騎士団長が大変です

曙なつき

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【短編】

古代ダンジョン踏破と魔術師の恨みつらみ (3)

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第三話 スライムの部屋とダンジョンの踏破


 バーナード騎士団長は脇目もふらず、睦み合っているカップルの横をスタスタと通りすぎ、部屋の扉を竜剣ヴァンドライデンで叩き斬って抜けるようにしていた。
 いかがわしい要求など、すべてスルーしている。

(ヒドイ……ヒドすぎる)

 フィリップは眉根を寄せて、バーナードを見つめている。
 バーナードは初回のキス問題以外、全部スルーしていた。
 確かに、階を下るほどにその欲求はひどいものになっていて、淫魔とはいえ元は淡白なバーナードにしてみれば、そんなひどく卑猥な要求に応えられるはずがなかった。

 そしてついに、彼らは驚くほどの速さで、三十八階層のスライム部屋とやらに辿り着いたのだ。
 初めからそこがスライム部屋だと分かっていれば、対処の仕様があると、バーナードは全身にスライム忌避剤を振りかけ、さらにはフィリップの身体にも忌避剤をまんべんなく振りかけていた。
 
 フィリップの目はどこか死んだように虚ろだった。

(せっかくのエロダンジョンなのに……この人は……この人は……)

 そして部屋に入ると、そこはプールのような四角くくり抜かれたスペースに、たっぷりの水ならぬ、たっぷりのどこかピンクがかった透明のスライムが入って、ぷるんぷるんと揺れていた。
 中には何人もの男女が裸で、その快楽に浸りきっている。
 「アンアン」とか「ウンウン」とか、喘ぐ声がひっきりなしに聞こえ、バーナードの眉間の皺がより一層、深くなっていた。
 バーナードは人相書きを凝視し、それによく似た若者が、スライムプールの中央に浮かんでいて、やはり喘いでいるのを見つけて、彼はプールの中に飛び込んだ。
 忌避剤の効果だろう。スライムはすぐさまバーナードに触れることに避けるよう、左右に割れた。バーナードは裸の若者の腕を掴むと、ずるりとプールから引き抜く。

 そして若者の頬を手で叩いた。

「シャウル=ヴィッセルか?」

 その問いかけに、シャウルは小さく呻き声を上げ、どこかぼんやりとした視線をこちらに向けて、やがてうなずいた。

「ああ」

 ここのスライムは性感スライムとして培養されているのだろう。スライムプールから引き出されたシャウルは、性的な刺激を求めて震えだし、バーナードに抱きつこうとする。スライム自身が粘液でぬらぬらと濡れ光っている。その粘液は高濃度の媚薬だという話を聞いていた。
 それをすかさずフィリップが阻止したが、シャウルは泣き叫ぶような声を上げ、刺激を求めて手を伸ばしてくる。

「いかがなさいますか」

「気絶させろ」

 容赦ないバーナードの回答に、フィリップは従って、シャウルの首に手刀の一本を入れて昏倒させた。




「さっさと出るぞ」

「上に戻りますか」

 バーナードはその言葉に、顎に手を当ててしばらく考え込んでいた。

「冒険者ギルドの情報によれば、このダンジョンは五十階層ではないかとみなされている。ここが三十八階層ならば、戻るよりも進む方が早い。踏破するぞ」

 多くの場合、踏破したダンジョンの先には、入口へ戻るための転移の魔道具が置かれている。

「…………団長、このダンジョンは、今まで誰も踏破したことのないダンジョンなんですよ」

 その言葉に、バーナードは短く言った。

「ヴァンドライデンがあれば、簡単に踏破できる。関係ないだろう」



(ヒドすぎる……)

 ダンジョンを作ったというギガントという魔術師は、草葉の陰で泣いているだろう。エロ設問の全てを無視して、強引に竜剣の能力でゴリ押ししているのだ。
 フィリップは昏倒しているシャウルを背中に背負い、バーナードは剣を構えながら、走るように階層を駆け抜けていった。
 三十八階層から更に下へ下へと降りて行く。
 四十階層を抜けたあたりから、他の冒険者を見かけることもなくなり、そしてついに、バーナード達は五十階層に辿り着いた。

 その部屋に辿り着いた時、部屋の中央には黄金色の趣味の悪い椅子が置かれ、そこにはひどく顔色の悪い黒衣の魔術師が座っていた。
 部屋に入ってきたバーナード、フィリップ、そして背負われているシャウルを見て、満面に笑みを浮かべた魔術師はパンパンと音も大きく両手で拍手していた。

「素晴らしい!! 君達はついに私の最終階層の部屋まで来てくれたのだね!!」

 バーナードとフィリップは顔を見合わせる。

「まさか、男二人+αで、このダンジョンをここまでクリアできる猛者もさが現れるとは思ってもおらなんだ。素晴らしいよ、君達」

 彼はふんふんと感心したように頷いている。
 
「……あの、貴方は……」

「ああ、ご挨拶が遅れてしまって、申し訳ないね。私はこのダンジョンの創設者で、“永遠の性の探索者”“愛の伝導師”の称号を持つ、大魔術師ギガント=クルーガーだ。よろしく頼む」

(え……)

 フィリップは呆然と、目の前の黒衣の魔術師を見つめた。
 灰色の髪に、濁ったような黄色の目をしたどこか不気味な魔術師である。彼がギガントというのならば、王国成立以前の時代から、そう、彼は千年以上生きてここに存在していることになる。

「驚いたかね。いやいや、そんな驚かなくてもいいのだよ。私はもはや、人の身であることを捨てた身だ。このダンジョンのダンジョンマスターとして生きている。ダンジョンに来る者達の精力を受け取り、生き長らえているのだよ。ハハハハハハハハ。私のエロ趣味が、私のことをこうも長く生かしてくれるとは思ってもみなかったが」

「はぁ……」

「さあ、ここが最終ステージだ。最終問題はもちろん、ダンジョンマスターであるこの私を満足させればいいというわけだぞ!! さぁ、君達、来たまえ」

 そう言って、これまた趣味の悪い黄金色の巨大な寝台の上に、手招きするギガント。その魔術師をまったく無視して、バーナードは「このあたりかな」と言いながら、部屋の壁の様子をうかがっている。
 そして、勘で場所を決めたらしいバーナードは、一瞬で腰の剣を抜きさり、一息で壁に向かって剣を振り下ろしたのだった。

 ゴウッと轟音を立てて壁が崩れ、その先に、転移の魔道具が置かれていた。

「え?」

 両手を広げ、ウェルカムの姿勢をしたギガントは、時が止まったかのように動きを止めて、呆然とその濁った黄色の目を見開いていた。
 彼は信じられないものを見たかのように、勝手に壊されている壁を眺めている。

「来い、フィリップ」

「はい、団長」

 バーナードの後を追って、フィリップは崩れた壁をまたいでいく。
 どこか呆然と立ち尽くしている魔術師ギカントに、なんとなく申し訳ない気持ちになったフィリップは、軽く頭を下げて「失礼します」と言って部屋を出て、バーナードと二人して転移の魔道具の上に乗ったのだった。

 
 そして彼らは、このいかがわしい“エロダンジョン”を、口づけ一つで踏破してしまったのだった。
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