愚かな道化は鬼哭と踊る

ふゆき

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【六従兄弟姉妹(むいとこ)】

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 にわかに信じ難い話ではあるが、実際に怪異を見ちまったんだから信じるしかない。

「そんなん言うても、正式な作法も技法も知らへんし。リュウちゃんかて『視た』やろ? あの人ら、こっちの話が聞こえとるくせして、理解はしてくれへんのやで? しかも、自分らの理屈で動いとるから、こっちの都合なんておかまいなしや。拳で語るのが一番手っ取り早いねんて」

 血糊が消え、すっかり綺麗になった手のひらを、虎蔵が顔の前でパタパタと振る。
 どういう仕組みになっているのか知らないが、虎蔵の全身を汚していた返り血は、時間の経過と共に薄れ、綺麗さっぱり消え失せた。
 怪異を倒してなお残る痕跡は、相手の影響がなくなれば消える、鼬の最後っ屁のようなモノだと虎蔵は言う。
 力も弱く、引き際も潔い怪異の場合は早く消え、怨みを持つモノや未練の強いモノほど影響は長く残る。
 そういうモノなのだそうだ。
 今回のおっさんは、ビルへの執着は強くとも、うつし世への未練は少なかったのだろうと虎蔵は言う。

「--……虎蔵、おまえそれ。どんな職場だよ?」

 虎蔵の、歩みにあわせてふわふわと揺れる茶色い髪を眺めながら、ふと。本当にふと浮かんできた問いを、小さく呟く。

 十年以上つるんできて、はじめて口にする問いかけ。

 虎蔵は、あまり自分の事を話したがらない。だからいままで、個人的な話はしてこなかった。
 けれど、いまふと。オレは、虎蔵の職業すら知らない自分に気が付いた。
 自分からぶちまけたとはいえ、オレの事情は全部筒抜けなのに、オレは虎蔵の事情をまるで知らない。
 私生活然り。オレ以外の交流関係然り。職業然り。

 虎蔵には虎蔵の生活がある。
 そんなことすら思い至らないで、十数年。オレはただ諾々と、虎蔵の傍らにいたのだ。

 何処に住んでいるのかは知っている。連絡先も知っている。
 でもそれだけ。その他のことはさりげなくぼかされて、話したくないならまあいいかと、そのままになっていた。

 なにがあっても、付かず離れず。居心地の良い距離で側に寄り添ってくれる虎蔵は、オレが唯一手に入れた、途切れさせたくない『縁』だ。
 他に誰も残らなかった中で、虎蔵は。虎蔵だけは。どれだけ派手な喧嘩をしようとも、当たり前みたいな顔をして、ずっとオレの側にいた。
 危うい均衡の中で道を踏み外すことなく--人生に絶望することなく生きてこられたのは、間違いなく虎蔵の存在があったからだ。

 だがしかし。いまさら--本当にいまさらではあるのだが。
 オレにとって虎蔵は唯一の縁だが、虎蔵にとってオレは、その他大勢の中のひとりでしかないことに、気が付いてしまった。
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