騎士団長が大変です

曙なつき

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第一章 騎士団長が大変です

第二話 耐える騎士団長

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 侯爵家から馬車を出してもらい、フィリップ副騎士団長はバーナード騎士団長を連れ出した。
 騎士団長は眉間に深い皺を寄せ、耐えるようにじっとしていた。




 あの時、“淫魔の王女”は、美しい面にまざまざと侮蔑の表情を浮かべ、こう言い放った。

『わたくしを捕えて自分のものにしようだなんて、なんて身の程知らずな人間どもよ。その愚かさの罰を受けるといい。そうね、あなた……』

 黒い巻き毛を揺らし、赤い唇の端をくっと釣り上げ、フィリップ副騎士団長に向かって白い手を伸ばした。

『男でもあなたならいいわ。美しいもの。あなたなら、この部屋中の男から精を絞り取れるでしょう。ウフフフフフフ、アハハハハハハハ、取り憑いた瞬間に、あなた達を襲ってあげるわ。あなた達の×××から思う存分×××して××××してあげるから』

 ×××部分はあまりにも卑猥な言葉過ぎて、フィリップの頭の中では再生不可能だった。
 あの女淫魔がもし、自分に取り憑いていたら、どうなっていただろうと思うと恐ろしい。
 取り憑かれた瞬間、周囲の男達に襲いかかっていただろうか。

 フィリップを救ったのは近くにいたバーナード騎士団長だった。
 彼は無言で、襲いかかってきた“淫魔の王女”の前に立ちはだかり、そして驚いた表情の“淫魔の王女”は、彼に触れた瞬間に消えた。

 次の瞬間、バーナードは床に膝をつき、苦しそうに眉を寄せ、耐える様子を見せ始めた。

「団長!!」

 庇われた?

 それがわかったフィリップは蒼白となり、バーナードの肩を揺すった。それにはバーナードは叫ぶように言った。

「俺に触るな!!」

 眉を寄せ、唇を噛み締めている。きつく噛み締めているせいで、そこからは血がにじみ出していた。
 ハァハァと荒く息をついて、自分で自分の身を抱きしめるようにしている。

「…………どこかに俺を閉じ込めてくれ。でないと、耐えきれなくなった時に」

 耐えきれなくなった時に起こる事態を想像した侯爵と護衛騎士は真っ青になった。
 慌てて侯爵は馬車を用意した。フィリップ副騎士団長は屋敷に一人暮らしだった。
 すぐさま騎士団長をその屋敷に隔離することにした。

 かくして、冒頭の見習い騎士ミカエルが神殿に走る場面に繋がったのである。




 フィリップの屋敷に着くまでの間も、バーナード騎士団長はとにかく苦しそうな様子だった。
 馬車の振動さえも辛い様子で、目をぎゅっと閉じて、無言だった。

 フィリップの屋敷は、通いの家政婦がいるだけのもので、今回の事態には都合が良かった。





 寝室のある部屋にバーナードを案内する。
 彼は部屋に入るなり言った。

「俺を縛れ、フィリップ」

「……団長」

「早くしろ。そうしないと、俺が耐えられなくなった時にお前を襲う。わかったな。縄でぐるぐる巻きにしろ」

 フィリップは悲痛な面持ちでうなずいた。

「わかりました、団長」

 そしてどこからか丈夫そうな縄を持ち出し、団長の手を背中でくくった。きつく何重にも結わえる。
 茶色の団長の目が、どこか虚ろになってきた。

 時折、くそっと叫んでいる。

「早く封印紙で封印してもらわないと、気が狂いそうだ!!」

「団長。……申し訳ありません、私のせいで……」

「それはいいんだ、気にするな」

 尊敬する騎士団長の足を引っ張ってばかりだった。副騎士団長フィリップの心は沈む。
 彼の役に立ちたいと、王立騎士団に入り、副騎士団長になり、ようやくこの憧れの人に尽くせると思っていたのに。
 役立つどころか、このような事態になるとは。

 バーナード騎士団長は呻きながら言った。

「フィリップ……部屋から出ろ。いいか、もし、俺がお前に襲いかかったら、俺を倒せ」

「団長?」

「いいか、約束しろ。俺を倒すんだ。怪我をさせてもいい」

 ハァハァと息が荒い。その茶色の目が濡れたように輝き、どこか艶めかしく思えてゾクリとした。

「わかったな」



 フィリップは部屋を出た。
 一緒の部屋にいること自体が、騎士団長を苦しめているように思えたからだ。
 そして居間の椅子に座っていると、バーナード騎士団長の居る部屋からモノを倒すような大きな音が響く。
 
 大丈夫だろうかと立ち上がった瞬間、彼の居た部屋の扉が蹴り破られた。

 ヒュッと息を飲む。

 そこには目をギラギラと輝かせ、手を後ろでに縛られながらも仁王立ちしていた騎士団長の姿があった。
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