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第七章 加護を外れる
第十話 妖精女王の再びの強襲
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妖精王子が妖精女王に対して「フィリップの寝台に忍び込むと剣で斬り殺される」とでも伝えたのか、その日、妖精女王は眠るフィリップの寝台に再び忍び込むことはなかった。
そして妖精王子は、偉大なるご隠居様に話をつけてくれたのか、「後ほど、おじい様とお会いする時間を取ります」と告げた。
それまでは、ゆっくりと妖精の国で過ごして下さいと言われた。
妖精に興味のないフィリップは、特にやることもなく、この城の中を散歩するくらいであった。
だが、セリーヌとカトリーヌは違うようで、妖精王子も交えて仲良く歩き回ったり、一緒に本を読んで過ごしていたりする。
仲の良いセリーヌとカトリーヌの姉妹であったが、セリーヌはこの妖精の国に残ると言っているのだ。
フィリップは早く、人の世界に戻りたいと望んでいたが、この二人の姉妹にとって、その時が“別れの時”になる。
今はむしろ、共に過ごせる貴重な時間になっていた。
実際、二人の姉妹は寄り添い合い、時々悲しそうに笑い合っていた。
「お父様に手紙を書いたの。カトリーヌ、必ず渡してね」
「ええ」
額を合わせ、その手を重ね、微笑みを交わしている少女達。
セリーヌは、妖精王子の妻になるという。
話を聞くと、彼女は人間であることをやめ、ゆくゆくは妖精になるらしい。
そうした力を、妖精の王族達は持っているという。
人間の身であることをやめるということは、フィリップにとって衝撃であった。
そんなに簡単に、やめることができるのか。
そう聞くと、セリーヌはその問いかけに気分を害した様子も見せずに、平然と答えた。
「異種族婚は古来からよくあることですよ。妖精と人との婚姻も昔からよくありました。だから、殿下は私を望んでくださいました」
そうした伝承をよく知るセリーヌであるから、妖精王子からの求婚もあっさり受け入れられたのだろう。
セリーヌはまた、こうも言っていた。
「それに、フィリップさん。貴方はそう言うのだけど、貴方だって……」
そう言いかけるセリーヌの口を、そっと妖精王子はその手で塞いだ。
「だめだよ。彼は気づいていないようなのだから、他人からそれを教えるのはよくない」
「でも、殿下。フィリップさんのためにもそれは教えておかなければ」
「いいんだ、セリーヌ」
二人は視線を交わし合う。フィリップは二人が何を言おうとしているのか理解できなかった。
だが、二人はフィリップの何かを知っているような様子だった。
フィリップは、寝台で横になった。
相変わらず、日が暮れることのない国である。
だから、少し疲れた時には寝台に横になるようにしていた。
フィリップは目を伏せる。
そして、寝息を立て始めた。
意識していれば、自分がそのようにすぐに眠気を覚えたこともおかしいと思っただろう。
彼の腕から、妖精王子から借りていた剣が滑り落ちる。
それを薄く開いた扉から、妖精女王は見ていた。彼女は女王にあるまじくもニタリと笑ったのだった。
金の髪の美しい若者が、寝台の上で眠りに落ちたのを見て、妖精女王は部屋の扉からそっと中へと入った。
彼は、すやすやと寝台の上で眠っている。
妖精女王は、一目見た時から、彼を気に入っていた。
美しく逞しい若者だった。
顔立ちは彫刻のように美麗に整っている。青い目に見つめられ、その薄い唇に吸い付きたかった。
軟弱な肉体ではなく、筋肉のついたそれに強く抱きしめられたい。
まさに理想的といってもいい。久々の上物だった。
先刻、眠りの術をかけたため、きっと彼は楽しい夢の中だ。
触れても、目を覚まさないだろう。
妖精女王は、ぺろりとその唇を舐めた。
楚々としたその容姿とは裏腹に、彼女は肉食系妖精女子だった。
元の人の世界に帰りたいとか言っていた。一緒にいたあの娘は帰らせてもいい(どうでもよい)。でも、彼は別だ。
ずっとずっと、この妖精の国に留め置いて、楽しく毎日過ごすのだ。
この妖精の女王の寵愛を受けて。
妖精女王は寝台に膝をつき、横たわるフィリップの側に近寄ると、その顔を覗き込んだ。
「本当に……美しいこと」
特に顔が気に入っていた。
妖精女王の白い手が彼の頬にかかり、その唇に唇を触れさせようとした時、パシンと音がして、女王の唇に衝撃が走った。
「………………」
女王の眉間に、不機嫌そうな皺が寄る。
唇を尖らせて、なおも触れさせようとすると、なおも衝撃が走って彼女は唇を押さえた。妖精女王は涙目になる。
「いっ、痛っ」
目を凝らして見ると、若い男の身体から、黒い何かが纏わりついて、それが自分に対して“威嚇”していた。
「……………すでに“お手付き”だというのか。面白い!!」
これだけ若く美しい男である。誰かの手がついていてもおかしくはない。
そして、その黒い纏わりつく何かは、明らかに“魔”の匂いがしていた。
彼は、“魔”に魅入られているというわけだ。
この魅入られようだと、このフィリップという男はその身に纏わりつく“魔”を喜んで受け入れている。
それを引きはがせばいい。
妖精女王は、久々に魔力を使って、フィリップという若者から“魔”を引きはがそうとした。
力業だ。
仮にも女王たる身である。そんじょそこいらの“魔”の魅了など簡単に引きはがしてみせる。
そして引きはがした挙句には、めくるめくる快楽の時間が待っている。
妖精女王は発奮した。
だが、相手が悪かった。
そして妖精王子は、偉大なるご隠居様に話をつけてくれたのか、「後ほど、おじい様とお会いする時間を取ります」と告げた。
それまでは、ゆっくりと妖精の国で過ごして下さいと言われた。
妖精に興味のないフィリップは、特にやることもなく、この城の中を散歩するくらいであった。
だが、セリーヌとカトリーヌは違うようで、妖精王子も交えて仲良く歩き回ったり、一緒に本を読んで過ごしていたりする。
仲の良いセリーヌとカトリーヌの姉妹であったが、セリーヌはこの妖精の国に残ると言っているのだ。
フィリップは早く、人の世界に戻りたいと望んでいたが、この二人の姉妹にとって、その時が“別れの時”になる。
今はむしろ、共に過ごせる貴重な時間になっていた。
実際、二人の姉妹は寄り添い合い、時々悲しそうに笑い合っていた。
「お父様に手紙を書いたの。カトリーヌ、必ず渡してね」
「ええ」
額を合わせ、その手を重ね、微笑みを交わしている少女達。
セリーヌは、妖精王子の妻になるという。
話を聞くと、彼女は人間であることをやめ、ゆくゆくは妖精になるらしい。
そうした力を、妖精の王族達は持っているという。
人間の身であることをやめるということは、フィリップにとって衝撃であった。
そんなに簡単に、やめることができるのか。
そう聞くと、セリーヌはその問いかけに気分を害した様子も見せずに、平然と答えた。
「異種族婚は古来からよくあることですよ。妖精と人との婚姻も昔からよくありました。だから、殿下は私を望んでくださいました」
そうした伝承をよく知るセリーヌであるから、妖精王子からの求婚もあっさり受け入れられたのだろう。
セリーヌはまた、こうも言っていた。
「それに、フィリップさん。貴方はそう言うのだけど、貴方だって……」
そう言いかけるセリーヌの口を、そっと妖精王子はその手で塞いだ。
「だめだよ。彼は気づいていないようなのだから、他人からそれを教えるのはよくない」
「でも、殿下。フィリップさんのためにもそれは教えておかなければ」
「いいんだ、セリーヌ」
二人は視線を交わし合う。フィリップは二人が何を言おうとしているのか理解できなかった。
だが、二人はフィリップの何かを知っているような様子だった。
フィリップは、寝台で横になった。
相変わらず、日が暮れることのない国である。
だから、少し疲れた時には寝台に横になるようにしていた。
フィリップは目を伏せる。
そして、寝息を立て始めた。
意識していれば、自分がそのようにすぐに眠気を覚えたこともおかしいと思っただろう。
彼の腕から、妖精王子から借りていた剣が滑り落ちる。
それを薄く開いた扉から、妖精女王は見ていた。彼女は女王にあるまじくもニタリと笑ったのだった。
金の髪の美しい若者が、寝台の上で眠りに落ちたのを見て、妖精女王は部屋の扉からそっと中へと入った。
彼は、すやすやと寝台の上で眠っている。
妖精女王は、一目見た時から、彼を気に入っていた。
美しく逞しい若者だった。
顔立ちは彫刻のように美麗に整っている。青い目に見つめられ、その薄い唇に吸い付きたかった。
軟弱な肉体ではなく、筋肉のついたそれに強く抱きしめられたい。
まさに理想的といってもいい。久々の上物だった。
先刻、眠りの術をかけたため、きっと彼は楽しい夢の中だ。
触れても、目を覚まさないだろう。
妖精女王は、ぺろりとその唇を舐めた。
楚々としたその容姿とは裏腹に、彼女は肉食系妖精女子だった。
元の人の世界に帰りたいとか言っていた。一緒にいたあの娘は帰らせてもいい(どうでもよい)。でも、彼は別だ。
ずっとずっと、この妖精の国に留め置いて、楽しく毎日過ごすのだ。
この妖精の女王の寵愛を受けて。
妖精女王は寝台に膝をつき、横たわるフィリップの側に近寄ると、その顔を覗き込んだ。
「本当に……美しいこと」
特に顔が気に入っていた。
妖精女王の白い手が彼の頬にかかり、その唇に唇を触れさせようとした時、パシンと音がして、女王の唇に衝撃が走った。
「………………」
女王の眉間に、不機嫌そうな皺が寄る。
唇を尖らせて、なおも触れさせようとすると、なおも衝撃が走って彼女は唇を押さえた。妖精女王は涙目になる。
「いっ、痛っ」
目を凝らして見ると、若い男の身体から、黒い何かが纏わりついて、それが自分に対して“威嚇”していた。
「……………すでに“お手付き”だというのか。面白い!!」
これだけ若く美しい男である。誰かの手がついていてもおかしくはない。
そして、その黒い纏わりつく何かは、明らかに“魔”の匂いがしていた。
彼は、“魔”に魅入られているというわけだ。
この魅入られようだと、このフィリップという男はその身に纏わりつく“魔”を喜んで受け入れている。
それを引きはがせばいい。
妖精女王は、久々に魔力を使って、フィリップという若者から“魔”を引きはがそうとした。
力業だ。
仮にも女王たる身である。そんじょそこいらの“魔”の魅了など簡単に引きはがしてみせる。
そして引きはがした挙句には、めくるめくる快楽の時間が待っている。
妖精女王は発奮した。
だが、相手が悪かった。
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