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その8. 分かること、分からないこと、分かったこと
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「酔ってたにしろ、誰でも良かった訳ではないんでしょう? なんで俺とだったんですか?」
まさかそんなことを質問されると思ってはいなかったので、戸惑いの余り健斗の顔を見上げてしまう。最低限の表情筋しか動かさないその顔に、怒りはみえない。ただ静かに美晴を見つめ、答えを促す。その態度に、美晴の口から反射的に言葉が漏れた。
「タイミング、かなと」
「え……」
きっと期待していたであろう言葉とは真逆の答えだ。期待をもたせる言葉が出てこないことに罪悪感を覚えながら、美晴は続けた。
「多分、寝れば分かると思ったんです」
自分が、肉欲だけで満足するタイプなのか、もっと深い結びつきを追い求めるタイプなのかを。
名取との快楽に溺れた記憶は生々しく残っている。仕事に忙殺され荒れ果てた心には、確かにただ肉体の刺激だけが癒やしだった時もあった。最初は好きで付き合っていたはずなのに、気が付けば心は遠く離れてしまい、最後は単なるセフレとしての関係にまで落とされた。だから、知りたかったのだと思う。実際に体を重ね、それで満足できるのか試してみたかったのだと思う。
そして、ただ肉欲だけで満足できるのなら、名取でなくていいのではないかとも思った。だからこの目の前の誠実な人に甘えてしまった。
「私、井草さんに酷いことをしてしまいました」
「え、いや、」
「お金、失礼だったかもしれませんが、受け取ってもらえませんか? やっぱり、一方的には奢られたくありません。割り勘代ということで」
そこまで言うと、健斗から一歩離れる。わざとらしくスマホを見て、もう時間が無いことをアピールした。
「分かりました」
その言葉に美晴がほっとする。だが、健斗の話はそれでは終わらなかった。
「このお金は、俺が預かります。だから今日の夜、飯を食いに行きましょう。それで詳しく、美晴さんの話を聞きます」
「詳しくって」
もう話をすることもない。そう思ったが、なぜか言い切るのにためらいが生じた。
「十九時にここで待ち合わせでいいですか?」
「あ……」
真っ直ぐ見つめられる。その真剣な目に、捨てられる仔犬の情景が連想された。なんでこの眼の前の男は、要所要所でワンコのイメージに変わるのだろう。
「分かりました」
根負けした気持ちでそう返事すると、健斗の背後で尻尾がパサパサと揺れた気がした。
まさかそんなことを質問されると思ってはいなかったので、戸惑いの余り健斗の顔を見上げてしまう。最低限の表情筋しか動かさないその顔に、怒りはみえない。ただ静かに美晴を見つめ、答えを促す。その態度に、美晴の口から反射的に言葉が漏れた。
「タイミング、かなと」
「え……」
きっと期待していたであろう言葉とは真逆の答えだ。期待をもたせる言葉が出てこないことに罪悪感を覚えながら、美晴は続けた。
「多分、寝れば分かると思ったんです」
自分が、肉欲だけで満足するタイプなのか、もっと深い結びつきを追い求めるタイプなのかを。
名取との快楽に溺れた記憶は生々しく残っている。仕事に忙殺され荒れ果てた心には、確かにただ肉体の刺激だけが癒やしだった時もあった。最初は好きで付き合っていたはずなのに、気が付けば心は遠く離れてしまい、最後は単なるセフレとしての関係にまで落とされた。だから、知りたかったのだと思う。実際に体を重ね、それで満足できるのか試してみたかったのだと思う。
そして、ただ肉欲だけで満足できるのなら、名取でなくていいのではないかとも思った。だからこの目の前の誠実な人に甘えてしまった。
「私、井草さんに酷いことをしてしまいました」
「え、いや、」
「お金、失礼だったかもしれませんが、受け取ってもらえませんか? やっぱり、一方的には奢られたくありません。割り勘代ということで」
そこまで言うと、健斗から一歩離れる。わざとらしくスマホを見て、もう時間が無いことをアピールした。
「分かりました」
その言葉に美晴がほっとする。だが、健斗の話はそれでは終わらなかった。
「このお金は、俺が預かります。だから今日の夜、飯を食いに行きましょう。それで詳しく、美晴さんの話を聞きます」
「詳しくって」
もう話をすることもない。そう思ったが、なぜか言い切るのにためらいが生じた。
「十九時にここで待ち合わせでいいですか?」
「あ……」
真っ直ぐ見つめられる。その真剣な目に、捨てられる仔犬の情景が連想された。なんでこの眼の前の男は、要所要所でワンコのイメージに変わるのだろう。
「分かりました」
根負けした気持ちでそう返事すると、健斗の背後で尻尾がパサパサと揺れた気がした。
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