36 / 85
その10. 付き合ってください
(4)
しおりを挟む
健斗がうっかり一週間後で予約したイタリアン・レストランを思い出し、とっさに美晴は顔を上げた。途端に自分を見つめる視線に絡みとられる。大柄な牧羊犬の様な男が、美晴が返事をするのをただひたすら息を詰めて待っていた。
「付き合ってみて、お互いを知り合うところから、始めさせてください」
「井草さん……」
自分に、そこまでの魅力や価値があるとは思えない。でも逆に、彼の気持ちを突っぱねて拒否するだけのなにか強い理由がある訳でもないことに美晴は気が付いた。張り詰めていた気持ちが、彼を見ていると次第に緩んでくる。
そっと息を吐きだすと、美晴は膝をずらして体ごと健斗に向き合った。
「……実際に付き合って、なんか違うって思ったらすぐに言ってくださいね」
「それは、どういう意味で」
「井草さん、責任感じてズルズル付き合っちゃいそうだから。だから、違和感あったらすぐに解消するって約束してくれるなら……」
「付き合ってくれるんですね」
健斗の確認に、黙ったまま美晴がうなずく。健斗の目が大きく見開かれてから、細まった。口角も上がっている。彼にしては最大の微笑みだ。
「あの、お願いがあるんですが俺のこと名前で呼んでもらえませんか」
「……ケンケン?」
「いや、そっちじゃなくて。っていうか、それ陽平しか言ってないし」
「陽平って、柿村さん? 本当に二人、仲良いですよね」
「だからなんで今、陽平の話しなくちゃいけないんですか」
これは拗ねた表情だ。そう思うと、美晴はなんだか可笑しくなってきた。
「健斗君? それとも健斗? どっちがいいですか?」
「健斗の方で。あと、敬語も無しでお願いします」
「自分だって、使っているのに」
クスクス笑うと、なんだか健斗の頭を撫でたくなった。でも彼が指一本たりと触れないと誓っているのに、誓われた美晴の方が接触しては駄目だろう。
「俺の敬語は、まあおいおい」
「それじゃあせめて、さん付け禁止」
「いや、美晴さんは美晴さんでしょう」
「自分は健斗って呼ばせようとしてるのに」
何ということのない話を続けているだけなのに、心の奥の凝った部分が次第に柔らかくほぐれていく。
少しずつ浮上していく気分のままに美晴が微笑むと、健斗の頬が赤くなり、視線をさまよわせた。
「付き合ってみて、お互いを知り合うところから、始めさせてください」
「井草さん……」
自分に、そこまでの魅力や価値があるとは思えない。でも逆に、彼の気持ちを突っぱねて拒否するだけのなにか強い理由がある訳でもないことに美晴は気が付いた。張り詰めていた気持ちが、彼を見ていると次第に緩んでくる。
そっと息を吐きだすと、美晴は膝をずらして体ごと健斗に向き合った。
「……実際に付き合って、なんか違うって思ったらすぐに言ってくださいね」
「それは、どういう意味で」
「井草さん、責任感じてズルズル付き合っちゃいそうだから。だから、違和感あったらすぐに解消するって約束してくれるなら……」
「付き合ってくれるんですね」
健斗の確認に、黙ったまま美晴がうなずく。健斗の目が大きく見開かれてから、細まった。口角も上がっている。彼にしては最大の微笑みだ。
「あの、お願いがあるんですが俺のこと名前で呼んでもらえませんか」
「……ケンケン?」
「いや、そっちじゃなくて。っていうか、それ陽平しか言ってないし」
「陽平って、柿村さん? 本当に二人、仲良いですよね」
「だからなんで今、陽平の話しなくちゃいけないんですか」
これは拗ねた表情だ。そう思うと、美晴はなんだか可笑しくなってきた。
「健斗君? それとも健斗? どっちがいいですか?」
「健斗の方で。あと、敬語も無しでお願いします」
「自分だって、使っているのに」
クスクス笑うと、なんだか健斗の頭を撫でたくなった。でも彼が指一本たりと触れないと誓っているのに、誓われた美晴の方が接触しては駄目だろう。
「俺の敬語は、まあおいおい」
「それじゃあせめて、さん付け禁止」
「いや、美晴さんは美晴さんでしょう」
「自分は健斗って呼ばせようとしてるのに」
何ということのない話を続けているだけなのに、心の奥の凝った部分が次第に柔らかくほぐれていく。
少しずつ浮上していく気分のままに美晴が微笑むと、健斗の頬が赤くなり、視線をさまよわせた。
1
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
やさしい幼馴染は豹変する。
春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。
そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。
なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。
けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー
▼全6話
▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
[R18]年上幼なじみはメロメロです──藤原美也子はトロかされたい──
みやほたる
恋愛
つっけんどんなツンデレ幼なじみお姉さんも、甘々エッチでトロトロに!
「だ、射してぇ……早く射してちょうだい!私のだらしないおっぱい、恭ちゃんのオチン×ンザーメンで真っ白に犯してぇ……!」
「イッた……イキながらイッたぁ……オマ×コ、たぷたぷしてしゃーわせぇ……」
ツンデレヒロインが乱れる姿は最高だーー!!
※この作品はR18作品です。過度な性的描写があることをあらかじめご了承ください
【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました
utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。
がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる