騎士団長が大変です

曙なつき

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【短編】

傷病の騎士の、妻たるものの務め (九)

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第九話 勝負に負けた執事


 翌朝、目が覚めた時にはバーナードの姿は既に寝台の傍らになかった。
 仕事に行ってしまったのだろう。
 フィリップは寝台から起き上がる。

 そこでぎょっとしたのは、寝台の傍らの椅子に、執事のセバスが座っており、どこかやつれ果てた彼がじっとフィリップを凝視していたからだ。

 彼はテーブルの上の二つの魔道具を指さして、言った。

「これは……マグル副王宮魔術師長からの差し金か」

「…………そうです」

 すると、セバスの形相が恐ろしいものに変わった。
 それは鬼のようにと言っても良いもので、目は血走り吊り上がり、唇は噛み締められて血が滲んでいた。
 あの柔和そうな顔立ちから、一瞬にして変わったのだった。

「あの魔術師のこせがれが!!」

 憎々し気に叫び、やがて肩を落とした。
 小さな声で言った。

「マグル副王宮魔術師長に伝えてください。……今回はお前の勝ちだと。次回は私が必ず破ってみせると」

「…………どういう意味ですか」

 それに、執事のセバスは顔をのろのろと上げて言った。

「ああ、あなたは聞いておらぬのですね。私とマグルは、マグルが魔術の勉強を始めた時から、常に勝負を繰り返して来たんです。あのガキは坊ちゃまの親友と言っていますが、坊ちゃまを悪の道に引きずり込もうとする悪魔の化身です」

「………………」

「坊ちゃまが剣の鍛錬をしていると、いつの間にか現れて街へ連れ出したり、坊ちゃまが勉強をしていても、アレは邪魔をしにきて」

 そういえば、マグルとバーナードは幼馴染みだと聞いていた。
 ずっと前から、マグルはこの執事のセバス達と戦い続けていたのだ。

「アレは魔術が使えるから、坊ちゃまをいつも魔法を使って連れ回すんです。とんでもないガキです」

 目に浮かぶようだ。
 マグルが怒り狂うセバスの前から、子供のバーナードを連れて逃げ回る姿が。
 きっと彼らは楽しかっただろう。
 
「こんな怪しげな魔道具をこしらえて、私の邪魔ばかりする。ああ、今回はあいつの勝ちです。私がいくら攻撃魔法をぶつけても、アレの作った結界はびくともしなかった」

 その言葉に、フィリップはぎょっとした。
 え、主人の眠る寝室に向かって、この執事は攻撃魔法をぶちかましていたの?
 え、おかしくないか?

 バーナードと致している寝室の外で、そんなことが行われているとは想像だにしなかった。

 そしてマグルはマグルで、この“結界魔道具”を渡す時に「最上級の攻撃魔法が頭上で炸裂しても大丈夫なほどの、高強度の結界を生成できる。僕が知る限り、史上最強の強度だ」と誇らしげに述べていたではないか。
 ああ、ここにその、最上級の攻撃魔法を頭上に炸裂させようとする執事がいたことを、マグルは知っていたのだ。

「でも、次回は負けません。そう伝えください」

 執事セバスは睨みつけるようにフィリップを見つめて、そう告げた。
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