2 / 3
その2
しおりを挟む
「船首に人が立っていたわ」
「立派な着物。王子様みたい」
「もうちょっと近寄ってみる?」
「それじゃあ、みんなで行きましょう」
姉たちの提案に、私は慌てて首を振る。
「六の姫がいるから駄目よ。まだ海上に出てはいけないのだもの」
「あら、今日はこの子の十五歳の誕生日よ。今日から海上に出られるじゃない」
「それは今夜からだわ。今は昼よ」
「みんながいるから、今こっそり行っても大丈夫じゃない?」
なんてことのないように姉たちがそそのかす。
「でも……」
「五の姫、私も姉さまたちと行ってみたい。夜に一人で行く前に、みんなと海上へ出る練習してみたいの」
私の手を握り、妹がそう懇願する。結局私も好奇心を抑えきれず、姉妹揃って岩場へと向かった。
岩陰に身を隠し、船の様子をうかがう。ぎりぎり通れるだけの水深があるところを縫うように進んでいく船。そしてその船首に立ち、陸地を見つめる男の人。まだ若い彼はその姿勢や所作の美しさ、着ている服の華美なことから高貴な身分であることが見て取れる。
「素敵な人」
思わずといった様子でつぶやいた声が、すぐ横から聞こえた。
「六の姫……?」
その瞬間から六の姫の目には彼しか見えず、誰の忠告も耳には入らず、心は彼に占領されたようだった。空はそんな彼女の運命を暗示するように厚い雲に覆われてゆき、次第に風が強くなっていく。
夜になり、嵐がやってきた。それにも関わらず妹は十五歳の誕生日の夜だからと主張して、海上へと向かって行った――。
「あの人のそばにいたいの」
嵐の夜を越えた朝。妹は父王に懇願した。もちろんそれは即座に却下され、私たちも涙を流して彼女を止めた。
「それでも。それでも私は、あの人のそばにいたいの」
馬鹿な妹。人間の男となんて、結ばれるはずは無いのに。
止められれば止められるほど彼女は頑なになり、そして魔女の力を借りて人の姿になった。あれほど綺麗な声と軽やかで心地よかった歌を奪われ、代償として得たのは、歩くたびに苦痛を生じる二本の足。
馬鹿な妹が愛したのは、愚かな男だった。
誰に助けられたのかも理解をせず、別の女を思い込みから愛した、愚かな男。
もどかしい思いを抱えたまま、私たちは見守るだけ。誤解と規制で歪んだ関係は破綻をきたし、結果、妹は泡となって弾けて消えた。
「六の姫……!」
悔しくて、余りにも愚かしくて怒りがわいた。男にも、妹にも。
父王はそんな私を見て、この海を去って別の場所に行くことに決めた。海に眠る遺跡はいくらでもある。海の世界を統べる父がこの海域にこだわる理由も無い。いや、こだわらないようにするために、この場所から離れることを決めた。
私たちが去ったあと、海の住民に見捨てられた海は荒れ果てた。一方、妹ではない人間の女を選んだ愚かな男は、彼の地を統べる王となった。だが荒れた海を御する力は無く、やがて彼の地は捨てられて海に飲み込まれていった。
そしてそれから時が経って……。
「立派な着物。王子様みたい」
「もうちょっと近寄ってみる?」
「それじゃあ、みんなで行きましょう」
姉たちの提案に、私は慌てて首を振る。
「六の姫がいるから駄目よ。まだ海上に出てはいけないのだもの」
「あら、今日はこの子の十五歳の誕生日よ。今日から海上に出られるじゃない」
「それは今夜からだわ。今は昼よ」
「みんながいるから、今こっそり行っても大丈夫じゃない?」
なんてことのないように姉たちがそそのかす。
「でも……」
「五の姫、私も姉さまたちと行ってみたい。夜に一人で行く前に、みんなと海上へ出る練習してみたいの」
私の手を握り、妹がそう懇願する。結局私も好奇心を抑えきれず、姉妹揃って岩場へと向かった。
岩陰に身を隠し、船の様子をうかがう。ぎりぎり通れるだけの水深があるところを縫うように進んでいく船。そしてその船首に立ち、陸地を見つめる男の人。まだ若い彼はその姿勢や所作の美しさ、着ている服の華美なことから高貴な身分であることが見て取れる。
「素敵な人」
思わずといった様子でつぶやいた声が、すぐ横から聞こえた。
「六の姫……?」
その瞬間から六の姫の目には彼しか見えず、誰の忠告も耳には入らず、心は彼に占領されたようだった。空はそんな彼女の運命を暗示するように厚い雲に覆われてゆき、次第に風が強くなっていく。
夜になり、嵐がやってきた。それにも関わらず妹は十五歳の誕生日の夜だからと主張して、海上へと向かって行った――。
「あの人のそばにいたいの」
嵐の夜を越えた朝。妹は父王に懇願した。もちろんそれは即座に却下され、私たちも涙を流して彼女を止めた。
「それでも。それでも私は、あの人のそばにいたいの」
馬鹿な妹。人間の男となんて、結ばれるはずは無いのに。
止められれば止められるほど彼女は頑なになり、そして魔女の力を借りて人の姿になった。あれほど綺麗な声と軽やかで心地よかった歌を奪われ、代償として得たのは、歩くたびに苦痛を生じる二本の足。
馬鹿な妹が愛したのは、愚かな男だった。
誰に助けられたのかも理解をせず、別の女を思い込みから愛した、愚かな男。
もどかしい思いを抱えたまま、私たちは見守るだけ。誤解と規制で歪んだ関係は破綻をきたし、結果、妹は泡となって弾けて消えた。
「六の姫……!」
悔しくて、余りにも愚かしくて怒りがわいた。男にも、妹にも。
父王はそんな私を見て、この海を去って別の場所に行くことに決めた。海に眠る遺跡はいくらでもある。海の世界を統べる父がこの海域にこだわる理由も無い。いや、こだわらないようにするために、この場所から離れることを決めた。
私たちが去ったあと、海の住民に見捨てられた海は荒れ果てた。一方、妹ではない人間の女を選んだ愚かな男は、彼の地を統べる王となった。だが荒れた海を御する力は無く、やがて彼の地は捨てられて海に飲み込まれていった。
そしてそれから時が経って……。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
天使の贈り物〜Shiny story〜
悠月かな(ゆづきかな)
児童書・童話
この作品は「天使の国のシャイニー」のもう一つの物語。
私がシャイニーの物語を執筆し始めて間もない頃に、生まれたお話です。
童話の要素が強い作品です。
雲の上から望遠鏡で地上を見る事が大好きなシャイニー。
ある日、母親と仲良く歩いている小さな可愛い女の子を見ます。
その子の名前はユイ。
シャイニーは、望遠鏡でユイを何度も見るうちに時折見せる寂しそうな表情に気付きます。
そんなユイに、何かできる事はないかと考えたシャイニーは、地上に降りユイに会いに行きます。
過去にAmebaブログで掲載した短編小説を修正及び加筆しました作品です。
「小説家になろう」「エブリスタ」「NOVEL DAYS」にも掲載しています。
さくら色の友だち
村崎けい子
児童書・童話
うさぎの女の子・さくらは、小学2年生。さくら色のきれいな毛なみからつけられた名前がお気に入り。
ある日やって来た、同じ名前の てん校生を、さくらは気に入らない――
童話に囚われた狼は赤ずきんの為に物語を変えたくない。一方、赤ずきんは狼の為に物語を変えたい
夜月翠雨
児童書・童話
全3話の超短編。
童話の登場人物たちは、物語が終わればまた初めに戻る。それの繰り返し。
物語と違った行動をとってしまえば、登場人物は消滅してしまう。
そんな中、童話の『赤ずきん』の赤ずきんと狼が恋に落ちてしまった。
狼は赤ずきんの為に物語を変えたくない。一方、赤ずきんは狼の為に物語を変えたい。
ドラゴンの愛
かわの みくた
児童書・童話
一話完結の短編集です。
おやすみなさいのその前に、一話ずつ読んで夢の中。目を閉じて、幸せな続きを空想しましょ。
たとえ種族は違っても、大切に思う気持ちは変わらない。そんなドラゴンたちの愛や恋の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる