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番外編 2
春の試飲会 (2)
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そして次の週の試飲会。会社から五分で着ける場所だからと油断をしていたら、終業間際にねじ込まれた残業で三十分ほど遅刻となってしまった。お陰でお店にたどり着いたら、蔵元からの説明が終わっていた。お客さん達が試飲をしようと、法被を着た営業さんからお猪口を受け取っている。
「遅れてすみません」
そう言いながらお店に入って、私も試飲の列に並んだ。お酒の紹介が書かれたチラシももらい、簡単な解説を聞きながら最初の一杯を注いでもらう。早速それを口にすると、お酒の香りがふわりと鼻から抜けていった。最初の一杯目らしい、軽めでスッキリとした味。うんうんとかうなずいて店内を見渡すと、普段は入っても四、五名くらいのお客さんが、その倍の十名以上はいた。角打ちで会えば話す常連さんもいるけれど、見知らぬ人も結構いる。普段見ない光景に、それだけでわくわくしてしまった。
「どうも、ご無沙汰しています」
「ああ、鳴瀬さん」
鈴木さんの声がすぐそばで聞こえたので、反射的に振り向いた。そのままなんとなく、お酒を飲みつつ会話を耳にする。
「最近お見掛けしなかったから、どうされたかなと思っていたんですよ」
「実は転勤で四月から大阪なんです。週明けに引っ越しなんで、その前にと思って顔出しました」
そうか、春だものね。転勤大変だぁ。とか見知らぬ人へ心の中でうなづきつつ、次のお酒をどれにしようか選び始める。リストに書かれているのは本醸造と、純米酒二種類、そして事前に聞いていた秘蔵の大吟醸の合計四種類。今、飲んでいるのが本醸造のだから、次は純米酒の一つ目やって、えーっと、
「アヤちゃん」
「へ? はい」
急に声をかけられ、慌てて振り向く。鈴木さんが立ち話の相手、鳴瀬さんと一緒にこちらを見ていた。
「この方、雑誌の編集をやっていて、彩ちゃんのような女性客に話を聞きたいそうですよ」
「え?」
間の抜けた顔で聞き返すと、鳴瀬さんがにこやかな笑顔でいやいやと手を振った。
「取材とかではないんです。来月から自分は営業に異動ですし。それに聞きたいのは、自分というより」
「あの、私です」
鳴瀬さんの横に立つ女性がそう言って、そうっと手を挙げた。
「突然すみません。お酒、興味はあったんですがよく分からなくてと話したら、いい人がいるよとおっしゃってくれて……」
「いい人」
確認するように自分を指差し、鈴木さんを見る。酒屋の店主が何を言う? と突っ込みを入れたかったけれど、満面の笑みでうんと返されてしまった。これでは、なにも言えない。
「それにあの、女性でお酒を愉しむ方に興味がありまして。そこはちょっと、取材っぽくなってしまうかもですが」
「取材」
焦ったように、それでも誠実に一生懸命話してくれる姿が可愛くて、この眼の前の女性に興味が沸いた。如才ない対応の鳴瀬さんは明らかに会社員だけれど、この人はそうではなくて、もっとなんか、クリエーターっぽい。
そんな探るような目で見てしまったせいか、はっと気づいたように彼女が自己紹介をはじめてくれた。
「遅れてすみません」
そう言いながらお店に入って、私も試飲の列に並んだ。お酒の紹介が書かれたチラシももらい、簡単な解説を聞きながら最初の一杯を注いでもらう。早速それを口にすると、お酒の香りがふわりと鼻から抜けていった。最初の一杯目らしい、軽めでスッキリとした味。うんうんとかうなずいて店内を見渡すと、普段は入っても四、五名くらいのお客さんが、その倍の十名以上はいた。角打ちで会えば話す常連さんもいるけれど、見知らぬ人も結構いる。普段見ない光景に、それだけでわくわくしてしまった。
「どうも、ご無沙汰しています」
「ああ、鳴瀬さん」
鈴木さんの声がすぐそばで聞こえたので、反射的に振り向いた。そのままなんとなく、お酒を飲みつつ会話を耳にする。
「最近お見掛けしなかったから、どうされたかなと思っていたんですよ」
「実は転勤で四月から大阪なんです。週明けに引っ越しなんで、その前にと思って顔出しました」
そうか、春だものね。転勤大変だぁ。とか見知らぬ人へ心の中でうなづきつつ、次のお酒をどれにしようか選び始める。リストに書かれているのは本醸造と、純米酒二種類、そして事前に聞いていた秘蔵の大吟醸の合計四種類。今、飲んでいるのが本醸造のだから、次は純米酒の一つ目やって、えーっと、
「アヤちゃん」
「へ? はい」
急に声をかけられ、慌てて振り向く。鈴木さんが立ち話の相手、鳴瀬さんと一緒にこちらを見ていた。
「この方、雑誌の編集をやっていて、彩ちゃんのような女性客に話を聞きたいそうですよ」
「え?」
間の抜けた顔で聞き返すと、鳴瀬さんがにこやかな笑顔でいやいやと手を振った。
「取材とかではないんです。来月から自分は営業に異動ですし。それに聞きたいのは、自分というより」
「あの、私です」
鳴瀬さんの横に立つ女性がそう言って、そうっと手を挙げた。
「突然すみません。お酒、興味はあったんですがよく分からなくてと話したら、いい人がいるよとおっしゃってくれて……」
「いい人」
確認するように自分を指差し、鈴木さんを見る。酒屋の店主が何を言う? と突っ込みを入れたかったけれど、満面の笑みでうんと返されてしまった。これでは、なにも言えない。
「それにあの、女性でお酒を愉しむ方に興味がありまして。そこはちょっと、取材っぽくなってしまうかもですが」
「取材」
焦ったように、それでも誠実に一生懸命話してくれる姿が可愛くて、この眼の前の女性に興味が沸いた。如才ない対応の鳴瀬さんは明らかに会社員だけれど、この人はそうではなくて、もっとなんか、クリエーターっぽい。
そんな探るような目で見てしまったせいか、はっと気づいたように彼女が自己紹介をはじめてくれた。
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