石を喰む人魚の歌

櫻屋かんな

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その1

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 私の妹は少し思慮の浅いところがある、夢見がちな人魚だった。

 海の底に眠る廃墟に腰を掛け、髪の毛をゆらゆらと揺らしながら水面を見上げている。その口からは小さな泡が吐き出され、コポコポと軽快なリズムを取っていた。あどけないその表情。それでも彼女は今日十五の誕生日を迎え、人魚にとっては大人とされる歳となった。

「六の姫、なにを見ているの?」

 訊ねるとふんわりとした口調で答えが返った。

「空よ」

 そうして手に持っている石に目線を落とし、一口齧る。ゆっくり咀嚼し石が飲み込まれると、妹のくちびるから気泡が漏れた。

 コポポ。コポコポ。

 泡が吐き出され、上へと向かう。それを目で追いながらまた水面を眺める。また一口。繰り返す妹を見て、私は眉を寄せた。

「その石、バルコニーの手すりの部分ね」

 海の中で朽ち果ててゆく石の建造物。私達は好んでそれを喰んでいる。腰掛けているここはお屋敷の跡で、バルコニーには人目を避けて忍んで逢瀬を続けた恋人たちの思念が染み込んでいた。

「また甘ったるいのを選んで」
「そうよ。だって好きなんだもの」

 姉からのお小言など気にもかけずにふふふと笑う。そしてもう一口齧ると小首を傾げ、私にその石を差し出した。

「もういらないから、あげる」
「甘いところがなくなったからでしょう?」

 問いに答える代わりに、妹は肩をすくめてみせた。

「甘いところなんてあっという間に終わってしまうのに。六の姫、食べ散らかすのは止めてちょうだい。いつも私に残り物を渡すのも、止めて」
「でも五の姫は甘いのは嫌いなんでしょう? 丁度いいじゃない」
「そういう問題じゃないわ」

 きっぱりと言ってから、それでも結局押し付けられた石を齧る。甘ったるい部分は妹がたべたので、ある意味安心して味わうことが出来た。

 バルコニーの石材に染み込んだ、年代を積み重ねた人々の思念。苦い思いも辛い思いも入り混じっているけれど、それが味に深みを与えている。咀嚼した石は私の体に取り込まれると消化され、シュワシュワと気泡になって口から溢れる。内から沸き起こる衝動のまま、私は尾びれでリズムを取り、のどを震わせ抑揚をつけ、泡を少しずつ吐き出した。

 これは人魚の歌。人の想いの染み込んだ石を消化して、歌に昇華し地上へ還す。

「五の姫の歌、好き」
「それならこの石をたべればいいじゃない」
「でも私は甘いのがいいの。甘い、甘い恋の歌をうたいたい」

 妹はそう言うと尾びれを動かし泳ぎだした。気が付くと他の姉たちも廃墟を泳ぎ回り、遊んでいる。私も仕方ないと妹への説教を止めて、その遊びの輪に加わった。

「ねえ、向こうに立派な船が航海してるって」
「行ってみましょうよ」
「ちょっと危険だわ」
「六の姫は待っていた方が良いかしら。五の姫も一緒に居てあげてちょうだい」

 偵察に行った姉たちの帰りを、妹と二人で待つ。程なくして戻ってきた彼女たちの表情は、興奮して輝いていた。

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