騎士団長が大変です

曙なつき

文字の大きさ
上 下
105 / 568
第七章 加護を外れる

第十話 妖精女王の再びの強襲

しおりを挟む
 妖精王子が妖精女王に対して「フィリップの寝台に忍び込むと剣で斬り殺される」とでも伝えたのか、その日、妖精女王は眠るフィリップの寝台に再び忍び込むことはなかった。
 そして妖精王子は、偉大なるご隠居様に話をつけてくれたのか、「後ほど、おじい様とお会いする時間を取ります」と告げた。

 それまでは、ゆっくりと妖精の国で過ごして下さいと言われた。

 妖精に興味のないフィリップは、特にやることもなく、この城の中を散歩するくらいであった。
 だが、セリーヌとカトリーヌは違うようで、妖精王子も交えて仲良く歩き回ったり、一緒に本を読んで過ごしていたりする。

 仲の良いセリーヌとカトリーヌの姉妹であったが、セリーヌはこの妖精の国に残ると言っているのだ。
 フィリップは早く、人の世界に戻りたいと望んでいたが、この二人の姉妹にとって、その時が“別れの時”になる。
 今はむしろ、共に過ごせる貴重な時間になっていた。

 実際、二人の姉妹は寄り添い合い、時々悲しそうに笑い合っていた。

「お父様に手紙を書いたの。カトリーヌ、必ず渡してね」

「ええ」

 額を合わせ、その手を重ね、微笑みを交わしている少女達。
 セリーヌは、妖精王子の妻になるという。
 話を聞くと、彼女は人間であることをやめ、ゆくゆくは妖精になるらしい。
 そうした力を、妖精の王族達は持っているという。

 人間の身であることをやめるということは、フィリップにとって衝撃であった。
 そんなに簡単に、やめることができるのか。
 そう聞くと、セリーヌはその問いかけに気分を害した様子も見せずに、平然と答えた。

「異種族婚は古来からよくあることですよ。妖精と人との婚姻も昔からよくありました。だから、殿下は私を望んでくださいました」

 そうした伝承をよく知るセリーヌであるから、妖精王子からの求婚もあっさり受け入れられたのだろう。
 セリーヌはまた、こうも言っていた。

「それに、フィリップさん。貴方はそう言うのだけど、貴方だって……」

 そう言いかけるセリーヌの口を、そっと妖精王子はその手で塞いだ。

「だめだよ。彼は気づいていないようなのだから、他人からそれを教えるのはよくない」

「でも、殿下。フィリップさんのためにもそれは教えておかなければ」

「いいんだ、セリーヌ」

 二人は視線を交わし合う。フィリップは二人が何を言おうとしているのか理解できなかった。
 だが、二人はフィリップの何かを知っているような様子だった。





 フィリップは、寝台で横になった。
 相変わらず、日が暮れることのない国である。
 だから、少し疲れた時には寝台に横になるようにしていた。
 
 フィリップは目を伏せる。
 そして、寝息を立て始めた。
 意識していれば、自分がそのようにすぐに眠気を覚えたこともおかしいと思っただろう。
 彼の腕から、妖精王子から借りていた剣が滑り落ちる。
 
 それを薄く開いた扉から、妖精女王は見ていた。彼女は女王にあるまじくもニタリと笑ったのだった。






 金の髪の美しい若者が、寝台の上で眠りに落ちたのを見て、妖精女王は部屋の扉からそっと中へと入った。
 彼は、すやすやと寝台の上で眠っている。
 妖精女王は、一目見た時から、彼を気に入っていた。

 美しく逞しい若者だった。
 顔立ちは彫刻のように美麗に整っている。青い目に見つめられ、その薄い唇に吸い付きたかった。
 軟弱な肉体ではなく、筋肉のついたそれに強く抱きしめられたい。
 まさに理想的といってもいい。久々の上物だった。

 先刻、眠りの術をかけたため、きっと彼は楽しい夢の中だ。
 触れても、目を覚まさないだろう。

 妖精女王は、ぺろりとその唇を舐めた。
 楚々としたその容姿とは裏腹に、彼女は肉食系妖精女子だった。

 元の人の世界に帰りたいとか言っていた。一緒にいたあの娘は帰らせてもいい(どうでもよい)。でも、彼は別だ。
 ずっとずっと、この妖精の国に留め置いて、楽しく毎日過ごすのだ。
 この妖精の女王の寵愛を受けて。



 妖精女王は寝台に膝をつき、横たわるフィリップの側に近寄ると、その顔を覗き込んだ。

「本当に……美しいこと」

 特に顔が気に入っていた。
 妖精女王の白い手が彼の頬にかかり、その唇に唇を触れさせようとした時、パシンと音がして、女王の唇に衝撃が走った。

「………………」

 女王の眉間に、不機嫌そうな皺が寄る。
 唇を尖らせて、なおも触れさせようとすると、なおも衝撃が走って彼女は唇を押さえた。妖精女王は涙目になる。

「いっ、痛っ」

 目を凝らして見ると、若い男の身体から、黒い何かが纏わりついて、それが自分に対して“威嚇”していた。

「……………すでに“お手付き”だというのか。面白い!!」

 これだけ若く美しい男である。誰かのがついていてもおかしくはない。
 そして、その黒い纏わりつく何かは、明らかに“魔”の匂いがしていた。
 彼は、“魔”に魅入られているというわけだ。
 この魅入られようだと、このフィリップという男はその身に纏わりつく“魔”を喜んで受け入れている。

 それを引きはがせばいい。

 妖精女王は、久々に魔力を使って、フィリップという若者から“魔”を引きはがそうとした。
 力業だ。

 仮にも女王たる身である。そんじょそこいらの“魔”の魅了など簡単に引きはがしてみせる。
 そして引きはがした挙句には、めくるめくる快楽の時間が待っている。
 妖精女王は発奮した。

 だが、相手が悪かった。
しおりを挟む
感想 195

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

処理中です...