愚かな道化は鬼哭と踊る

ふゆき

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【犬神】

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 虎蔵を風呂に追いやってすぐ、九十九と会話をしながら怪異に持っていかれる分も含めて米を一升炊いた。
 冷凍室に残っていた鱈でホイル焼きも作ったし、同じく残っていた鶏だんごと半端野菜で汁物も作った。
 後はこの炒め物で、家にあった直ぐに調理できる食材はほぼゼロだ。これで足りないとなればもう、非常食の缶詰を開けるか、デリバリーを取るしかない 。

 背は高くもなく低くもなく、華奢な体つきで、細面。茶色に染められた髪はいつ見ても流行の髪型に整えられられていて、ぱっと見は、その辺にいるちゃらちゃらした優男――なのだが。
 見た目によらず、虎蔵はよく食べる。この細い身体のいったいどこに入るのかと不思議になるくらいによく食べる。
 一升炊いた白飯は、大半がコイツの底なし胃袋に収まる予定だ。
 てか、最低でも五合は炊かなきゃオレの分が残らない。お互い気心が知れているせいか、虎蔵はオレに対する遠慮がまるでなく、油断しているとすべて食べ尽くしてしまうのだ。
 ちょっと前まではまだ遠慮らしきものがあった気がするのだが、オレがこちら側の世界にずぶずぶとはまり込んでからは、きれいさっぱりなくなった。
 もちろんオレにも虎蔵に対する遠慮なぞまるでないが、虎蔵よりはまだあった。いくら親しい仲だろうが、人様の家の食糧を根こそぎ食らい尽くすような真似はオレにはできない。

「オレも後で入るし気にすんな。それよりおまえ、これだけで足りるか?」

「う~ん。足りひんような気もするけど、一晩くらい腹半分でも我慢するし、こんだけあったらええよ」

 腰にタオルを巻いただけの姿で台所を覗きにきた虎蔵が、そら恐ろしいことをさらりと宣う。
 これだけあって腹半分。マジで洒落にもなりゃしねえが、我慢するってんならまあいいか。

「なんだ。いつになく殊勝じゃねえか」

「今日ほんまさんざんやってん。そやし、はよ美味しいご飯で癒されたい」

「ふうん?」

 色気より食い気。あればあっただけ食いたいヤツが、珍しいこともあるもんだ。
 とはいえ、あるものだけで我慢してくれるってんなら、こっちも助かる。

 喋っているうちにほどよい焦げ目のついた豚バラ肉に大量のキャベツを加え、サッと炒める。ここでのコツは、強火で一気に火を通すことだ。
 しゃきしゃきとした食感のあるうちに火からおろして皿にあけ、フライパンにオリーブオイルを気前よく注ぐ。
 弱火でとろとろ熱しながら、刻んだニンニクとネギ、ショウガをどばっと投入。香りがたったらしょうゆを入れて混ぜ合わせ、皿に移した豚バラ肉とキャベツに回しかければ、出来上がり。
 簡単、豚バラキャベツのニンニクしょうゆ炒めの完成だ。

「うし、完璧」
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