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第五章 サキュバスの加護を持つ娘
第四話 サキュバスの加護を持つ娘(下)
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セーラ=メロウレスは、伯爵家の二番目の娘であった。
彼女には、別荘地で知り合った非常に美しい同い年の友人がいた。
黄金の長い髪に、豊満な肢体を持つその少女は、サリーといって、セーラに様々なことを優しく教えてくれた。
二人は、まるで鏡に映ったもう一人の自分のように、まったく同じ髪色と身体、声音を持っていた。
そのことをセーラは幼い頃から不思議に思っていたが、サリーはけっして自分のことを他の人間に話さないように告げていた。
もし、サリーのことを他人に話したのならば、もう二度と、自分はセーラの元へ行くことはできないからと。
遠い別荘地で出会ったはずのサリーは、夜になるとたびたびセーラの元へ現れ、彼女を愛してくれた。
優しく美しいサリーのことが、セーラは大好きだった。
貴族の娘として、セーラには幼い頃から婚約者がいた。
いよいよ十六歳になったセーラが、婚約者の元へ嫁ぐ日がやってきた時、サリーはセーラに、滅多にない贈り物をすると告げた。
その桜色の唇で、甘くセーラの耳元で囁きながら、彼女はこう言った。
「大好きな大好きな、セーラ。あなたの幸福をわたくしは誰よりも望んでいるわ」
セーラの結婚を機に、サリーは遠い場所へ行って、もうセーラのもとには現れないと言う。
そのことをとても残念に思っていたが、二人のこの密やかな関係は誰にも言ってはならないものだと、セーラも気が付いていた。
「あなたがいつまでも、旦那様に愛されるように、特別な加護をあげる」
サリーは唇の端を釣り上げ、まるで空に上がる細い月のような笑みを浮かべた。
一瞬、胸の内を不安が横切ったが、セーラは大好きなサリーを抱きしめて言った。
「ありがとう、サリー」
「いいのよ、セーラ。とても、あなたを愛しているわ」
そうして、セーラは幼い頃からの友である、美しいサリーから加護を受け取ったのだった。
その加護は、“サキュバスの加護”であった。
淫乱、名器を伴うその加護は、結婚したセーラの夫を、彼女に夢中にさせた。
誰よりも美しい妻で、誰よりも素晴らしい身体を持つ彼女を、夫は愛した。愛し抜いた。
朝も昼も夜もなく、延々と求め続けた。
ついには、その体が衰えていってもなお、妻を求め続けるその様に異常を感じた屋敷の者達が、ひそかに神殿の神官を呼び寄せ、彼女を“鑑定”した結果、“サキュバスの加護”がついていることを知ったのだった。
夫は彼女と別れたくないとしがみついたが、周りの者はそれを言い含め、なだめ、遂には強く説得し、彼女と離縁させた。
一人身になったセーラの加護を聞きつけた王宮の侍従達は、彼女を喜んで王宮に迎えることになった。
王太子エドワードの対の相手として。
まさにセーラは“最強王”の呪いを発現したエドワードにふさわしい相手であった。
その姿形の麗しさ、貴族らしく洗練された仕草、そしてエドワードの尽きることのない欲を受け止めることのできる肉体。
女の身であるからして、そのうちエドワードの子を懐妊することもできるだろう。
素晴らしい妃だと、王宮の侍従達は彼女を喜び迎え入れた。
エドワードもセーラも、互いを互いの足りない場所を補うピタリとはまるピースのように、自分達のことを認め合っていた。互い無くしては、“普通”の生活ができないことを理解していた。
だから、互いに互いを大事にした。優しく穏やかに支え合った。
けれど、“愛”は別であることを二人は知っていた。
セーラはあの美しいサキュバスの娘、サリーのことを忘れられなかった。
幼い頃出会ったあの娘は、今思えば、夢を渡り現れること、いつも甘く身体を求め自分はその身に溺れたこと、そしてついには加護を授けたことなどから、サキュバスであることは間違いないと思った。
なぜ自分に加護を与えたのかわからない。けれど、よく言えば、結婚するセーラへの祝いの贈り物として為したものなのかも知れない。悪く言えば、混沌を好む魔物の常としてセーラの周りを混乱させたかったのかも知れない。今となってはその目的はわからない。
でも、きらびやかな王宮の中で、かしづかれながら過ごすこの生活は悪いものではなかった。
このまま王太子エドワードの寵愛を一心に受けて、セーラは王宮で一生を終えるかも知れないと思っていた。
王太子エドワードは美麗な容姿を持つ素晴らしい王太子であった。セーラにも優しく、慣れない王宮の生活に早く慣れるように気を配ってくれる。侍従達も彼女を進んで支えようとしてくれた。
セーラは、エドワードのことがすぐに好きになり、そして気が付いた。
彼も、自分と同じように別の誰かが心の中に住んでいることを。
そしてそれは決して、手が届かない相手であるようで、セーラはエドワードが好きな分だけ、彼の届かぬ恋に心を痛めた。
彼女はエドワードの恋が叶うことを願っていた。
今は、その相手が誰であるか、わからない。
けれど、もし知ることができたのなら、全力でそれを応援しようと思っていた。
バーナード騎士団長は、ふいにぞくりと身を震わせ、空を見上げた。
傍らのフィリップ副騎士団長が、その様子に怪訝そうな顔をする。
「どうされましたか?」
「いや、少し悪寒を感じた」
「寒いですからね。ほら、雪がちらついていますよ」
フィリップの指さす先に、灰色の空からひらひらと白い雪の結晶が舞い落ちてくる。
バーナードは目を細めた。
寒いわけだった。吐く息も白い。白く空気に溶けていく。
「本当だ」
「また雪が積もりそうですね。早く、戻りましょう」
詰め所で、温かい飲み物でも用意して飲みましょうという言葉に、バーナードは笑いながらうなずいた。
「そうだな、急ごう」
そして二人で肩を並べ、歩いていくのだった。
彼女には、別荘地で知り合った非常に美しい同い年の友人がいた。
黄金の長い髪に、豊満な肢体を持つその少女は、サリーといって、セーラに様々なことを優しく教えてくれた。
二人は、まるで鏡に映ったもう一人の自分のように、まったく同じ髪色と身体、声音を持っていた。
そのことをセーラは幼い頃から不思議に思っていたが、サリーはけっして自分のことを他の人間に話さないように告げていた。
もし、サリーのことを他人に話したのならば、もう二度と、自分はセーラの元へ行くことはできないからと。
遠い別荘地で出会ったはずのサリーは、夜になるとたびたびセーラの元へ現れ、彼女を愛してくれた。
優しく美しいサリーのことが、セーラは大好きだった。
貴族の娘として、セーラには幼い頃から婚約者がいた。
いよいよ十六歳になったセーラが、婚約者の元へ嫁ぐ日がやってきた時、サリーはセーラに、滅多にない贈り物をすると告げた。
その桜色の唇で、甘くセーラの耳元で囁きながら、彼女はこう言った。
「大好きな大好きな、セーラ。あなたの幸福をわたくしは誰よりも望んでいるわ」
セーラの結婚を機に、サリーは遠い場所へ行って、もうセーラのもとには現れないと言う。
そのことをとても残念に思っていたが、二人のこの密やかな関係は誰にも言ってはならないものだと、セーラも気が付いていた。
「あなたがいつまでも、旦那様に愛されるように、特別な加護をあげる」
サリーは唇の端を釣り上げ、まるで空に上がる細い月のような笑みを浮かべた。
一瞬、胸の内を不安が横切ったが、セーラは大好きなサリーを抱きしめて言った。
「ありがとう、サリー」
「いいのよ、セーラ。とても、あなたを愛しているわ」
そうして、セーラは幼い頃からの友である、美しいサリーから加護を受け取ったのだった。
その加護は、“サキュバスの加護”であった。
淫乱、名器を伴うその加護は、結婚したセーラの夫を、彼女に夢中にさせた。
誰よりも美しい妻で、誰よりも素晴らしい身体を持つ彼女を、夫は愛した。愛し抜いた。
朝も昼も夜もなく、延々と求め続けた。
ついには、その体が衰えていってもなお、妻を求め続けるその様に異常を感じた屋敷の者達が、ひそかに神殿の神官を呼び寄せ、彼女を“鑑定”した結果、“サキュバスの加護”がついていることを知ったのだった。
夫は彼女と別れたくないとしがみついたが、周りの者はそれを言い含め、なだめ、遂には強く説得し、彼女と離縁させた。
一人身になったセーラの加護を聞きつけた王宮の侍従達は、彼女を喜んで王宮に迎えることになった。
王太子エドワードの対の相手として。
まさにセーラは“最強王”の呪いを発現したエドワードにふさわしい相手であった。
その姿形の麗しさ、貴族らしく洗練された仕草、そしてエドワードの尽きることのない欲を受け止めることのできる肉体。
女の身であるからして、そのうちエドワードの子を懐妊することもできるだろう。
素晴らしい妃だと、王宮の侍従達は彼女を喜び迎え入れた。
エドワードもセーラも、互いを互いの足りない場所を補うピタリとはまるピースのように、自分達のことを認め合っていた。互い無くしては、“普通”の生活ができないことを理解していた。
だから、互いに互いを大事にした。優しく穏やかに支え合った。
けれど、“愛”は別であることを二人は知っていた。
セーラはあの美しいサキュバスの娘、サリーのことを忘れられなかった。
幼い頃出会ったあの娘は、今思えば、夢を渡り現れること、いつも甘く身体を求め自分はその身に溺れたこと、そしてついには加護を授けたことなどから、サキュバスであることは間違いないと思った。
なぜ自分に加護を与えたのかわからない。けれど、よく言えば、結婚するセーラへの祝いの贈り物として為したものなのかも知れない。悪く言えば、混沌を好む魔物の常としてセーラの周りを混乱させたかったのかも知れない。今となってはその目的はわからない。
でも、きらびやかな王宮の中で、かしづかれながら過ごすこの生活は悪いものではなかった。
このまま王太子エドワードの寵愛を一心に受けて、セーラは王宮で一生を終えるかも知れないと思っていた。
王太子エドワードは美麗な容姿を持つ素晴らしい王太子であった。セーラにも優しく、慣れない王宮の生活に早く慣れるように気を配ってくれる。侍従達も彼女を進んで支えようとしてくれた。
セーラは、エドワードのことがすぐに好きになり、そして気が付いた。
彼も、自分と同じように別の誰かが心の中に住んでいることを。
そしてそれは決して、手が届かない相手であるようで、セーラはエドワードが好きな分だけ、彼の届かぬ恋に心を痛めた。
彼女はエドワードの恋が叶うことを願っていた。
今は、その相手が誰であるか、わからない。
けれど、もし知ることができたのなら、全力でそれを応援しようと思っていた。
バーナード騎士団長は、ふいにぞくりと身を震わせ、空を見上げた。
傍らのフィリップ副騎士団長が、その様子に怪訝そうな顔をする。
「どうされましたか?」
「いや、少し悪寒を感じた」
「寒いですからね。ほら、雪がちらついていますよ」
フィリップの指さす先に、灰色の空からひらひらと白い雪の結晶が舞い落ちてくる。
バーナードは目を細めた。
寒いわけだった。吐く息も白い。白く空気に溶けていく。
「本当だ」
「また雪が積もりそうですね。早く、戻りましょう」
詰め所で、温かい飲み物でも用意して飲みましょうという言葉に、バーナードは笑いながらうなずいた。
「そうだな、急ごう」
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