める。
轢き殺したかと思ったが、ギリギリなんとか避けたようだ。
フィリップが様子を見ようと、馬車の扉を開けて道に出たところ、そこに蹲っていたのは、先日ダンジョンから救出したシャウルであった。
慌てて彼のそばに近寄り、その身を抱きかかえる。青ざめた顔を覗き込みながらも問いかける。
「……シャウルさん? 何故、ここに?」
彼は未だ、病床にあると聞いている。
その彼がこんな路上にいて良いはずがない。
「一度、王宮に戻り、ヴィッセル侯爵家に連絡を入れよう」
次いで馬車から下りたバーナードがそう言った。
その時、シャウルを抱き上げたフィリップの足元に、光が走り、一瞬で青い魔法陣が描かれた。
「!?」
魔法陣の中心から、牛の頭に人間の身体を持つ巨体の魔物が現れる。恐ろしいほど大きな斧を両手に抱えた戦士の姿をしていた。
「魔物の召喚陣だ。フィリップ、下がれ!!」
バーナードは叫んで、シャウルを抱き上げて両手が塞がっているフィリップにそう指示した。御者と共に馬車側に二人を寄せると、バーナードは剣を抜いた。
「団長、ヴァンドライデンは……」
心配そうに叫ぶフィリップに、バーナードは言った。
「竜剣は陛下にお返しした。心配するな、フィリップ」
彼は剣を構え、その茶色の瞳は睨むように魔物を見つめていた。
路上にいた者達は、悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「魔物退治は、我らの十八番だろう」
ダンジョンの自室から、遠見の水晶玉を覗き込んでいた魔術師ギガント。
ついにシャウル=ヴィッセルを、あの二人の男達に接触させ、シャウルを媒介して魔法陣を展開した。
現れた牛頭の魔物に、驚き慄き、恐怖に震えて頭から斧で叩き斬られるシーンになるであろう場面を期待したギガント。
その後は牛頭の魔物を大暴れさせて、王都を混乱の渦に突き落としてやろうと、暗い嗤いを浮かべていたところ。
黒髪の男が剣を抜き、平然と牛頭の魔物と戦い始めたことに度肝を抜かれた。
あの巨大な斧を、剣でさばく。斧は大きさもあり、非常に重い。本来ならその威力で、矮小な人間など吹っ飛ぶところ、彼はそれに耐えていた。
振り上げられ、振り回される斧を避けて、彼は進む。
マントを翻し、騎士団の軍衣をまとっていることから、二人の男達が騎士であることに、そこで初めて気が付いた。
黒髪の、バーナード騎士団長と呼ばれる男は、最初から最後まで冷静に、魔物をさばき、そして最後には……。
「ば……馬鹿な」
ギガントは信じられないように、水晶玉を覗き込んでいた。
彼は牛頭の魔物の胸元まで飛び込むと、その剣を容赦なく、魔物の胸に突き刺した。
柄まで埋まり、心の臓を斬り裂く。
ドォンと地響きを立てながら、後ろに倒れる牛頭の魔物。
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な」
動揺のあまり、ギガントは再度、魔法陣を構築し、更に五頭の魔物を呼びだす。
その頃には、近くの王宮から近衛騎士団、そして王都から王立騎士団の騎士達も駆け付けてきて、魔物を取り囲み、数で押して魔物を嬲り殺しにし始めていた。
「団長」と呼ばれていた、あの黒髪の男は、騎士で、騎士達の尊敬を集める騎士団長。
ギガントはギリリと奥歯を噛んだ。
どうやら、彼は、この手で滅ぼさなければならない敵であるようだった。
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