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1巻

1-2

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 そう聞かれながら親から封筒を受け取り、差出人を見たら大浦君だった。混乱のまま封を開けると、そこに入っていたのは手紙と千円分の商品券一枚。
『こちらは田舎で、遠藤さんに気に入ってもらえるようなプレゼントが見つからなかったので、せめてもの気持ちで商品券を贈ります。使ってください。
 誕生日おめでとう。』
 読みながら、冷や汗がだらだらと流れていく気分を味わった。

「ヤバい。私、やっちゃったよ……」

 心優しい同級生に無自覚とはいえ圧をかけ、結果として商品券をゲットしてしまった。こんな、こんなの困る……!
 自分のやらかしたことにおののいて、それからの文通の記憶はふっつりと途絶とだええている。もらうだけもらって、返事もしていなかったなら最低だ。十七年後、奇跡の再会に一瞬びくついたのも、かたくなに割り勘を主張したのもこのせいだ。
 ファイルをめくる。次の返信が届いていたことにほっとする。記憶の消去と共に、このファイルも開かれることなく本棚に突っ込まれていた。
 忘れたい、けどないことにはできなくて保管したままだった、大浦君からの手紙。
 結局、簡易書留の後は二通手紙が届いていて、多分三年生に上がったところで自然消滅していた。ちなみに肝心の商品券は、とっくに使用してなくなっていた。なんか、手紙と一緒にそこにあるっていうのが重かったんだよね。

「ともかく」

 気分を変えようと、声にしてみる。

「再会したんだもん、ここら辺の汚名を返上しなくては!」

 そして私は二週間後を見据えて、会ったら謝る、をイメージトレーニングすることに没頭した。


   ◇◇◇◇◇


 再会から二週間後の金曜日。
 仕事を終えて十八時ちょい前に店に着くと、大浦君はすでに酒を片手に店主とのんびり話をしていた。

「お待たせーって、大浦君早かったね」
「家から来たからね。今、リモートワークが基本で、出社は週一なんだ」
「おお、そっか」

 事務職なのに旧態依然きゅうたいいぜんで毎日出社させられている私とは、えらい違いだ。
 と、そんなことより――

「大浦君、ごめんなさい」
「え、なに」
「本当は前回会ったときにまず謝らないといけなかったんだけど、結局勇気が出なくて言えなかった」
「ちょ、怖い。だからなにを」
「十七年前、誕生日アピールして商品券贈ってもらっちゃったの、反省してます。ごめんなさい!」
「それ、今更蒸し返すっ?」

 勢いよく頭を下げて、そして顔を上げたら、酒を片手に持ったままうろたえている大浦君がいた。

「とりあえず、店変えようか」
「え、私まだ注文してない」
「うん。だから店変えよう」
「お客さんたち、別のところ行く? それなら焼鳥屋はどう? 店長さんが日本酒好きで、結構いい酒置いてある店だけど」

 酒屋の店主まで会話に入ってきて、結局私は店主お勧めの焼鳥屋に連れて行かれることになった。

「さてと」

 赤ちょうちんに暖簾のれんという伝統的様式美にあふれた店に入り、出されたおしぼりで手を拭う。焼き鳥といえばビールでしょう。とこちらも様式にのっとり生ビールを頼んで、突き出しの小鉢と枝豆が届いたところで乾杯した。
 話を始める前に環境を整える、余裕ある大人の行動で好感がもてる。
 と思いきや、整った途端に大浦君がもの凄い勢いで頭を下げた。

「あの、誕生日プレゼントの件ですが、すみませんでした! あんなもん贈って、本当に今思い返しても恥ずかしくなる。というか、あれ、覚えてたんだ? てっきり前回、話を振ってこないからもうないものとされてるのかと思っていたのに」

 これは典型的な余裕のない大人の姿だ。
 でもこれはこれで好感がもてるのはなぜなんだ? イケメンだからか? いや、大浦君だからか。

「大浦君も、覚えてたんだね」

 そう言ったらなぜか大浦君は姿勢を正し、真剣な表情で私を真っ直ぐに見据えた。

「聞いてください」
「あ、はい」
「中学二年生のあのとき、遠藤さんが来月誕生日って知って、悩んだんだ。プレゼント贈った方がいいよな、いや、贈りたいなって思って、でもなにを贈ったらいいか全然分からなくて。俺、それまで割と人に興味がないというか、自分から人になにかするってタイプじゃなかったし、ましてや女の子に誕生日プレゼントだなんて、買うどころか選んだこともなかったし」

 思い返して恥ずかしくなっているのか、大浦君の耳が赤い。
 目の前にいるのは世馴れた三十路みそじ超えの男のはずなのに、恥ずかしがる表情は中学時代の大浦君そのままだ。

「それで、自分なりに考えて一番身近な女性に意見をもらおうってことで母に聞くことにしたんだ。でも、今思うと聞き方も悪かった。状況を話さずいきなり、プレゼントをもらうとしたらなにがいい? って聞いて。そしたら商品券って即答された」
「あっちゃー……」

 それで、あれだったのか。
 十七年に及ぶ謎が解けて、納得した。
 そりゃあ、日々の生活に追われたお母さんが欲しいものを聞かれれば、商品券でしょう。花束は食えないし、食べ物は好みがある。趣味の合わない服だのアクセサリーだのをもらって感謝の心を強要された日にはブチ切れだ。今の私なら深く納得する。

「それから、一年くらい経ってからかな、話の流れであれが同級生女子への誕生日プレゼントだったってことを母親が知って、もの凄い勢いで怒られた。でも謝ろうにも、文通は自然消滅していて連絡するにも今更なタイミングだったし。それで遠藤さんからの手紙を読み直したら、商品券以降の文面がなんか微妙かなって思えてきて」
「あ、いや、あー……」

 当時の自分を思い出したのか、大浦君の表情がどんどんと曇っていき、視線がテーブルへと落ちていく。私はなんと言っていいか分からず、ただビールを飲み干す。するとまるで計ったかのように、注文していた焼き鳥がやって来た。

「焼き鳥塩盛り合わせ、お待たせいたっしたー」
「あ、生おかわり! 大浦君は?」
「うん……」
「お兄さん、生二でお願いー!」
「っしたー!」

 空気が、ヤバい。このままでは大浦君が暗黒界に飲み込まれてしまう。
 本気でそう心配したけれど、本人も流石に気付いたのか、最初のビールを飲み干してまた視線を真っ直ぐこちらに向けた。

「今思うと、あれが人生のターニングポイントだったんだよな。あれからもうちょっと、人に関わってみようって思うようになった。同じ後悔をするなら、人任せじゃなくて自分でやって後悔した方がいいと思って」
「そっか……」

 回想を終えた大浦君は、落ち着いた表情で私を見ている。無事現在のイケメン状態に戻ってくれていた。よかった。
 でもまあね、そちらの事情は分かったけど、中学二年生の女子にとって商品券は重かったんだよ、大浦君。
 私はビールをぐびりと飲むと、同じように真っ直ぐに彼を見つめ返した。

「では私の番です。聞いてください」
「あ、はい」
「最初に弁解だけど、誕生日について特になにか期待してた訳じゃなかったんだ。まあ次の返信でおめでとうって書いてくれたら嬉しいな程度には期待していたけど。そこにガチの商品券が届いた私は、心の底から反省しました。人に無闇になにかを強請ねだってはいけないし、そう思わせるような言動もしてはいけない。なので私にとっても、あのプレゼントは人生のターニングポイントだったと思う」
「本当に、ごめん……」

 また表情を曇らせる彼に、慌てて私は手を振って否定した。いけない、いけない。決して責めたい訳じゃないんだ。

「謝るのは私の方だよ。変な圧をかけてしまって、ごめんなさい。それでね、せっかくこうして再会できたんだし、あの商品券分、なにか大浦君にお返しさせてもらえないかなって思っていて。えっと、自分の中の罪悪感を払拭させたいというのか……」

 とっても乱暴に言ってしまうと、商品券分の借りを返してチャラにしたいってことなんだけど、もらったこと自体をなしにするのは違うよね。
 プレゼントをもらったのは単純に嬉しい。その気持ちは残したままで罪悪感を取り除いて、心のしこりを溶かしたい、みたいな。

「あくまでも私の我がままなんだけど」
「それ、俺がリクエストしてもいい?」

 無意識のうちに自分の視線がテーブルに落ちていたのに気が付いて、慌てて目を上げる。

「映画代、奢ってくれる? 観たい映画があるんだ、アクション物の。来週末で終わっちゃうから一人で行こうかと思っていたんだけど、もし遠藤さんさえよければ来週土曜日、一緒に行きませんか?」
「映画……」
「千円じゃ足りないから、もちろん不足分は自分で払うよ」
「いや、奢らせて。不足分は利息ってことで」

 勢いよくそう言ったら、なぜか大浦君に笑われた。

「よかった。女性をアクション物に誘うのってどうかなって心配だった」
「デートならともかく、友達と遊びに行くのにそんな気をつかわないでいいよ」

 そもそもその映画の目的は、商品券の存在意義を軽くすることにあるんだ。好きな子を誘ってのデートとは違うしね。

「友達か……」

 それにしても大浦君は飲み代を奢ろうとしたり映画の選択を配慮したり、マメな人だな。
 そんなことをぼんやりと思っていたら、なぜかずいっと身を乗り出して顔を近づけられた。

「あとお願いがあるんだけど」
「うん?」
「遠藤さんのこと、彩乃あやのって呼んでもいい? せっかく十七年振りに友達と再会して、交流が復活したんだ。名字呼びじゃなく、もうちょっと親しくなりたいんだけど」
「ヘ? うん、いいけど」

 聞かれて素直にうなずく。私の呼び名は昔からアヤで、女子だけでなく部活で一緒だった男子とかにもそう呼ばれていた。そう考えると彩乃ってきちんと呼んでくれるのは、友達の中でも丁寧な方だ。

「よかった。じゃあ俺のことも瑛士えいじって呼んで、彩乃?」
「え? ……瑛士」

 言われるままにそう呼び返すと、大浦君、じゃなかった瑛士はにっこりと私に微笑みかけた。
 なんだこの笑顔は。とろけるような笑顔とはこのことか。

「ううっ。破壊力抜群の笑顔もらっちゃった」

 まぶし!
 と叫んで手で視線をさえぎって、顔を背ける。なんだか、茶化さないとやっていけない気がした。

「なんだよ、それ」

 そんな私の態度に、わざとむっとしたような表情で瑛士が抗議する。

「そういう風に笑ってかわすってことは、彩乃は破壊されていないってことだろ?」
「そうとも言うね」

 でも今の笑顔と声は、かなりドキドキした。これで今まで女の子口説いていたなら、かなりの成功率なのではないかと思うくらいに。

「仕方ない。それは今後の課題とします」

 そうまとめると、瑛士は気分を切り替えるようにビールを飲み、私を見つめた。
 あれ? 今後とは。

「あと、さっきの話を蒸し返すようだけど、彩乃は俺に強請ねだっていいし、そう思わせるような言動をしてもいいよ」

 瑛士の口調にはっとして、直前までの些細ささいな疑問が飛んでしまう。
 穏やかな、声。それゆえに彼の本気度が伝わる、静かな口調。

「さすがにそこまでは……」

 なぜかいたたまれない気持ちになってそわそわする。思わず視線をうろつかせると、瑛士がくすりと笑いながら焼き鳥に手を伸ばした。

「焼き鳥食べよう。冷めちゃうよ。あと、俺たちビールを飲んじゃってるけど、ここは日本酒のラインナップが良いって話だったよな」
「そうだった! メニュー見せて」

 そこからは楽しい飲み会へと突入して、焼き鳥は年齢を重ねるにつれタレ派から塩派になるよね、とか、人と分け合う必要がないなら断然串から行く派、なんていう焼き鳥あるある話で盛り上がった。
 ずっとしこりとして残っていた誕プレ問題の解決策が見つかってよかった。そういえば映画を観に行くのって久し振りだな。お詫びだけでなく楽しめそうだ。



   第二章


 翌週九月の第四土曜日は、秋晴れの爽やかな天気になった。
 待ち合わせ場所は映画館の最寄り駅で、昼過ぎに着くとすでに瑛士が待っていた。VネックのTシャツにスリムパンツ、そして秋らしくジャケットを羽織るという至ってラフな格好なのに、お洒落しゃれ感が漂う。
 そして今日の瑛士は眼鏡をかけていた。相変わらずイケメンだけど昔の大浦君の面影おもかげもあって、ちょっと懐かしいのと安心感が湧きあがった。会社帰りに飲みに行くだけならいいんだけど、やっぱりお日様の下でイケメンと会うとなると、私だってそれなりに身構えるものはある。

「お待たせ。今日は眼鏡なんだね」
「眼鏡だと、普段コンタクトで使っている度よりも強いのに変えられるからね」
「変えるの?」
「仕事でパソコンとか近距離のものしか見ないときと、映画とかコンサートとか遠くのものをはっきり見たいときで度を変えるんだ。こういうとき、眼鏡の方がかけ替えるだけだから便利なんだよ」

 そういうものなのか。
 ほう、とうなずいていると、瑛士が目を細めて私を見つめた。

「彩乃は今日、ワンピースなんだね。可愛いし、よく似合ってる」
「あ、ありがとう」

 会ってすぐに女性を褒めるって、ここはイタリアなの? かつての面影もある瑛士だけど、やっぱり人とのコミュニケーション能力が、昔に比べて各段にアップしている。
 ──人に関わってみようって思うようになった。同じ後悔をするなら、人任せじゃなくて自分でやって後悔した方がいいと思って。
 先週の懺悔ざんげ大会で言っていた、瑛士の言葉を思い出す。
 やらかしちゃった後に前向きに考えられるのって偉い。そしてその結果が現在のイケメンかと思うと尊敬してしまう。一方の私なんてあの苦い経験を経て思ったことはひとつだけ。
 ──人に無闇になにかを強請ねだってはいけないし、そう思わせるような言動もしてはいけない。
 だもんなぁ。うーん、性格。

「じゃあ行こうか」
「うん」

 気持ちを切り替えるようにうなずくと、私たちは歩き出した。
 映画館に着くと、いったん二手に分かれた。私は予約していたチケットの発券を、瑛士は飲み物を買ってくるそうだ。発券してグッズショップの前で待っていると、しばらくしてドリンクとポップコーンを抱えた彼が現れた。

「ポップコーン!」

 しかもキャラメル味!
 わぁっと子供みたいに目を輝かせたら、噴き出されてしまった。

「そこまで喜んでもらえたなら、買った甲斐があったよ」
「だって滅多に食べないじゃない? 映画館来たーって感じがするよね」

 すっかりテンションが上がってしまったが、今度はこちらの番だ。
 場内アナウンスが流れ、お目当ての映画が上演されるシアターが開場したので、私が誘導するように先に歩く。通常のシアターを通過し、私は大きく施設名が表示された一角に向かった。

「え? これって」

 戸惑う瑛士を安心させるように、私がうなずく。

「うん、体感型シアター。椅子が動いたり、風が吹いたりするの。今まで話聞くだけで体験したことがなかったから、ちょっと興味あって」

 追加料金でもう一回分映画を観られそうって、正直思った。でもまあそれは十七年分の利息だ。
 そう考えてつい奮発したんだけど、これって自己満足だったかな。

「余計だったかな?」

 不安になって聞いたら、不思議そうな顔で聞き返されてしまった。

「なんで? 俺もこれで観たことなかったから、凄い嬉しい」

 素直に喜んでくれる人でよかった。ほっとしながらシアターに入る。
 そして二時間後──

「映画、面白かったね」
「最高だった。やっぱりあの監督、こういうのをテーマにすると上手いよな」
「確かに!」
「あと、体感型は臨場感りんじょうかんがあってよかった。これ選んでくれて、ありがとう」

 心から楽しんだ表情で瑛士が言ってくれたのが嬉しくて、でもなんだか照れくさくて、へらっとした笑顔だけ向けてしまった。
 そのまま気をそらすように、今観た映画を振り返る。アクション物はやっぱり観ていてスッキリするなぁ。
 満足のため息をついて、私は残っていたコーヒーを飲み干した。

「ゴミ捨ててこようか?」

 ついでに瑛士のコーヒーカップも捨てようかと思って聞いてみる。

「一緒に捨てに行くからいいよ」

 やんわりと断られ、一緒に廊下の端にあるゴミ箱に向かって歩き出す。一瞬の間があって、くすっと瑛士が笑いだした。

「体感型でポップコーンは、さすがにちょっとせわしなかったかも」

 ん? と横に並ぶ彼を見ると、ポップコーンの容器を振ってみせた。中に残ったくずがカラカラと音を立て、映画を観ている最中の私たちを思い出させる。
 二人でMサイズなら余裕だと思ってなめていたけど、いつまでも減らなくて最後は意地のように食べていた。

「映画観ながら振動にも揺られ、風も受け、色々とやることがあったからね」
「振動があると、ポップコーンの存在忘れるよな」

 くすくすと笑い続け、コーヒーカップと一緒に空の容器をゴミ箱に捨てる。

「次回注文するなら、ポップコーンはSサイズで十分だね」

 反省を込めて言うと、瑛士がそれに付け足した。

「体感型はこれで満足したから、次は音響特化型を試したいな」
「確かに。私も次は、音響の方がいいな」

 うんうんってうなずきながら映画館を出る。さて、これで本日のミッションはクリアしたけど、このまま解散するのかな。
 チラッと隣の瑛士を見上げたら、しっかり目が合ってしまった。

「……次も、誘っていいの?」
「ヘ?」

 なにそのワンコがご飯ねだるみたいな表情。

「映画? 別にいいよ。良さそうなのがあったら誘ってよ」
「うん。誘う」

 間髪容れずにそう言うから、笑ってしまった。

「そんなに映画好きだって知らなかった。お勧めとかあったら教えて」
「それなら、俺の家に来ればいいよ。今度一緒に観よう」

 タワマンかぁ。めっちゃお洒落なインテリアとかで統一されてそうだ。汚さないかちょっと心配。

「いつかお邪魔させてください」

 さっくりと答えると、私はぐるりと辺りを見渡した。
 それよりも、だ。私たちなんとなく駅とは反対方向の繁華街を歩いているけど、どこに向かっているのでしょうかね?

「瑛士はこの後予定ある? せっかくだからお茶でもしていく?」
「えっと、せっかくだからご飯まで付き合ってください」
「ああ、一人暮らしだもんね。いいよ、別に。でも今、四時前でしょ? ちょっと時間が中途半端だ」
「それなら買い物行こう。俺、買いたいものがあって」
「オッケー」

 そんな感じで買い物に付き合って、夕方からは瑛士お勧めのビストロに行った。
 最近は美味しいものを食べる機会が増えている。もちろんそのきっかけは、この目の前の人なんだけどね。
 乾杯をして気持ちをあらため、私は瑛士を真っ直ぐに見据えてペコリと頭を下げた。

「今日は、私の我が侭に付き合ってもらってありがとうございました」

 頭を上げると、穏やかな表情で彼が私を見ている。

「これで彩乃が抱いていた、誕生日プレゼントの罪悪感は払拭された?」
「された、された。特に瑛士が楽しんでくれたから、余計によかったなって思いました」

 感謝を込めてそう言うと、瑛士もワイングラスを置いて、私に向き合った。

「それじゃあ、今度は俺の罪悪感も払拭させて? 自分のやらかしで、彩乃にずっとそんな気持ちを抱かせてた。これからは貸し借りなしで、こうして付き合ってほしいんだ」

 その真剣な表情に、つい自分の姿を重ねてしまった。
 私が商品券に対して罪悪感を抱いてしまったのと同じくらい、この人も商品券を贈ったことに負い目を感じていたんだろうな。

「分かった。じゃあ、中学二年生の誕プレ問題は、ここでおしまい。次回からはリスタートね」

 今日一緒にいてつくづく思ったけど、瑛士は本当に出来た人だ。そんな彼とこうして改めて遊び仲間になれたのは、自分にとっても幸運だよね。

「では、これからもよろしくってことで、乾杯ー」
「うん、乾杯」

 もう一回乾杯をすると、瑛士が笑ってグラスを重ねてくれた。その表情がちょっと苦笑っぽい。

「どうしたの?」

 なんとなく引っかかって聞いてみる。でも瑛士はさらに笑ってみせるだけだ。

「いや、いいよ。いつか、おいおいね」
「はぁ」
「それより彩乃、角打ちに行く頻度って、二週に一回くらいって言ってたっけ?」
「うん」
「来週は、角打ちで会える?」
「う、ん。そうだね」

 そこからなんとなく話題はそれて、色んな話で盛り上がった。
 このひと月ほどで三回目の瑛士との食事だけど、飽きることなくまた会いたくなってしまう。頭の回転が良くて、知識が豊富な人だ。
 三十代になって、こうやって気楽に遊びに行ける友達ができたのはラッキーだったな。
 ふわふわとした心で自分の幸運を噛みしめる。
 この年代って結構微妙で、家庭があると日々の生活に忙しくて遊ぶ暇がないし、独身なら仕事か婚活に忙しい。私は早々に婚活戦線から離脱してしまったけど、仕事に対して向上心があるタイプでもない。世間から取り残された状態で、淡々と日々を過ごしていたんだ。そんな毎日に、瑛士が彩りを添えてくれた。感謝だわ。
 そしてそれから、私の生活に隔週金曜日の飲み会が追加されるようになった。


   ◇◇◇◇◇


 五回目の瑛士との飲み会は、おでん屋さんに決まった。
 私たちが角打ちで再会したとき、酒屋の店主がお勧めしてくれていた、あのおでん屋さん。
 出汁がよく染みたおでんと、日本酒との組み合わせ。はふはふとはんぺんを無心でかじると、口の中にまだ味が残っているうちに冷酒を一口すする。

「んんー、美味しいね!」

 幸せにふやけきった顔で、目の前の相手に同意を求める。
 角打ち飲み会が四回と、映画帰りに立ち寄ったビストロを合わせると計五回。毎回美味しいものを食べて飲んでいるので、もうすっかり素の自分が出てしまっていた。


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