愚かな道化は鬼哭と踊る

ふゆき

文字の大きさ
上 下
54 / 63
【護り人形】

拾伍

しおりを挟む
 何かしらの理由で契約者である佐久間のおっさんとだけしか言葉が通じないのか、はたまた何かしらの意味があるのか。ベニ姐さんの言葉は、怪異同士を除けば佐久間のおっさんにしか通じない。
 たまにオレに用事がある時でも、九十九か狗呂を介してしか、話しかけてこないのだ。
 だから、ベニ姐さんが人形師に向かって何を言ったのかオレにはわからなかったのだが。狗呂にはベニ姐さんの言葉が聞き取れたのだろう。
 珍しくもやや慌てた様子でずるりと影から這い出してくるや、腹で抱え込むようにして、ぐるりとオレに巻き付いた。

「ヒュイッ。フィ、フィイッ」

「そりゃあよう。『育児放棄された子供』にゃあ違いねえが、育ち過ぎだろ」

「フィッ!」

「まあ、『護り人形』だ。悪いもんではねえんだろうけど、なあ」

 ベニ姐さんに何事かを告げられ、苦々しい顔をした佐久間のおっさんが、しばし迷うようにオレを見る。
 そうしてふと、オレの腹に巻き付いて人形を威嚇している狗呂に視線を移すと、諦めたように肩を竦めた。

「あー……。トラに九十九に狗呂だ。今更か」

「ヒュイッ」

「しょうがねえ。その人形は買い取りだ」

「フィイィッ」

 さもしぶしぶといった口調で、佐久間のおっさんが告げた『買い取り』という単語に反応して、思わず指にしがみついたままの人形を見下ろす。
 虎蔵と九十九と狗呂の名前が何故いまここで出てくるのか気になりはしたが、どうせいまはそれどころじゃないと返されるのがオチだ。
 ならば、狗呂が低く唸りつつ威嚇している人形をどうにかする方が先だろう。

 佐久間のおっさんが『買い取り』だと告げたという事は恐らく、『祓う』と決めたという事だ。
 尼子さんだと勢い余ってオレにまで影響が出るらしいし。
 なら佐津川さんかと指示を仰ぐべく顔を向けかけ、いつの間にやらオレを凝視していた人形師とまともに視線が絡む。

 狂気と後悔を孕んだ、仄暗い眼差し。
 恩人の『最期の想い』を届けるべく、求めて求めて、気の遠くなる年月を経てなおまだ探し求める『未練』の成れの果て。
 ここにいるのは、人形師そのものではなく、ただの妄執。無念が未練となって人形に染み付いた、残滓だ。
 泣き叫ぶようなその表情を見れば、願い半ばで無理矢理諦めさせるのは哀れにも思えてしまうほどの、渇望。
 ただただ、遺していく子供を案じた母親と、そんな母親の『想い』をその子供に届けたかった人形師。
 嫉妬がすべての歯車を狂わせ生じた、哀れな妄執。

 『母親』の『愛情』を知らないオレからしてみれば、ここまで『想い』を遺してもらえるのは羨ましい限りだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

限界集落

宮田 歩
ホラー
下山中、標識を見誤り遭難しかけた芳雄は小さな集落へたどり着く。そこは平家落人の末裔が暮らす隠れ里だと知る。その後芳雄に待ち受ける壮絶な運命とは——。

歩きスマホ

宮田 歩
ホラー
イヤホンしながらの歩きスマホで車に轢かれて亡くなった美咲。あの世で三途の橋を渡ろうとした時、通行料の「六文銭」をモバイルSuicaで支払える現実に——。

二つの願い

釧路太郎
ホラー
久々の長期休暇を終えた旦那が仕事に行っている間に息子の様子が徐々におかしくなっていってしまう。 直接旦那に相談することも出来ず、不安は募っていくばかりではあるけれど、愛する息子を守る戦いをやめることは出来ない。 色々な人に相談してみたものの、息子の様子は一向に良くなる気配は見えない 再び出張から戻ってきた旦那と二人で見つけた霊能力者の協力を得ることは出来ず、夫婦の出した結論は……

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

呼ばれた者

風見鳥
ホラー
執筆中のものです。学友である二人の男を通して、人知の外にあるものに近づいてゆく物語です。 オカルトな奇譚としては先人の影響を濃く表明したものです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

遠吠え

宮田 歩
ホラー
フリーランスのリエは自然と静寂を求めて山深い山王村に移住してきた。そこではかつてオオカミを信仰する風習があったのだが——。

処理中です...